猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

放浪女王と銀輪の従者08

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放浪女王と銀輪の従者 第8話

 
 
 学者として生命とは何かと問われれば、清浄と汚濁のつづら折りだと答えるつもりでいる。
 その定義に従うのならば、この黒い石は汚濁の究極と言えるだろう。
 万物にして唯一。根源にしてなれの果て。錬金術の最奥によってのみ精製可能な完全物質。数多ある名を連ねるとするならば、ナタニエルの瞳、カーバンクル、柔らかい石、真なる黄金、などなど。そして、もっとも世に知られた名前で呼ぶならば、『賢者の石』。
 指輪程度の大きさでも城が建つような値段のそれが、大人の拳程度の固まりになって机の上で静かに使われるのを待っている。だが、
「それだけあっても5服分がせいぜいか」
 魔法式の試算を終え、思わずひとりごちる。これだけの量の賢者の石を使用してたったの5服分。壮大な馬鹿をやらかしている気になるが、思いついてしまったらやらずにおれないのが学者という業病だ。
「にしても口が足らんな」
 魔法式をどう展開しても、もう一人祭文を奏上する人間が必要だ。さて、どうしたものか……。
「ふむ、そういえばあれは砂漠に行くと行っていたか」
 追跡の魔法で場所を確認するとそれほどの距離もない。どれ、ひとつ手伝わせてみるか。
 
   *   *   *
 
「紙が足りぬのじゃ」
「は?」
 試練の通達ということで謁見室に呼び出された私達に、従姉殿は開口一番そうのたまわった。
「印刷機のおかげでの、安く本を作ることが出来るようになったのじゃが、今度は紙が足らぬ。皮を取る為だけに羊を潰すわけにもいかぬし、猫の国の紙は質はよいが高すぎる。となれば他の手を探すより他にない」
「すると紙を作れと?」
「無理ですね。水が足りない」
 横合いからサトルが口を挟む。難しい顔で眉間に皺を寄せ、思い出すようにしながら後を続けた。
「紙ってのはたしか作るのに大量の薬物とそれを洗う為の水が必要なんですよ。アディーナの確保してる水源じゃ工業生産は出来ませんね」
「うむ、それは承知しておる」
 サトルの否定に存外あっさりとうなずく従姉殿。はて、そうすると何をさせるつもりだ?
「作れぬとあらば、買えばよい。安いところからな。さて、これを見やれ」
 そう言うと、控えていた従姉殿の従僕が架台に大きな巻物をかける。アディーナと、その周辺の地図。南方には取り戻すべき祖国が見えた。が、従姉殿が示したいのは北方のようだ。
「アディーナの北東にメレク、北西にウルがあり、その更に北にある山脈で蛇の邦と獅子の国は分かたれておる。そして、獅子の国には猫ほどの質はないが紙がある」
 いや、ちょっとまて……。
「すると何か?従姉殿。アディーナと獅子の国を結ぶ直通の交易路を開拓しろと?」
「ご名答。さすがは『慧眼の美姫』と言われた従妹殿じゃのう。話が早くて助かる」
「……私の覚えている限りではウルとメレクはアディーナと敵対してきた気がするんだが」
 核心をついたつもりだったのだが、従姉殿は鷹揚にうなずき何事もないかのように言った。
「いやいや、軍使の話を聞くぐらいには良好じゃ」
「聞いた後は?」
「うむ、7割方斬られる」
「うわあ、即答した。笑顔のまま即答した」
 呆然とうわごとのように言うサトルを、たしなめるものすらいなかった。
 
   *   *   *
 
「ちーす」
「お、ひさしぶりだねえ。兄ちゃん」
「ごぶさたしとります。お客さまぁ」
 地図を前にして行き詰まった議論をするのに耐えきれず、城を抜け出していつもの暖簾をくぐる。旨そうなスープの匂いとネコのおっちゃん、そして灰色ぶちの鱗を持った蛇の女性が迎えてくれた。
「いや、最近仕事が忙しくってさあ。あ、いつものね」
「あいよ。エステア、ビールたのまあ」
「あい、ただいまぁ」
 訛りのきつい言葉で快く返事をしてビールをついでくれるエステアさん。なんでも田舎から都会にきて女衒に売られそうになったところをおっちゃんに助けられたのだとか。それ以来、エステアさんはおっちゃんの屋台で働いている。おっちゃんは「二人分の食い扶持かせがにゃならんから大変だ」と言っているが、実際は人手が増えて助かっているのだろう。彼女がきてからメニューと席と客が少しずつ増えている。商売が順調にいけばそのうち店でも買うのかもしれない。こぢんまりとした、だけど暖かみのあるラーメン屋。暖簾をくぐるとスープの香りとややノイズ混じりの野球中継が出迎えてくれて、カウンターの奥の席では常連がおっちゃんと馬鹿話しながらラーメンをすする。使い込まれて傷だらけの、でも清潔に掃除されたテーブルにつきやや日焼けしたメニューを見て、数秒悩んで結局いつもの奴を選んでしまう……。
 そんな妄想が本家と元祖の争いにまで発展したところで湯気を立てる丼が差し出された。
 軽くいただきますと言って、食らいつく。絢爛豪華でもなく、驚天動地でもなく、ただ旨い。パリパリの野菜炒めと熱々のスープ。ちょい堅めの麺。単純且つ飽きない味が疲れた脳みそに嬉しい。
 ……いかん、疲れを意識したせいで思い出してしまった。
 新交易路。
 どうしろってんだこんなもん。
 北東にメレクと北西にウル。この二国の支配地域を抜けるのは、ほぼ無理なのでペケ。その二国の間の砂漠はオアシス一つ無い渇いた沙漠で、移動するだけで兵の損耗率が7割に達するとか。ここを少人数のキャラバンで渡るのも、かなりきつい。
 では迂回路はどうか。長くなる上に複数の国を抜けるので、どうしても通行料がかかりすぎる。
 ……手詰まりだなぁ。
「あんれ、お客さま。どうかしなすっただか?」
「あ、いや……」
 表情に出ていたのか、エステアさんが心配そうに声をかけてきた。
「もしかして、オラなにか粗相を……」
「いやいや、ちょっと仕事のことで考え事を」
「へぇ、ここにまで悩み持ち込むとは、久方ぶりにきつい仕事みたいだねえ」
「ん、まあね」
 よもや俺の口から国家事業の内容を漏らす訳にもいかないので曖昧にごまかす。その辺はおっちゃんも心得たものであえて深くは聞いてこなかった。
 聞かれても政治にかかわる以上答えちゃいけないだろーし、言って解決するわけでもなし。やっぱ中央突破するルートを地道に探すしかないんかなあ。自転車の通れるルートで。でも俺とサーラ様が行き来できてもほかの人間が通れないと交易路にはならないし……。
「羽でもあれば飛んでいけるのになあ」
「……羽なんかなくっても、抜け出してるじゃねぇか」
 あ、口に出してた。よほどお脳が煮えてたか、俺。
「いやいや、夜食に抜け出すんじゃなくて、こう砂漠をぴゅーっと飛んでくような手段でもあればなあって」
「はは、鳥でもないのにそりゃ無理ってもんだ」
「まあね、羽もなければ魔法のじゅうたんもないしね」
 飛行機、ってのも考えはしたけども、さすがにそんなハイパワーエンジンとそれようの燃料の当てがない。つか、さすがに航空力学の専門書もないのに飛行機の図面を引ける自信はない。
「あんれ?お客さん。羽とか魔法とかないと空って飛べねえだか?」
 横合いから何か変なことに気づいたかのように、エステアさんが声をかけてきた。それにおっちゃんがあきれたように答える。
「そりゃおめえ、手や足で飛べるもんでもないだろう」
「したら、なんで雲は空を飛んどるんだか?」
「え?――それは、その……」
 予想外の突っ込みにしどろもどろになるおっちゃん。うーむ、さすがの猫の国も一般市民に科学知識を教えてはいないのか。
「ああ、エステアさん。あれは飛んでるんじゃなくて浮いてる――」
 
