ローゼンメイデンが教師だったら@Wiki はじまりからおわりまで

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そこには何も存在しないような、まっさらな静寂に包まれたこの空間に、けたたましいベルの音が鳴り響いた。
この空間の主は、不快なその調べを絶つために、気だるさの残る体を起こし空間に静寂を取り戻した。

空間の主、水銀燈は机の上にある灰皿、その横に鎮座するタバコを手にとり、未だ覚めぬ脳からの信号によって
口にくわえたタバコに火をつけた。
まだ、この空間は静寂に包まれていた。

次第に覚醒していく彼女の頭。いつものように繰り返される朝の動作。しかし、今日は違った。
柄にもなく、彼女は昔を思い出していた。このタバコのにおいが、彼女の過去の記憶を、その刻まれた記憶を引き出していた。

なぜ、自分は教師になったのだろうか。更に覚醒していく頭の中で、彼女は考えていた。
空間は、いつもと変わりなく、静かだった。

「……くだらないわぁ」

彼女は、そう呟いた。
意味のないことを考えてしまったと、彼女は心の中で呟き、再び朝のニコチン摂取にいそしんだ。
そして、灰皿にタバコをもみ消し、いつものように繰り返される朝の身支度へと向かった。

身支度を終え、彼女は駐車場にとめられている愛車に乗り込んだ。
そしてキーを回し、心地よいエンジンサウンドを感じながら、彼女はミッションを1速に入れて車を発進させた。



澄み渡る空の色が、心地よい爽快感を与えてくれる朝の道を、彼女の車は進む。
最近買ったばかりの愛車のハンドルを握りながら、金糸雀は学校への道のりを走っていた。

道には単調な渋滞が続いていた。クリープ現象だけで十分な速度で、わずかな距離を行き、また止まる。
時間だけが悠々と進んでいく。彼女はいつも、この通勤時間に考え事をする。
今日はどんな授業をしようか、いかに生徒たちを楽しませることのできる授業をしようか。

ふと、自分が教師になった頃を思い出す。幼い頃からの、あこがれの職業。教師という職業。
大学を出て、初めて赴任したあの頃。夢と希望に溢れていたあの頃。

しかし、あの頃は苦労の連続だった。
悩み、考え、実行し、また悩み……。その繰り返しだった。それでも、彼女は諦めなかった。
いや、諦めたくなかった。だからこそ今もこうして、生徒たちのための、彼女の授業を考え創りだしていた。

ただ、今日は……、考えすぎていた。

「あ、危なかったかしら……」

彼女の車は、前の車のギリギリ手前で止まった。

この後、彼女は運転に集中し、無事に学校にたどり着くことができた。
エンジンを切り、運転席から飛び出した彼女は、朝の危機など忘れ、いつものように意気揚々と校舎の玄関をくぐっていった。



生徒たちの顔にはまだ眠気の残る、今日1時間目の授業が始まった。
いつものように調理室へと向かう翠星石。

今日の授業で作る料理は、英国のお菓子スコーン。その作り方の手順を説明し、生徒たちの監督につく。
簡単に作れるお菓子といわれているスコーン。しかし、へたくそな人はへたくそなのである。

その、あまり料理の得意でない生徒に、軽い悪態をつきつつも懇切丁寧に指導をしていく。
あくまでも、主役は生徒。自らがでしゃばることなく、生徒自身の力でその壁を超えさせる。
その生徒のスコーンの生地も、なんとかスコーンに見えなくもないモノへと昇華した。

そして、生地を焼いている間に用意した紅茶とともに、午前中の優雅なティータイムが始まった。
わずかに漂う紅茶の香りをかぎつけたのだろうか。いつの間にか、授業が無く職員室で暇をもてあましていた真紅が、
ここに紛れ込んでいたことは気にせず、彼女は、生徒たちの渾身の作をほおばっていた。

彼女にとって、スコーンは思い出深い料理であった。
幼い頃の彼女が、初めて作った料理がスコーンであった。そのスコーンを、おいしいと嬉しそうな顔で食べる親の顔が、
彼女を料理好きにさせた大きな要因であった。
そして、自らが教えた料理によって、幸せそうな顔で楽しんでいる生徒たちの顔が、彼女を家庭科教師を職業にしている所以であった。

「今日のおめぇらの料理もなかなかの物だったです」

と、実に彼女らしいほめ方で、いつものように今日の授業の幕を閉じた。
授業を終えたところでふと、ヤクルトを用意したら水銀燈が来るのだろうかと、意味がありそうで意味がないことを考えながら、
彼女は職員室へと戻っていった。



長かった午前ももうすぐ終わるこの時間、いつものように蒼星石は空腹と戦う生徒たちとともに授業に臨んでいた。
生徒たちの目線は、時計、黒板、手元のノート、そして時計と、実に忙しそうに泳いでいた。

そんな生徒たちを見て、彼女も、かつてその立場だった頃を思い出した。
彼らと同じように、目線を泳がせ、ときには居眠りまでしていたものだ。
もっとも、こんな事をしていたのは、彼女の長い付き合いの友人である翠星石であったが。

彼らと同じ立場だった頃の恩師の一人に、担任であり部活動の顧問でもあった先生がいた。
その先生と接する事ができたのは、わずか1年であったが、彼女がその先生から得たものはとても大きかった。

その先生は、実に真面目な人であったが、決して、固い頭の人物と言うものではなかった。むしろ、型破りな人物であった。
居眠り常習犯の翠星石なんかは、いろんな方法で起こされていたなあと、昔を思い出し、口元にわずかに笑みが浮かぶ。
そんなあの先生は、彼女達に、授業で得る知識以上のものを与えていた。
その先生のような、あんな先生になろうと、彼女が決心したのも、その先生が与えたものの一つであった。
そして、彼女自身が、自分がまだまだあの先生には及ばないと思っているからこそ、教師として生きる原動力に繋がっていた。

こんなことを考えている間も、彼女の手と口は止まることなく、黒板に書かれた数学の公式の説明をしていた。

彼女は腕時計に目を遣った。そして、彼女は生徒たちに発破をかける。

「あと10分で授業が終わるんだから、それまでぐらいは真面目にやってくれないと課題増やしちゃうよ~」

と、生徒たちにとってはこの世の終わりとも言うべき脅しをかけつつ、授業を続けた。
もっとも、いつものように彼女は、課題など増やすつもりはなかったのだが。



昼食の時間も終わり、いつものように真紅は、午前中にさんざん飲んだ紅茶を、まだまだ足りないと言わんばかりに味わっていた。
英国から取り寄せたお茶菓子をつまみに、あくまでも気品ある英国貴婦人のように。
もっとも、それは彼女自身が勝手にイメージした妄想であるが。

その気高い紅茶の香りが、ふと彼女に、自身の過去を思い出させるスイッチとなった。
正確には、彼女と、彼女の最良の友であり、最悪の友でもある水銀燈の過去である。
彼女達の関係は、片や田舎の優等生。片や田舎の不良。
まるで接点のなさそうな二人の関係は、ただお互いの家が隣同士であったことによる近所づきあいから始まった。

彼女達の転機は、高校時代の後半に訪れた。優等生であった彼女は、将来の進路を東京の大学と決めていた。
彼女は、教師になることを目指して、この故郷を離れることを決めていた。
そしてもう一人、根っからの不良であった水銀燈は、将来の進路については未だ決めかねていた。

そんなある日、その転機はふいに訪れるのであった。
彼女が、水銀燈と将来について話し合ったのち、突然水銀燈が、それまで倦厭していた勉学に取り組むようになったのである。
そして、恐ろしくプライドの高い水銀燈が、彼女に勉強を教えて欲しいと頼んできたのであった。

それからの光景は、地元一の優等生が、地元一の不良と一緒に勉強をし、片や紅茶を片手にテキストに取り組み、
片やタバコをくわえながらテキストに取り組むという、酷くシュールなものであった。
しかし水銀燈は、彼女に試験当日まで志望校を教えようとはしなかった。
ゆえに彼女が、試験会場で隣に座ったのが水銀燈であったことにひどく驚いていたのは、今でも二人の間での語り草となっている。

そして、ともに同じ大学に入り、ともに同じ学校に赴任したという見事なまでの良縁と悪縁は、彼女に、死ぬ時間まで同じなのかしらと、
縁起でもないことを考えさせていた。

そんなことを考えながら、手元の紅茶を飲み干した彼女は、茶葉が切れたことを思い出し、近くに居た事務員に

「5時間目が終わるまでに紅茶の葉を買ってきなさい。銘柄はいつものよ」

と、馴れた口調で言い放ち、まもなく始まる授業へと向かっていった。



天から我々を見下ろす太陽は、この時間には我々と同じ地上へと堕ち始めていた。
その斜陽が射す美術室で、いつものように雛苺は絵を描いていた。
彼女の描くその絵は、とても前衛的なもので、おおよそ一般人には理解できない美術であった。
しかし、そんなことは彼女には関係ない。これは彼女の趣味であり、人生であるのだから。

その、何を描いているのかもわからない、その絵を描く作業を一旦止め、彼女はこの学校に赴任した頃を思い出した。

彼女が家庭科教師として赴任したとき、すでに翠星石と言う名の教師が家庭科の授業を担当していた。
この翠星石はとても威圧的な口調と、腹黒い性格を持ちながら、それを感じさせない容姿をしていた人であった。

彼女も、その擬態をもつ翠星石の毒牙の餌食となった。

最初のうちは、彼女は翠星石のことが苦手であった。言うまでもない、ひどく人見知りな翠星石からの口撃に怯えていたからである。
ただ、翠星石の口撃は子供騙しのような、幼稚なものではあったのだが、ある種純粋な彼女は、それを真に受けていた。

そんな彼女が、翠星石のことを好きになったのは、翠星石が彼女の絵を批評したことであった。
もともと、決して下手というわけではない彼女の絵は、昔からほめられてはいた。しかし、どの人も表面しか読み取る事のできない、
上っ面の感想しか述べていなかった。
だが翠星石は、実に正直に、そして、その絵の内面を読み取った感想を述べた初めての人だった。

そして彼女が、翠星石に向かって、素直に寄せたありがとうの一言によって、まんざらでもなさそうな表情をした翠星石を見て、
その奥に眠る、彼女への好意を読み取った。

このきっかけを作った一枚の絵。その絵を眺めながら彼女は呟いた。

「うにゅ~はやっぱり偉大なの~」

その、うにゅ~とやらが描かれた絵は、今まさに堕ちようとする太陽の出す、断末魔のような光に照らされながら、静かにたたずんでいた。



生徒たちが家路につき、教職員しか居ないこの部屋から見える空は、黒い闇と、太陽に替わる天の主である月だけが見えていた。

教師としてのもう一つの仕事がなかなか片付かないなか、この部屋に残されたのは、薔薇水晶と、彼女の姉、雪華綺晶だけであった。
雪華綺晶は、お腹すいた。早く帰ろうと言う表情で、彼女を見つめていた。
その視線に気付いた彼女は、雪華綺晶にもうすこしまっててと伝え、どこか区切りのよい所を探していた。

ようやく、仕事に一区切りがついたところで、彼女達は戸締りをし学校を後にした。
雪華綺晶の運転する車は、帰宅ラッシュを終えた大通りを悠々と進む。こころなしか、周りの車より速度が速いのは空腹によるものだろうか。
彼女は雪華綺晶に、もし事故を起こしたら、ご飯食べられないよと、速度を下げるように促し、車は周りの流れに乗った安全運転へと戻った。

毎日、雪華綺晶とともに通るこの道。この光景が、いつものようになったのはつい最近の話。
それまでは、彼女達が、互いがどこに居るのかすらも分からない、そんな日々が続いていた。
雪華綺晶が、自衛隊を辞めたときからの音信不通の状態は、彼女の心のなかに、どうやっても取り除く事のできないつっかかりを作ってしまった。

夢を追い求めて教師へとなった彼女。夢を追い求めて自衛官へとなった雪華綺晶。
そして、夢と現実のはざまに、苦悩していった彼女達。

しかし、そんなことも、今では遠い過去の話。
苦悩を乗り越え、成長していった彼女達は再び出会い、同じ道を歩んでいる。

今、この充実した日々を、彼女達は享受し、自らものものへとしている。
彼女は、今このときにも得られる、この幸せを噛み締めながら、いつものように雪華綺晶に問うた。

「ねぇ、お姉ちゃん。今日は何が食べたい?」

彼女達の乗る車は、彼女達への自宅へと、安全な速度で進んでいった。



遅い時間の晩ご飯を、こころゆくまで満喫した雪華綺晶は、明日の準備をするために自室へと戻った。

彼女の部屋は、おおよそ女性の部屋だとは思えないようなものがたくさんあった。
かつての自身の相棒であった小銃や、趣味で集めた古今東西の銃器。
それら全てが、隅々まで行き届いた手入れによって、かつてその力を発揮していた頃のように輝いていた。

そして、今の彼女の相棒である、教科書や関連資料の山がきれいに並べられていた。
それは、彼女の過去と今が、そして未来が詰め込まれた、一種の聖域であるかのように存在していた。

彼女はベランダに出て、昔から好んでいる銘柄のタバコを取り出し、火をつけた。

目の前に広がる、果てしない暗闇を見ながら、彼女は思考をフル回転させていた。
教師として、今ここに生きている自分。
自分とはいったい何なのか。彼女は、未だに答えを出せぬこの哲学的な考えを追い求めていた。

ただ、今の彼女にとって、今こうして存在している自分の生き方が、問題があるようには思ってなかった。
むしろ、今の状況は、彼女にとってかけがえのないものとして存在している。

教師として、この社会に存在していることが、自分にとってまったくの不満のないものなのだから。

ならば、過去の自分の存在はいったいなんだったのだろうか。
目の前の暗闇に、その答えを聞き出そうとしても、その答えは返ってこない。
そして、タバコをフィルター近くまで吸い尽くした彼女は、考えることをやめ、部屋へと戻っていった。

「明日の授業は……、ここをこのように解説しましょうか」

と、先程までの頭が残る自分に言い聞かせるように、いつものように彼女は明日の準備を終え、寝床へとついた。
今日のおわりを迎え、明日のはじまりを迎えるための眠りへと。