猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

続虎の威27

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 飛び込んできた女を連れ、嵐のごとく飛び出していったトラたちの後姿を扉の向うに漠然と
見やりながら、宿屋の客達はそれぞれ顔を見合わせた。
「あれは――なんだったんだ?」
 名前を呼んでいたし、彼らは顔見知りだったのだろう。
 トラの巣から逃げ延びてきたヒトの少女が、旅の途中にふらりとこの宿に立ち寄っただけの
トラの友人に出会うなど、そんな奇跡が世の中にはあるのだろうか。
 そもそも。
「どうやって逃げてきたんだ、あの女は」
 トラの巣からは逃げられない。それはこの近辺では有名な話である。悪趣味なゲームを仕掛けて
きて、それを抜けられるのは極少数の強運の持ち主だけだと話しに聞いた。
 ならば、あのヒトはゲームに勝ったことになる。
 なるほど――すさまじい強運だった。それ程の強運の持ち主ならば、奇跡も起きようというものだ。
「あいつらは……行ってどうしようってんだろうな」
 行き先がトラの巣と知っていて、彼らは躊躇なく飛び出していった。トラップを扱うトラの
縄張りに突っ込んで、勝算があるとは思えない。あまりにも短慮だ。
 だがあるいは、トラの巣に潜むマダラのトラと、三人のトラのハンターならば――。
 立ちすくむ人々の中から一人、ふらりと歩み出てドアの外をのぞく者があった。その男は
足早に自分の部屋へと取って返し、いくらかの荷物を抱えて宿を出る。
「おい、どこへ――」
 聞かれて、その商人は振り向いた。
「商売」
 そう言い残して、まだ若いネコの商人は尻尾を揺らして夜の森へと飛び込んでいった。
「どういうことだ……?」
「あのトラたちに何か売りつけようって?」
 そこで、あ、と誰かが声を上げた。
 数人の商人が顔を見合わせ、先の商人に習って取る物も取りあえず宿を飛び出していく。
 そうすると、取り残された商人たちも焦りを覚え始め、理由も理解できないまま、他の商人と
競い合うように次々と宿を飛び出していった。
 目的地だけは分かっている。皆、トラたちを追ってトラの巣に行ったのだ。
「……至宝を運ぶ馬車を襲ったと聞いたことがある」
 宿に残った者のほとんどは、商人ではなく単なる旅人である。その中の一人がぽつりとこ
ぼした呟きに、ようやく合点が行ったと頷く声があった。
「なるほど――奴ら、お宝の買い付けに行ったのか」
 仮にトラたちが盗賊を殺せば、盗賊が溜め込んだ財宝はトラたちの所有になる。中にはめったに
お目にかかれない貴重な品も混ざっているだろう。
 商人たちはそれが欲しい。
「――呆れた商人魂だな」
 助けてくれと泣いて叫んだ少女を前に一歩も動かなかった男たちが、商売ならば足取りも軽く
夜の森へと飛び出して行く。
 無論それは、三人のトラが盗賊を殺すかもしれないと思っての行動ではあるのだが。
 そうして、呆れたと言った男もまた、気が付くと荷をまとめてトラの巣へと向かっていた。
 ――呆れた野次馬根性で、である。


*


 ヒトならば、奴隷だ。
 それは、誰もが疑わない大前提であった。
 理由などない。理由などいらない。まず第一にそれがあり、そこから他の理論が展開される。
 何故、と思った。そんな馬鹿な理論があるものか、倫理はどうした、道理はどこだと声高に叫んだ。
答えが得られないと分かると抵抗し、そして力でねじ伏せられた。
 そして屈した。
 痛みに、恐怖に、飢えに。ありとあらゆる生命の危機を突きつけられ、それでも決して死ねないと
言う無限の苦痛に放り込まれて。
 恐らく、狂ったのだろうと思う。今では何がそんなに腹立たしく、何に憤り、何故それほどまでに
抵抗したのかもよくわらなくなっていた。
 両足を砕かれた痛み、舌を焼かれる恐怖。人間としての矜持や誇りが、それらの苦痛と引き換えに
するほど大切な物とは思えない。
 けれども。
 濃厚な血の臭いの中、コウヤは事切れた主人と、その傍らに倒れ付すイヌの体をぼんやりと見やる。
 恐らく、彼女はトラップを抜けたのだろう。トラップが発動する音が何度も聞こえてきたから、
何らかの手法で強行突破したに違いない。
 ――戻ってくるのだろうか。
 助けを呼ぶと、彼女はそう言っていた。主人を助けるために危険を犯した。
 ――主人?
