「世界史のお時間」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

世界史のお時間」(2006/05/12 (金) 18:43:15) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

雪「うむ、欠席者は居ないな」 静まり返った教室に雪華綺晶の声が響き渡る。 彼女の授業において、こっそり雑談する生徒や内職するような生徒、まして居眠りするような生徒はいなかった。 雪「では、これより授業を行う。テキストの56ページを開くように」 そう言って授業を始めていく。ちなみにこのテキストは学校指定のではなく、雪華綺晶手製の物だった。 なぜ普通の教科書を使わないのか。それは彼女の授業方針に起因している。 その授業方針とは1学期で古代から現代までの大まかな流れを教えてしまい、 2~3学期は要点を絞って細かく教えていくという物であった。 1学期に全ての時代を教えるというかなり無茶な授業だが、全ての歴史は近代史である という理念を元に授業を行っている。 こんなエピソードが有る。世界史の最初の授業で雪華綺晶はたまたま目に止まった生徒にある質問をした。 雪「第2次世界大戦の説明を始める時、いつ頃から始めれば良いと思う?」 生徒A「え~と・・・始まる2,3年前ですか?」 雪「模範的な解答だな。しかしそれでは経緯は説明できても始まった理由が説明できないな」 続いて違う生徒にも同じ質問をしてみる。 生徒B「それじゃあ・・・第1次大戦頃ですか」 雪「確かに第2次大戦は第1次大戦の戦後処理が大きく関わっている。しかし、それでは何故第1次大戦は始まったのだ?」 生徒B「え?」 雪「第2次大戦の原因に第1次大戦が有るなら、第1次大戦の原因も説明せねばな」 こうして生徒にどんどん質問を繰り返す雪華綺晶。その度に時代が遡っていく。 最終的に彼女の満足した年代は大航海時代(15世紀中頃)であった。 雪「この様に、近代の出来事であってもその原因を辿っていくと、時代を大きく遡る必要がある。    その為、最初に全体の流れを貴様らに教えていく。しかし、この教科書では余計な事が多すぎる」 そう言って、手製の冊子を掲げる。 雪「これは私が編集したテキストだ。1学期ではこれを使って授業を進める」 生徒達は困惑した。何せ1学期で古代から現代までやるのだ、その勉強量は相当なものである。 生徒の1人が質問する。 生徒C「とても1学期だけで終わるとは思えないのですが・・・」 雪「貴様はそれで自らの可能性を否定する気か?」 生徒C「え?」 雪「・・・かつて戦場に身を置いていた時、私は絶望的な状況に何度も見舞われた」 いきなり昔話を始める雪華綺晶。どうして良いか分からず立ち尽くすC。 雪「味方の救援を期待できない状況で四方を敵に囲まれる。先の見えぬジャングルの中でのゲリラとの戦闘。    砂漠の真ん中で食料が無くなった時は流石に死を決意した時もあった」 妹の薔薇水晶同様、あまり感情を表に出さない雪華綺晶だが、その目はかつての自分を懐かしんでいるようだった。 雪「しかし、私は諦めなかった。例え可能性が1%未満だったとしても、0ではない。    その僅かながらの可能性を賭けてきたからこそ、今ここに私がいる」 Cの顔を見つめる雪華綺晶。Cにはその顔からは怒っているのかどうか分からなかった。 雪「しかし、どんなに高い可能性も諦めてしまえば0になる。・・・1学期で終わらなかったから何だ?    それで死ぬわけでもないだろう?」 生徒C「・・・はい」 そう言って座る。教卓へと戻りながら呟く。 雪「安心しろ。これまで試した結果、任務成功確率は100%だ」 教卓に戻り、持って来た紙袋から人数分の冊子を取り出す。 雪「去年から始めたばかりだがな」 生徒一同『おい!w』 実際に配られた冊子の中身はなかなか良く出来ており、本当に要点しか書いていないため 生徒の負担が急激に増えるという事も無かった。 雪「今日は前回からの続きで20世紀初頭、第1次大戦勃発から始めていく。    20世紀初頭、それは世界の列強各国が植民地支配で得た力と、機械化文明が兵器にまで応用されたことにより、    かつて無いほどの火薬庫と化していた時代だ。