猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

式を繰る指

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式を繰る指

 

 

 

  普段は観光客で賑わう狐国も、早朝に出歩く者はいない。大抵の店でも、下ろした雨戸の中で開店準備に追われているくらいだろう。
 眼鏡をかけた、いかにも文弱な青年の店は、そうした準備と無縁である。
 古物取引・土産物、澄心堂。
 青年の住居の軒先に構えられた店は、奥から棚を引っ張り出してくるだけの簡単な作りで、並べられる商品も大手が生産を一挙に引き受けている定番の品である。
 商品棚と、客が一休みできるように長椅子を並べ、湯茶を沸かしに鉄瓶を囲炉裏の火にかけて、それでもう開店準備は整った。
 古物は、観光客相手に出すようなものではない。
 支度を終えて、置いたばかりの長椅子に腰を下ろす。
 木造の閑静な佇まいに、紅葉がはらはらと舞い、澄んだ川の水に浮いて、彩りを添えていた。
「いやあ、良い秋晴れですねえ」
 もう二刻もすれば、宿場街から朱天大橋を見にきた観光客が姿を現すだろう。
 それまで、ひとときの休息である。狐国の風景は、狐自身にとっても飽きるものではない。
「景季さん景季さん」
「おや」
 景季は声のした地面の方を見て、鼻に乗った眼鏡をくいと直した。
 長椅子の脚の辺りに、紙で切り抜いた人形が立っている。ぺらぺらの両腕を、青年に向かってぺらぺらと上下に振りながら飛び跳ねている。
「どなたの式紙ですか」
「水村さまから、景季さんにお願いの儀これありと」
「水村さんですか?」
 青年の脳裏に、豊かな髪を後ろでまとめた年長の女の姿がよぎる。
 巫女連でかなりの権威を持っている、世話役と称される狐の一人で、妖艶な雰囲気を漂わせる美女である。
「なんでしょう。用件は聞いていますか?」
「いいえ。お願いの儀これありと」
「そうですか」
 店の軒先を顧みる。巫女連まで出向くとなれば、店を閉める必要がある。
 だが巫女連世話役の用事を聞きもせず断るなど、考えられないことであった。
「わかりました。少ししたら伺うとお伝えください」
「承知いたしました。景季さんは、少ししたら伺うとお伝えします」
「よろしくお願いします」
 川沿いの街道を、ぺらぺらと駆け足で去っていく式神を見ながら、あの分では自分の方が早く着きそうだと思った。
 途中で誰かに踏まれないといいが。
 出したばかりの長椅子と棚を家の中にしまい、雨戸を下ろす。
 本日休業の紙を戸に貼り付けて、青年は屋内に下がった。
「さて」
 どうせ一仕事任されるのだろうが、その仕事の見当がつかない。
 神事の類は巫女連の中でかたが付くだろうし、古物を扱わせるのであれば、わざわざ用件を伏せることもない。
「一体、何でしょうねえ」
 思い当たる節もない。懐手をして、ぶらぶらと巫女連の詰め所へ足を向けた。


 観光客の通る街道を脇道に逸れ、しばらく高台の方へ分け入ったところに、立派な門構えの、質朴ながらもしっかりした造成の屋敷がある。
 閉じられた門の前には、鎧と具足で武装した舎人の狐が二人、棒を持って番をしている。
「おはようございます、澄心堂にございます」 
「おう」
 景季の顔は見知ったもので、挨拶するとすぐに返事がきた。
「どうした、今日は。火鉢でも買い取りに来たか」
「いえ、それが」
「なんだ」
「ご用件を伺っていないのです。舎人の皆さま方は、何かご存じではありませんか?」
 舎人たちは顔を見合わせている。
「澄心堂、どなたのお召しだ」
「今朝方、水村さんの式神人形がこう、ぺらぺらと店先に呼びに来まして」
「式神か」
「私事だな」
「であろうな。公務なら、我々にもお達しがあるはずだ」
 舎人が、また顔を見合わせて何やら話し合っている。
「よし、澄心堂。おれが今、水村様にお尋ねしてくる。ここで待っておれ」
「はい」
 そう言った一人が、脇の木戸を開けて屋敷の中へ身を滑り込ませた。
「おうっ」
「どうした」
 うめく声が聞こえて、番に残った舎人が、半開きの木戸に近づいていく。
 と、重々しい音を立てて、門が開き始めた。
 慌てて門の開く場所から立ち退く。分厚い木の板が外開きになった先に、呼びに行こうとしていた舎人のぽかんとした姿と、
 足もとにちんまりと立っている紙折り雛の姿があった。
「舎人衆、役目大儀です」
 脛の高さほどもない紙の雛人形とはいえ、背筋が伸び、威厳が伴っている。
「あの、ひょっとして水村さんの式神ですか」
「そうですよ」
 首元に折り目が付いていないため、実際に動作をしたわけではないが、景季には確かに紙雛が「頷いた」ように感じた。
「お待たせいたしました。水村さんに、澄心堂が只今参りましたとお伝えください」
「それには及びません」
 紙折り雛が、器用に口元に袖を当ててみせる。笑っているのだろう。
「私が、この紙雛を通じて直接見ておりますので」
「ははあ。それでは水村さんご本人で」
「ええ。そうです」