 その言葉に違和感があった。
 あのイヌは、あの少女の主人だったのだろうか。不思議とそうは見えなかった。
 奴隷との接し方はそれぞれ違う。コウヤはヒトを虐げて喜ぶ輩しか記憶に無いが、度を越して
優しい主人も世の中にはいるのだと、話に聞いたことはある。
 ――家族のように接してくれた。
 懐かしそうに目を細めて、事故で死んだ主人を想う男がいた。奴隷など持て余すだけだからと、
遺族に売り払われて来たその男はコウヤと同じオチモノだったが、元の世界での生活よりも
こちらでの生活の方が好きだったと苦笑した。
 幸せなヒトもいるのだ。奴隷である自分を許容できれば、ヒト奴隷はそれ程ひどい立場でも
ないのだろう。
 けれども、彼らの関係はそういう物とも違うように見えた。
 ――ヒトが主人になることなど。
 ありえないとは言わない。だが、到底信じられもしない。
 コウヤは静かに目を閉じた。
 本当に静かだった。近くに自分を脅かす存在がいなかったことなど、こちらに落ちてから
一瞬たりとも無かったように思う。
 ――ああ、今なら。
 自由なのだとコウヤは悟った。何をしても咎められない。何をしてもいいのだ。
 そう思った時、コウヤが無意識に見つめたのは、シャエクの胸に突き立った剣だった。
 ――戻ってくるのだろうか。
 もう一度、コウヤは立ち去った少女に思考を向ける。
 そうすれば、あの剣で――。
 思ったところで、倉庫のドアが騒々しく蹴り開けられた。

*


 カブラは千宏を抱え、カアシュとブルックを伴って森を駆けた。
 森を抜けた先に大量のトラップがあり、その先に倉庫がある。そこでハンスが助けを待って
いるのだと千宏は言った。
 盗賊は死んだが、ハンスが大怪我をしている。
 急がなければ間に合わない。それ程切迫した状況にあるのだと、聞かずともその姿を見れば
嫌でも分かった。
 千宏の全身にべったりと張り付くこの血は、千宏の物ではない。
 森を抜けると視界が開け、闇の向うに確かに何かの建物が見える。
「そこ、トラップが――」
「大丈夫だ。――見えてる」
 叫びかけた千宏をカブラが制すると同時に、ブルックが前に出た。
「面倒だからふっ飛ばすぞ!」
 言って、ブルックは返事も待たずにボウガンを構えて上空に放った。矢にロープが結んであり、
それが夜の空へとするすると伸びていく。
 ロープには等間隔にトラップの発動を誘発する仕掛けが縛り付けてあり、誘爆させて
トラップを処理するのだ。地雷と呼ばれるトラップを処理するヒト世界の技術をこちら
に転用した物だと聞いたが、ヒトの世界も存外に物騒である。
 矢が彼方へと飛び、長いロープが地面に落ちた瞬間――空が白むほどの閃光が周囲に弾け、
さすがにカブラはのけ反った。
「なんだ、こりゃ……こんなに密集したトラップ見たことねぇぞ……!」
 魔法を使うトラップは手間が掛かるし、物理的な印が残らないので配置を忘れたら致命的だ。
扉の前や窓の外――ともかく、侵入者が確実に足を踏み入れるだろう場所にいくつか
設置するのが普通である。
 だというのに、ここのトラップはほぼ数歩に一つの割合で配置してある。
 完全に――狂気の沙汰であった。正気ではとても不可能だ。
「突っ切るぞ、俺に続け!」
 先頭を切って再度走り出したブルックの後を追い、カブラとカアシュも走り出す。
 そこを抜ければ、倉庫はもう目前だった。
 夜風に乗って血の臭いが漂ってくる。それ程に、血が流れている。
 千宏がカブラの腕の中で小刻みに震えながら、不安を押さえ込もうとするように
毛皮を強く掴んだ。
 こんなにも、小さかったか。
 カブラは顔を顰め、千宏を抱く手に力を込めた。
 まるで子供のようだった。いや、そもそも――本当に子供なのだ。
