猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

シー・ユー・レイター・アリゲイター03

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集

RRRRRR... RRRRRR......


 『はい、もしもし』
 『もしもし。こちら外壁塗装をやってる者ニャ。屋根とか、壁とか塗装するご予定はありますかニャ?』
 『いえ、ありませんが――』
 『そうかニャそうかニャ。じゃ、お宅、築何年ニャ?』
 『あ、えっと、すみません、ちょっとわからないんですが――』
 『なるほどニャ。見た感じでどういう感じニャ? 煤けてきてる感じかニャ? ひび割れとかもあっちゃったりも?』
 『見てこないとなんともいえま――』
 『ふむふむそれは困ったニャ。ところでどうでしょ。うちで屋根の塗装とかやらないかニャ?』
 『ですから、やりま――』
 『案外気づいてないところから老朽化が進んでるニャ。屋根なんか特にそうニャ。雨漏りは突然くるのニャ!
  ここで屋根の塗り直しをしておくと、そういうのにも気づけるニャ! こっちから先手を打つのニャ!』
 「……いいか、真似しろよ」
 『え、あ、はい……』
 『ぼろくなって今にも雨が漏りそうなところから叩く! 叩く! 叩くのニャ!』
 「……うちは」
 『うちは――』
 『壁だってそうニャ! 泥棒に蹴破られたら困るのニャ! だから蹴破られる前にこっちから蹴破ってやるのニャ!』
 「……借家だから」
 『借家、だから――』
 『蹴破っちゃだめだめニャ! うちじゃ直せニャいのニャ。蹴破られそうなところを補強してやるのニャ!』
 「……いらない!」
 『いらない!』
 『というわけで今度伺うんニャけど、いつごろが――』
 「……がちゃん」
 『え、あ、……がちゃん』

 「ったく、セールスぐらい断ってくれよ」
 「すみません、でも断ろうとしたんですけど遮られてしまって……」
 「いいの、んなもん聞かなくって。さっさと切っちまえよ」
 「はい、次からはそうします」




   *   *   *








 第三話

  シー・イズ・ノット・アベイラブル・アット・ザ・モーメント








   *   *   *


 「じゃあ、ちょっと出かけてくるから」

お昼過ぎ、普段より少しおしゃれをしたギュスターヴさんが玄関へと向かいました。
黒のタンクトップに薄い水色の半袖シャツ、それからコーデュロイのハーフパンツです。首元には金色のチェーンが輝いています。
少し軽薄そうに見えてしまいますが、とてもよくお似合いです。

 「どちらへお出かけでしょうか?」
 「ちょっと、街までな」

先日お渡しした、エルヴィン様からの、あのお手紙に記された場所に向かうようです。
その他にも何か必要なものがあればこの機会に、とのことでしたが、必要なのはそれこそ食材くらいのものです。
そうお伝えすると、じっとり睨みつけられてしまいました。

 「お帰りはどれくらいでしょう?」
 「夕飯までには帰る」
 「かしこまりました。いってらっしゃいませ」

家に残ったのはわたしひとりで、たとえば、来客があったり電話がかかってきたりしたら、
出るべきなのか居留守を決め込むべきなのか、どうすればいいのかを聞いておくことをすっかり忘れていました。


   *   *   *


わたしがギュスターヴさんのメイドとなってから、数日が経ちました。
その中で、なんとなくではありますが、ギュスターヴさんのことをわかってきたような気がしています。

ギュスターヴさんは大抵、一日のほとんどをリビングで過ごします。
朝、身支度を整えましたら、そのままソファーに座って、または横たわって、何か本をお読みになります。
何か書き物をなさるときも、わざわざ書斎から荷物を運んで、リビングのローテーブルで作業をされています。
せっかく書斎があるのですからそちらで作業をなさればよろしいのに。
リビングの掃除をしているときは埃も舞うでしょうし、お見苦しいところを見せてしまうかもしれませんから。
そう申し上げても、「そんなに気にすんなよ」の一言で無下にされてしまいます。

