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由奈のいちばん長い日」(2006/06/11 (日) 00:20:50) の最新版変更点

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私は桑田由奈。 このクラスの委員長と言う立場にある。 今の時間は日本史。 教壇に居るのは、今年から入った新任の薔薇水晶と言う先生。 今のクラスの状況は最悪だ。いたるところで、雑談がさも平然と行われている。 私は委員長と言う立場上、彼らの行為を止めなければならない。 しかし、私が注意しても雑談は止まらなかった。 彼らは、先生が新任である事と、気弱そうな性格、その二つを逆手にとって行為を続ける。 他の先生での授業では、彼らはいたって真面目そうに授業に臨んでいる。 なぜならば、他の先生の前では、彼らは手も足も出ないからである。 彼らは狡賢い。焦らず、確実な方法をとる。 教壇の薔薇水晶先生は、今にも泣き出しそうだ。 雑談は止まらない。 「…この授業は…、自習に…します……」 そう言って、先生は教室を出て行ってしまった。 彼らは、それを気にも留めず、雑談を続ける。 勝利。彼らにとって相応しいであろう表現。 敗北。薔薇水晶先生にとって相応しいであろう表現。 明確な図式が、この教室に生まれた。 彼らの『勝利』が、この教室を支配している。 自由。彼らが手にしたもの。 だが、その『自由』は、秩序なき自由。 私は、その『自由』に、楔を打たねばならない。 私は、職員室へと向かう。 「…先生」 「なんですか…、桑田さん…」 私が職員室に着いたとき、先生は机に伏せていた。 私が声を掛けると、先生は起き上がった。 しかし、その目は真っ直ぐ正面を向くだけで、私のほうへは向かない。 だけど、その目は私のほうを向かなくとも涙の跡が見て取れた。 「先生、授業を…」 「自習です…、私が…決めた事です…」 授業中のこの時間、職員室には、私と先生の二人しか居ない。 私と先生が作り出す、重い空気。 それだけが、この空間を支配している。 私は考えた。 どのような言葉で対応すれば良いのか。 私の乏しい語彙で、どのように応えれば良いのか。 他の先生に助けを求めたかった。 しかし、ここに居るのは私と先生だけ。 ただ、時間だけが過ぎていく。 「なんで貴女がここにいるのぉ?今は授業中よぉ」 背後から聞こえてきた声。 本来、誰も居ない事があってはならない職員室に、この時間に居なければならない人物。 水銀燈先生。 私は、水銀燈先生に状況を説明した。 「ふぅん…そういう事ね…、だったら貴女は教室に戻りなさい」 「先生…」 「これはこの子が決めた事よぉ、わかったらさっさと戻りなさい」 「ですが…、わかりました……」 私に反論する隙を与えないかのような、鋭い視線。 その視線に押されて、私は教室へと戻った。 教室に戻る間、私は怒りを覚えた。 なぜだ、なぜ突き放したのか。 私はちゃんと状況を説明した。 なのに、なぜ水銀燈先生は彼らの側につくのか。 そう考えてる間に、私は教室に着いた。 そこに広がるのは、秩序なき自由。 私はただ、これを受け入れる事しか出来ないのか。 そう考えたら、悲しくなってきた。 やがて日本史であった授業は終わり、次の保健の授業へと変わった。 彼らは打って変わって、先ほどとは正反対の態度で臨もうとしている。 そして、水銀燈先生が教室にやってきた。 私は、先生に侮蔑の視線を送る。 さっきの先生の対応が、どうしても許せなかった。 「今日の授業は自習にするわぁ」 開口一番、先生は自習と言った。 その言葉に、彼らは戸惑う。 水銀燈先生の授業は、彼らには人気だ。 故に、彼らは真面目な態度で授業に臨んでいた。 そして、彼らの口から不満の言葉が飛び出す。 先ほどとは全く違う、その態度。 それを跳ね除けるかのように、先生は言い放つ。 「なによぉ、別に良いじゃない、決めるのは私の自由よぉ」 そして、先生は教室を出て行ってしまった。 