 ヒトの寿命は短い。百年生きているように見えたって、千宏はたかだか二十年程度しか
生きてないのだ。二十年と言えば、トラならまだ背が伸びる。
 その子供に、自分たちはどうしようもなく救われたのだ。その恩を返すためならどんな
ことでもしてのける。
 ――生きててくれよ。
 せめて生きてさえいてくれれば、どうにか手の打ちようもあるはずだ。
 だが自分たちが駆けつけるまでは、イヌの生命力に頼る他ない。今こそ助けを必要と
されているのに、祈る以外にできないことが口惜しかった。
「ハンス!」
 倉庫の大扉を蹴り開けて、カブラたちは血の臭いが充満する屋内へと飛び込んだ。
 すっかり日の落ちた倉庫内には光源もなくひどく暗い。
 それでも、トラの目ならば屋内を見通すことは簡単だった。
 まず真っ先に目に入ってきたのは、剣を突き刺された男の死体である。事前にトラの
マダラと聞いていなかったら、その男がトラであるとカブラには分からなかっただろう。
 そしてそのすぐ傍らに、血塗れのイヌが転がっていた。
「――ハンス!!」
 千宏が叫ぶと、カアシュが真っ先に飛び出して行く。千宏もカブラの腕から飛び降りて、
転びそうになりながらその体へと飛びついた。
 すぐさま治療道具を広げたカアシュを囲み、カブラとブルックもその場に膝を着く。
「どうだ、カアシュ」
「――まだ息がある」
 カアシュはハンスの胸に耳を押し当てて頷いた。
 だが、安心できる状況ではないとその声が言っている。
「とにかく血を止めねぇと」
 ブルックがランタンに火を入れて明かりを灯した。そうして、ふと床に視線を注ぐ。
 カブラもつられて床を見た。床に細く切った溝に、ハンスの血が流れ込んで魔方陣を
形作っていた。
 指で文字をなぞり読み、カブラは顔を顰める。――辛うじて、トラの文字であること
だけは判別できた。だが、あまりにも古い。
「魔方陣か?」
「だろうな。何を書いてあるかは読めねぇが……えらい複雑だ」
 遺跡の町で、似た文字を見たことがある気はするが――。
「こんな魔法が……俺らにあったんだな」
 ブルックの呟きに、カブラは頷くこともしなかった。
 トラは肉体的に恵まれている。だから古い魔法にも、他者を攻撃するような物は極めて
少ない。少なくとも、軽く本を調べて簡単に見つかるというような類のものではなかった。
国の精鋭や国境の守護者ならばともかく、盗賊に落ちたトラ風情が知りえる物ではない。
 仮に知りえたところで、魔力の扱いが苦手なトラである。マダラと言えど、強力な
魔法ならばそれほどに、扱えるようになるまで血の滲むような努力を強いられる。
「狂気の沙汰か……」
 それほどまでに、何がこの男を駆り立てたのか。
 カブラは床に膝を付いた状態で事切れている男を見やり――それからぎょっとして壁を見た。
 そこに、誰かが。
「――誰だ!」
 それは、誰何の声にのろのろと顔を上げた。顔だけは真っ直ぐにカブラに向いていたが、
その実その目は何も見てはいなかった。
「お前……」
 一瞬、それは女のように見えた。体が細く、体毛が無い。
 だが奇妙な違和感がある。女の顔ではないのだ。では、これもマダラかとカブラは
武器に手をかけた。
「待ってカブラ! その人は大丈夫、ただのヒトだよ。あたしと同じ」
 ハンスの傍らに膝をついていた千宏が立ち上がり、カブラを制してその男に駆け寄った。
「ヒトって……お前……」
「シャエクに飼われてたんだ――コウヤさん」
 コウヤと呼ばれた男は、虚ろな目を千宏に向けた。
「心配しないで、あいつらあたしの知り合いだから……何があってもコウヤさんを
攻撃したりしない。絶対に、あたしが約束するから」
 紺屋は目を細めて千宏を見た。――今度は、確かに千宏を見ていた。その瞳に浮かぶのは、
失望――だろうか。あるいは落胆か。少なくとも希望めいた感情は一切見出せない。
