ローゼンメイデンが教師だったら@Wiki 水銀燈と写真立て

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  朝。水銀燈は、自宅のベッドで、ぼんやりと目を覚ました。
  遮光カーテンのすき間から、まぶしい朝日が射し込んでいた。
  体が重い。思考から霞が拭えない。昨夜は飲み過ぎたようだった。どこをどう帰ってきたのかすら、にわかには思い出せない。
  ショーツ一枚しか身に着けていなかった。パジャマに着替えるのすら煩わしく、布団に潜り込んだのだろう。
  視点の定まらない目で、壁掛け時計を眺める。まだ六時を過ぎたばかりだ。
  今日は日曜のはずだ。もう少し寝ていよう、と愛用のくんくん抱き枕を手探りで探す。
  あった。ぎゅっと抱きしめる。……何か感触がおかしい。柔らかいことは柔らかいのだが、ところどころごつごつした。
  頬擦りしてみる。ふわふわな感触を隔てて、しっかりとした硬さが伝わってきた。
「んんっ……」
  抱き枕が、小さく吐息を漏らしたような。水銀燈は薄目を開け、瞳を凝らしてみる。
  安っぽいブロンドとは一線を画する、高貴な輝きがそこにあった。それが頭をもたげる。
  ほんのりと紅茶の匂いが漂った。整った小さな顔が、息が触れ合うほどの間近に現れた。
「……ひっ、ひやああああああああっ!!」
  水銀燈は、それをベッドから思いっきり蹴り飛ばした。
「ぎゃん!! ……いたた……何なのよ、まったく……」
「しししししし真紅!? あなた、一体ここで何をしてるのよ!? 何で私のベッドにぃ……」
「何でですって……!?」
  真紅は半眼のまま憤怒の表情を浮かべると、水銀燈の頭をわしとつかんだ。
「あなた!! 昨夜、私の部屋で、一体何をしたのか、よもや憶えていない訳じゃないでしょうね、この頭は!?」
「……ええっとぉ……私、何かしたっけぇ?」
  真紅のこめかみが、ぴくぴくとひくついた。
「何かじゃないでしょ、何かじゃ!! あなたが!! 酔った勢いで、劇的ビフォーアフターごっこなんて始めるから!! 私が部屋に帰れなくなったんじゃないの!!」
「……………………あっ」


  霧が晴れるように、昨夜の記憶が蘇った。
  水を一杯飲ませて欲しいと真紅の家に立ち寄る途中、ゴミ捨て場でバールを拾ったのだった。
  上がらせてもらった台所があまりに歪んで見えたため、ついつい……。
「こーんな傾いらお家はぁ、りほーむの匠がこうらぁーーっ!!」
  壁を何枚か引きはがしてしまったのだ。ガラスも何枚か打ち砕いたような。
  真紅は、怒り心頭に発していた。
「あーなたのせいで!! 私は、真夜中に大家さんにこっ酷く叱られたんですからね!! 修理が終わるまで帰れないじゃないの……それまでの間は、ここに泊めてもらいますからね!! 分かったのかしら!?」
  そのもの凄い剣幕に、水銀燈は、ただかくかくと頷くことしかできなかった。
「まったく……くんくんグッズの部屋だけは死守できたから幸いだったものの、もし万が一、あの部屋に何か遭ったら、そのときは……分かっているでしょうねッ!?」
「はっ、はいぃ……」
  酒は飲んでも飲まれるな。水銀燈は、この時ほど、その教訓の趣旨を思い知らされたことはなかった。
  真紅は、水銀燈から離れると、彼女に背を向けて、パジャマから着替え始めた。
「あなたも、いつまでもそんな格好をしていると、風邪を引くわよ」
  水銀燈は慌てて、ベッドの隅へと追いやられていたくんくんを抱きしめる。
  かすかに真紅の残り香がした。水銀燈は、心の中で小さく舌打ちをする。
「わ、私ぃ……もう少し眠っててもいい?」
  部屋着に着替えた真紅は、小さく肩をすくめた。
「好きになさい。台所の食材、勝手に使わせてもらうわよ」
「えっ、あ、あのぅ……」
  有無を言わさず、真紅はすたすたと寝室を出ていってしまう。
  が、数分も経ずして、どたばたと寝室に戻ってくる。
「何なの、ここの家は!? ヤクルトとアルコールとお酒のつまみしか置いてないじゃない!!」
「あ、あのぅ、マンションの一階にコンビニがあるから……」
「あ、な、た、は!! この私に、コンビニのお弁当を食べろと、そう言いたいのかしら、この口は!?」
  水銀燈のこめかみを、両の拳でぐりぐりする。
「こめんなさぁい、ごめんなさぁいぃっ」
  平身低頭、謝るしかなかった。