 狐につままれたような気分で紙雛を見る。かく言う景季も狐だが、やはり尾の分かれた狐は格が違う。
 舎人を見ると、今の景季もこんな顔をしているのだろうと予想がつくような、間抜けな表情をしていた。
「さあ、こちらへ」
 紙折りとは思えない鮮やかな身のこなしで、紙雛は屋敷の方へ景季を誘導する。
「お、おう。澄心堂、粗相のないようにな」
「はい」
 舎人に一礼して、紙雛の後に従った。

 紙雛が縁側をどうやって上がっていくのかが気にかかったが、すぐに取り越し苦労だとわかった。
 縁側に上がることはなく、庭を回り込むように奥へ向かっていく。
 紙雛が振り返り、景季を見てまた袖を口元に当てていた。
「商売はいかがですか、景季さん」
「お陰さまで。土産物も、そこそこの売れ行きですよ」
「それは何より。溜めこんだ古物を店に出せば、犬猫などは喜んで買っていくでしょうに」
「ただの古道具の値を吊り上げるのは、感心しませんね」
「ほほ、狐の巫女連の払下げと聞けば、奴隷たちと引き換えてでもという者は多いと聞きますよ」
「有難がるばかりではいけません。煙草盆なら煙草盆として使う主でなければ、古道具が拗ねます」
「これはこれは。澄心堂は商売人の鑑ですね」
 趣味と実益を兼ねて始めた店で、別にひと財産を築こうと考えているわけではない。
 男一人の所帯なら、土産物屋の乏しい売上でもそれなりに賄えているのである。
 土産物屋の副業に見せかけての古物収集こそが、景季の本当の目的であって、それ故に納得のいかない取引をする気はさらさらない。
「景季さん。ここですよ」
 指し示されて横を見ると、雨戸の閉まった座敷がある。
「この朝から締め切っているのですね」
 言って紙雛に目を戻すと、もういなかった。
 雨戸がからりと、半分ほど開く。
 薄絹の小袖を纏った、やや歳長けた女が立っていた。切れ長の目に、黒真珠のような艶のある瞳が、濡れたように光って景季を見ている。
 ハシバミ色の耳が淑やかに上を向いており、尻のあたりで四本の尾が力むでもなく、脱力するでもなく、自然の態でもたげられている。
 口元を、五色の糸をあしらった扇で隠し、流し目で微笑んでいた。
「待っていましたよ、景季さん」
「それはどうも。水村さんも、お変わりなく」
 辺りに、他の者がいる様子はない。
 座敷の中にいる者と景季の間だけでの、秘密裏の事らしい。
「ご用件を伺いましょうか」
「まずは、お上がりなさいな。遠慮はいりませんよ」
 たっぷりした袖を翻し、畳に摺りそうな裾をなびかせながら座敷の奥側に消えていく。
 とりあえずは人目を気にする必要はなさそうではあるが。
 草履を脱いで縁側に並べ、座敷に足を踏み入れる。
 灯火がほの明るく照らすばかりの座敷を眺め渡すと、真ん中に布団が敷かれており、その傍らに水村が腰を下ろしている。
 背後で雨戸がひとりでに閉まった。
「茶など馳走したいところではありますけれど、何分事が事ですので。承服してくださいね」
「いえいえ、水村さんのお茶はもう懲りておりますので」
 布団に誰か寝ている。朽葉色の髪の、若い娘である。歳は景季と同じくらいだろうか。
「そちらにお座りなさい」
「この娘は?」
「先日階位を与えられた巫女です。未熟ゆえ、妖物に憑かれてしまいまして」
「ほう、妖物」
 妖怪変化魑魅魍魎、いわゆる害を為すモノの総称である。そうしたものの対処はまさに巫女連が負うところで、わざわざ呼びだされた理由はまだ見えない。
「では、先日お引き取りした薬杵をお返ししましょうか」
「いいえ、その必要はありません」
「他に、最近でお預かりした祭礼具はあったでしょうか」
「それではありませんよ」
「ということは、五元所さんからお譲り頂いた、付喪憑きの啼鳥紙を御所望ですか?」
「景季さん。私は、商売の話のために他の者を座敷に上げたりはしません」
「はあ」
 扇の上縁から意味ありげに投げかけられる流し目が、景季の耳の先から、正座した膝の先までを丁寧に吟味していく。
 つと、目線が布団に落ちた。
「彼女に憑いた妖物は、子を失った父母の念が凝り固まったものなのです」
「はい」
 では子供の玩具を、と言いかけて飲み込んだ。
「それで、彼女の容体はどうなのです?」
「妖物によって、彼女の心はすっかり幼くなってしまいました。身のこなしは危うくなり、言葉もつたなく、他者の手を借りねば満足に暮らせません。
思う通りに行かなければ癇癪を起こして泣き出し、辺りの物を投げつけます。夜泣きもすれば、おねしょも……」
「はあ。それは難儀な。今はよく眠っているようですが」
「二日前から、香を焚きしめて妖物の力を減じました。先程暗示を与えましたから、夕暮までは静かに眠っているでしょう」
 確かに、つねっても目覚めそうもないくらいに見える。
「この妖物は、幼い我が子を亡くした哀しみが少年少女に取り憑き、手のかかる子供のままでいさせようとするものです。
成熟した男女には決して憑かないので、憑かれた者が少年少女でなくなれば、妖物は自然と立ち離れていきます」
「成程。見たところ、歳はもう十分のようですね」