 ガタン
 
 閃き。
 直流の発電機はジャンク置き場にあったはず。
 大量生産で安くなった布。なんか塗れば気密可能。
 推進力は風精霊を使えばできるはず。
 気がつくと立ち上がっていたらしく、おっちゃんとエステアさんが目を丸くしていた。そのエステアさんを指差す。
「それだ!」
「はい!?」
 びっくりしたエステアさんを尻目に、俺はもう一回座りなおして食事を再開する。うん、少し伸びてしまったけどもやわらかい麺はこれはこれでまた趣が。そしてビールののど越しを楽しみつつ……。
「あのさあ、兄ちゃん」
「ん?」
 どんぶりに集中していた顔を上げると、おっちゃんはうろん気な表情で話しかけてきた。
「ここはさ、『それだ!』の後に走って帰るところじゃねえかい?」
「え?なんで?」
「いや、なんでって……」
 おっちゃんは何かを言おうとして、結局何も言わなかった。
 
   *   *   *
 
「何をしているんだ?」
「いえ。空を飛ぼうかと」
 蒸気機関の動力筒に妙なものをつけ始めたサトルに問いかけると、簡潔な答えが返ってきた。
 妙なもの(おそらくは落ち物の機械)から伸びた2本の紐を水瓶に漬け、そのそれぞれの上に沈めた水瓶をかぶせる。水瓶を固定して手を拭くと、機械のスイッチを入れた。
「さて、と」
 それだけ言うと、『触るな!危険!死んでも責任取らないぞ♪』と書かれた看板を水桶のそばに刺し、またどこかへと移動し始める。
「もう一度聞くぞ?何をしているんだ?」
「空を飛んでいけば砂漠を楽に越えて行けると思いまして」
 気軽にそういうと今度は工房の製図室に向かう。なるほど、たしかに空が飛べればウルとメレクの間を通っていける。実に合理的だ。
「いやちょっと待て」
 やっと思考が言葉に追いつく。
「はい?」
「空を飛ぶ?」
「ええ」
「どうやって」
「気球で」
 短いやり取りの間にも、サトルは動き続ける。製図室のサトルの机の上に目の粗い小さなかごと薄い布。サトルは薄布をかごにかぶせて、何かを布に塗り始めた。
「それは?」
「薄くした膠(にかわ)です」
 半球状の布地に膠を均一になるように刷毛で塗っていく。満遍なく塗ったところでサトルはそれを日陰に干した。
「ところでサトル……ききゅうとは何だ?」
「……あー、浮力とか説明するのめんどいんで、明日陛下の前で説明しますよ」
 そういうと、立ち上がってまたよくわからない機械をいじり始めた。しゅこしゅこという軽い音を聞きながらどうやら動作の確認をしているらしい。
 飛ぶ。余人が言えば『狂ったか』というところだが、そういえばヒトの世界にはひこうきという空飛ぶ機械もあると聞いたことがある。
 サトルと出会って2年近くたつ。おおよそ信じられないものもたくさん見たが……。
「まさか空を飛ぶことになるとはおもわなんだ……」
「そんなこともありますよっと。ええと、一立方メートルの密度差を1.2kgとすると500kg持ち上げるのに大体417m^3で球の体積式が……ああ、ちょっと待てよ。気嚢が一つだと――」
 その元凶になった男は、振り返りもせずに気軽に言い放ち、わけのわからぬ呪文を唱え始めた。
 
   *   *   *
 
 『それ』そのものの姿よりも『それ』がもたらした光景の方が貴重だったかもしれない。何しろ謁見室の全員が、跪く拝謁者を見下ろすはずの部屋で全員が天井近くの『それ』を見上げていたのだ。
 薄布に膠を塗って作った丸い張りぼて。ただそれだけのものが、下から上へ細い紐で吊り上げられているのだ。まるでその張りぼてだけ天地が逆になったような奇妙な光景。そしてそれに釘付けになる謁見室の面々の驚愕の表情。
 それだけの戦果を上げた当の張本人は呑気な顔で周囲を見回している。
 ふと、その目があった。
 サトルが視線で問いかけてくるので、軽くうなずいて促してやる。
「要は、これのでっかいのをいくつか作って人間が乗れるようなかごを吊り下げようって話です」
 沈黙を破ったサトルの一言にその場の全員が居佇まいを正す。いや、従姉殿だけは興味深そうに天井を眺めていた。そして、従姉殿が真っ先に問いかけた。
「ふむ、魔法の品ではないのじゃな?」
「魔法じゃありません。あの丸いのの中に大気より軽いガスを入れて浮かせてるわけです。……まあ浮かせてるだけなんで、横に進むには風精霊が必要になると思いますが。それでも徒歩や駱駝よりは砂漠と山脈を楽に乗り越えられるかと思います」
 それを皮切りに居並ぶ大臣や将軍などから次々と質問が飛び出した。
「しかし、空を飛ぶ以上は落ちる危険もあるわけだが……」
「そのために気嚢、つまりガスを入れる袋ですが、それを複数作ります。一個破れても突然は落ちませんし、予備の気嚢と圧縮したガスを持って行けば修理も可能かと」
「戦には使えるのか?」
「あー、軽くしないとならない関係で頑丈にはできないんですよ。あと、使っているガスが、水素っていうんですが、とても燃えやすいんで前線にはとても使えません。火矢とかと魔法飛ばされたらそれで終わっちゃいます。」
「どれぐらい人を乗せられるのだ?」
「規模に拠るのでなんともいえませんが、とりあえず紙束を買うことだけを考えて、サーラ様と俺と精霊使い、その3人と荷物分が乗せられる設計にしようかと」
「なにか落ち物を使っているようだが、それは消費してしまう物なのか?」
「いえ、水素ガスを作る際に副産物は出ますが、発電機自体は半永久的に使えますし、原理や作り方なんかは俺が書面化しますんで。何ならネコに「直流発電機を売ってくれ」と言えば、高価ですが買えると思いますよ」
「ふうむ。で、何が要りようなのかえ?」
「ああ、ちょっと待って下さい……」
 従姉殿のその問いに、サトルがあらかじめ準備していたリストを出してそれを読み上げ始める。
「ええと、大きな麻袋とそれに塗るタールか膠。頑丈な荒縄と人間4,5人乗せても平気なかご。ガスボンベ用に質の良い鉄板と工房の人間数人。腕が良くて信用できる風精霊使い。あとできればネコ製のゴムホースと針金がたくさんあると嬉しいですかね」
 それだけを聞いて、従姉殿はほんの少しだけ考えるそぶりを見せた後に口を開いた。
「ほ……よいじゃろ。精霊使い以外は用意してやろうほどに」
「いやあの、それがある意味一番重要な物なんですけども……」
「ほほ、妾が用意してやるほどのこともあるまいて。なにせ従妹殿には人徳があるからの」
 そう言って従妹殿が私を意味ありげに見る。はて、人徳があるのは間違いないが風を使える知己など……。あ。
「待たれよ従姉殿。もしやアレを使えとでも?」
「さてのう?妾には何の事やらさて、名残惜しいが後が使えておる。此度の話はこれまでといたそう」
 おのれ、わざとらしくそらっとぼけてくれおって。
 怨みの力を最大限視線に乗せるが、私の邪眼は従姉殿の面の皮に傷一つ付けられなかった。
 