そして気が付いたことが、ギュスターヴさんはひなたを移動している、ということでした。
時間が過ぎるのに従って、徐々に徐々に位置が変わっていたのです。
朝はソファの上、昼頃は床に直接ごろり寝そべり、夕暮れ時はダイニングテーブル。
日が差すところへ、日が差すところへ位置を変えながら、本を読んだりメモを取ったりしていたのです。
確かに、書斎には窓がありません。もちろん日が差すこともないでしょう。
太陽を求めてさまようなんて、植物みたいな人です。
鱗も、深い湖のような緑色をしていることですし。

 「んがあ……」
 「ギュスターヴさん、口、開いてますよ」
 「ほっとけ」


無論植物ではありませんので、立って歩きますし、ごはんをたくさん召し上がります。
わたしの家庭料理崩れも気に入っていただけたようで、口々に褒めちぎりながら、とても嬉しそうに召し上がっています。
というより、ものをおいしそうに食べる天才なのだと思います。
全身を使って荒ぶるように食べている姿は、品が良いとは言い難いのですが、見てる方がいっそすがすがしくなるほどなので、何も言えません。
今でさえ、育ちざかりの食いざかりもかくやというほどなので、実際の成長期はいったいどれほどだったろうと考えると、身震いすら沸いてしまいます。
わたしの三倍ないし四倍ほどの量のはずなのに、一緒に食べ始めて、大体一緒に食べ終わるか、わたしの方が遅く食べ終わります。
きっとこれは、わたしの食べるスピードが遅い、というのもあるのでしょう。

基本的に好き嫌いはないようで、大抵のものはぺろりと食べきってしまいます。
魚のムニエルもお肉の照り焼きもお豆腐のステーキも、サラダだって温野菜だって粉をふかせたお芋だって、コンソメスープにミネストローネにミソスープ。
全部全部全部、お皿に何もつかなくなるまでの、それはそれは見事な完食を見せてくださいます。
感想は、極端にまとめてしまえば、「おいしかった」の一点張りです。
どこが良かったとかこれは何に合いそうだとか、具体的に言及はされるのですが、それでも結論は「おいしかった」なのです。

その中でも最近気づいたことがありまして、それは、ギュスターヴさんの好みなのかもしれません。
気のせいなのかもわかりませんが、山盛りからあげだとかスパゲッティナポリタンだとかチキンカツだとか、
そういう、わかりやすいメニューの時は、いつもより喜んでいるように思われます。
料理ができる前には既に座って待っていることも、むしろわたしの真後ろで待っていることまでありました。
そうそう、甘いものもお好きなようです。
冷蔵庫にはプリンやらシュークリームやらがいつだって置いてあるのです。

縦に割れた爬虫類のぎょろ目、象牙のように白く艶やかに立ち並ぶ牙、長く伸びた大きな口。
縦にも横にも巨大な体躯はたくましい筋肉の塊、ごつごつと硬くとげとげしい鱗、ヒトなら十人はまとめて薙ぎ払えそうな太い尻尾。
低くて大きな声、乱暴な口調、威圧感。
それなのに、食べることが大好きで、特に、薄くて甘いコーヒーと子供っぽい派手な料理が好き。






――別に、だからというわけではないのですが。



 「ギュスターヴさん、ごはんできましたよ」
 「おう」

既に座って待っているギュスターヴさんの前に、お皿を置きます。
縁取りのされた白いお皿の上には、ラグビーボール型にうずたかく盛られた赤いご飯。
細かく刻まれた野菜と、ごろっと存在感溢れる大き目のチキン。ケチャップの酸味ある香りが漂います。

 「なんだこりゃ」
 「見ててください」

さらにその上の黄色い楕円に、ナイフを突き立てます。そのまま真一文字に横滑り。
切れ目からすこしずつ、固まった卵が滑り落ち、閉じ込められていた白い湯気とまろやかな香りを放出させて、ぐずぐずにとろける中身がこぼれます。
光を浴びてきらきら光る黄色い卵は、垂れ下がった先でチキンライスを覆います。