 丸い顔とやや上を向いた鼻が何とも言えない愛嬌のある、ころころした印象の娘である。すよすよと、幸せそうな寝息を立てている。
「あとは妖物が離れるまで、眠らせておくのですか?」
「そうですね。そこで、景季さんにこの娘を抱いてもらおうと思いまして」
「成程。それは合理的ですね」
 納得してはいけないところだと気づくのが、少し遅れた。
「抱く? というのは」
「いやですね、景季さん。いやらしい想像をしてはいけませんよ」
「ああ、はい、すみません。そうですよね」
「ですが、それで合っています。男を知れば、もう大人の女性と言って差し支えありません。妖物も、去っていきます」
「ああ、はい。そうですよね」
 頭を抱える。他に、何をしろというのか。
 扇の向こうで澄まし顔の水村に、せめて一矢報いようと眼鏡を直して顔を上げる。
「しかし、普通の憑きもの落としでは駄目なのですか」
「強い負の念は、それだけ落とすのが困難です。目覚めている状態ではきちんと作法通りにしてくれるかわかりませんし、眠らせたままでは
暗示の二重掛けということになりますから、これはこれで難しい憑きもの落としになります。彼女の負担もどれほどになるか」
「他の方ではいけないのですか。巫女連の中にも、ヒトを囲っている方もいらっしゃるでしょう」
「景季さん」
 水村の目が、ツと鋭くなった。
「あなた、眠っている間に操を奪われる女の気持ちを考えたことはありますか」
「それをさせようとしているのは貴方じゃありませんか」
「私がわざわざあなたをお呼び立てしたのは、景季さん。この娘があなたに惚れているからですよ」
「惚れていれば良いというものでもないでしょう」
「良いのです。女はいつも、意中の男性から迫られるのを待っているのですよ」
「眠っている間でも、ですか」
「そうです」
 こうなれば、もう返す言葉もない。
 再び、娘の寝顔に目を落とす。
「いつですか」
「何がですか?」
「この娘が僕に惚れたというのは」
「あなたが来る度にもじもじしているので、聞きだしました。出入りの若い古道具屋さんに一目惚れだと」
 事実だとしたら容赦のないことである。
「それでは、私は席を外します。その娘が目を覚ますのは今日の夕暮れです。あまり負担をかけないように」
 水村は音も立てずに立ち上がると、襖を開いて隣室へ下がる。
 襖が閉じると同時に、辺りに遠く聞こえてきていたはずの生活の音が、ぱたりと途絶えた。
 後には、布団で寝息を立てる娘と、取り残された景季。
 襖に手をかけるが、案の定押しても引いても動かない。
 雨戸も同様である。
 明かりとりの障子を突き破ろうとしても、鉄でも張ったかのようにびくともしない。
 ため息が出た。
 床の間の花瓶を検める。花瓶の底、花瓶の中、活けられた花、怪しいところはない。
 掛け軸もひっくり返し、式神か何かが聞き耳を立てていないかどうか確かめる。
 何もない。
 再び、元の場所に座った。
 さあ、どうしたものか。


 ただ座っているばかりでは、何も進展しない。
 憑きものの話が本当だとすれば、捨て置くわけにもいかず、それこそ男らしくない奴と後ろ指をさされかねない。
「仕方ありませんね」
 布団を少し捲り、上半身を外に出させる。思った以上に滑らかな布地の、柔らかい布団の下から、娘のほのかな体温が立ち上る。
 肌着の下はすぐ素肌だった。形の良い胸が、呼吸に合わせて上下している。
 襟の合わせ目に手を差し入れると、張りのある肌が掌に吸いつくようだった。指先にかすかに力を入れると、みずみずしい肉が指を押し返してくる。
 掌でこねるように撫でさすると、娘が小さくうめいた。
 合わせ目から、手を抜いて自分の膝に戻す。
 掌に、体温と弾力が残っている。
「……ううむ」
 経験がないわけではないが、この状況で喜び勇んでというような神経の太さは持ち合わせていない。
 とはいえ、やることをやらなければ。
 水村の暇つぶしに、態よく嵌められた気がしないでもない。
 完全に布団を捲り上げた。娘が着ているのは巫女服ではなく、上半身から膝までを覆う水干一枚である。
 柔らかい綿の詰まった布団に圧されて、体の線がなだらかに浮き上がっていた。
 布の上から、そっと撫でる。
 目立った反応はない。
 埒が明かないので、覚悟を決めた。眼鏡を直す。襟を正す。帯を締め直し、臍下に気合をこめて、娘の両足の間に入る。
 娘の水干の帯を解いて、そっと開いた。
「本当にいいのでしょうか」
 気になることと言えば、同意が得られていないという一点に尽きる。
 見れば、既に娘の秘所は湿り気を帯びていた。
 少し考えて、舌を出して腹の真ん中をなぞる。そのまま乳房の間を通り、鎖骨の間を通して喉から顎へ。
 調子を乱した吐息が漏れる。反応は、悪くない。
 続けて、乳房の下の辺りに舌を這わせる。じれったそうに身じろぎするのを御しながら、再び鳩尾へ向かった。
 腹をまっすぐ下になぞり、臍に辿りつく。
「んっ」
 びくんと腰が浮いた。
 慣れていないらしい。唇にたっぷりと唾を含ませ、わざと音を立てて臍を刺激する。
 もう大きな反応を見せないが、手足に力が入っているのが見て取れる。時折、体をわずかにくねらせる。
