猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

続虎の威19

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匿名ユーザー

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 港を抜けて立ち並ぶ倉庫を横目にしばらく歩くと、ひどく奇抜な概観をした技師装具店が見えてくる。最後にカブラがここを訪れたのは
数週間前。そのときのことを思い出すと、いまだに怒りでめまいがする。だが交渉が決裂してからというもの町中の技師職人をたずねて回り、
カブラはこの店で作られる義足の質の良さを実感していた。
「やや。お客さんのお見えにゃね」
 猫が大口を開けているような、いつ見ても不愉快なデザインの扉に近づくと、そこにケダマのネコとマダラのイヌがしゃがみこんでいた。
かたわらにはジュースのビンと、スルメの袋が置いてある。
「何してんの? こんなとこで」
 千宏が怪訝そうにたずねると、店主であるミーネはスルメをくちゃくちゃといわせながら不機嫌そうに顔をしかめた。
「それがひどい話でにゃあ。言うも涙、語るも涙!」
「聞くほうは涙しなくていいのね……」
「うちの神経質のシャコ男が、気が散るから出て気と騒ぎだしてにゃ」
「精密作業してる横で、社長がくちゃくちゃスルメなんて噛んでるから……」
 横から口を挟んだマダラのイヌに、ミーネは尻尾の毛を逆立てる。
「おまえだって干し肉くちゃくちゃやってたにゃ!」
「僕は社長みたいに下品に音を立てたりしないよ」
「おまえはマダラで耳が悪いから、自分が発してる音もまともに聞き分けられないだけにゃ。よだれをすする音だってさせてたにゃ!」
「そんなの嘘だ!」
「嘘じゃありませんー!」
「ようは、二人そろって追い出されたわけね」
 千宏がそうまとめると、二人はそろって言葉を濁す。千宏は肩を落とした。
「それで、進行状況はどんな感じ?」
「進んでるにゃよ。けど最終段階に入る前に、一度本人を連れてきて欲しいにゃ」
「それはちょーっと難しいかも……」
「完璧なものを作るためにはどうしても必要な工程にゃよ。住所を教えてもらえたらこっちから出向いてもいいにゃ」
「そうねぇ……」
 ちらと、千宏が横目でカブラを見やる。
 完全に話においていかれているカブラが口を開きかける前に、千宏の方が口を開いた
「相談してみる。あたしが言っても聞かないだろうけど、こっちのデカイのがね」
「はぁ!? 何言い出すんだてめぇ! おい、そもそも俺はな――!」
「カアシュの足を治したい。――じゃなかった? あんたのそもそもの目的は」
 冷たく言われ、カブラはぐっと言葉をつめる。
「よく――考えることだねカブラ。自分の意地と、カアシュの足と。あんたにとってどっちが本当に大切なのか」
「ははぁ……覚えてるにゃよこのでっかいの。おもしろい状況になってるにゃあ。この仕事請けて正解にゃ」
「本人的には不愉快極まりないだろうけどね」
 肩を竦めた千宏の背中を、ミーネが笑いながら叩いた。
「無能のクセにプライドばっかり高い馬鹿にはいい薬にゃ! トラには誇りと実力の比率が狂ってるやつが多くてこっちも迷惑してるにゃ」
「なんだとこの女――!」
「よせカブラ。あんたを怒らせようとしてるんだ。挑発に乗ったらあんたの負けだ」
 殴りかかろうとしたカブラを静かに制し、ハンスが低い声で言う。憤然としてミーネを鋭く睨みすえ、カブラは荒々しく腕を組んで
からかうような視線から顔を背けた。
 その視線の端で千宏がミーネに何かを手渡すのが見え、カブラは気づかれぬようその手元を凝視する。
「とりあえずこれ、今回の分の払い」
「ん。確かにお預かりするにゃ」