 「どうぞ。召し上がれ」



――今日のお昼ご飯は、オムライス、です。




 「おおおおおおおおおっ! なに、なんだ今の。すげえええええええっ!」
 「オムレツをですね、半々熟くらいに柔らかく作って、真ん中で切るんです」
 「うわっ、すげえええええ! なんだこりゃあああああああ!」
 「本当は、あんまりやらないんです。卵、多く使うことになってしまうので。普通に作るよりも」
 「ふわとろだああああああああ! おしゃれオムライスだああああああああ!!」
 「あ、ケチャップ。すみません、今お持ちしますね」
 「うおおおおお、久々だなあオムライス!」
 「デミグラスソースの方がお好きでしたか? すみません、作り方がわからなくって。はい、ケチャップです、どうぞ」
 「あ」

オムライスの黄色の上に赤い線をしましまに引きますと、なぜだか急に落ち着きを取り戻されました。

 「え、どうかなさいましたか?」
 「ケチャップ……、あ、いや、なんでもない」

いっそ、落胆したようにも見えます。
冷静になったのか、ギュスターヴさんはごほんと軽く咳払いをしました。

 「それでは、どうぞお先に召し上がってください」
 「お前のは?」
 「今から卵を焼きますので、すぐにできますよ。その間に冷めてしまうといけないので、召し上がってください」

一瞬ちらりとオムライスを見やり、それからわたしを一瞥。

 「……いただきます」

スプーンの背でケチャップを撫ぜて、裾野の方から、スプーンを突き立ています。
そのあとは、いつも通りの食事の光景。
詰まる所、身に余るほどに褒めていただきました。


 「失礼します」
 「あ、できたな」
 「ええ、いただきます」
 「ん」
 「はい?」
 「ケチャップ、寄越せ」
 「ええ、どうぞ」
 「よし……」
 「あ」
 「ふふん、どうだ」
 「……ありがとうございます」


わたしのオムライスは喜色満面、真っ赤な笑顔を浮かべていました。


   *   *   *


夕食の支度も整いまして、あとは焼くべきものだけ焼いてしまえばいいと、そういう状況になった頃。
ギュスターヴさんがお戻りになりました。

 「ただいま」
 「おかえりなさいませ。……どうなさったのですか、その、荷物」

見れば両腕にはたくさんの荷物、肩から掛けられているものから腕にぶら下がるものまで、相当な量です。

 「おみやげ」
 「おみやげ?」
 「あー、悪い、これだけ持って、これだけ。そんでもって、中入れてくれよ。とりあえず置きたい」

荷物を置いたギュスターヴさんは、肩でも凝ってしまったのでしょうか、ぐるぐると回しながらわたしに問います。

 「そういやさ、頼んでおいたの、どうなった?」
 「感想文のことですよね。……いちおう、できております」
 「よし、じゃあ話は早い。持ってこいよ」


感想文、先週わたしに課された、仕事のことです。
内容は簡単、ギュスターヴさんが以前書かれた本を読んでその感想を書く、というものです。期限は一週間。
まだ一週間が経ったわけでこそありませんが、なんとか完成といっても差支えないくらいには、感想文も仕上がっていました。

いくらかわからない単語も多かったのですが、そういうところだけ教えていただいて、読み進めるのに二日と少し。
そこから感想として、ところどころ助けていただきながら、文章にまとめるのが三日ほど。
合わせて、大体五日ほどでありました。

やはり、語彙が乏しいのはなかなかに問題と言えるかもしれません。
本自体も、少し薄めの文庫本でしたので、言葉さえわかれば、一日で十分に読み切れる量かと思われました。
それでも二日以上かかってしまいましたので、読み書きに関しては、難ありと言わざるを得ません。
……これでは、一流のメイドとは呼べません。一日も早く、習得しなくてはならないでしょう。