彼らは、意気消沈していた。 唯一の楽しみと言って良いほどの、その時間が無くなってしまったから。 私は、今の状況が把握できなかった。 水銀燈先生の意図が全く読めない。 何を考えているのか、それが理解できない。 ただ、彼らの不満だけが、この教室に渦巻いていた。 次の日の日本史の授業。 薔薇水晶先生は、ただ私達に「自習」と告げると、教室を出て行ってしまった。 私はいてもたっても居られなかった。 だから、先生の後を追って職員室へと向かった。 今日の職員室に居るのは、昨日と同じく、薔薇水晶先生と、水銀燈先生。 「…先「教室に戻りなさい」 私が、薔薇水晶先生に声を掛けようとしたとき、それを遮るように水銀燈先生が言った。 なぜだ、なぜ水銀燈先生は、薔薇水晶先生の邪魔をするんだ。 私の中に、再び怒りかこみ上げる。 しかし、次の瞬間、私の想定外のことが起きた。 「ついて来なさい」 水銀燈先生が、私と一緒に教室へと向かおうとしている。 そして、私と先生は黙って教室へと向かった。 教室に水銀燈先生が入ると、今までの喧騒がすぐに止んだ。 そして、先生は彼らに言い放つ。 「もうこのクラスの授業をするのはやめるわぁ」 その一言に、彼らからまたもや不満の声が上がる。 「なによぉ、貴方達は自習がしたいんでしょぉ、だから授業はしないって言ってるのよぉ」 彼らは反論する。 そんなことない、先生の授業は楽しみだ、などと。 そんな彼らに、先生はさらに言い放つ。 「勝手なこと言わないで頂戴、私がしたくないって言ってるのよぉ、これは私の自由よぉ」 そして、先生は私に一言。 「自分が変わろうとしないで、相手に変化を求めるのは、ただの傲慢よぉ」 そう言って、教室を出て行った。 私が気付いていなかった事、それを水銀燈先生は私に言った。 私がしていた間違い。 解決を一方的に求めた事。 自分から何も行動しなかった事。 彼らから出てくる不満の声を遮り、私は彼らに言い放った。 「なんで水銀燈先生があんなことしたか分かる?」 「んなこと知るかよ!」 彼らは、激昂して私に答えた。 そんな彼らに構わず、私は話を続ける。 「水銀燈先生の授業は受けれて、なんで薔薇水晶先生の授業は受けれないの?」 「そりゃ、水銀燈先生の授業がおもしろいからにきまってるじゃん」 「でも、先生は授業を拒否した」 「だから困ってんだよ、先生の授業は真面目に受けてるのによ」 「だけど、それって間違ってない?」 「なにが間違ってんだよ、真面目に受けてるだろ」 「でも、薔薇水晶先生の授業は真面目に受けてない」 「だからなんだよ」 「水銀燈先生がしたのも、それと同じ」 「ハァ?」 「薔薇水晶先生の授業を受けないのと同じ、水銀燈先生も、私達の授業をしない」 「わけわかんねぇよ」 「私達が先生を選んだように、先生も、私達を選んだ」 「よーするになんだよ」 「私達がやってる事と、水銀燈先生がしたことは同じって事」 「……それで?」 「私達がこのままで居れば、ずっと何も変わらない」 「……」 「だから、薔薇水晶先生と水銀燈先生に謝りに行こうよ、私達が間違ってたって」 言いたい事は全て言った。 あとは、彼らが理解してくれるか、それだけ。 教室に沈黙が続く。 「…行こうぜ、職員室」 彼らの一人が、沈黙を破った。 それを皮切りに、彼らが動き出す。 そして、私達は職員室へと向かった。 私達は、薔薇水晶先生と水銀燈先生に謝った。 私達の犯した過ちを。 それからの薔薇水晶先生の授業は、滞りなく継続されている。 私達は、真面目に先生の授業に臨んでいる。 彼らも、同じように臨んでいる。 水銀燈先生の、あの助言がなければ、私達は変わらなかっただろう。 本当ならば、自分達で気付かなければならない事。 解らなければならなかった私に、解らなかった事。 それを教えてくれた水銀燈先生。 だから、私は『教師』になろうと思う。 水銀燈先生のような、そんな先生に。

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