   *   *   *
「かくて魔道を究めし異能の王 沙漠を一つに平らげり……」
 駱駝琴とともに叙情たっぷりに奏でられた皇帝譚が定句で締めくくられる。吟遊詩人の少女に拍手と硬貨が次々と贈られ、三色縞の鱗が一礼する。
 その少女はささっと銀貨を拾い集めると顔を上げて……酒場に入ってきた俺達を見つけた。
 2秒ほどその動きを止める。そして、彼女は前触れ無くヒトには真似の出来ない瞬発力で飛び込んでくる。
「おねーさまー!!」
 と、サーラ様に向かって恋する瞳で一直線。そして、サーラ様の一足一刀の間合いに入る寸前で急激に方向転換。スピードを落とさずにブレーキをかけるクロスオーバーステップで鋭角的に曲がり、俺に向かって双翼剣の二刀居合いを放つ!
 だが甘い。その行動は想定内!
 バックステップと同時にあらかじめ爪先に引っかけておいた椅子を蹴り上げる。俺の身代わりに×の字に切り飛ばされる椅子が床に落ちる前にライラ様は追撃の為に踏み込む。その彼女を、鉄線仕込みのベルトが迎えた。
 コートの右袖に仕込んであるこの鉄鞭は、長さこそ30cmと短いものの右手首をフリーにしたまま腕の振りだけで振るえるので何かと重宝する。鋭さこそ無いが頑丈さと重さは折り紙付きで、身体にあたればヘビであろうと肉が裂け、反射的に武器で受ければ絡まって動きを封じるやっかいな武器。だが、ライラ様はそれを迷わず左手の剣に絡めてそのまま斜め上に振り上げる。しまった!まさか力業で懐こじ開けてくるとは!利き腕を封じられ、開いた身体。その正面でライラ様の肘に刃が添えられる。山勘で首に来る軌道に左腕を割り込ませる。この一撃、凌げるか?
 間髪入れず、衝撃が来た。
 俺とライラ様の頭に。
 
「何をしとるんだ、お前ら」
「いや、何とか聞かれても……」
「美しき百合の花園を食い荒らす害虫を駆除していました!!」
 俺の言葉を遮って、レズっ娘ライラ様が二重丸上げたくなるぐらい元気よくはきはきと答える。
「害虫て、あーた」
「そんな些細なことはどうでもいいんですけども。お姉様、一つ伺ってもいいですか?」
「なんだ?」
「何であたし縛られてるんですか?」
 サーラ様の武力制裁により鎮圧されたライラ様は、宿の二階の一室で椅子に縛り付けられていた。いや、正確に言うと先に活を入れられた俺が運んで縛ったんだけども。
「もしかしてお姉様……縛ったりするのがお好きなんですか?」
「人聞きの悪いことを言うなっ!!」
「そうおっしゃっていただければ、あたしはいつでもOKです……あんっ、お姉様何を」
 顔を赤らめて身もだえ始めたライラ様の眉を、サーラ様の指が逆手に押さえる。そのまま頭をのけぞらせ強制的に目を開けた状態にしたサーラ様は、ライラ様の頭上でレモンを握りつぶした。
「みゃぎゃあああああっ!?しみるしみるし~み~る~~~~!!」
 椅子ごと床を転げ回りながらライラ様が悲鳴を上げる。その様子に目もくれず、俺の差し出したタオルで手を拭きながらサーラ様は至極淡々と呟いた。
「人の従者を見つけるなり斬りかかるような危険人物野放しに出来ないだろうが。殴って縛っておかなかったら、お前衛兵に追いかけられることになってたぞ」
「ああ、ありがとうございます~。お姉様の思いやりが目に染みます……」
「染みてるのはレモン汁じゃないですかね」
「害虫は黙れ。それはそれとしてお姉様、今夜はどんなプレイを?」
 椅子に縛られて床に転がった状態で言うとかなり洒落にならない台詞に、サーラ様はあからさまに渋面を作り、しかし突っ込むことは諦めたみたいだ。
「……仕事が忙しいと言って断ってくれると信じたいのだが、腕の良い風精霊使いが必要になってな」
「へえ!」
 まだ真っ赤に充血した目ですっげえイイ笑顔作りますね、ライラ様。
「やっぱりね~。どんなときでも最終的に役に立つのは四大の精霊ですよね~。稀少だろうが自我があろうが肝心の時に役に立たない精霊使いは駄目野郎ですよね~」
 むう、以前クシャスラに(勝手に)負けたのがよほど悔しかったらしいな。そんなわっかりやすい彼女の挑発に、俺の中でクシャスラが反応する。
『ますたぁ、彼女の血中ヘモグロビンを全部一気に還元していいれすかぁ?』
 気持ちはわかるけど死ぬから止めときなさい。つか、そんな生体に直接作用するような大魔術、使ったら魔力不足で俺が死ぬ。
『ぶーぶー!らって、あんなビッチに言いたい放題言わせといていいんれすかぁ!?』
 クシャスラにはクシャスラにしか出来ないことがあるんだから良いんです。それに――
『それに?』
 俺は、俺の精霊が物を作る精霊で良かったと思ってるから。
『……』
 どした?
『にゅふ~~~』
 相好を崩しながら、クシャスラが眠りにつく。いつもこう素直なら楽なんだけどなあ。
 俺の反論が無いことに満足したライラ様は、酷く嬉しそうに話の続きを促した。
「で、あたしのルフで何をすれば良いんですか?」
「ああ、空を飛んで獅子の国に行き、紙を買い付けてくる」
「わかりました!空を飛んで……え?」
 
   *   *   *
 
「うわー。ここまで来ると本当に飛べそうな気がしますね」
「そうだな」
 従姉殿に準備を頼んでから一ヶ月余り。サトルが忙しく走り回っていた成果が宮殿の中庭で、その威容を誇っていた。
 杭につながれたカゴから上に伸びる荒縄。その先には茶色に塗られた丸い麻袋が五つ、大きく膨らんでおとぎ話のイフリートのように地上の人間を見下ろしていた。
 これからこれに乗って空を飛ぶ。
 無論今までも鶏や犬を飛ばして大丈夫だと確かめてはいるのだが、自分が乗るとなると正直不安がぬぐえない。
「……にしても、サトルがいなければお姉様と二人きりなのに」
「いや、この場合一番必要ないのは私だろう」
「そんな!?お姉様はあのケダモノとあたしを二人っきりになさるおつもりですかっ!?」
「上下に動かすのはサトルで横方向に動かすのはお前だ。正直私は必要ないだろう」
「いや、ライラ様と二人きりだと俺の命がピンチなので、お願いだから一緒に来て下さい」
 後ろからかけられた声に振り向くと、準備を整えたサトルが立っていた。
 いつもの黒ずくめではなく、羊毛を基本とした簡素な旅装。フード付きのマントをまとい、ガラスの入ったゴーグルを首に下げている。いつもと変わらないのは鉄板入りのブーツとバネ銃ぐらいのものか。
「いつもの鎖帷子はどうした?」
「空を飛んでいく以上、少しでも軽くしたくて。そうなると、やっぱり鎖の入ったコートとか暗器の類とかは諦めないと」
「ふうむ」
 改めて上から下まで眺めてみる。なるほど、革も金具も使わずに紐でのみ止める、軽く暖かいことを第一に考えた服装ではある。しかし……。
「お前、白い服が似合わんなぁ」
「え?そ、そうですか?」
 白の禁欲的なイメージとサトルの俗っぽさというかなんというか、そんな雰囲気が噛み合わない。というか、普段の黒とかすすで汚れた服とかのイメージしかないからだろうか。
 だが、その私の感想に意外なところから反論が来た。
「そうでもないと思いますよ、お姉様。あたし的にはありです」
「……ほう、そう見えるか?」
 というか、お前が男の服の寸評をすることにびっくりだ。
「ええ、だってあのコートと違ってどこを刺しても刺さるじゃないですか」
 まるで雲一つ無い青空のような笑顔でライラが朗らかに言い切った。
「なるほど、ついて行かないとサトルの命がピンチだな……」
「でしょう?」
 