A、国際社会のリアリズムを言ってみろ、前回教えたな」 生徒A「国際社会はチェスゲーム。如何に相手の力を自分の物にするか・・・でしたっけ?」 雪「その通りだ。いくら軍事力で敵を圧倒しても、それが国家戦略の邪魔になることもある。    湾岸戦争でイラクを徹底的に叩かなかったのもそれが理由の一つだ」 雪華綺晶は説明を続けていく。イラクのような社会は環節社会とも呼ばれ、そこでは均質的な人々によって社会が作られている。 そうした社会は戦争によって勝利しても、死者が出たり建物が壊れるだけで国家そのものにダメージを与えられない。 欧米や日本のように分野別に分かれている国ではどこかがダメージを受けると途端に全体がストップしてしまう。 そうした意味で国家構造が異なっていた。 雪「分かりやすく言えば、自動車工場と町工場だな。自動車工場では、各地の部品工場から送られた部品を組み立てるが    この部品工場から部品が届かなければ自動車を組み立てる事が出来ない。一方、町工場では従業員が病欠しても    生産効率は下がるが生産そのものに問題は無い。だからこの場合、空爆よりも中枢へのピンポイント爆撃だけで    事足りたのだ」 では、何故そうしなかったか?を生徒達に質問する。世界史の授業は時々政経の授業に変わる事が有った。 これも歴史を元に現代の世界情勢を絡めていくからだ。逆に政経の授業で世界史の授業を行う事も有る。 実質2倍の時間で授業をしていたのだ。 雪「理由は簡単だ。あの時イラクを叩いていたら世界情勢はもっと混乱するからだ。アメリカもイラクという    敵が居なくなる事で自国の軍事産業がアメリカ経済を圧迫させてしまう。そうなれば中国やロシアも    動き出してしまう。だからアメリカはイラクを残した、これが所謂冷戦による平和だな」 ここで一拍置く。普段あまり饒舌ではない彼女だが、唯一饒舌になるとすればそれは授業だった。 雪「アメリカとしてはイラクは存在してもらわないと困るが、勝手に動いてもらっても困る。    湾岸戦争はイラクを交渉のテーブルに座らせるための揺さぶりだったわけだ。それで、交渉では    アウジアラビアに親米政権や米軍基地を置き、石油利権を勝ち取った・・・敵を生かさず殺さず、自分の駒に。    まさにチェスゲームだな」 生徒の1人が質問する。 生徒F「先生、戦術と戦略ってどう違うんですか?」 雪「良い質問だ。・・・簡単に言えば試験と試験問題だな。試験に合格する事、これが戦略的勝利だ。    そして各問題に解答する事、これが戦術的勝利だ。問題には簡単な物も有れば難しい物もある。    それを解く事に集中しすぎるあまり、時間切れになった経験も有るだろう。いくらその問題に正解できたとしても    試験に合格しなければ目的を達した事にはならない。これが局地的戦術に勝利しても、大局的戦略に敗北するという事だな」 雪「話が少し逸れたが、これが国際社会のリアリズムだ。ゲームのように甘くは無い。    しかし、こんな事は以前の授業から延々と説明してきた事だが、欧州ではこれが日常茶飯事だ。    大航海時代から約500年間、10~20年間隔で隣国と戦争、同盟、破棄、戦争と繰り返されてきた。    だからこそ、スイスは重武装の永世中立の道を歩み始め、アメリカもモンロー主義を取って欧州の戦争に関わらなかった」 ここで一呼吸置いて続ける。 雪「要するに欧米では同盟など当てにはしていないという事だな。日本は外交を友好の手段としてしか考えていないから、    いつもこうした情勢に付いていけないのは実に嘆かわしい」 雪「大分話が逸れたから、元に戻そう。欧州は20世紀初頭、愛する我がドイツとオーストリア、ハンガリー、トルコを    中心とした同盟国と、イギリス、フランス、ロシアなどの連合国が対立していた。複雑な同盟関係に民族紛争、    加えて石油利権も絡み、最初は二カ国間だった戦争も一気に数十カ国を巻き込む大戦争へと発展してしまう状況だった。    こうした情勢を表した言葉に『バルカン半島はヨーロッパの火薬庫』というのがある」 雪「ちなみに、第1次大戦のきっかけはスラブ民族第一主義のロシアとゲルマン民族第一主義のドイツ・オーストリアの    対立が背景になっている」 生徒B「相変わらず仲悪かったんですね」 雪「いつもの事だがな。