  近所のスーパーは、九時まで待たないと開かない。
「仕方ないわね……なら、それまでは掃除でもしているわ。水銀燈、掃除機はどこ?」
「そ、そんなに散らかっていないと思うけどぉ……」
「ぱっと見はそうね。でも……」
  真紅はカーテンを開け放つと、窓の桟を指でなぞった。
「ほら、ご覧なさい、こんなに真っ黒になった。普段のことは、とやかく言うつもりはありませんけど、少なくとも私のいる間だけは、奇麗にして貰いますからね!!」
  まるでしゅうとめのようねぇ……と、喉まで出かけた水銀燈だったが、さすがに口に出すのは思いとどまった。
  真紅が、寝室の外で掃除機を使い始めた。耳障りな騒音が響いてくる。水銀燈は、布団を頭からかぶった。
  寝室のドアが開け放たれた。掃除機が、がたんごとんと部屋に進入してくる。明らかに嫌がらせだったが、水銀燈はじっと耐えた。
  耳元で、かちゃかちゃ音がした。吸引音が間近から響く。ナイトテーブルの上を掃除しているのだろうか。
  背すじを、怖気が駆け抜けた。急速に目が覚めた。
  布団をはね除けると、真紅が今まさに『それ』を引っくり返したところだった。
「それに……それに触らないでッ!!」
  絞り出すように叫んで、真紅から写真立てを引ったくった。


  声をかけようとして、真紅は、はっと息を呑んだ。
  水銀燈は真っ青になって、小刻みに打ち震えていた。写真立てを胸にしっかりと抱きしめている。
  真紅は、立ち入ってはいけない領域に踏み込んでしまったことを覚った。
「ご、ごめんなさい……」
  水銀燈は何も答えない。真紅は、垣間見た写真の図柄を思い返した。
  古びた写真には、中年に差しかかった男性と、十歳くらいの女の子が、仲良く肩を並べる場面が写し出されていた。
  女の子は、見紛うべくもない、目の前の水銀燈だ。とすると、男性のほうは……。
「お父様の写真……?」
  そう問うと、水銀燈は青ざめたまま、かすかにうなずいた。
「そう。……………………亡くなられたの?」
  思い切って訊ねてみる。下手な同情は、かえって彼女のプライドを傷つける。真紅は、会話を断ち切るべきではないと判断した。
  水銀燈は、柳の髪を振り乱して、首を横に振った。
「でも……きっとどこかで野垂れ死にしてるかも知れない。あの男は……もう十二年も前に、私とお母様を捨てて、行方をくらましてしまったのだから……!」
  叩きつけるように吐露した。
「そう。…………でも、まだ愛しているのね」
「愛しているかですってぇ!?」
  水銀燈は思わず、真紅につかみかかっていた。写真立ては左腕で抱いたまま、右腕で真紅の襟元をしめる。しかし、真紅は淡々とした態度を崩さなかった。
  二人の視線が交錯する。真紅は無表情ながらも、瞳に深い慈愛の色を湛えていた。水銀燈は、顔を伏せた。
「…………そうよぉ、愛しているわよ。実のお父様ですものっ……!!」
  そう吐き出して、真紅の薄い胸に顔を埋めた。


「……もう、やめましょう……私の柄じゃなかったわ。それに……」
  水銀燈は、真紅から体を離した。
「それに?」
  真紅が先を促す。
「それにぃ、あなたの胸、ちょっと硬すぎて、何だか年下の男の子に慰められてるみたいなんだものぉ」
「なななッ、何ですってええええええええっ!!」
「ふふふっ」
  水銀燈は、小さく舌を覗かせた。真紅を相手に軽口を叩くことで、溜飲を下げたようだった。
  ベッドから、すっくと立ち上がる。写真立てをナイトテーブルに戻し、部屋着を手に取った。
「さ、掃除するんでしょう、私も手伝うわぁ」
「な、何、恩着せがましいこと言ってるのだわ。ここは元々あなたの家。あなたが奇麗にするのは、当然のことなのだわっ」
「はぁいはぁい」
  水銀燈は、真紅の背中を押して、寝室を後にした。
  写真立ての中のお父様が、微笑みかけてくれたようだった。


  蛇足。
  部屋着を着る水銀燈。上半身は、まだ裸のままだった。
「それにしても、一体何を食べたらそんなに……やっぱりヤクルトなのかしら?」
  真紅が小声でつぶやくと。
「なぁにぃ、真紅ぅ、私の胸がそんなに気になるぅ?」
  わざとらしく胸を突き出してみせる水銀燈。
「なななっ……あなたっ、あなたも嫁入り前の女の子なのだから、もうちょっと慎むことを考えたらどうなのっ」
「なぁに古臭いこと、言ってるのよ……ふっふっふっ、心配しないでぇ、私もDしかないからぁ。今の子は、もうEとかFとかGとかも珍しくなくなってきてるから。あなたのクラスにもほら、何人かいるじゃなぁい?」
「なっなっなっ何よそれ、ちっとも慰めになっていないのだわっ」