「じゃあ繋留索の切断をお願いしまーす」
「了解、繋留索切断!」
 隊長の号令に合わせて居並んだ兵士が縄を切る。気球が戒めから解かれ、徐々に浮かび上がり始めた。下に押しつけられるような妙な感覚。前に一度重力精霊の暴走で巻き上げられたのと丁度逆の感じがする。その感覚に戸惑ううちに、視点が城壁を越え、宮殿の尖塔を越え、眼下の人々や街が小さくなっていく。
「これは……凄い光景だな」
「うわーっ!うわーっ!ほんとに飛んでるーっ!!あっ、お姉様見て下さい。みんなこっち見てますよ!」
「おお」
 今までの実験で、紐付きの気球が飛ぶのを見たことはあっても流石に人間が乗って飛ぶとは思わなかったのだろう。バザールの人々もこちらを見上げてぽかんと口を開けている。ライラは初めて見る絶景にサトルのことも忘れてはしゃぎ、下に手を振って振り返されてはまたはしゃぐ。
 目を下から横に向けると、ただただ広い砂の黄色と空の青の二色にわけられた世界がどんどんと広がっていく。高くなる度遠くまで見えるようになる視界。
 ふと祖国のある方角に目を向ける。その先には、地平線と其処まで向かう細い道だけが見えた。
 まだ見えないか。それとも、もう見えないのか。
「そろそろ寒くなってくるんでマント着た方が良いですよ」
 サトルの声が差し込まれ、ふと自分が感慨にふけっていたことに気付く。そのサトルは荷物を開けることもせず、狭いカゴの中でしゅこしゅこと何かの機械を動かしていた。
「それは、何をしているんだ?」
「ちょっと予想より高度があがりすぎてるんで、気嚢からボンベにガスを戻して居るんです。それよりそろそろ……」
「む、そうだな。ライラ、風を出せ」
「わかりました、お姉様♪」
 ライラがそう言うと、その身体から緑の羽を保つ大鷲が浮かび出る。そして、ルフがその羽を一打ちすると風が北へと向かい始めた。
 
 空って思いのほか寒い。太陽に近いんだから熱いんだと思ってたけど、悔しいけどサトルの言うとおりだった。何で寒いのか理由を聞くと、気圧がどーのとか地表の輻射熱がどーのとかわけわからない呪文を聞かされる。カガクとかいうヒトの世界の魔法理論らしいけども、そんな高度な魔法が使えるヒトがどーしてこっちの魔法が使えないんだろ。
 そのどちらの魔法も使える希有な例は、赤い布のついた太矢をまた投げ落とす。
「さっきから何やってんの?」
「え?ああ、これですか。目印です」
「目印?」
 風の制御をルフにまかせて後ろを見てみる。確かに一直線に赤い点々が並んでる。
「目につく物が何もない沙漠だと、どこに向かっているかわからなくなるんですよ。飛んでると細かい目印が見えなくなりますし」
「……それは何?あたしの風のコントロールが信用できないって事?真っ直ぐ飛ばすことすら出来ないと?」
「いやいや。ただ、急な乱気流とかで方向見失うことはあり得るでしょ?」
「それっくらいどうとでもねじ伏せてみせるわよ。あんたのチンケな魔力と一緒にしないで」
「それでも万が一って事はありますし……」
「ないわよ。馬鹿にしな……」
「ライラ」
「はいっ、なんですか?お姉様」
 双眼鏡を使いながら進路を見張っていたお姉様が前から視線をはずさずにお声をかけて下さるの。あんっ、お姉様の声だけで感じちゃうっ。
「魔法を過信するな。ザッハーク帝をして、帝都の消滅は防げなかったのだ」
「あう……。わかりましたぁ」
 お姉様がサトルの味方をするのは悲しいけれど、確かにそのとおり。魔法にも出来ないことはあったわ。ばかばかばか、あたしのばか。でも精霊使いでもないのにそれに気付かせてくれたあたしのお姉様は本当に聡明でお優しい方……。ああっ、お姉様に叱られるとこの身体が愛に包まれていることを確信できるの。でも「もっと大きな愛を……。できれば肉体同士で」
「ちょっと左にずれてますー」
「ライラー、一時方向に風を修正」
「はい、ただいまー」
 あちゃ、気がそれてたせいか少しコントロールが乱れてたみたい。お姉様の指示に合わせて風向きを変えて、と。
「ライラ様、一つ聞いていいですか?」
「何よ突然。お姉様ならともかく、あんたは話しかけないで」
「正直、飽きてきてるでしょ」
「……」
 むう、確かに。図星を突かれて言い返せない。最初のうちは凄い光景だと思ったけど、見えるのは所詮空と砂だけ。その上、精霊を使い続けているから精神的には正直きつい。けどサトルに言われて認めるのは……。
 そんな風に迷っていると、お姉様が一つため息をついて振り向いたの。
「休憩いれるか、昼食もかねて」
 
 粉っぽいビスケットにだだ甘いコーヒー、そして灼けた石で焙ったサラミだけの簡単な食事。携帯性最優先の食事をじっくりかみしめるように食べて一息つく。
 正直満腹にはほど遠いけど、空にトイレがあるわけでもないのでここは我慢。
 いつも無駄に元気なライラ様もなんだかんだ言って長時間の魔法行使は疲れたのだろう。今は静かに干し杏をガムのようにむぐむぐしている。
「朝から出て、3時間か4時間ってとこですけども、今どの辺なんでしょうね?」
「ここを直線に歩いた奴が居ないから何とも言えないが。もうそろそろ地平線の先に山が見えてきているな」
「え?お姉様、それって山脈ですか?」
「山頂が白いので、おそらく間違いないだろう」
「ってことは、もうかなり近くまで来ているって事ですか?」
「今ひとつ距離が測りにくいから何とも言えないが、うまくいけば今日中に山裾まで行けるんじゃないか?」
「おー、道のあるところを進んでも4日かかる道のりを一日で。すごいですねあたし達」
「道など無くても進めるのはやはり大きいな。まあ、それはそれとして一つ気になることがある」
「あたしの何気ない仕草とかマントから覗く素肌にドキドキするんですね。言ってくれればいくらでもお見せしますのに……」
「疑問形ですらないんだ……。じゃなくて、何か見えたんですね?サーラ様」
 確認するとサーラ様は一つ頷き、後を続けた。
「山裾の、進行方向よりやや右寄りか。その辺に、はっきりとはわからないが村のような物が見える」
 村?地図上では何もなかったような……。まあ他国領土なんてほとんど未知の領域なんだろうけども。
「ウルかメレクの地方領じゃないんですか?」
 ライラ様のその推測に、サーラ様は肯定も否定もせずに首をかしげる。
「それが一番ありそうな線ではあるんだが、少し中心から離れすぎている気がするし、そこまで領土を延ばしたという話も聞かないしなあ」
「野盗か何かが水源見つけて村を作っちゃったんでは」
「あり得る話だが、襲う相手もいないだろうあの辺は。そんなところに野盗が行くか?」
 うーん。ありそうな話はいくつでも思いつくけど、情報が少なすぎて判断できないな。
「で、いかがなさるんですか?お姉様」
「とりあえず、近づいて様子を伺おうと思う。村で水が確保できるならいいことだし、山脈越えのルートなど知っていれば更にいい。ウルかメレクの属領のようだったら其処を迂回するルートを探そう」
「気球の存在が他国にばれる危険性とかは大丈夫なんでしょうか?アディーナの食客的には」
「そのときはそのときだ。ばれてもアディーナの損失で、私の損失じゃないからな」
 ケロリとした顔で肩をすくめるサーラ様にライラ様が無邪気っぽく反応する。
「やーん、お姉様悪党ー。ピカレスク的にステキー」
「はっはっは、そう褒めても何も出さないし出させないぞ」
「従姉妹同士なだけあって、エラーヘフ陛下と思考が似てますよねー」
「……」
 サーラ様、なんでぢっと手を見ますか。
 