 薄手の布にくるまれた長方形のそれを受け取って、ミーネがごそごそと懐にしまい込む。
「数えないの?」
「私は紙の重さで枚数を正確に把握することができるにゃ」
「へー……すごいね。わりと純粋に」
「天才だからにゃ! ――さて。ちょっくら出来栄え、見てくかにゃ?」
 立派なひげをひくつかせ、ミーネがガラス玉のような瞳を輝かせる。
「いいの? 精密作業中なんでしょ?」
「大丈夫だよ」
 口を挟んだのはマダラのイヌだ。
「どうも、そろそろお茶の時間みたいだしね」
 イヌが言い終わったちょうどその時、店の扉が静かに開かれ、中から巨体のシャコがぬっと顔をのぞかせた。
「茶が入ったが――数が倍ほど足りんようだな」
「ども。お世話になってます。今日も相変わらずイケメンですね」
「あんたか……トラを気取るならおべっかは止めろ。異常だ」
「トラを気取ってるやつの言葉なんだから、おべっかじゃないって信じたら?」
 カブラは愕然としてハンスを見ると、ハンスは疲れたように一度頷いた。この技師職人たちはどうやら、千宏がヒトであることを
知っているらしい。
「お客さんが来たから、アレ開けるにゃ! いただきもののケーキ!」
「来なくてもどうせ開けただろうが」
「細かいことは言いっこなしにゃー」
 楽しげに言葉を交わしながら、千宏たちは店内へと消えていく。ハンスに肩を叩いて促され、カブラもしぶしぶ歩き出した。

「おい。ハンス」
 数メートル先に千宏たちの背中を見ながら応接室へと続く廊下を歩く途中、カブラは低く抑えた声でハンスを呼んだ。
「なんだ?」
「チヒロがさっきマダラに渡してたアレ……なんだ?」
「金だ」
「……そうか」
「金額を聞くか?」
「ああ」
「五百セパタだ――先日頭金として千払った。チヒロがヒトということを明かすことでな、分割での支払いを了承させたんだ。
どうせイヌにはすでに気づかれていたし、チヒロが言うにはそれが一番合理的らしい」
 カブラは頭を抱えて低く呻いた。
「くそ……なんてざまだ……」
「ヒトのチヒロがトラのあんたより稼ぐのが我慢できないか?」
「嫌な聞き方するじゃねぇか」
「あんた程じゃない」
「なに?」
 ハンスは小さく息を吐く。
「……トラは、獅子が嫌いだろう」
 カブラは鼻の頭に皺を寄せ、心持尻尾を膨らませる。
「状況による」
「獅子の上官を想像しろ」
「想像させるとこの建物が壊れるぞ」
「それはなぜだ?」
「あいつらが獅子以外の種族は全員無能の雑魚だと思ってんのは有名な話だろうが。トラにだって同じだ。地力は同じでも鍛錬の
仕方が違うだとか、志がどうだとか、意味のわかんねぇ理論でトラは獅子より劣るときやがる。だからここは俺に任せてお前は
後方支援でもしてろってよ……!」
 言いながら、カブラの瞳は怒りでギラギラと輝き始め、今にも誰かに飛び掛らんばかりに全身の毛を逆立てた。
「――そういうことだ。今回の一件で、チヒロは怒り狂ってる」
 カブラは目を瞬き、何かを狙うように揺らしていた尻尾を力なくだらりと落とした。
「チヒロにとって俺たちは、俺たちにとっての獅子だってか?」
「そうなるな」
 そう言われて思い当たる節ならば、数え切れないほどにある。
 だが、それは――。
「そりゃ……仕方ねぇだろう。どうあがいたってチヒロは――」
「弱いのだから仕方がない。分相応に振舞うべきだ――か?」
 言おうとしたセリフをハンスに取られ、カブラは苦々しい気持ちで口を閉じる。
「……程度問題だろうが」
「まあな。獅子とトラの戦闘能力は均衡してるが、ヒトとトラでは比べようもない。だからチヒロは侮られても、見下されても
――種として認められなくても、ただ生かされている事実に感謝して生きなければならない」
 それがこの世界だ。と締めくくり、ハンスはずいぶん前にミーネたちにかなり遅れて応接室への扉を開いた。