 臍を弄りながら股間に手を触れると、布団が湿るくらいに濡れていた。
 そっと指先を埋めると、また娘の腰が浮いた。
「狸寝入りではありませんよね?」
 娘の耳に口を近づけ、囁く。
 答えはない。
 舌を伸ばして、耳を舐めた。
 ひっ、と娘の息が引き攣れる。
「悪戯でした、と謝るのであれば、今のうちですよ」
 耳元で囁きながら、娘の秘所に差し入れた指を、肉を揉みほぐすように動かす。
 一息ごとに悩ましげな声が混じっていくが、娘は目を開かない。
「水村さんの悪ふざけに、律儀に付き合うことはないのですよ」
 陰核を指で強めに摘む。
「んいっ!?」
「せめて目ぐらい開けてはどうですか」
 陰核を摘んだまま、執拗にこね回す。
「うあ、ああ、あ」
 ついに声が出た。だが、頑なに目を閉じたまま、景季の指が動くままに任せている。
「そういうつもりであれば、こちらにも考えがありますからね」
 親指に唾を塗りつけて、娘の秘所には中指を突き入れた。
「あうっ」
 親指で陰核を押さえたまま、娘の胎内をまさぐる。やがて、中指が探していた硬さに辿り着いた。
 二本の指に、ぐっと力を込める。
「ああっ!」
 声が大きくなるのも構わず、痛みにならないように注意を払いながら、少々激しく撫で擦る。
「いっ、あっ、う、あ、あ、う、ひっ、あ」
 手を前後させる速度を上げる。娘が引きつけを起こしたような悲鳴を上げ始め、腰が景季の指から逃れようと前後に暴れる。
 片腕で肩を押さえて、娘の股間を弄る勢いを上げた。
「いっ、い、い、いっ、いいいいっ!」
 娘の股間から、勢いよく潮が吹く。
 体を仰け反らせ、小刻みに身を震わせた。
 景季は、指を引き抜くと、濡れた指先を舐め取った。
 忘我の境に至れば、目も半開きにでもなるだろうと思ったが、当てが外れた。それとも娘の忍耐の勝利か。
「まったく、本当に犯してしまいますよ」
 返事はない。もはや体から力が抜けきっているにも関わらず、目は相変わらず閉じられている。
 溜息をひとつ吐いて、景季も帯を解き始めた。
 下帯の中の景季自身はとっくに怒張しており、下帯に染みを作っている。
 やっと解放されたそれを娘の秘所に当て、ゆっくりと奥へ沈めていく。
「んああ……」
 先程とは違う、鼻にかかった甘い声が娘の喉から漏れた。
 痛がるかと思ったが、意外にも経験済みらしい。
 何か、妙だ。
 頭の一角が切り離されたように冷静になる。が、一度火のついた肉体は、そんなことはお構いなしに暴れ始めた。
「んうっ!」
 一突きごとに、娘が身をすくませる。
 先程までの指とは違う、蕩かすような責めに、切なげな息が弾む。
 景季は抜き差しを繰り返しながら、娘の体を抱き寄せた。首筋に顔を埋め、舌を這わせる。
 にちゃにちゃと、肉体と愛液を混じり合わせながら、互いの肉を擦り合う。
「はあっ……あ、ううっ」
 腰の奥から高まってくる熱い感触を知覚しながら、景季は娘の顔を見る。結局、目を開くことはなかった。
 下腹部の力が一斉に男根に集まっていくのを感じて、娘に回していた腕を床につく。
 射精する寸前に娘から自身を引き抜こうとした。
 その瞬間、腰が絡め取られた。
「ッ!?」
 娘の両足が別の生き物のように、景季の腰を抱え込んでいる。
 頭の片隅に追いやられていた、思考の冷めた部分がそれ見たことかと叫び声を上げた。
 だが、すでに限界まで引きのばしていた肉体は、熱い迸りを娘の中へ脈打ちながら注ぎ込んでいる。
 脱力感が体中に染み込んでいく。
 繋がったまま娘の上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。

 障子から差し込む日の光が強くなってきた頃、ようやく景季は娘の上から起き上がった。
 あれだけ責めたにも関わらず、娘は自分から動くこともなく、目を開くこともない。
 自分の身支度を整えると、景季はとりあえず娘の水干の前を合わせた。
 ほどなくして、からりと襖が開き、水村が姿を現す。
「まだお愉しみになっても結構ですよ」
「これはどうも。もう十分ですよ」
 答えながら、娘に目をやる。
 唾や淫水にまみれたまま、水干を着せてしまっている。身を整えてやろうにも、景季にはそこまでの経験はない。
 水村は、景季の思惑をよそに、そのまま布団をかけ直した。
「水村さん、どういうことか説明していただけるのですよね」
「説明ですか?」
「この娘、もう大人でしたよ。しかも僕の腰を足で絡め取るおまけつきで。妖物など、最初からいなかったのではありませんか」
 問い詰める景季に微笑を送り、水村は布団から出ている娘の顔を袖で覆う。
 袖をどけると、娘の代わりに先程の紙雛が寝ていた。
「式神を長く使っていると、次第に色々な芸を覚えるのですよ。でも、出来ることが増えるにつれて、式神としての存在を保つことが難しくなってきます」
「それで?」
「女の式神に最も良いのは、やはり殿方の精ですので」
 結局、水村に騙されていたというわけだ。
 覗きを警戒して式神の仕込みを探したりもしたものの、その式神を抱いていたとあれば間抜けもいいところである。
