ローゼンメイデンが教師だったら@Wiki

ばらきらの一日

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  午前五時三十分。
  薔薇水晶の朝は早い。
  朝食とお昼のお弁当を、同居する異父姉妹の雪華綺晶の分も合わせて、二人分用意しなければならないからだ。
  調理は、もっぱら妹の薔薇水晶の担当だ。
  姉の雪華綺晶は、とにかく尋常じゃない量を食べる上に、常軌を逸した悪食ときている。
  彼女に台所をゆだねたら最後、何を食べさせられるか、判ったものではない。


  午前六時三十分。
  雪華綺晶を起こす。
「きらきー……起きて。朝ご飯食べて、学校へ行こう……」
  布団に包まった姉を、薔薇水晶はやんわりと揺すった。
「むー……」
  五分ほど経って、ようやく顔を覗かせたかと思うと、雪華綺晶は唐突に妹の手にかじりついた。
  あむあむあむ。
  瞳が焦点を結んでいなかった。まだ目覚めには、ほど遠い状態のようだ。
「きらきー……それ、私の手。食べちゃ……だめ」
  薔薇水晶にいさめられると、雪華綺晶は寝ぼけまなこで妹を見上げ。
  そのまま三分経過。
「ふぁふぁひー、ふぉふぁひょう」
  ばらしー、おはよう。妹の手を口にくわえたまま、朝の挨拶を告げた。
  薔薇水晶の手の甲には姉の歯形がくっきりと残っていたが、嫌な顔一つ見せず、低血圧な姉の身支度を手伝った。


  午前七時五十分。
  出勤する。
  二人の勤める私立有栖学園までは、歩いて十分ほどだった。
  道の途中、黒い大きな犬と遭遇した。グレートデンだろうか。体高が二人の腰の高さほどもあった。
  まだ朝食を与えられていないのだろう。すこぶる機嫌が悪そうだ。
  二人の姿を認めると、ぐるぐるぐる……と牙をむいて低くうなり声を上げた。
「ひゃっ……」
  薔薇水晶が、びくりと体を硬直させた。大きな犬は苦手だった。
  例え鎖でつながれていたとしても、近づくと足がすくんだ。
「大丈夫……」
  雪華綺晶が、震える妹の手を握った。じっと妹の顔を見すえる。
  安心が伝わってきた。一見天然に思える姉だったが、薔薇水晶は、姉が怖がったり取り乱したりするところを一度も見たことがなかった。
  足の震えが治まった。
  二人は手をつないだまま、犬のいる家の前を通り過ぎた。
  手をつないだまま、出勤した。
  途中、何人かの生徒たちと合流したが、誰一人として、二人が手をつないで歩いていることに違和感を覚えなかった。


  休み時間。
  二人は、たまたま同様のイベントに遭遇した。
  廊下で談笑していた男子生徒たち。その一人のズボンのチャックが、全開だったのだ。

  薔薇水晶の場合。
  その生徒が、近づいてくる先生に気づいた。
「あっ、薔薇水晶先生」
「え……」
  通り過ぎようとした彼女の動作が、ぴたりと静止する。
  そのままの姿勢で、まるで水面を滑るかのように後退し、柱の陰に身を潜めた。
「……先生?」
  怪訝そうな生徒に、薔薇水晶は顔を半分だけ覗かせて、ぽっと頬を染めて答えた。
「あの……チャック、開いてる……」
「ええええええっ!?」
「わわっ、お前、恥ずかし~~」
  どっと生徒たちが沸き立った。

  雪華綺晶の場合。
  その生徒が、近づいてくる先生に気づいた。
「あっ、雪華綺晶先生」
  と、彼女は、表情も変えずに、とことことその生徒の前まで近寄っていき、いきなり足元に屈み込んだ。
「な……なんすか、先生?」
「チャック、開いてるよ……」
  そう言って、何のためらいもなく、男子生徒のチャックの引き手を持ち上げた。
  ……静寂が辺りを支配した。
  雪華綺晶は、何事もなかったかのように、立ち去っていった。


  放課後。
  水銀燈と真紅に誘われて、居酒屋に立ち寄った。
「なあによぅ、あの陰険ウサギ! わらひがちょっと三日ばかし連続で遅刻したぐらいで、あんなにネチネチと説教たれることないじゃない……ねえ、真紅ぅ?」
「自業自得なのだわ」
  水銀燈は、瞬く間に出来上がってしまった。
  真紅ににべもなくあしらわれ、その矛先が薔薇水晶に向いた。
「なあにぃ、あんら、ひゃんと飲んでるぅ?」
「飲んでます……」
「その割には、グラスの中身がひぇんひぇん減ってないじゃなひのー。わらひとあんらは同じクラスを担当ひてるんらから、もっろ喜びも悲しみも分かち合わなひとぉ……」
  目の据わった水銀燈に迫られ、度数の低いチューハイをちびりちびりと口に含む薔薇水晶。
  対照的に雪華綺晶は、三杯目の大ジョッキを空にしたところだった。
  いつもながら、彼女には驚かされる。真紅は、あきれたようにこう訊ねてみた。
「あなた……ちっとも酔っていないように見えるけど、そんなにビールばっかり飲んでいて、ちゃんと楽しめてる?」
「ビール、美味しい……焼き鳥の塩に、良く合う……」
「そ、そう……」
  と、店内に響き渡るけたたましい笑い声。水銀燈だ。さすがに真紅も堪忍袋の緒が切れた。
「ちょちょちょ、ちょっとあなた! それでも誇り高き有栖学園の教師なの!? 恥ずかしくないの!? もっと自覚を持って行動なさい!」
「なあにぃ、真紅ぅ……お酒の席で、何しけたころ言っれんのよぅ……そうら♪ 場を白けさせた罰として……今夜は、真紅へんへいのおごりに決定ぃ♪」
「なななななっ、何言ってるの! このお金は、くんくんのDVDボックス初回限定版を買うための大切な……」
「おごり……?」
  雪華綺晶の無表情な目が、微かに輝いた。
「店員さん……大ジョッキ三つ追加……焼き鳥のもも肉とつくねの塩を、それぞれ十皿ずつ……」
  血も涙もない仕打ちだった。
  真紅は、血涙に暮れた。


  午後十時三十分。
  朝の早い薔薇水晶は、先に就寝する。
  雪華綺晶は、瞬き一つせずに、パソコンのモニターに見入っていた。
「きらきー……もう少し、起きてるの……?」
「もう少し、起きてる……」
「そう……きらきー、お休み……」
「ばらしーも、お休み……」
  薔薇水晶が寝室に引っ込むと、雪華綺晶はキーボードにこう打ち込んだ。
「>>1、スレ立て乙……」
  続いて。
「テラモエス……」
  そして、無表情のまま、Wのキーを連打した。


  おまけ。
銀「なあによぅ、あの陰険ウサギ! わらひがちょっと三日ばかし連続で遅刻したぐらいで、あんなにネチネチと説教たれることないじゃない……憶えれなさぁい、そのうちギッタンギッタンに痛めつけれ、ウサギ鍋にして食べてやるんらからぁ……」
雪「……ラプラス先生、食べちゃうの……?」
銀「そうよぅ……食べちゃう!」
雪「……ラプラス先生、美味しいの……?」
銀「そうねぇ……フランス料理なんかれは、当たり前に食べられへるみたいらけどぉ」
雪「そうか……だったら、明日食べてみようかな……」
銀「…………へ?」
  そ  し  て  翌  日  。



  Fin

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