「……ネズミだな」
「ネズミ?」
 双眼鏡を覗くサーラ様のつぶやきに思わず聞き返す。
「鼠の相をもつ人間。この大陸に特定の領土を保たない種族で、あちこちに小さな集落を作って暮らしている……らしい。私も見るのは初めてだ」
「ヘビじゃないってことは、ウルでもメレクでもないってことですか?」
「そう単純な話じゃないが……可能性は低いだろうな。見える限りではヘビの姿も見えないし、他のどこかに繋がる道が見えるわけでもない」
「じゃー、泊めてもらえたり出来ますかね?」
「難しいところだな。ヘビに比べ体格に劣り臆病な連中だとはきいているが、臆病だからこそ攻撃的になることもあるからな」
 それは確かに。迂闊にこのまま近づいていって矢とか射かけられたら、俺と気球がヤバイ。
「それじゃ遠回りしますか?」
「……いや、交易ルートを作るのが目的ならここの連中を味方に付けておくのは重要だ。ここで補給や修理が出来るようになるなら山脈越えもずいぶんと楽になる。ある程度離れた場所に気球を留めて歩いて向かおう。そうだな……あのあたりにするか」
「了解しました」
 ライラ様が風向きを変え、俺はポンプでガスを抜き始める。気球が静かに降り始めた。
 
   *   *   *
 
 日の沈みかけた頃になって、やっと村に辿り着けた。質素な、というよりも明らかに素人仕事の木造住宅が20軒ほど村の中心の泉を囲むように立っている。外敵などの心配はないのだろうか村を囲う柵もなく、家々の周りには小麦と菜種の畑が作られていた。しかし……
「誰も出てきませんねー」
「誰も出てこないな」
 警戒しているのか単に怖がっているのか、どの家も扉や窓を戸板で閉めきって誰も出てこない。とはいえ、道やら畑やらそこかしこに残る生活痕を見ればここに誰かが住んでいることは明白だし、何より気配が消せてない。とりわけ、怯えの気配が。
「どうします?お姉様」
「ふむ……入らせてもらうか、駄目とも言われてないしな」
 よく通る声で言った何気ない一言に、近くの家々の気配がビクッと反応する。サーラ様もライラ様もそのことに気付いているんだろうけども、全く気にした様子もなくずかずかと中へと踏み込んでいく。
 大胆のように見えるけども、その実かなり気を配っている。二人とも自分が十分に武器を振るえる間合いを保ちつつ距離を置きすぎずに歩調をそろえる。俺も二人の一足一刀の間合いに入らないようについて行きつつ後方に気を配る。
 田舎の夕暮れに、似合わないほどの濃密な空気。それが村の中心に近づくにつれ、より濃く、よりきな臭くなっていく。
 こういうときに一番重要なのが忍耐だ。高まっていく緊張に対して「きっかけ」を与えてはいけない。どういう方向に暴発するかわからないからだ。
 暴発が起こすときは、少なくとも望んだ方向のものを出来る限り望んだタイミングで。それが来るまでは、息を殺して堪え忍ぶ。静かにゆったりと呼吸を整え、身体から力みを抜きつつ神経に緊張を残していく。
 サーラ様とライラ様も特別気負った表情は見せず、けど警戒そのものは解かずに村の中心まで歩く。やがて、村の中心になっている泉の近くまで来ると、周囲の気配は殺気すら混じるようになってきた。
 さて、これからサーラ様はどうするつもりな……あ、かなり深く息を吸ってる。となると、
 
 「――けぇい!!」
 
 気勢一発。音量ではなく、込められた闘気の量に思わず跳び上がりそうになる。
 予想していた俺ですらすくみ上がりそうになったそれは、周りで隠れていた連中には致命的だったらしい。そこかしらの物陰や家の中から転んだり物を取り落としたり悲鳴を上げたり何かに祈りを捧げたりする物音が聞こえる。
 もし何かあったら襲いかかるつもりだったのだろう、農具やら石やらを持ったネズミの青年がすっころんで水桶や家の陰から姿を見せる。そのうち一番体格が立派そうな一人に、悠然とサーラ様が歩み寄る。
「ひ、ひいっ!?」
 どーやらこの村の面々はみんなハツカネズミっぽい。真っ白な体毛に赤い目、毛のない尻尾。そんな感じの直立歩行して服を着たメルヒェンネズミ生物達。耳が大きくて黒かったら舞浜あたりに出没しそうだなー。
 そんな夢の国の生き物も、近づくサーラ様を前にして腰を抜かして動けない。近くにいた仲間も助けようとはするんだけども、ライラ様に一睨みされるとあっさり物陰に隠れる。……ううむ、恐るべし食物連鎖。生態系の底辺って大変ね。
 残酷なようだが、これも厳しい野生の掟なのである。なんてナレーションを脳内再生している間に、サーラ様はその男の前でまた大きく息を吸い込んだ。
「旅の者だが、一夜の宿をお貸し願いたい!村長のお宅までご案内願えないだろうか?」
 形式的にはそのネズミに、だが実際には村全体に呼びかける大声。呑まれきったそのネズミ君は、声も出せず必死に頷いた。
 
「……すると、我々を狩り立てにきたわけではないのですな?」
「うむ。この“放浪女王”サラディン・アンフェスバエナの名において誓おう」
 一通りこちらの状況を教えてやると、年老いた村長は安堵のため息をつく。家の周りでこちらを伺っていた気配も弛緩していくようだ。大陸でも弱小種族で知られるネズミは、ほかの種族に虐げられることが多いと聞く。そのネズミの村にヘビの旅人が道のないところを通ってやってきたのだ、その警戒振りもよくわかる。
「そういうことであれば、我々も一晩もてなしをさせていただきます。……ですが、サラディン様。山を越える道を探すというのであれば、いくつかお話せねばならぬことが」
「ふむ?話さねばならないこととは?」
 促すと、村長は居たたずまいを正し長い話を語る構えを取った。
「我々、元は砂漠の民ではございません。獅子の国よりこちらに参った民にございます」
「え、山向こうからですか?」
「ええ、二年前ほどです、故郷の村が……」
「盗賊に焼き討ちにあったとか?」
「いえ、村民が増えすぎまして、このまま隠れ村の規模を大きくしていっては獅子の領主に見つかり、年貢を課せられたり下手をすれば奴隷刈りにあいそうなので半分ほど移住しようということに」
「……先見性があるというか」
「臆病にもほどがあるでしょ、それ」
「というか、単に年貢納めるのが嫌だっただけじゃないだろうな」
「いえいえ、これがネズミの生きる知恵です」
 三人の突込みに対して、村長はさらりと流す。臆病な割には妙なところで肝が据わっているな。
「かくあれ、野には獅子が住んでいるということで山を越えるべく我々は旅立ったわけです。しかし、誰もが通ったこともない険しい山々、そう簡単に子供たちをつれて移動できるものではございませんでした。しかし、そこに救いの手が現れたのでございます。それがシームルグ様でした」
「しーむるぐ?」
「……って、確か伝説の霊鳥でしたっけ、お姉さま」
「ああ、言い伝えによれば鷲の翼をもつ狼で賢者のごとき知恵を持つという。……実在したとはな」
「ええ、まさしくその通りの鷲の翼にオオカミの体の賢者様が、高みより道と食べるものを教えてくださり我々をこの泉まで導いてくださったのです」
 ……ん?なんか今変な感じが。
「へぇ~。そりゃずいぶんと親切な鳥ですねぇ」
「はは、無論ただ我々に施してくれたわけではございません。シームルグ様は助ける代わりに山中に社を作り、そこに巫女と作物を捧げるようにとおっしゃいました。そして、捧げものを続ける限りこの村を守ってやろうとも。つまり、この村の守り神として祭られることになったのですな」
「……巫女、ですか?」
「ええ、シームルグ様の身の回りをお世話する巫女を一人よこすようにとお伝えがありまして、ドナテアという娘が奉公に参りました。とまあそんなしだいでして、もしこの山を越えるのであればシームルグ様にご挨拶があったほうがよろしいかと」
 ……ふむ。
「どう思う?」
 両脇の二人に水を向けてみる。先に口を開いたのはサトルだった。
「顔は通しておいた方が良いんじゃないですかね?うっかり縄張りを無断で通って、問答無用でケンカ売られたら困りますし」
「ここの人達と仲良くやってるようなら、私達が行っても取って食われるようなことはないと思いますけど」
「ふむ」
 正論ではある。正論ではあるが、どうにもうさんくささが拭えない。伝説の霊鳥が存在するというのもうさんくさいし、それが普通の食料を要求するというのも……。とはいえ、貢ぎ物とやらで村が困窮しているようにも見えない。
 さて、どうしたものか……。と、肝心なことを聞いてなかったな。
「そういえば村長殿。そのシームルグ様に会うにはどうすれば?」
「はあ、山中に作りました社に手紙を置いておけば、そうですな、三日から遅くても五日ほどで巫女を遣わせていただけます」
「む、それは……。ん?その社まではどれほどの距離があるのかな?」
「山道を二時間ほど歩けば着きますが……まさか今から行かれるので?もうそろそろ日も沈みますが……」
「なるほど、二時間ほどか」
 そう言うことであれば、こちらから行ってみるか。
 