「遅い! もう余り物しかないにゃよ」
 ミーネの叱責が飛んでくる。
 すでにミーネたちは応接室のソファにつき、客からのいただき物だというケーキをテーブルに並べているところだった。
「ケーキって……おい、おまえらな……」
「お招きされたら断るわけには行かないっしょ? 別に義足は逃げないし。あんたが逃げるなら話は別だけどね。カブラは
ネコの出したお茶なんて死んでも飲まないだろうからいいとして、ハンスは別に好き嫌いないよね?」
「気にしないでいい。俺は最初から人数外だ」
 頭を抱えたカブラの横で、ハンスがもとより硬い声をいっそう硬くして言った。
「え? あんた甘いもの嫌いだっけ?」
 ソファに腰掛け、甘そうなチョコレートケーキを前にしている千宏が意外そうにハンスを見る。
「食べ物に好みはないが――」
「じゃ折角だからいただきなよ」
 ハンスは唇を引き結び、テーブルに並べられた色とりどりのケーキを見た。
「……食べたことがない」
 場の空気が一瞬にして凍りつく。
 そんな中で小さく噴出したのはイヌのマダラだった。
「確かに。ル・ガルじゃそうそうお目にかかれない食べ物だ」
「け、ケーキにびびってるのかにゃ!? さすが、イヌはみみっちさのスケールが違うにゃ……!」
「ハンスごめん! あたし、あんたのそんな苦しみも知らないで……!」
 懐郷と嘲笑と哀れみがいっぺんに襲ってくる。ハンスは視線を床に逃がして無感情に呟いた。
「……おかしいか」
 再び、部屋の空気が凍りついた。
「笑えばいい……嘲笑には慣れている」
 陰鬱な笑みを浮かべて言い放ち、ハンスはそれきり沈黙した。
「まずいことしたかにゃ……」
「トラウマに触れたようだな」
「国を離れたイヌはナイーブなんだよ。社長の無神経」
「おい、いい加減にしろてめぇら!」
 凍り付いてしまった、だがどこかほのぼのとした空気を砕いたのは、焦れたカブラの怒声だった。
「俺はてめぇらとほのぼのケーキ囲みにわざわざここまで出向いたわけじゃねぇんだよ! こっちは仲間の一生が
かかってるってぇのにてめぇらさっきからふざけやがって……! 馬鹿にするのも大概にしやがれ!」
 沈黙が落ちる。
 三人の技師職人が顔を見合わせ、そして揃って千宏を見た。
「……そっか。仲間の一生、かかってるんだ」
 に、と唇の端を吊り上げて、千宏は静かに立ち上がった。それに続いてミーネたちも立ち上がる。
「いいよ。じゃあ、済ませちゃおう」
 千宏がそう言って目配せすると、ミーネはかりかりと耳の後ろをかきながらカブラを軽く促した。
「どうも気が進まないにゃあ。代金を頂いた人間と商品を渡す人間が違うってだけで激しく違和感だっちゅーのに、
今回は恩恵を受ける側の人間が感謝の色ゼロにゃ」
「善意の押し付けってのは、どの世界でも歓迎されないもんじゃない?」
「私だったら自分の利益になることだったら、何でもありがたく頂くがにゃあ」
「ニャトリからのお情けでも?」
 イヌのマダラが入れた横槍に、ミーネはかっと口を開いて鋭く怒鳴る。
「そんな貴重なもんを頂けるなら、ぜひとも頂いて見たいもんにゃ!! 見るだけでも大変な僥倖にゃ!」
「そんなにひどい企業なの……? ニャトリって」
 千宏はかたわらのシャコ男に問いかけた。
「一部な。大きな企業だ。いろいろある」
「ふうん」
「胸糞悪い話は切り上げて、とっとと嗜好の一品とご対面にゃ!!」
 ミーネが乱暴に蹴り開けた扉の向うは、カブラの目でも視界が通らないほどの闇だった。扉を閉められてしまったら、
トラの目をもってしても動きを制限されるだろう。
「……暗いな」
「ここは俺しか使わん作業場だからな。俺たちシャコに余計な光はかえって邪魔になる」
 シャコ男がそう答えて一人闇の奥へと消えて行き、数秒後に明りがともる。