「……私は」
 ぽつりとコウヤが呟いた。
「どうなります」
「最初に言った通り、あたしが連れて行く」
「では、奴隷に」
「違う! そうじゃないよ、コウヤさん。ただ一緒に行くだけ。取りあえず一緒に行って、
もう少し体を良くして……そしたら、それからのことを一緒に考えよう」
 コウヤは目を伏せ、それきり黙した。
 千宏がどこか歯痒そうな顔をして立ち上がり、カブラと視線をぶつけて苦笑する。
「歩けないんだ、この人……だから、帰りはあたしじゃなくて、彼をおぶってくれる?」
「そりゃ、構わねぇが……」
「カブラ、チヒロ」
 カアシュに呼ばれて、二人は同時に振り向いた。
「一応血止めはしたが、かなりまずい状況だ。出来るだけは早く、まともな医者とまともな
薬のある場所に移さねぇと……」
「町まで持つか?」
 カアシュは首を横に振る。
「傷のわりには奇跡的に持ってるが、血を流しすぎてるし――動かせばもっと流れる」
「なら宿までだ。まともな医者と薬は、馬車を飛ばして都合する」
「けど、それまで持つかどうか……」
「持たせるんだ! 顔面殴り続けてでも死なせるな! ――時間が惜しい、ハンスを運ぶぞ!」
 応と答えて、カアシュとブルックは床に強いてあった絨毯でハンスをくるみ、二人がかりで
持ち上げた。それでどれだけハンスへの負担が軽減されるかはわからないが、担いで走るよりは
マシだろう。
 ――宿までも持たない。
 そう、カブラの頭の中で静かな声が聞こえた。その声をどうにか振り払い、カブラは
千宏を抱え上げる。
「ちょっと、あたしはいいから――」
「お前の足じゃあとろすぎるが、置いてくわけにゃあいかんだろう」
 カブラは続いてコウヤの体も抱え上げた。細くて軽いヒトの体重など、二人分合わせても
普段抱える装備一式にも満たない。
 カブラ達は入って来た時以上に慌しく、倉庫から駆け出した。
 宿を目指して荒れ地を駆け、矢に結んで飛ばしたロープをたどってトラップを抜ける。
 その途中、荒れ地と森の境目にぽつぽつと光が灯っているのが見えてカブラは速度を緩めた。
トラップのひしめく荒れ地を前に、多くの人々がわだかまっているのだ。
 その上、倉庫から駆けて来るカブラ達を見つけてわらわらと集まってくる。
「なんだ、ありゃあ」
 どのあたりからトラップが設置されているのかは漠然と分かっているらしく、ある一線から
先には踏み込んでこようとはしない。
 丁度トラップを抜けたところで取り囲まれる形になり、自然とカブラ達の足は止まった。
「おい、どけ! 俺たちは急いでるんだ!!」
「盗賊は?」
「――何?」
「殺ったのか?」
 重ねて聞かれ、カブラは鼻の頭に皺を寄せる。荒々しく尻尾を振って、居並ぶネコたちを
見渡した。
「だったらどうした」
 瞬間、わっと歓声が上がった。
「聞いたか! こいつらやったぞ! シャエクを殺した!!」
「なに? いや、おい、殺したのは俺達じゃ……」
「そのロープをたどれば倉庫に入れるのか!」
「おい、俺の荷を見てくれ! 欲しいものがあったらなんでも持ってっていいから、俺に
倉庫にあるものをいくつか持ってく許可をくれ!!」
 群がるネコたちに気圧されて、カブラは思わず一歩下がった。と、背後に立つカアシュに
背が当たり、自分の置かれた状況を思い出す。
「今はお前らの相手を――」
 している場合じゃないんだと怒鳴ろうとしたカブラの口を、乱暴に塞ぐ手があった。
 その手が千宏の物だと理解するのと同時に、高い声が周囲に響く。
「――薬屋は前に出て! 死に掛けてるイヌがいるんだ、助けられる物を持ってる人がいたら、
何を持ってたってかまわない!」
 カブラの腕から飛び降りた千宏に応じて、いくつかの声が上がった。
「それなら私だ! 私の薬はよく利くぞ。おまけに私は医者でもある、そのイヌとやらを
