猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

わたしのわるいひと 08

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
「おれが思うに、これは夢なんだよ」
おれはそうは思わない。
「強いショックを受ければ目が覚める」
おい、しっかりしろよ。何を言い出すんだよ。
「陽もやってみないか?」
やだよ。
「そうか。残念だ」
次の日――あいつは首を――


久しぶりにいやなことを思い出した。


北の街はいまだ寒い。
おれは少しぼんやりしていたようだった。ソファに座った自分の体を眺める。
「ニュクスー」
ふと見ると、ご主人様がニュクスに抱きつくところだった。
ご主人様が手を動かすと、ニュクスの服の下の毛皮がさわさわとざわめく。
「ちょっと、やめろライカ」
「だって寒いんだもの。ニュクスあったかー」
「仕事中だ。ちょ、こら」
ニュクスのしっぽがおれの目の前を舞う。
「やめろと言っている!」
「ひゃははーニュクス照れてる?」


「ニュクス。お使い行って来てください」
「お前は本当に心が狭いな。恥ずかしくないのか」
「はて、なんのことかわかりません」


邪魔者を追い出したので思う存分ご主人様を独り占めする。
「ヨー、なんで膝の上に乗せようとしてるの?」
「なんとなくです」
ご主人様はなんだかよくわからないようだったが、おとなしく膝に乗った。
「今日はヒト世界の写真が結構売れましたねー調達に力を入れたほうがいいかもしれません」
「ねー。ヨーって変態なの?」
「なんですか。藪から棒に」
「だってニュクスが言ってたから……」
ご主人様はもじもじと身をよじる。おれが変態かどうか心配なのだろう。
ご主人様のしっぽに触るか触らないかのぎりぎりの愛撫を施しながら、おれは答えた。
「変態じゃないですよ。これが普通ですよ」
「う、うん。そっか……」
ご主人様は素直にうなずき、
突然目の前に黒い影が現れた。


おれが知ったのは、一瞬にして膝の上の重みが消えたことだけだった。
気づくとテーブルや観葉植物などの家具が吹っ飛ばされており、ご主人様は壁に打ち付けられていた
「ストレルカ!?」
ガードした腕の向こう、ご主人様は叫ぶ。
黒い影の正体は、ご主人様の腕に押し付けた剣を上げ、鞘に戻した。
長身のイヌの女だった。
白と黒の混じった髪をしており、綺麗に筋肉のついた体は戦う者の気配を感じさせる。
そして両腕の間の隆起は――でかい。
いや、ご主人様の大きさに不満があるわけではなく、ただこれは男の本能で、自分ではどうしようもないものであって――
「どこ見てんだよ!」
光の速さで殴られた。昏倒する一歩手前だった。
「腕が鈍りやがったなあ。姉さん」
朦朧とする意識の中でそいつが言った。
「ストレルカ」
ご主人様がよろよろ立ち上がる。
「何を……」
「何って、会いにきたに決まってるだろ。久しぶり。なんかちょっと家変わった?」
「そういうことを言ってるんじゃない……ヨーを傷つけようとした!」
ご主人様が怒っているのを見るのは初めてだった。
「うん?」
ストレルカと呼ばれた女は今気づいたという風におれを見た。
「一体何だっていうんだ。こんなぶよぶよした生き物が」
「私の――奴隷」
奴隷という言葉には若干のためらいがあった。
「ふうん。このにやにやしたオスヒトがねえ」
ストレルカはおれをじろじろとねめつける。
おれがにやにやしてるのは目の前の超展開についていけなくて顔が硬直してしまったからなのだが、ストレルカにはそのあたりの機微はわからないらしい。
「姉さん。どうしてヒトなんていう弱い生き物に興味を持つんだ? ただの性奴隷じゃないか」
ストレルカは苛立ちを隠せないといった風にその場を行ったりきたりした。
「あんたは本当は自分が思ってる以上に、力がある。それなのに、磨こうともしないでこんなところにいる。ヒトなんかにだらだらたぶらかされて、それでいいと思ってるのか?」
「…………」
ご主人様の沈黙が、ひどく痛かった。
「弱いものは虐げられる。それこそヒトのようにな。私たちは強くなければだめなんだ」
言い切る。
ご主人様は軽く耳を伏せて、押し黙っている。
仕方ない。助け舟を出してやろう。
おれは突如、ソファから床へ倒れこむ。
「どうした」
「いえ、さっきご主人様にぶん殴られた腹が」
「…………」
ストレルカがご主人様を見る目が緩む。
「姉さんは優しいからな。愚鈍なヒトに屋根貸してやってたのか」
なんだかんだ言ってこいつも馬鹿だ。
「でも情けかけるのも大概にしとけよ」
「あ、それと、これ」
手紙を受け取った、ご主人様の顔に苦さが走る。
封を開けてさっと読むと、ぽつぽつと呪文をつぶやき、赤い小さな炎を呼び出し、それにくべる。
手紙はめらめらと燃えて灰になった。


寝る前。
寝室に入ろうとするとご主人様がほたほたと歩いてきた。
「ねえヨー。怒ってる?」
「怒ってません」
おれは努めて冷静に答えた。
「誰にでも秘密はつきものですから」
「ご、ごめんね。あの子、強いことにこだわってるから」
「ご主人様が謝ることじゃありません」
ご主人様のしっぽはだらんと情けなく垂れ下がっている。
まったく面倒な人だな……。
「それにしても、ヨーは嘘つきだね」
「まあ、ダテに生き残ってないんで」
「ベルカと戦えるよ」
「そうですか」
ご主人様は
「聞かないんだね」
「何を」
「なーんにも」
「ご主人様が何者かなんてどうでもいいことですよ」
「そう」
ご主人様は微妙な顔でおれを見上げた。
「ごめんね」
「だからいいですって」
「えっちなことする?」
「そういう取引みたいなことはやめましょう」
廊下で二人、しばらく黙っていた。
「しっぽ……いる?」
ご主人様がしっぽをおれに差し出した。


ベッドに座っておれはご主人様を膝にのせる。
モフモフモフモフモフモフモフモフ。
「ヨー。あっ……」
モフモフモフモフモフモフモフモフ。
「くぅっ……い、いつまでするの……?」
モフモフモフモフモフモフモフモフ。
「しっぽを揉むと体の痛みが取れるらしいですよ。本で読みました」
モフモフモフモフモフモフモフモフ。
「そんなの初めて聞いたよ! あ……」
ご主人様――
おれはあんたに怒ってるんじゃない。
おれはこの世界ではクズだ。生きてるオモチャだ。
それでも生きると決めた。
でもご主人様がとろとろと麻酔のように優しいから、そのことを忘れてしまっていただけだ。
くそ。
傷つくようなプライドなんて、もうないと思っていたのに。
そんな自分に腹が立つ。
――これは夢なんだよ。
夢、か。
このままご主人様に甘えて生きていけば、幸せなのかもしれない。
しかし、ご主人様は幸せなんだろうか?
風が窓を鳴らし、通り過ぎていった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー