猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

シャコ嫁03

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シャコのお嫁さん 第三話


 その日のナキエルは珍しく、監視中に“落ち物の光”を目撃した。
 あわてて外套を脱ぎ捨てて海に飛びこむと、水流を生み出す魔法を詠唱して加速する。
 ちょっとした小包程度の大きさの物体が落ちてくるのを肉眼で確認すると、落着地点に向かって
龍王様謹製の簡易結界符を投げる。呪符の落ちた海面に魔方陣のようなものが展開され、その中心
に落ちた小包が淡い光の籠にくるまれた。
 光の籠ごしにナキエルは落ち物を検分する。縦長の缶詰が数本、厚紙のパッケージで固定されて
いる。スプレー缶とかいうものとは形状が違うので、飲料水だろうか。

――青龍殿に報告、落ち物を一確保。
“了解、自動書記で外観を報告中。確保したまま待機せよ”

 結果が出るのを、落ち物といっしょにぷかぷか浮きながら待つ。
 一見したところでは爆発物でもなさそうだし気楽なものである。もっとも、仮に爆発物であった
としても結界にはそれを無力化する術がかかっているという話だし、毒物も隔離してしまえば外に
は影響を及ぼせない。
 便利なものだとは思うが、それだけの準備を要する危険な仕事だという裏返しでもある。
 “魔窟”の基礎となっている落ち物の巨船や、つい最近辺境の港町に降った巨大な鉄の軍船など、
突発的に滅茶苦茶な質量のものが降ってわくこともあれば、一見害のなさそうな缶詰や瓶詰の類が
地面に落ちた瞬間大爆発なんてことも稀にある。そこまで派手でなくても、殺虫剤などが落下して
容器が破損すれば昆虫系の人間への健康被害、あるいは水質や土壌汚染が発生してしまう。
 何が起こるかわからないから、とにかく落ちる前に結界で隔離してしまうのが上策なのだ。

“アドバイザーから結果が届いた。それは「コーラ」という飲物の缶詰とのことだ”
――危険物ではないと?
“ソーダ水の一種なので、強く振ったり高温の場所に置くと缶が破裂する危険性はあるが、他には
特に害はない。冷やして飲むと美味らしいので、自由に処理してよし”
――了解。

 エナにいいお土産ができたと思い、ナキエルは微笑んだ。
 同族以外にはヒゲがわさわさ動いているようにしか見えないが、微笑んでいるのだ。


「ただいまー」
「お帰りなさい、ナキエル様!」
 いつものように元気な声に迎えられると、沖まで泳いだ疲労感も吹き飛ぶようだった。
「エナ、今日はいいものを……」
 途中まで言いかけて、ナキエルはエナがちらちらと後ろを気にしていることに気付いた。
「…誰か来てるのか?」
「あ、はい。つい先ほど…」
 そういって指し示された居間の方を見ると、TVを見ながらお茶を飲んでくつろいでるカールと、
その隣で恐縮しながらこちらに一礼するステイシアがいた。
「やあ、お久しぶりです」
 こちらに気付いて目礼を返しつつも茶請けの煎餅に手を伸ばすカールがあまりに堂々としている
ので、ナキエルは他人の家でくつろぎ過ぎだと突っ込む気力をなくしてしまった。
 そうか、これがぬらりひょんか……と妙に落ちついて考えてしまうほどだったという。