 殺風景な真四角の部屋だった。壁一面にさまざまな義足が並べられ、部屋の隅に設計図らしきものの束がきちんと
整頓して積み重ねてある。
 背もたれの無い簡素な丸椅子と、作業台と思しき机が一対。その上に乗っている、機構がむき出しのままの義足。
「進行状況は八割といったところか。前回採寸したときのサイズで作っているが、動かさずにいればどうしても足は細くなる。
無論多少の誤差には自動で対応するように作ってはあるが、やはり一度本人に装着感を確かめてもらわなければ仕上げには入れんな」
 ネジの一つ、針金の一本にいたるまで、全てのパーツに魔法処理が施してあった。シャコに促されて手にとって見ると
それはずっしりと重く、そしてほのかに暖かい。
「彼が本来持っている足よりは少し軽いが、その上から肉を盛り付ける。それが骨格だとしたら、次は筋肉だな。装着した
その日からほぼ違和感なく動けるはずだ。感覚も伝達するし足の指も動く」
「……こいつは……」
「もちろん狩りなどの過酷な環境にも十分耐えうる。メンテナンスなしで五十年は持つだろうが、不具合を感じたらうちに来れば
アフターケアは無償で行っている」
 恐る恐る訪ねようとしたことに、期待以上の答えが当然のように返ってきて、カブラは体が震えるような感覚を抑えることが
できなかった。
「あんたの物だよ、カブラ」
 何気ないその声に、カブラは振り返ることができなかった。
「それを受け取って、どうするかはあんた次第だ。捨てたって、売ったってかまわない。あたしは自分に出来る事をした。自分が
したいようにした。だからこんどは、あんたがしたいようにすればいい」
 これを手に入れるために、千宏が支払った代償。
 途方も無い金額と、それだけの金を手に入れるために犯してきた途方もない危険。
 それを千宏は、まるでそうすることが当然のように「あんたの物だと」言い放つ。
「これが、あたしにできること」
 敗北を、認めざるをえなかった。
 自分は何もできなかった。
 守ると決めた千宏の護衛さえ、途中で放り出してここにいる。
「これでさよならだ、カブラ」
 それから、と言って千宏は笑う。何も言えずに立ち尽くすだけのカブラに背を向けて。
「今までありがとう。――ミーネ。残りはまた一週間後でいい?」
「かまわんにゃよ。いつもきっちりかっきり払っていただいてるしにゃ」
 そのやりとりで、カブラはふとブルックに渡された小切手のことを思い出した。
 そもそも千宏があの部屋で待っていたのは、カブラではなく金を払ってくれる客だったはずだ。それをブルックがどうやってか
カブラを客に仕立て上げ、千宏の元に送り込んだせいで、千宏は得られるはずだった収入を得ていないことになる。そしてこの
小切手の額面は、恐らくはその客から得られる予定だっただろう金額と同等かそれ以上なのだろう。――それ以下という可能性も
ありうるが、その場合はあまり想像したくない。
「待てよ!」
 ようやく声が出た。
 声が出てしまえば振り返るのはたやすく、振り返ることができれば駆け寄ることなど造作も無い。
 カブラは千宏を押しのけてミーネの前に立ち、その手に半ば無理やり小切手を握らせた。
「これで残りは足りるんだろう」
「ははぁ……千五百セパタの小切手。四百ほど釣りが出るにゃね」
「じゃ、その釣りはチヒロに渡してくれ」
「ちょっと! 折角人が格好つけてんのに、余計なことしないでよ!」
「うるっせぇ! やったもん勝ちはお互い様だろうが!! 今力を持ってるやつがそれを発揮する権利があるってのがお前の
論法なんだろう? 違うか!?」
 千宏が唖然として顎を落とし、信じられないというようにカブラを睨む。
 だが、何も言い返しては来なかった。言い返せるはずがないのだ。千宏はまさにたった今、カブラに「したいようにしろ」と
言ってしまったばかりなのだから。
「……借りは返すぞ」
「いらないよ。そんなもん」
「いいや! お前がなんと言おうと、この借りは必ず返す! このままへらへら生きてたら、俺は永遠に誇りを語れなくなる」
「どこまでも自分を中心に考える種族にゃねぇ」
「横から口を出すんじゃねぇよ!」
 カブラに怒鳴りつけられて、ミーネが思い切り舌を出してそっぽを向く。
「……ふうん」
 それで、と千宏は侮るようにカブラを見上げた。
「あんたに何ができるわけ?」
「なんだってできるともよ。お前がそうしろっつうんなら、俺は誇りを捨ててもかまわねぇ」
 千宏の表情から侮るような色が消えた。
 ほんのわずかに眉を寄せ、カブラから視線をそらしてしまう。
「……そう」
 そして、千宏は表情をほころばせた。どこか照れたように、だが抑えきれないというようなその笑みを、きっとカブラは初めて見た。
「そっか」
 そして千宏はきびすをかえし、カブラを残し部屋を出た。
「意外だな」
 無感動な声に振り向くと、ハンスがしげしげとカブラを眺めていた。そして、ひどく性格の悪い笑みで言う。
「だが理想的でもある。――本来の意味でな」
「ま、及第点てところにゃね。おっと、お釣りを渡すのを忘れたにゃ!」
 ミーネがカブラの肩を乱暴にこづいて部屋を出て行き、その後ろからハンスがゆっくりと千宏を追う。
 その背中を追うことも、引き止めることも出来なかったのは、きっと千宏が自力で立って歩いていたからなのだろう。その
しっかりとした、だからこそ危なげな足取りをただ支える忠実なイヌの存在に、カブラは初めて敗北を受け入れた。
 最初からそうだったのだ。千宏を守ると決めた四人の中でただ一人、ハンスだけが千宏を必要としていた。千宏と対等だった。
千宏を主と決めていた。ならば千宏が選ぶのはただ一人、ハンス以外にありえない。
 護衛として、男として、人間として――。
「浮浪者のイヌに完敗じゃねぇか……」
「追いかけないの?」
 イヌのマダラの問いに、カブラは静かに首を振った。
「足手まといはごめんだ。――そいつを持って宿まで来てくれねぇか。受け取るのを嫌がったら、俺が押さえつけてる間に
無理やりにでもそいつをあの野郎の足にくくりつけてくれ」
「そりゃエキサイティングなお仕事で……」
「トラに力ずくか。腕が鳴るな」
 道が分かれる。――否。千宏だけが、先に行く。
 こんな状況、アカブが知ったらきっと怒り狂うだろう。そしてカブラを殺そうとするのだろう。だがそれでもカブラはかまわなかった。
 千宏に自分は必要ないのだと、今ならば素直に認めることができた。

 千宏は高すぎる理想を目指して走っている。
 命の安全。それだけでは耐えられない。十分な栄養。それだけでは耐えられない。娯楽のある日々、美味しい食事。
好き、嫌い、愛してる。
 千宏は全て持っていた。この世界に落ちてきた人達が求めてやまない全てのものを、千宏は最初から与えられていた。
 ならばそれら全てを捨て去ってでも、千宏には求めなければならない物がある。底辺を這いずることしか出来ない多くの
ヒトたちとは違い、鎖から解き放たれて走ることを許されている千宏だからこそ、求めなければならない物がある。
 誇りとも、尊厳とも少し違う。ただ自分も、一つの『力』なのだという証明。頼られることの許される立場。すなわち、
対等であると言う事。
 自分はどうせヒトなのだからと、仕方がないのだと笑うことなど、千宏にはできなかった。
「さてと」
 多くの種族でごった返す船着場で、千宏は空を見上げた。
 抜けるように高く、青い。
 風がそよいでいた。強い潮の香りに、どうしてか草原の青臭い風を思い出す。
「行こうか、ハンス」
 目指すは首都――シュバルカッツェ。

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