   *   *   *
 
 太陽が山向こうに落ちると急に冷え込んでくる。故郷の食らいついてくるような吹雪とはまた違った、忍び込んでくるような冷え。立ち向かうことも出来ずベッドの上で息を忍ばせるのがせいぜい。でも、それがどうしても堪えられなくて……。
「むぎゅ」
 腕の中の暖かい身体を抱きしめる。白い短い髪の頭が私の胸の間でもぞもぞ。その様子が可愛くって、思わず其処に顔を埋めてしまう。とてもステキな女の子の匂い。
「お姉ちゃぁん」
 甘えるような声でドナテアがしがみついてくる。そのままわたしの胸骨にちゅー。お返しに、わたしも白いネズミ耳をかぷ。二人とも微妙に位置をずらしながらちゅーちゅーかぷかぷと繰り返す。師匠はわたしのことを噛みつき魔と呼んだけど、その言い分だとこの子は『ちゅー魔』。キスじゃなくってちゅー。小さな唇でちゅーちゅー吸い付いてくる。
 そのちゅー魔はわたしの左のおっぱいに狙いを定めたみたいで乳首には触らずにおっぱいにちゅーの跡を付けまくる。くすぐったくて、気持ちよくて、もどかしくて、愛おしい。二年前、8歳だった彼女は何にも知らなかったのに、いつの間にかこんなに焦らし上手になって……。ああ、この子にして良かったー。
 直接乳首に来ないちゅーがもどかしくておねだりしそうになるけど、年長者の意地にかけて何とか踏みとどまる。
 背中の翼を伸ばしてちっちゃな背中を撫で上げる。ちゅーがちょっと強くなって少し痛かったけどそれも気持ちいい。背中のなでなでは翼に任せて両手は可愛いお尻をわしづかみ。まだ流石に硬いけど、それでもぷりんとした弾力がかえってくる女の子のお尻。
「きゃ」
「ん、どうかした?」
 思わず口を離してわたしの顔を見上げる赤い瞳。潤んだ視線にとぼけた返事をすると、ドナテアは口を尖らせる。
「お姉ちゃんのいぢわる」
「く、ぅうんっ」
 尖らせた唇が、そのまま乳首へ。吸われて、乳首が硬く大きくいやらしくなっていく。お尻を掴んでいるはずの手から力が抜ける頃には左の乳首は変身完了してた。
「ね。こっちも、シて」
「うん」
 今度は素直におねだり。ベッドに押し倒されながら逆のおっぱいを突き出すと、ちっちゃな両手で掴まれて、すぐに乳首にちゅー。吸われたところが硬くなる代わりに体中がふにゃふにゃになる。
 ぴんぴんになった乳首からようやくドナテアの唇が離れる。でも白い小悪魔が許してくれた訳じゃない。ちゅっ、ちゅっ、ちゅーっと段々とちゅーされるところが下がっていく。わたしも脚を開いてドナテアがちゅーしやすいようにして上げる。ちゅーがおへそを通って、濃いめのヘアを飛び越えて、わたしのおまんこの上に生えたおちんちんの先端に触れる。
 吸われるっ――と思ったけど、なぜか来ない。あれ?と思って油断した瞬間。
 
 ちゅうううううううぅぅぅぅ……
 
「ああおああぁーーっ!!」
 不意打ちに思い切り背中がのけぞる。翼も突っ張る。四肢もぴーんと張りつめる。尿道から全てが吸い出されそうな快感にイッちゃう。ぱしゅっぱしゅっとおまんこから潮が噴いてドナテアの平たい胸を濡らすのが見えなくてもわかる。
 そのドナテアは、まだ萎えようとしないおちんちんに軽いちゅーの雨を降らせていた。
 
 半陰陽。
 私の性器は普通の女性と違ってクリトリスと尿道口の所から、親指ぐらいの大きさのおちんちんが生まれつき生えている。師匠の検査によると「母体内での細胞分裂時に何かの理由でホルモンバランスが狂った為に起った奇形。生理機能は問題なく女性だな。妊娠も出産も出来るぞ。精巣がないから種付けは出来ないが」とのこと。
 でも、私の生まれたオオカミの寒村でそんなことがわかるわけもなく――悪魔の子供と言われ、母共々村はずれに追われ――母が死んだからと言って忌み子が受け入れられるわけもなく――野の獣のように暮らし、街道の旅人や村の家畜などを襲うようになった。
 今でも思う。あのとき師匠が通りかからなかったら、そして返り討ちに遭わなかったら、わたしはここにいないだろう。
 呪われたこの身体が、こんなにも気持ちいいモノだと想像すらしなかっただろう。空を飛ぶ翼もなかったろう。魔法の使い方もしらなかっただろう。そして世界があの深く暗い森だけでないと知ることもなかっただろう。
 
「ちゅーっ!」
「ひゃあああっ!?」
 おまんこの入り口を強く吸われて、敏感になっていた身体がもう一度跳ねる。イッちゃった原因に目をやると、まだ萎えないおちんちんの向こうにふくれたドナテアの顔があった。
「お姉ちゃん、また『おししょうさま』のこと考えてたでしょー」
「ごめんごめん」
 瞳以外は真っ白な天使みたいな、でも結構嫉妬深い女の子。そんなドナテアの身体をひょいっと持ち上げて……。
「ひゃっ」
 そのまま顔面騎乗位に。目の前にまだつるつるのおまんこ。外側がぽってりと厚くて切れ込みにしか見えない。でも、その切れ込みからはむわ~っとした牝の匂いが漂ってくる。
 余りにも美味しそうだから指で軽く切れ込みを広げちゃう。中には充血した果肉がたっぷり。そして、ゆっくりと垂れてくる粘度の高い果汁。舌先で受け取って口の中で転がして味わう。
「おいし。触られてもないのにこんなに濡れちゃうんだ……」
「ん、やあっ」
 さんざん愛し合ってるのにこうやって見られたり嗅がれたり味われたりするのは恥ずかしがる。わざとかどうかは知らないけど、それが女心をくすぐるのよねー。
 