 「……んーと、何、これ?」

感想文を読み終わったのか、ギュスターヴさんが眉間にしわを寄せながらつぶやきました。

 「やっぱり、感想って書くのは難しいか? それとも書いたおれが目の前だからか?
  よくもまあこんなつまんねえ感想書けるもんだ。
  なんていうか、まったくおもしろみというものを感じられないというか、そもそも、こんなもん書いてほしくて書かせたわけじゃないっつの」

声すら荒げることのない、静かな怒りがじわじわと伝わってきます。

 「なんだ、幼年学校で褒めてもらいたいのか、っていう中身なんだよ、これ。
  ついでに言うが、幼年学校だろうが、ぜってえ褒めてなんてもらえねえぞ。
  こんなお上品でいい子ちゃんでありきたりで陳腐な感想、誰かが教えて書かせたようにしか見えない。
  打算的で、こう書いておけばいいだろうって意志が見え透いているような、
  こう書けば大人は喜ぶだろうなんてほくそ笑んでるのが見えるような、
  ひたすら媚びて、愛想笑い浮かべて、表面だけ取り繕ったものに、誰が騙されるかってんだ。
  こんなもん、感想でもなんでもない。こんなもん書いてる暇があったら、掃除でもしてた方がよっぽど有意義だよ」

とび色の目の中がじっと、わたしを見据えています。
睨むでもなく、目に映るわたしが見えそうなほど、ただ見つめていました。

 「いいか、おれは怒ってるんだ。呆れてもいる。
  こんなもんが読みたくて、お前に感想を書かせたわけじゃない。
  ただの読み書きの練習なら、適当に教材でも見繕って、それをやればいいんだ。
  おれは、“お前がどう思うか知りたかったから”、こんなわざわざ、感想なんて書かせたんだよ。
  こんなくっだらねえこと、本気で思った感想なわけないだろ。
  感想ってのはな、自由に思ったこと、それだけでいいんだぞ。
  解釈はそりゃあたくさんあったら困るんだけどよ、正しく読み取れる意味は基本的に一つであるべきだし。
  だがな、感想は無限にあっていい。人それぞれでいい。どんな感想を思おうが、それは自由なんだ。
  アマネ、お前の自由な感想が聞きたい」

そうして、手にした原稿用紙をびりびりと破いて、小さな紙屑に変えてしまいます。
紙屑すらぐしゃりと握りつぶして、ギュスターヴさんは、続けます。

 「チャンスは一回なんてそんなけち臭いこと言わねえよ。だが、再提出も求めない。
  ……いま、ここで教えてくれ。おれの目の前で、お前の口から聞きたい。
  一言で良い。理解できなかったなら、理解できなかったでいいし、おもしろかったなら、おもしろかった、だけでもいい。
  いや、ほんとはやめてほしいんだけど、それだけでも、あんなもんよりよっぽどましだ。
  なんでもいいんだ、お前が素直に思ったことであれば、なんでも」

また、です。
また、ギュスターヴさんが、その目をしていました。

まんなかにわたしを捕まえて離さない目。
視線を外すことを許さない目。
わたしの目玉の奥の奥、脳みそまで突き刺す目。
それは、ここで暮らすことになったあの日の夜に見た目――。




その本は、恋愛小説でした。
中年の域に差し掛かった男性がする、恋のお話でした。
男性の一人称で、簡素で力強くシンプルな言葉でもって、切々と紡がれる小さくなんてない恋の物語でした。

主人公の男性は、若く美しい女性に惹かれていきます。
ゆっくりとゆっくりと、広大な砂漠に一滴ずつ水を垂らしていくように、男性は女性に惹かれていきます。
身を焦がすこともなく、激情に駆られることもなく、少しずつ少しずつ、男性の女性に対する想いが募っていきます。
その中で、男性はひたすら思い悩むのです。
最初は、感情の正体について。大きな岩に落ちる雨垂れのような、ささやかで弱々しい感情はいったいなんなのか。
か細く小さな感情であるのに、どうしても募っていくのはどうしてなのか。

