猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

異境の大帝

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異境の大帝

 
 
  コーネリアス氏族では基本的に、職務以外での序列は長幼の序ぐらいしかないため、それを反映して食堂も、長老議員であろうと駆け出し戦士であろうと、
 皆同じ卓で同じ食事を摂る。
 山と盛られた食事は、専ら周辺の友邦から鉄と戦士の代価として得ているもので、友邦を作る理由のひとつにもなっている。
 断崖城外縁部でも農耕は行われているが、大食らいの戦士どもを満腹するまで食わせるためには、友邦の協力が不可欠なのである。
 今日は、ニョッキと肉のぶつ切りをまとめてトマトで煮込んだものである。
 割り当ては、大きな器に一杯。それ以上食べたければ、時折訪れる行商から自分で買うことになっている。
 断崖城での金の使い道など、その程度がせいぜいだった。
 レムが器を取って、何やら空いている一角に腰を下ろすと、目の前に父がいた。
 一瞥を交わしたのみで、互いに食事に取り掛かる。
 父に慣れている年長の者や長老議員たちはそうでもないが、接点があまりない多くの戦士たちは、父の纏っている空気に威圧されてしまうのだという。
 さらに、周辺諸氏族から畏怖されている事実もあって、極めて近寄りがたい存在となっているらしい。
 常に、名に恥じぬ振る舞いを心がけてさえいれば、父は恐ろしい存在ではないのだが。
 器が半ばほどまで空になったところで、ぶち模様の歳長けた狼が小さなバスケットを持ってきた。
「おお、我が氏族の最も小さな家族よ、こんなところで一家団欒か」
 二人しかいない卓の真ん中に、なぜかリボンで彩られたバスケットを、とふ、と置く。
 中には、ほのかに甘い匂いのする濃褐色の塊が入っている。
「ディエル、これは何だ?」
 指でつついてみる。当然だが、固い。
「チョコレートというものだ。なんでも、猫の行商が沢山持ってきたそうでな」
「へえ」
「たまには、食堂で甘い物を出してやろうという給仕長の思し召しだそうだ。レムは初めてか?」
「そうだな」
 手にとって見る。甘い匂いの中に、ほのかに苦味が混じっている気がする。
「私はいい」
「おっと、お父様は甘い物は苦手でいらっしゃるか?」
「好かぬだけだ」
 好かないのはチョコレートか、それとも甘い物か、どちらともつかない言い方だったが、あまり気にせずレムはひと塊を口に入れてみた。
 塊から漂ってきていた香りが、さらに濃厚になって口いっぱいに広がっていく。
「おっと、どうだ?」
「ん……」
 甘い。だが、ほろ苦い。
「ちょっと苦手かも知れない」
「繊細だな。馬鹿連中は喜んで貪り食っているぞ」
「なんだか、妙な感じなんだ。甘いのに苦いっていうのは、よくわからない」
「お父様も同じ理由か?」
 ディエルが父の顔を覗き込むが、一瞥されただけで返事はもらえなかった。
「じゃあ、こいつは俺がもらうぞ。うちのちびどもが喜ぶだろうからな」
 ディエルはバスケットを取って、いそいそと小脇に抱えた。
「ところでお二人さん、バーレン大帝という奴を知っているか」
 長老議会に入ってから、あまり戦場に出られなくなった父は、たまにふらりと出掛ける以外は、大抵書見で時間を過ごしている。
 何人か情報通の顔馴染みもいるらしく、時折名指しで会いにくる旅人もおり、そんなこともあって氏族の中では比較的国外の事情にも明るい。
 碧い眸が、ディエルを見た。
 どうやら真面目な質問であると察して、父はしばし宙に思索を巡らせた。
「知られている内で帝の名をつける国は、せいぜい蛇ぐらいのものだ。他にもあるかもしれんが、高名でない者が大帝の名を受けるとは考えづらいな」
 つまり、蛇でもなければ、そんなものはいない。
「蛇か……」
「それがどうした」
「いや、大したことじゃない。猫の行商が、チョコレートを大量に持ってきた理由にその大帝がなんとか、と吹いていたらしいのでな。そうそう、その者と対になるワイト帝というのもいるらしいぞ」
「知らんな」
 今度は、父も断言で応じた。
「となると、その道では有名な菓子職人だったりするのかもしれんな。邪魔したな、引き続き親子水入らずを楽しんでくれ」
 片手で軽く挨拶を残して、こきこきと首を鳴らしながら、ディエルは立ち去っていく。
 菓子絡みの比較的俗な知識なら、父より遊び歩いている若い戦士の方が詳しい気がする。
 そう言えばまだトマト煮が残っていたことを思い出して、レムは水差しの水を口に含んで、再び食事に取りかかった。
 父の器はすでに空だったが、座ってじっと瞑目している。

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