 もう眼鏡のずれを直す気にもならなかった。
 恨みを込めて、水村を見る。
「なぜ、嘘を」
「式神に精を注いでほしいと言って、首を縦に振る殿方は珍しいのです」
「なぜ僕なんですか」
「それは先程も説明したとおりです」
 そう言って、細く長い指先が紙雛を撫でる。
「この娘があなたを好いていたからですよ」
 紙の胸元あたりに、かりりと爪が掻いたのが見えた。
 紙雛は、水村の長い指に摘み上げられ、そのまま懐に収まる。
 すっかり手玉に取られた有様だった。いい気分はしない。
「今日はどうもお世話になりました。今後は、このような待遇はご勘弁願いたいものですよ」
 溜息をついて、立ちあがりかける。
「まあまあ。それでは用件を偽った詫びもかねて、我々の秘蔵の古物をお目にかけましょう」
 秘蔵の古物。耳がぴくりと動いたのが、自分でもわかった。
「物で釣ろうなんて、子供の使いでもないでしょうに」
「そうですね。でも、あなたには一番のもてなしではないかと思うのですけれど」
 事実、立ち去ろうとしていた動作は止まっている。そもそも古物商などやっているのは、趣のある道具類を好むからだ。
 出店資金を出してくれた祖母が、付喪神の扱いには十分に気をつけろと、口を酸っぱくして言ってくれたものだ。
「総本山から下賜された品ばかりです。いかがですか、景季さん」
 そうした景季の事情を、水村は存分に承知している。


 しばらく座敷で茶をすすっていると、紙雛が姿を現した。
 水村の耳目に過ぎないとは言え、さっきの今では、その姿を見るのがなんだか気恥ずかしい。
「準備ができました。こちらへどうぞ」
 紙雛の案内に従って、巫女連の奥まった方へ進んでいく。
 舎人や侍女がせわしなく動き回っている区画から、次第に巫女の姿が多く目につくようになり、その数が減るにつれて巫女の格が上がっていく。
 ついにはかなり年季を重ねた巫女ぐらいしか見かけなくなってくる。
「あの水村さん、こんな奥まで僕が入り込んでも、問題ないのですか」
「私は世話役ですよ。問題のある方を本殿までお招きするようなことはありません」
 本殿どころか、奥の院にまで入り込んでいる気もする。この奥に、注連縄と護摩符で固められた穴か何かが空いていて、人柱に放り込まれたりなどしないだろうか。
「御安心なさい。人柱などに使ったりはしませんよ」
 見透かしたように紙雛から水村の声がする。
「世俗の方を百人用いるより、修練を積み、斎戒した巫女一人の方がずっと験があるのですよ」
「怖い事を言わないでください」
「あら。不安を取り除いて差し上げるつもりでしたのに」
 人柱の話などされて、誰が安心するというのか。
 などとやっている間に、目指す場所が近づいて来たらしい。
 験とは無縁の景季にも、圧迫感を覚えるほど空気が質量を持っているのが、しっかりと感じられる。
「さあ、ここですよ」
 廊下の角に、水村の姿があった。例によって、気が付くと紙雛はいなくなっている。
 彼女が指し示す先、辺りに漂う存在感の中心から僅かに逸れた場所に、不自然な壁があった。
 その壁だけ漆喰で塗り固められており、注連縄と護摩符で固められた、見るからに頑丈そうな板戸が無愛想に嵌っている。
 土蔵か何かか。場所的に宝物庫と呼びたいところだが、漆喰の無骨さは土蔵のそれである。
 土蔵の四隅に当たるらしい場所に、水村と同年代の雰囲気をした巫女が、大幣を持って立っている。
「水村さん」
「なにぶん、我々にとっても大切な品ですので、このように厳重にしています。そうそう、景季さんは土蔵には入れませんので、
少々遠くなりますけれど、私が土蔵の中から手に取ってお見せする形になります」
 そして、手渡される小さな守り袋。背に符を貼り付けられ、板戸の正面に立ち位置を固定された。
「そのお守りは離さないように、しっかりと持っていてくださいね。ここの板目から前へ出ないように」
 板戸を重そうに開くと、水村は袖から取り出した鈴をひとつ鳴らし、土蔵に入って行った。
 開いた入口からは、目に見えそうなほどに濃密な空気がにじみ出てくる。
 薄暗い土蔵の中で、蝋燭がひとつ灯った。
「ここにあるのが、我ら巫女連の頂点におわします大天狐、金毛九尾にして白面の、葛葉御前ゆかりの品々です」
 土蔵の中は、思った以上に広かった。自然石で敷き詰められた床、壁、天井、満遍なく長持が積み上げられており、
 中には蓋さえされず、がらくたが頭を出すに任せているものもある。
「これはまた随分と扱いのぞんざいな……」
 足の踏み場にも困る場所を、水村は裾を持ち上げ、白い脛を露わにして、ひょいひょいと通り抜けていく。
 棚の長持から、漆塗りの小箱を取り出し、開いてみせる。
「こちらは爪切りに五度お使いになった小刀です」
 箱の中で小さなものが、きらりと蝋燭を照り返した。
「総本山に伺った折、御簾越しに拝謁を許されまして。日頃の務めにお褒めの言葉を賜り、今後とも精進するようにと、この私を名指しで」
 水村はほんのりと頬を染め、少女のように輝く瞳を明後日の方向へ漂わせている。
 正直なところよく見えないが、本当に価値のある呪具なら、直視できないのはかえって正解なのかもしれない。