そうして凝り固まったものが恋ではないかと気づき、そこからまた葛藤の連続が始まるのです。
もはやおじさんとも言える自分が、若い女性に恋なんかして、恥ずかしくないのか。
この恋を、自分の中だけで完結させて、表現することは許されないのか。
心身を焼き尽くすほどでも、翻弄されて止まらないほどでもないこれが、本当に恋と呼べるものなのか。
彼女が若くて美しいから、そういう外見だけに惹き寄せられた感情、陳腐な恋なのではないだろうか。
ただ性欲の捌け口として、ちょうどよかったというそれだけではないのだろうか。
彼女は美しくて、自分は醜い。
ひたすらに秘めたるこの想いは、彼女にはどこまでもふさわしくないどころか、むしろ抱くだけで彼女を穢しているとも感じる。
鎌首をもたげたこの情欲はどこまでも彼女を貶めるものであるとわかっているのに、どうしても湧き上がって止まらない。

愛情と情欲の間で悩み悶えた男が、とうとう意中の彼女に想いを告げる。
――そこから先に、ページはありません。結末は、おのおのの頭の中に委ねられたのです。




 「わたしは、男性の気持ちなんて、わからないのですけれども……、それでも、すごく、切迫したリアルな感情だと思いました。
  男の人って、こんな風に考えるのだと、信じてしまうくらいに。
  あまりにも、濃密な感情なので、……実体験、かなあなんて、気すらしてしまいました。
  逆に、女性の行動は、わたしから見ると、少しご都合主義といいますか、不合理に見える箇所もいくつかありました。
  恋だとか愛だとか、そういうものを求めて狂い苦しむのは、女性の役割だと思っていた節もあって、
  そんな、思いあがった横っ面を、引っぱたかれたような、気持ちがしました」


わたしを串刺しにする瞳は、強い引力を持って、わたしを引き寄せます。
引き寄せられたわたしは、言わなくてもいいこと、言わないほうがいいことまで、吸い出されてしまいます。


 「それから――、それから。
  こんな風に、思いつめてまで、愛してもらえたら、それは、すごく素敵だなあと、思って……。だから――」


射抜く瞳が、どんなに深くわたしを突き刺しても、ここから先だけは、絶対に誰にも見せられません。
下唇を噛みしめて、何があっても、決して言葉を落とさないように。



――――だから、一回だけでも、夢でも幻でもいいから、こんな風に、誰かに愛されてみたい、だなんて。




沈黙を破ったのはギュスターヴさんの「ふうん」という、気の抜けた声でした。

 「ふうん、なんだ。ちゃんと、なんか思いながら読んでるんじゃねえか。
  最初っから、ちゃんとそう言えばいいのに。そうしたら、あんな、みっともなく怒りなんかしなかったよ。
  ……ごめんな」

ぽんと頭に置かれた大きな手が、そのままやさしくわたしを打ちました。

 「おれの、じゃあないが、一応実体験だぜ。
  ……知り合いをな、モデルにして書いたんだ。かなり勝手に拡大解釈して、事実を捻じ曲げてはいるけれども」

ぽんぽんと、子どもをあやすようにわたしの頭を撫ぜました。



 「ほい、そいじゃあお前に現品手当だ。『読書感想文』なんて仕事に対する報酬だな」

一つ、袋が手渡されて、言われるがままに中身を見ます。
赤いチェックのプリーツスカート、フリルのついたキャミソール、かわいいプリントの七分丈シャツ。

 「メイド服だけじゃ困るだろ。とりあえず、ということで買ってきたんだ」

見れば、他の袋から中身を取り出し、広げていきます。
薄桃色のカットソー、デニムのホットパンツ、膨らんだバルーンスカート。
その他にも、たくさんのお洋服がぎっしりと詰まっています。