「で、ご用向きは?」
 エナとステイシアが台所にはけて、ナキエルは自分もお茶をすすりながら尋ねた。
「とりあえずはエナの様子を見に来たのだけど……大事にしてくれているようで安心しましたよ」
「ええ、よく気がつく子で助かっています」
「そうでしょうとも! 当家自慢のヒト召使ですからね、もし手荒に扱っているようなら連れ戻す
くらいのつもりで来たんですよ、はっはっは」
「そ、そうなんですか…いや正直、優秀な彼女に俺のボロ家の管理なんかさせてていいんだろうか
と思うくらいで……あの、ほんとに俺がもらってていいんですか?」
 ぽりぽりと頭をかいて言うナキエルに、カールは胸元を飾るネクタイのようなヒレを軽く撫でて
微笑んだ。
「勿論ですよ。彼女が望むかぎりはここにいさせてあげてください」
 カールの言葉に、ナキエルはさらに考えるような様子になった。
「…何か気がかりでも?」
「カール、本当のことを教えてくれませんか」
「うん?」
「彼女は自分をリストラされたと称していましたが、あれだけの錬度のヒト召使をあっさり手放す
のはどう考えても損失でしかありません。男性に比べれば劣るとはいっても、高値で買おうという
人間はいくらでもいるはず……それが、なぜ俺のところに来ているのか」
「感謝の気持ち、というのでは納得できないと?」
「龍王様のところに届けられたというのならまだ納得はしました。ですが、少し親切にしただけの
通りすがりにぽんと手渡すにはモノが立派過ぎる。カール、本当は俺に何をさせたいんですか?」
 ナキエルの疑念に、カールは暫し沈黙を返していたが、お茶を一口すするとこう言った。
「黙っているつもりだったんですが。本当は、エナは龍王様のところに行く予定だったのです」
「…え、そうだったんですか?」
「ですが、龍王様たってのご希望でこちらに……ご納得いただけましたか?」
 つまり、当初はもっと質素なものの予定が、龍王様のご采配でこんな不自然に豪華になったと、
そういうことらしい。ますますわけがわからない。
 とはいえ、龍王様のご指示であるなら、そこには何か理由が存在するはず。とりあえずカールが
なにか陰謀を巡らせているという線は考えなくてよさそうだとナキエルは判断した。勿論、確認を
しないかぎりは龍王様のご指示というのが嘘だという線もなくならないが…。
(あとで確認だけは入れておくか…)
 すっきりしない頭を抱えながら、ナキエルは台所の方を振り向いた。
 と、そこにはあの持ち帰ったパッケージを前に興味津々(ステイシアの方はおっかなびっくり)
という様子のエナがいた。そういえば、お土産のことを言いそびれていたとナキエルは思い出した。
「ナキエル様、これは?」
「ああ、さっき回収した落ち物だよ。コーラという飲物の缶詰らしい」
「え、飲物なんですか?」
「ソーダ水の一種で、冷やして飲むと美味しいらしいよ」
「はあ…」
 真っ赤な色をした缶詰を食い入るように見つめる姿に微笑ましさを感じたナキエルは、座布団を
立って台所に向かった。
「どれ、一個開けてみようか」
「え、でも貴重なものじゃあ…」
「いいの。そんなに重要じゃないからっていうので貰ったものだし、俺はエナのお土産にと思って
持って帰ったんだから」
 パッケージを適当にばらし、缶の一つを手に取る。缶切りが必要かとも思ったが、どうやら頭の
金具を引き起こせば簡単に開封できるようだ。
「案外、これを飲んだら昔のことも思い出したりしてね…っと」
 冗談混じりに言いながら、ナキエルは缶の封を切った。

  かしゅっ ぶしゅううぅぅぅぅぅっ

「ぎゃあっ!?」
 泡立った褐色の液体が猛烈な勢いで噴出し、ナキエルの顔面を直撃した。
「ナキエルさま!?」
「め、目がしゅわしゅわする!? み、みずぅ~っ!」
 ばたばたと水がめに駆け寄り必死に顔を洗うナキエルをよそに、放り出されたコーラの缶を空中
で器用にキャッチしたカールは、一口飲んでみてのんびりと呟いた。
「…ふむ、しゅわしゅわとした刺激と爽やかな甘さ。これが落ち物の味か」


 閑話。

 筆者が小学生の頃、缶のコーラに粉ジュースのコーラを放りこんで超発泡させる遊びが流行った
ことがある。当然、炭酸が抜けた上に猛烈に甘ったるくなるので、遊んだ後は物凄くまずいコーラ
を飲むはめになるという諸刃の剣であった。
 食べ物で遊ぶという発想は、いつの時代も子供の心をくすぐるものである。

 閑話休題。


「こ、こいつは人類に友好的じゃない飲物だ…!」
「まあ落ちついて。ビールや発泡酒と同じで、密閉して振ると高圧の泡が噴き出してしまうみたい
だね。残りの缶は、一旦冷暗所で保管してゆっくり時間を置くといいだろう」
「ソーダ水の一種とおっしゃってましたからね」
「…自分で言って忘れてた…」
 タオルをかぶったナキエルは、なんとも情けない様子で頭を垂れた。噴き出すのをこらえて肩を
震わせていたエナに、カールがコーラを手渡した。
「幸いまだ残ってるから、飲んでみなさい」
「は、すみません…えっと、それでは遠慮無くいただきます」
 こくりと一口飲み下すエナを、なんとなく全員で見守ってしまう。エナはコーラの刺激に耐える
ようにぷるぷると震えたあと、はあっと一息吐いた。
「…喉がひりひりしますけど、なんだかクセになってしまいそうです」
 幸せそうに微笑むエナを見て、落ち物市でもし見かけたら入手しようとナキエルは密かに決めた。

 エナの希望でお裾分けされたコーラを手に、カールとステイシアはナキエル宅を後にした。
「いい時に訪れた。またちょくちょく寄らせてもらうかな?」
「いえ、さすがにそれはナキエル様にご迷惑かと…」
「冗談だよ冗談、はっはっは」
 鷹揚に笑うカールを傍らで見つめながら、ステイシアは嘆息した。
「…ですがよろしいのでしょうか、本当のことをナキエル様にお伝えしなくて」
「私は別に嘘を言ったわけじゃない。『龍王様にお預けしようとしたが、彼に預けよと指示された』
というのは本当だからね」
「それは、そうですが…」
 ちらりと、もう遠くなった灯火を振り向いて。
「このまま何も起こらなければ、わざわざ言うほどのことでもないさ」
 カールはそう呟き、襟元を軽く整えた。

「…ふぅむ」
 それらのやりとりを物陰で聞いていた白い影の存在に、主従は最後まで気付くことはなかった。

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