 だからわざわざ、こんな離れた場所から覗くようにしているのだろう。
 足元を、土蔵の空気がぬめりと通り抜けている。
「こちらが、夕餉をお召しになった時にお使いになった爪楊枝です。楊枝としてもまだ機能を失わない、お見事な使われ方です」
 急に品の格が落ちた。
「こちらが湯浴みに十四度お使いになった桶です。お手ずから湯をお汲みなさったということで、汲み出す・掬い出すことへの親和性が極めて高くなっています」
「あの」
「こちらが御髪をお梳きになっていた櫛です。銀歌山の霊木から削り出した名品ですよ」
「もしもし、あの」
「こちらがお布団に残っていらした御髪です。とても長くて美しいのですが、きちんと指に持っていても見失ってしまいそうな儚げなところがありますね」
 そのまま次々に出されてはまた長持に放り込まれる品の数々。
 さすがに総本山からの品だけあって、御前の持ち物という折り紙つきでなくとも、かなりの値打ものばかりというのは、遠目からでもよくわかるのだが。
「これが半年間お使いになっていた汁椀です。私個人としても、ぜひとも手元に置いておきたい品ですね」
「あの、水村さん?」
「それでこちらが、御前が御歳十八の折の頭蓋骨……」
「あのですね水村さん」
「はい?」
「もう十分堪能させていただきましたから、この位で結構です。巫の皆さん方も、普段のお仕事がありますでしょうし」
「あら、そうですか?」
 土蔵の四隅を守っている巫女たちも、一様に疲労の色を隠せていない。
 こんな妙な用事で午後の務めに差し支えでもしたら、申し訳ない。
「ええ。霊験あらたかな土蔵の空気も、俗世の僕には少々毒でもあるんじゃないかと」
「そうですか」
 さして気にした様子も見せず、水村は土蔵の中を見渡す。
「そうですね。どうしてもお見せしたい物ももうありませんし、この辺りにしておきましょうか」
 名残惜しげにするかと思ったが、水村は割とさばさばと土蔵から出てきた。
 元通りに板戸を閉じ、護摩符を新たに一枚貼りつけると、景季の背の符を剥がし、守り袋を回収する。
 廊下へ向かって水村が袖を振ると、紙雛が転び出て板張りの床に着地した。
「私は後片付けがありますので、またその娘に案内させます。気に入っていても、連れ帰ってはいけませんよ」
「冗談は止してくださいよ」
 紙雛を見ると、水村はわざわざ愛嬌が出るように、小首を傾げる雰囲気を出させている。
 つい、眼鏡を直すふりをして目を逸らした。
「景季さん、もしこの御前ゆかりの品々があなたの手元にあったら、どうします?」
「ここに戻しに来ますよ。水村さんに符でも書いてもらって、今のように土蔵に封じておきましょうか」
「それはそれは。厳重なことですね」
 自分から振っておいて、これである。
「そうそう軽々しく人目に晒せるものでもありませんから、もうお見せできないとは思いますけれど」
「いえいえ。あんなもの、生涯一度でも十分です」
 背に符を張り付けられて、粘度の高い重い空気に足を撫でられるのも勘弁なら、あんなものを見せられるのも御免蒙りたい。
「他言は無用に願いますよ、景季さん」
「言いませんよ。笑われるのが関の山でしょう」
 苦笑を残して、紙雛に目を向ける。紙雛は、心得た様子で初々しく景季の先導を始める。
 廊下の角に差し掛かって、ふとついでに土蔵の方を伺おうとした。
「振り返ってはいけませんよ」
 紙雛から放たれた、低く落とした水村の声が腹を打つ。
 その声に制止され、すんでのところで、見なかった。
 紙雛は知らぬ素振りで、どんどん先に進んでいる。

 その後は何事もなく、来た時の逆回りで正面の門に戻ってきた。
 門の脇の木戸へ向かいながら、紙雛がちらと振り返る。
「お疲れ様でした。また何かあったらこの娘をヒトガタで遣わせますよ」
「それはご勘弁願いたいものです」
 先程の睦み合いを思い出し、率直に首を振る。個人的な付き合いでああなるのであればむしろ歓迎だが、それが式神だったり監視付きだったり
 そもそも罠だったりは、積極的にお断りしたいくらいのものである。
「まあ。私のことは嫌いですか? 先ほどはあんなに激しく」
「気恥ずかしいじゃないですか、そんな」
 しなを作ってみせる紙雛に、ばつの悪い心持ちで応える。
 和紙のしっかりした紙雛の向こうに、先ほどの娘の裸体と、妖艶にほくそ笑んでいる水村が重なって見えるのだ。
「あら。もう立派な男児(おのこ)だと思っていましたのに、可愛らしいところはまだそのままですね」
「からかわないでくださいよ」
 木戸を開き、紙雛に一礼して巫女連の外へ出る。
「どうもお世話様でした」
「おう、随分と長逗留だったな」
 門の両脇の舎人に、挨拶をする。と、近くの一人が景季の襟に目をやった。
「どうした澄心堂。汗が染みているぞ」
「さては水村様にお叱りを受けたか」
 にやにやと邪推の混じった笑いを浮かべて、舎人二人は顔を並べて景季を見た。
「さぞや熱の入ったお叱りであったのだろうなあ」
「いやあ……」
 適当にごまかし笑いを浮かべる。
「お叱りの方が、ましだったかもしれません」