 「さすがに下着は買えないからな、そういうのは自分で買ってくれ。金ならやるから」
 「でも、わたしは外には――」

出られませんから、と言おうとしたところで、ギュスターヴさんがまた別の袋に手を伸ばしました。

 「最初に、“みやげ”って言ったろ。今までのは報酬、まるで別物だ」

他のとは違う、小さな紙袋。けれどもそれは明らかに丈夫な作りをしています。
紙袋の中から、布に包まれたものが出てきて、布を剥いだら――。


 「ほら、必要なんだろ。“つ け 耳”」


茶色い三角形の、ネコと同じ形をしたつけ耳が、出てきました。
一緒に、同じ色をした偽物の尻尾もあります。

 「そんな、そんな――、ありがとうございます」
 「まったく、驚いたぜ。あいつの地図通りにいったら、ヒト用の、そういうの売ってる店だったんだから。
  しかも、着いてみたら、なんだか話もつけてあるらしくて、金が払ってあるから好きなのを選ぶといい、なんて言われちゃってな」

つけ耳を、頭にあてがって、しっかりと金具で固定します。

 「うん、やっぱり、よく似合う。こうしてみると、全然ネコと変わんねえなあ。本物の耳さえ見えなければ、の話だが」
 「あの、本当に、ありがとうございます」
 「礼ならあいつに言えよ。金払ったのはエルヴィンなんだから。おれは選んで持って帰ってきただけ。
  ……だから、こっちは、おれからのみやげだよ」

ごそごそと取り出したのは、細長い袋です。
開けてみろ、と顎でしゃくられました。
袋を傾けると、さらさら音を立てて、するり滑り落ちてくるものがありました。


ピンクゴールドのチェーン。
小さな白い石の付いたペンダントトップ。
長方形をした銀のプレート。


品の良くて、かわいらしい、おしゃれな、ネックレス――――。


 「い、いただけません!」

思わず叫んでしまいます。だって、だって、こんな、こんな!

 「はあ? 何いってんだお前!」
 「いただけるわけありません! だって! こんな、素敵な、ネック――」



 「あほか! お前がいるっつったんじゃねえか! 首 輪 !」



語尾は怒声に掻き消されて、どこかへと消え去りました。
わたしは、ギュスターヴさんが何をおっしゃったのか、いまひとつ理解できなくて、呆けるばかりです。

 「え?」
 「お前が! 外に出るには必要だから! くれって言ったんじゃねえか! ばかにしてんのか!?」
 「こ、こういうのは首輪とは言いません!」
 「どっからどう見ても首輪だろうが!」
 「違います!」
 「鎖の首輪だ!」
 「きれいなチェーンです!」
 「恥ずかしい迷子札つき!」
 「ま、迷子札?」
 「よく見ろ! プレート!」
 「あっ、小さく名前が掘ってある……」
 「どうだ!」
 「ね、ネームプレートじゃないですか!」
 「どこからどう見ても立派な首輪だろう!」
 「首輪には見えませんよ! 首輪なら、石なんて要らないでしょう!」
 「見栄に決まってるだろ! お前を飾りたてておれの財力のアピールだよ!」
 「でも、とにかく、受け取れませんよ、こんな、高そうなもの……」

ギュスターヴさんが、少し頬を掻きました。

 「別に、高くなんてねえよ。適当な露店で見つけたやつだし」
 「露店!? やっぱり首輪じゃないですよね!」
 「首輪! 首輪ったら首輪!」
 「どう考えても露店のネックレ――」

ぴくぴく吊り上げられた頬、覗く鋭い歯、眉間の皺。
ああ、そういえば、この顔も見たことがあるような――。


 「首 輪 な ん だ よ !」


振り下ろされた右腕は、やっぱり手刀。
突き刺さった箇所は、やっぱり分け目。

 「いたっ」
 「なんだ、せっかくおれが買ってきてやったのにいらないっていうのか? ええ?」
 「だって……」
 「そうかそうか、じゃあこれは捨てちまおうなあ!?
  せっかく買ってきたのになあ!? わざわざ買ってきてやったのになあ!?」
 「え」
 「もったいねえなあ? でもお前がいらないってんなら捨てるしかねえよなあ?」
 「わかりました! わかりました!」