 ちるるるるるるるるるっっ
 
「ふみゃっ!あっ――あーっ!」
 果肉にかぶりついて音を立てて果汁をすする。最近膨らむ兆候を見せ始めてきた薄い胸が思い切りのけぞってランプの光をてらてらと反射する。こぼれたびらびらの所や皮に包まれたお豆ちゃんを犬歯でくにくにといじってあげる。悲鳴みたいな声を上げて身もだえる。ふと意地悪して口を離す。ちっちゃい手が私の髪を掴んで股間に押しつけようとする。
「お、お姉ちゃあん」
 泣きそうな声でおねだりされるとは、保護者冥利に尽きますなあ。その可愛い声に免じてとどめを刺して上げる。歯で皮を剥き、舌でお豆をちゅるっと包んであげる。
「んあーっ!あーっ、あーっ!!」
 甲高い鳴き声と、少しの失禁。
 塩っ気のある黄色い液体が口に入ってくるけど、逆に興奮しちゃう。
 くてっと弛緩して仰向けに倒れる彼女の其処を舌でお掃除すると、ドナテアの身体はぴくぴく動く。
 抵抗しない幼い肢体をうつぶせに寝かせて、お尻だけ高く持ち上げる。いわゆる雌豹のポーズ。白くて小さくてまん丸のお尻。その真ん中に赤く色づいた小さな果実。わたしはそこにわたしの一番敏感な先端を触れさせる。
「あ……」
 一気には入れない。くちゅくちゅと、入り口とかお豆とか尻尾の付け根とかお尻の穴とかをこね回す。お尻も両手で強弱を突けてこね回す。
 こねこねこねこね。
 こねるたびに二人の息が早くなる。体温が高くなる。あえぐ声が大きくなる。毛のない尻尾がお腹をぺしぺし叩く。毛のある自分の尻尾が自分の背中をバシバシ叩く。あ、だめ、わたしの方が我慢できない。
「ね、挿れていい?」
「お姉ちゃん……挿れてぇ……」
 その言葉を聞き終わらないうちにおちんちんをおまんこにぶち込む。反射的に締め上げてくる狭い肉穴に、すぐさまイカされちゃう。でもイッているのに腰は止まらない。勝手にカクカク動いてドナテアを突き回す。ドナテアも絶叫して潮を吹いて、イキッぱなしだけど腰は止まらない。わたしの腰にリズムをあわせてクイクイと動く。
 小さな背中にのしかかって耳に噛みつく。腕を取られて痛いぐらいのちゅーをされる。平たい胸を撫で上げる。小さい背中で乳首がこすられる。痛いのも気持ちいいのも区別が付かなくなる。されているのかしているのか区別が付かなくなる。そして――
『イイーーーっ!気持ちイイーーーっ!!大好きいいいぃぃぃぃぃーーー…………』
 その声が、自分の声かドナテアの声かわからないまま意識が真っ白になった。
 
「お姉ちゃん、重ぉい」
「あ、ごめんごめん」
 ドナテアの上でちょっと気絶してたみたい。すぐにどいて上げようと思ったけど、ちょっと思いついちゃった。
 ドナテアを抱えてくるんと反転。向きと上下をそのまま逆に。萎えたおちんちんは流石に抜けたけど、肌の触れる広さはそのまま。
 少女の心地良い重さを感じつつ、シーツをたぐり寄せる。そしてこのまま二人で体温を分け合いつつ……この匂いは誰!?
 そう思うと同時、小屋のドアが蹴破られた。
「あなた、間違ってる!!」
『は?』
 びしりと突きつけられた言葉と指先に、二人してそれしか言えなかった。そんなわたし達の反応はどうでもいいのか、その乱入してきたヘビ――派手な鱗で妙な柄の剣を腰の両方に吊した――は怒りをあらわにして続ける。
「そこは落ち着く所じゃなくて、貝合わせで締めるところでしょ!」
「な――そんなのわたし達の勝手でしょ!!」
「勝手な訳あるかーっ!女同士の純粋な愛に棒や玩具など不要っ!!ましてフタナリなど邪道中の邪道ッッツ!!」
「生まれつきの体質に邪道も外道もないわよ!わたしがこれの性でどれだけ苦労してきたかも知らないのに勝手なこと言わないで!!」
「知ったこっちゃ無いわよ!そんなに嫌なら切り落とせば良かったじゃない!!」
「親からもらった大事な身体を切れだの何だの何様のつもり!?それにドナテアも悦んでいるのに今更斬ってだれが喜ぶってのよ!!」
「そんなものがなくちゃ恋人を満足させられないのはあなたが未熟なだけじゃない!!その余計な肉の突起こそ真の愛への道を閉ざすパブリックエネミーよ!!ああもう、あなたがやらないって言うならあたしが……」
 
 ばちこんっ! がっ! ごっ!
 
 聞き慣れない音とともに、乱入者の頭が激しくぶれる。それとほぼ同時に天井に何かが当たってベッドに落ちてきた。鉄球。
 膝からくずおれる乱入者の後ろで、ニシキヘビ柄のヘビの女がなにやら機械らしいモノを従者に手渡していた。
「連れが失礼した」
「はあ……」
 展開が色々早すぎて、脳みそが追いついていけない。……ってかそもそも誰?この人達。
 そんな疑問を感じ取ったわけでもないだろうけど、その偉そうなヘビの女は一礼して自己紹介した。
「私はサラディン=アンフェスバエナ、見ての通りのヘビ。こちらが従者のサトル、ヒトだ」
「えっと、倒れてるのは?」
「気にしないでいい。で、私は名乗ったが」
「……ええと、わたしはラケル、イヌじゃなくてオオカミ。この子はドナテア、ネズミよ」
 わたしの自己紹介を聞いて、サラディンが大きく頷く。そして、私の喉に剣の切っ先が突きつけられた。
 ……って、うわ!?い、何時の間に?目を離してなんかいないのにっ!?
「そうかそうか、オオカミか。つまり……シームルグというのは嘘なんだな?」
 なにその捕食者の笑みはーっ!?もしかして今倒れ伏してるあのヤバイヘビよりヤバイ?
「はっ!?い、いや、オオカミというのは言葉の綾で……」
「嘘くさいと思ったらどんどん切っ先がめり込んでいくからそのつもりでな」
「はっ、すいません、オオカミです。シームルグじゃないです。この翼に関しましては長い話がありまして……」
 
   *   *   *
 
「……という次第で、お師匠様に世界を見てこいと言われここに至ったわけです」
「なんか意外と苦労してるみたいですね」
「だからといって神を騙って良いものでもないと思うがな」
 シーツにくるまってガタガタ震えるオオカミとネズミ。震えながらも互いをかばおうとするのは種と性別を超えた愛のなせる業か。
「どうします?サーラ様」
「とりあえず要らない部分を切り取ってみるのはどうでしょう」
「だめーっ!お姉ちゃんのおちんちんとっちゃだめーっ!!」
「わたしのちんちんはどうなっても良いからこの子の命だけはーっ!!」
「だれがそんな猟奇的な要求をしたかっ!ライラも復活するなり混ぜっ返すな!!」
「あたしは本気ですぷるっ」
 
 ばちこんっ! がっ! ごっ!
 