「妙な事を言う奴だ」
「水村様に呼ばれておきながらなんたる言い草、この罰当たりめ」
「勘弁して下さいよ」
 ひょいひょいと突き出される棒の先を、下がって避ける。
「実際に水村さんに振り回されてみれば、言うほど良いものでもないとわかりますよ」
「言ったな、果報者」
「自慢か、不届きな」
 門番の仕事上、鍛錬を欠かさないがっしりした舎人二人が、ずいずいと前に出てくる。
 気迫にも肉体にも圧され、景季は下がるしかない。
「ああもう、それではそれで結構ですよ。僕はもう帰りますからね」
「ふん。とっとと帰れ」
 拗ねた表情で門の前に棒を交差する舎人から、景季は早々に退散した。
 まったく、水村の頼みごとはろくな結果にならないことが多すぎる。


 秋の昼下がりの、強い日差しが毛先をちりつかせる。
 観光客が、遅めの昼食を取り始める時間帯のため、朱天大橋の周りには、軽食を売る行商や、氷水ののぼりを出した茶店の店先が繁盛している。
 土産物屋が忙しくなるのは、もう少し後の時間である。
「それでね、そんな礼儀のなってない奴はこれでも食らいなって茶釜をかぶせてやったら、あちこちふらふらして、柱に頭をゴチーンてぶつけて伸びちゃってね」
 客のために用意してある長椅子に、遠慮なく腰を落ち着けて長々と喋っているのは、高地に住んでいる、貫禄のある主婦である。
 黙っていれば真珠のようだという揶揄が真実かどうか、見たことがある者は極めて少ない。
 話をしているというよりは他人を前にして喋っていると言った方が正しいところがあり、障子に目があり壁に耳があれば、躊躇なく壁に話しかけているだろう。
 生返事でも満足してしまうため、他のお喋りよりは扱いやすいと言えば扱いやすいが、とにかくうるさい。
 お陰で、ただでさえ客足の少ない時間帯であることも加わって、澄心堂の店先を覗く客はほとんどいない。
「茶釜と言えば景季ちゃん、聞いたかしら?」
「何をですか」
 彼女の喋りは、だんだん聞いていることすら億劫になってくるのである。妨害電波がかかったようになってくる頭をなんとか明敏に保ちながら、生返事をする。
「剣笠亭の御隠居、お亡くなりになったんですって」
「剣笠亭……本当ですか?」
 剣笠亭の朝燕と言えば、剣笠亭を一代で有数の大店に盛り立てた名うての骨董商で、この辺りの目利きどもの総元締めのようなものである。
 巫女連に収められる調度品はほとんどが朝燕の眼鏡にかなったものばかりで、巫女連に自由に出入りできる数少ない平民だった。
 景季の祖母も大変に世話になったらしく、時期を見て引き合わせてやると手紙が来たばかりであった。
「それは残念ですね。いつかお目にかかろうと思っていたのですが」
「やっぱり思い立ったうちに行動しないと駄目ねえ。巫女連は御隠居の後任が決まってるのかしらねえ。息子さんは、御隠居に比べると見劣りするものねえ。
悪い人じゃないんだけど、なんて言うのかしら、大物の目利きは任せられないっていうのかしらねえ」
 他人の評定には首を突っ込まないに限る。適当に愛想笑いでごまかしていると、店に近づいてくる影があった。
「いらっしゃいませ」
 切り揃えた真っ直ぐな朽葉色の毛並と、垂れ目がなんとも愛嬌のある巫女装束の娘が、はにかんだ口元を袖で隠して立っている。
「こんにちは」
 量感のたっぷりした尻尾が、くるりとうねった。
 巫女装束ということは、土産物を見に来たわけではないだろう。
 長椅子などを出しているため、たまに巫女連の舎人が外回り中に座りにくることがあるが、巫女が一人でというのは珍しい。
「お使いですか。ご苦労さまです、今お茶をお持ちしますね」
「まあ景季ちゃん、この娘どなた?」
「何でもかんでも結び付けようとしないでくださいよ」
 店の奥で煮立っている鉄瓶へ向かいながら、ふとその娘に見覚えがあることを思い出した。
「ねえあなた、ここに来るのはご公務? それとも私事? 景季ちゃん、いい男よねえ」
「あの」
 さっそく主婦の矛先にひっかけられた娘が、主婦の目を覗きこむようにして、一言囁いた。
「『急いでお帰りになった方が良いと思います』」
 主婦は、何を言っているのかわからない、という表情を一瞬浮かべた。
 直後。
「あっ!」
 大仰な動作で、手を打つ。
「本当だわ! ありがとうねえ、お嬢ちゃん」
 椅子に置いた巾着を取り上げ、せわしない動作で小走りに去っていく。
 その背を目で追いながら、景季は盆に載せた茶を、長椅子に置いた。
「先日はどうも」
「はい」
 水村に呼ばれて巫女連に赴いたときの、紙雛の式神。目を伏せてほんのりと頬を染めている。
 目を開いた姿は初めて見るので、咄嗟には気付かなかった。
「どうぞ、お座りください。お茶もいかがです」
「ありがとうございます」
 控えめに長椅子の隅に座った彼女に並ぶようにして、景季も腰を下ろす。
「今、小母さんには何を?」
「暗示です。あの方は、急いで家に帰って、今一番気にかけている事を片づけるでしょう。私にとっては『嘘』ですが、あの方にとっては『真』です」
 袖を口元に当てて、おっとりと微笑んでいる。