そもそもギュスターヴさんは強情ですから、わたしがなんて言ったって、どうせ、最終的には押しつけられてしまうのでしょう。
それでもやっぱり、反論しなければならないのです。――わたしはメイドで、ヒトだから。

 「……ありがとうございます」
 「別に悪いもんじゃねえんだし、最初っからおとなしく受け取っとけってば」



貸してみろ、つけてやるから、と手を差し伸べられました。やんわりとお断りします。

 「……あの、もう一つだけ、よろしいですか?」
 「まだなんか気に入らないのか?」
 「つけ耳なんですけど」

いただいたネコのつけ耳には、茶色い毛が生えています。尻尾についても同様です。
けれど、わたしの髪は、黒色なのです。

 「その、大丈夫でしょうか?」
 「よし、待ってろ」

踵を返して、戻ってきたときには、右手に雑誌が握られていました。

 「ほら」
 「なんですか、これ」

どうやら、女性向けのファンション誌のようです。
紙面では、きれいな服をきた女性が、まぶしい笑顔を浮かべていました。

 「こいつ」

ギュスターヴさんが指さした一人のモデル。その人は、黒い髪に茶色い耳を持ったネコでした。
他にも、銀色のきれいな髪に黒い耳をしたモデルの方もいます。

 「こういう耳と髪とを分けて染めるの、流行ってるみたいだからな。
  お前ももともとは黒い髪を耳だけ染めた、ってことで大丈夫だろ」
 「なるほど。それはいいんですけど……。
  どうして、女性誌をお持ちなんですか?」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 「…………ああ、えっと」
 「うん?」
 「その、わたし、大丈夫ですよ、ヒトですし、メイドですから、理解はある方だと思います」
 「は?」
 「あの、単刀直入に申しまして、オカズですか?」
 「…………」
 「ええっと、直接的に準備されたものでは満足できないから、想像で補完するために、
  こういうファッション誌とかカタログとか、ひいては広告でまで、その、欲が満たせる方もいると聞いたことがありますし――」
 「んなわけあるかあああああああああああああ!!!」

ギュスターヴさんが、床に女性ファッション誌を投げつけて、それから肩を怒らせながら、私室へと引きこもってしまいました。
怒らせてしまったようです。謝りにいかないといけません。どう考えても、わたしが悪いのですから。
それから、今晩、何を食べたいのかも伺いましょう。それくらいで、許してくださるとよいのですが。

手の中の“首輪”を握り直し、首に回しながら、ギュスターヴさんのあとを追いかけました。



床に落ちた雑誌の開いたページ、耳が折ってあるそこでは、黒髪の女の子が見たことあるような赤いチェックのスカートを履いて、にっこり笑っていました。




                                  Bu...u...u...u...























 《Callin'back!》





わたしは一人、家のなかを歩いていました。
意味もなくたどりついた洗面所、ふと顔を上げれば、目の前には一枚の鏡。




鏡を挟んで、わたしが向かい合っています。




首元には、金属のきらめき。
                                 ――――心臓がドキドキいってる。
ギュスターヴさんからいただいた首輪が光っています。
                                 ――――ピンクゴールドの冷たい感触。
飼い主のセンスをうかがわせるきれいな首輪です。
                                 ――――名前が刻まれたプレートが触れてる。
馬子にも衣装といいますし、多少なりとも、見れるヒトにはなったでしょう。
                              ――――なんだか顔が熱い。
人間がヒトに首輪を嵌めるのは至極当然のことなのです。

                        ――――どうしよう、どうしようどうしようどうしよう、わたし。
首輪は所有の証、非常に大事なものです。


            ――――男の人からこんなのもらったの、はじめてだ…………!






ぎゅっと膝を抱いて、顔をうずめました。
下唇を噛みしめて、強くまぶたを閉じました。
放っておくと震えだしそうな身体を抱きしめました。
めくれあがった皮が剥がれ落ちないよう、じっとこらえるのです。
小さく、丸くなって。
わたしを、抱き留めてやらないと。

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