見せてみろ!!」
「俺も珍しい薬を持ってる!」
 躊躇する様子を見せたカアシュとブルックが、千宏に促された商人達の中にハンスの
体を横たえた。
 さすがに商人達の中から浮かれた気分がさっと引き、緊迫した空気が流れる。
 名乗り出たネコがざっとハンスの体を調べ、巨大な荷箱をひっくり返していくつもの
薬瓶を選び出す。
「とりあえず傷を清めて傷を塞ごう。動かしても再出血しにくくなる。誰か明かりを!」
 数人のネコが慌しく呪文を唱え、光の玉がさっと周囲を明るく照らし出した。
 その傍らにまた別のネコが荷を広げ、色とりどりの粉や木の実を慌しくすり合せ始めた。
「魂の剥離を鈍らせる薬を持ってるんだ。臨終寸前がこれで三日持ちこたえたこともある」
「ああ、すぐ飲ませよう。すでに傷が随分汚れているから、感染症が心配だな……」
「いや、この人の体からかすかに回復魔法の気配がする。恐らく今朝の早くか昨夜遅くに、
魔法医師にかかってるんだろう。あれは自己治癒力を高めるもんだ。かけ終わっても
しばらく体に余韻が残る」
 ああ、とカアシュが間の抜けた声を上げた。
「それで傷のわりに出血が少なかったのか。傷の位置は明らかに動脈を切ってるのに、
出血量が少なかったんだ」
「とは言っても――圧倒的に血が足りないことには変わりない。いつショック死を起こしても
おかしくないぞ」
 輸血が必要だった。だが、イヌの血などそう簡単に手に入りはしないだろう。シュバルカッツェに
行けばいくらか希望はあるが、ネコの力を総動員してもそれまで持つという保証はない。
「あっ」
 誰かが上げた驚愕の声に、全員が同時に顔を上げた。
 居並ぶネコの顔の中に一つだけ、妙に浮いた面長の顔がある。
 商人でもなんでもない、単なる旅人と言う風な格好のイヌである。周囲の視線を一斉に浴びて、
そのイヌは落ちつかなげに耳を立てた。
「あんた……商人には見えねぇが……何しに来たんだ?」
 何って、と男は目を激しく瞬く。
「みんなが来たから……つい、野次馬に……」
 実にイヌらしい返答であった。
 それから、
「あ……俺の血、使う? そいつが輸血未経験なら、イヌは血液型無視して輸血できるけど……」
「そうなのか!?」
「イヌの血液抗体は輸血することで出来るから……血液型違っても、拒否反応出るのは
二回目以降なんだ」
 一瞬の沈黙の後、医者でもあると言ったネコが声を張り上げた。
「輸血機材を持ってるやつは居ないか! 無ければあり合わせの物で即席しろ!!」
 ハンスを囲む鬼気迫る熱気を前に、カブラ達は完全に取り残されていた。
 恐らく、助かったのだろう。実感はわかないが、実際ハンスは今カブラ達の手を離れ、
医者やら薬屋やらからよってたかって治療を受けている。
「ほとんど出る幕無かったなあ、俺達」
 思わずぼやくような声が出たカブラに、ブルックは軽く頷く。
「つーか、ハンスを倉庫から連れ出しただけだな」
「俺は一応止血したけどな」
 と、千宏が突然、ぺたりとその場にへたり込んだ。それから、ばったりと地面に
倒れ付してしまう。
「チヒロ!?」
「どうした! まさか、どっかに大怪我を――」
 慌てたカアシュがその体を抱き起こし、それから安堵の息を吐いた。
「よっぽど疲れたんだろうな……寝ちまったよ」
 気を失ったと表現する方が適切な倒れ方だったが、大事ではない。
 ふと、どこからとも無くベアトラがやってきて、ぽんと千宏の体に飛び乗った。
おい、とカアシュが止める間もなく、もぞもぞと千宏の破れたローブの中にもぐりこむ。
 それからずうずうしくも、千宏と一緒になってすうすうと寝息を立て始めた。

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