 今度はサトルの手による零距離射撃が再びライラを沈黙させる。以心伝心の忠臣とサムズアップをかわし……さて、どうしたものか。この翼を与えた師匠なる生き物には心当たりがある。できれば二度と会いたくはない人物だが、今はレヴィヤタン一族が捕らえているはずだからもう関係ないと見ても良いだろう。とすれば……。
「ラケル、といったか。お前、働く気はないか?」
「へ?」
「この山を越えて獅子の国との交易路を開拓する。その案内人をする気はないか?」
 刀を納めながらこちらが出した申し出を、少しの時間をかけてオオカミの女が考える。その間もドナテアは私を警戒しているようだったが、先ほどよりは幾分落ち着いたようだ。
「あなた達は商人か何か?」
「いや、大まかに言うとアディーナという国の命を受けて動いている。詳しく言うと面倒なので聞くな」
「聞いたこと無い国だけど……」
「隣の更に隣の国などそんなものだ。特に今は移り変わりが激しい時代だからな。私達はとある手段でウルもメレクも通らずに沙漠を飛び越えてここまで来た。だが、やはり沙漠を越えるのと山を越えるのでは勝手が違うだろう。そこで、ここの交易路の案内人を頼みたい」
「飛ぶって……ああでも、確かに飛べない限りここまでは来れないか」
 ラケルが得心がいったように頷く。確かにこの小屋は崖に囲まれたテーブル状の地形にあり、飛べなければ近づけなかったろう。しかし、飛べさえすれば見つけるのはたやすかった。供物を捧げる社よりほど近く、人目と人の脚を拒み、なおかつ人の住めそうな場所は限られる。月明かりでも見つけるのは簡単だった。
「国の事業として交易路作るのよね?」
「うむ」
「……ヘビの国なんだろうけど、下の村とか私達をまっとうに扱うの?」
 なるほど、確かにネズミはどこの国でもほぼまっとうに扱われない。こと沙漠では村ごと奴隷にされる例も珍しくはない。そしてこのオオカミは翼を持つあからさまな異形。当然の心配だろう。
「心配は要らない、とまでは言えないがアディーナの普通民として受け入れられるようにしよう。それ以上の待遇は自分で掛け合ってくれ」
「断ったら?」
「私は是が非でも目的を達成する。味方をするなら助ける。敵に回るなら斬る。どちらでもなければ知ったことではない。平たく言うなら、断り方次第だ」
「それは……うーん」
 やはり、簡単に答えは出せないか。しかしこちらも気球という悪意に弱い乗り物に依存している以上、脅して味方を増やす真似は危険だ。さて、どうでるか……。
「悩むことはないぞ、ラケル」
 言葉の内容を理解する前に、身体が振り向く。小屋の粗末な窓の方から聞こえてきたその声は――
「お師匠様!?」
 ラケルの口から出た言葉に、やはりと思いつつも気を取られる。その一瞬の隙に、何か大きな尖ったモノが窓を枠ごと引きはがした。
 窓があったところに大きな穴が開き、そこから大きな生き物の姿が覗く。細く巨大な植物を思わせるシルエット。ばりぼりとむしった木の板を貪る三角の頭。
 二つの月に照らされたそれは、小屋よりも更に大きなカマキリだった。
 だが、問題の本質はそれではない。問題は、その巨大カマキリの細い背中に立つ常軌を逸したナマモノ!!
「生きていたのか色情狂!!」
「お、お師匠様、なんでここに!?」
 黒く長い髪、それをわけて天を突く兎耳、傲岸不遜な笑み、銀縁の単眼鏡、そして全裸の上に白衣一枚の変態的な格好。辱めとか無くても忘れられない間違いなく悪の魔法使い。キャルコパイライト・ザラキエル・イナバ。
「話は大体聞かせてもらった。……しかし奇遇だな、女王陛下」
 『女王陛下』?こいつ私達のことを調べたのか。というか、どうやってレヴィヤタン一族の手から逃げ出したのか。
「……二度とは会いたくなかったがな。悩むことはない、とはどういう意味だ」
 一度納めた刃をまた抜いて殺気とともに突きつけるが、面の皮とはまた別のものに阻まれ表情一つ変えることは出来ない。
「いやなに、ちょっと魔法実験の儀式の人手が足りないので弟子に手伝わせようと思ってな。そんなわけでラケルは我輩が預かるからスカウトとかを考える必要はないというわけだ」
 余りにも、余りにも唐突且つ身勝手な言いぐさにあきれ果てて誰もが言葉を失う。その静寂の中、当事者たるラケルがおずおずと手を挙げた。
「あのー、わたしの意志はどうなるんでしょうか?」
 そのラケルの質問に、ザラキエルはなにやら手を卑猥に動かして答えた。
「師弟と言えば親子も同然。子が親に孝行するのは至極当然。それとも……嫌とでも?」
「い、いえっ!そんなことはっ!ただ、今は独り身ではありませんし……」
 狂ったウサギの一瞥を受けて、オオカミが腕の中のネズミにすがりつく。……すごい絵だなあ、おい。
「ふむ、今の恋人か」
 それを見て、ひらりとカマキリの背からザラキエルが飛び降りる。無駄に前方一回転などをいれつつも単眼鏡がはずれないのは、やはり魔法か何かだろうか。そのまま、まるで散歩でもするかのような気軽さで壁の大穴をくぐり、ベッドのそば――つまり、私の刃が届く間合いまで入ってくる。
 隙だらけだ。というか隙しかない。いつでも斬れる。どこからでも斬れる。というか近づいてくる間にも斬れた。だが、隙がありすぎてむしろ逆に斬るきっかけがつかめない。こちらに殺気を放ってくれれば迷いもなく斬れるのだが、敵意どころか警戒心すらない。
 そんな無防備の極致のザラキエルがついにベッドの上に半身を乗り出すと、ドナテアがラケルにしがみついた。
「お、お姉ちゃんにひどいことしたら――むぐ?」
 ドナテアが警告を言い終わる前に、無造作に、そしてなめらかにザラキエルがその唇を奪う。
「むっむーーっ!!」
 ドナテアは驚き、拒絶し、首を振って逃れようとし、
「むー、ん。んん、んなっ。んちゅ、ちゅぱ、んんーっ!!」
 舌を入れられ、かき回され、唾液を吸い取られ、
「ちゅ、ちゅっちゅっ。ちゅぱちゅぱ。んも、んちゅーーっ」
 ついには自分から舌を絡めはじめ、くなくなと身体を寄せ、
「あぅんーーーーーっ!!」
 白い身体をびくびくと痙攣させる。
 この間、わずかに30秒ほど。
 とろかされきった表情の少女から唇を離し、ザラキエルが一息ついた。
「――ふう、子供相手に大人の玩具は使わぬ」
 ほとんど暴力の域に達しているな、この女の閨房術は。それともこれが伝え聞くウサギの本性なのか。私の後ろでライラが「いつか……いつかあたしも……」と感激しているようだが、弟子入りするようなら止めないぞ。かなり本気で。
「さて、ドナテア。わが輩の弟子になればラケルの妹弟子になるが、どうする?」
「ふぁい……なりまふ。おししょうさまの、でひになりまふ……」
「よし」
「き、キスだけで一分足らずのうちに完全洗脳しやがった……」
 怯えを含んだサトルの言葉を完全に無視して、いまだに忘我の域をさまよっている少女の返事に満足げに頷きザラキエルはすっくと立ち上がる。
「では話もまとまったので、我輩はそろそろ失礼させていただこう。ラケル、ドナテアを」
「は、はいっ」
 颯爽と白衣の裾を翻し立ち去るザラキエル。それにやや遅れて少女と自分をシーツにくるんで追いかけるラケル。
 止めるべきか?いやしかし、止める理由があるような無いような。スカウトはできれば僥倖程度のもので必要ではない。砂海で受けた辱めの報復というのも考えたが、あのとき二人がかりでとことんまで殴ったので終わっていると言えば終わっている。
 斬るべきか、斬らざるべきか。
 結局間合いに入ってきたのと同じように、斬るべき理由を見いだせないうちに、カマキリは夜の沙漠へと飛んでいってしまった。
 
   *   *   *
 
 魔法生物学者として生命とは何かと問われれば、清浄と汚濁のつづら折りだと答えるつもりでいる。
 その定義に従うのならば、この黒い石は汚濁の究極と言えるだろう。
 万物にして唯一。根源にしてなれの果て。錬金術の最奥によってのみ精製可能な完全物質。数多ある名を連ねるとするならば、ナタニエルの瞳、カーバンクル、柔らかい石、真なる黄金、などなど。そして、もっとも世に知られた名前で呼ぶならば、『賢者の石』。
 指輪程度の大きさでも城が建つような値段のそれが、大人の拳程度の固まりになって魔法陣の中心で静かに使われるのを待っている。だが、
「これだけあっても5服分がせいぜいだ」
「5服分って……つまり、五回使ったら終わりですか?小さい国なら丸ごと買えるほどの賢者の石を使って?」
 魔法儀式の準備・練習中に、ラケルに呆れられる。これだけの量の賢者の石を使用してたったの5服分。壮大な馬鹿だと自覚してはいるが。
「思いついてしまったからな。試さずに我慢できるほど、我輩、大人ではない。ほれ、これを読んで憶えろ」
「思いついたって……何ですかこの呪文。いや祭文ですか、これ?しかもウサギどころかネコやらイヌやらいろいろチャンポンだし」
「魔法は魔力を媒介にして意志を具現化する技術。そのもっとも原始的且つ根元的な姿が偉大なる存在への祈念だ。ここまで色々な種族の理論を組み合わせた魔法式には、そしてこの薬を作る為の呪文には、神への祈りの言葉が最もふさわしかろう」
「……あの、肝心な事聞いてなかったんですけど、いったい何の薬を作ろうとしているんですか?」
「ああ、言ってなかったか。この薬はな……」

 
 
 
 
 

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