 巫女連の扱う術は、符や呪具を扱う比較的わかりやすいものから、こうしていつ掛けたかもわからないものまで、幅広い。
 水村に言わせれば、どちらも根は同じだというが。
「それであの、この間のことなんですけど」
 言われて思い出すのが、座敷での時間のこと。
 娘が眠っているのをいいことに、普段言わないようなはしたない言い草を随分とやった気がする。
「ああ、あれは、その。あれが僕の本性だと思わないでいただければ」
「いえその……蔵の中身です」
 大汗をかきながら言い訳をすると、娘も頬に紅を差しながら、小さく応える。
「あ、これは失礼。すみません」
「いえ……それで、土蔵の中身なんですけれど。何が一番、心に残りました?」
 一見して妙な質問である。
 楽観的な人間なら、気に入った品をひとつ差し上げましょうと言われるのか、と期待もかけるところだが、景季は逆に表情を引き締めた。
 あれを直視して、まだ砕けた話ができるほど気楽な性分はしていない。
「土蔵の、床石」
 あの土蔵の、足の踏み場に困るほど並んだ長持の隙間から覗いた床石のひとつ。
 鈍色の石の中にちりばめられた白石のなかで、あのひとつだけ、どす黒い邪気が滲み出るようであった。
「御前ゆかりの真贋はともかくとして、あれだけの呪具を集めたのは、あの石ひとつのためでしょう。水村さん」
 おっとりした表情が、すっと引き締まった。
 愛嬌のある垂れ目が、艶と怜悧さに満ちた切れ長の釣り目に変わる。
「香と暗示で眠らせた、なんて言ったのは、僕と話をしていて、式神を操る隙がなかったから。
加えて、耳目用の紙雛を、ひとりで動けるようにする暇もなかった。こんなところで、いかがですか」
「さすが、景季さん」
 袖が、口元を隠している。
「土蔵を見せた甲斐があったというものです」
「呼びだした本題は、やはりあの石なのですね」
 袖から覗く双眸に皮肉な笑みを浮かべて、娘の式神を通した水村が、低く落とした声で囁く。
 気が付けば、間もなく昼下がりで人通りが戻ってくる時間だと言うのに、かえって観光客の数は減っていっている。
「あの石は、何なのですか」
「殺生石、と言います。強力な妖物の屍が、石の形となって死後も毒気を放つものです。
巫女連は、あの石を隔離し、毒が抜け果てるまで何人も近づけないことを目的のひとつとしています」
「それで、なぜ僕にあの石を」
「我々は、鬼道と呪術を事とし、それを持って石を封じ、民の平穏を保っています。ですが、その他のことについては、それぞれの専業の方には遠く及びません。
それ故、この方はと見立てた方に、それらの分野をお任せしているのです。建増しの折も、風水を組み込んで図面を引いてくれる大工の棟梁を。
庭の手入れも、妖物を近づけない剪定を考える庭師を。そして調度品も、いざとなれば結界石として活用できるものを仕入れてくれる道具屋を」
 一口、茶を啜った。
 周囲に人通りは、なくなっている。
「そしてその方々にお任せしているもう一つの大切な用事は、もし巫女連が破られた折は、かの石をいち早く運び出し、どこかへ安置すること。
あの石は、持っているだけで妖物と化していくほど強力な呪具です。悪しき考えの者が手に入れれば、国が覆るでしょう」
「砕いてしまうわけにはいかないのですか?」
「上質の白石と遜色ない程度に結晶化した邪気と毒気の塊です。砕けば、密度の高い毒気が吹き荒れ、何物も生きていられなくなりましょう」
 口元の袖を下ろし、娘の姿の水村が景季を見る。
「頂いた精も吟味した結果、あなたなら剣笠亭の御隠居の後を任せられると決まりました」
「そうですか」
 水村の言うことを完全に理解し切るまで、時間がかかるだろう。返事をしながらも、景季はそう思った。
「身構えることはありません。石の所在が危うくなるような事件は今までありませんでしたし、向こう百年は安泰であるとの卦も出ています。
ただし、この国がそうしたものの上に建っていることだけ、覚えておいてください。そして、あなたや我々のような者が口を噤んでいるからこそ、
民が何も知らずに平穏を謳歌できることを」
「御隠居が亡くなったというのは」
「それは、天寿を全うされただけです。ただ予測していたよりも幾分か早く、ですけれどもね」
 茶を飲み干すと、式神は立ち上がった。
「今後の取引については、後ほど追って連絡します。それまでは剣笠亭の当代に色々とお尋ねなさい」
「送りますよ」
「結構です」
 来た時とは違い、立ち去っていく背筋の伸びた姿は、水村のそれだった。
 後に残ったのは、長椅子に腰かけた景季と、空の湯呑。
 徐々に、昼下がりの喧騒が戻ってくる。
「なんだか」
 片づけるべく湯呑を手に取り、なんとなく立ち上がらないまま、じっと街道を隔てた川の流れに目を注ぐ。
「面倒なことになってきましたねえ……」
 この件を、祖母に伝えるべきかどうか。伝えるためには土蔵の話からしなければならず、土蔵は他言無用と念を押されている。
 川の水面を、紅に染まった落ち葉が、素知らぬ顔で流れている。

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