直接的なきっかけはスラブ民族であるセルゲイの青年がゲルマン民族であるオーストリア皇太子の    暗殺だが、これを契機に第一次大戦という史上最大規模の戦争へと発展していく」 雪華綺晶は教室を見渡す。毎年の事だが、男子はこういう事に興味があるのか熱心に聴いている。 時計を確認する。あと15分程で終わる・・・多少時間が余ると判断した雪華綺晶はすこし話を横道に逸らす。 雪「C、この第一次大戦が過去の戦争と異なるのは規模の他に何が有ると思う?」 生徒C「う~ん、新兵器が現れたとかでしょうか?」 雪「そうだ。19世紀の産業革命によって火器の発達、兵士や物資の輸送手段の発達がこれまでの戦術を一変させた。    簡単に言えば、馬で3日の距離が自動車で半日になった。銃も単発式から連射式、そしてマシンガンが生まれ    歩兵の火力が向上した。その結果、戦場は地面に大きく掘った塹壕に身を潜めて戦う塹壕戦が中心となった。    K、こうなるとある問題が発生するがそれは何だと思う?」 生徒K「基本的に撃ち合いになりますね。でも身を隠せば当たらないから弾が無くなるかな」 Kの言葉に何人かはある事を思い浮かべた。『アパム!アパム!弾だ!弾持ってこい!アパーーーーーム!』 雪「その通りだ。正確にはそうした物資や兵士をいたずらに減らす、泥沼の長期戦へと突入した。    そうなれば当然各国はこの膠着状態を打破するための兵器の開発に勤しむ事になる。    そうして開発されたのが戦車だ。ちなみにこの発明は1910年、つまり大戦前から研究が行われていたが、    戦場に登場したのは1916年だ」 一枚の写真を取り出す。そこには一台の戦車が写っていた。 雪「これはイギリスが開発した史上初の戦車『マーク1』だ。見ての通り鉄板張っただけの箱が移動するだけという    ダメ戦車だが、当時にしてみれば画期的だ。何しろマシンガンが通用しないんだからな。    こうした戦車は第1次大戦中は主にイギリスやフランスで生産された。ドイツは伝統に縛られてしまい    開発が遅れ、結果的に敗因ともなった・・・もっとも、短期決戦に拘るあまりフランス・イギリス・ロシアを    同時に相手にした事が最大の原因だろう」 ドイツは当初、フランスを一気に打ち破った後にロシアと戦うというシェリーフェン計画に沿って行動していたが、 西部戦線は戦車によって破られ、東部戦線ではロシアの冬によって泥沼化によって挟み撃ちにあったのだ。 雪「その上、英仏に武器を売っていたアメリカの商船をドイツの潜水艦が撃沈した事でアメリカが参戦。    日英同盟により、直接関係の無かった日本が参戦。領土安堵を条件にイタリアが参戦。最終的に    連合国27対同盟国4という状況になり、1918年国力がほぼ尽きた頃にドイツが降伏し第一次大戦は幕を閉じた・・・」 雪華綺晶は沈痛な面持ちで右手で目頭を押さえる。 生徒A「先生、どうしたんですか?」 雪「・・・いや、改めて経緯を説明するとアホな作戦ばかりやってるなと思ってな・・・ビスマルクが居ればこんな事には・・・」 ビスマルクとは19世紀後半のドイツの宰相である。彼が勤めていた時代、ドイツはヨーロッパでも後進国だったが 巧みな外交戦略によってかなりの軍事力を保持していたのだ。しかし、ドイツ皇帝は彼を解任してしまい、 ビスマルクが必死の思いで築き上げたドイツ帝国を潰してしまった。アメリカの商船に攻撃命令を下したのも彼である。 雪「さて感傷はこの程度にしよう。では続けるぞ。大戦終了後、ドイツはヴェルサイユ条約によって徹底的に搾取された。    徴兵制の禁止、戦車・軍用艦・潜水艦などの兵器開発の禁止、支払いの完了が1981年というくらい絶望的な借金、    その他色々。弱肉強食な当時においてドイツは戦勝国の餌食となってしまった」 ちなみに、終戦直前皇帝は革命によってオランダに亡命し、ドイツは帝政からワイマール共和国へと変わっていた。 雪「このワイマール共和国もワイマール憲法によって軍備は縮小され、戦争の出来ない国へとなったんだが、    実はひそかに国防軍の再軍備に着手していた。1度や2度の敗北で懲りないのが欧州各国の特徴だな。負け慣れてるから。    むしろたった1度の敗北で諦める日本のほうがイレギュラーなのかもしれない」 そこで授業終了を告げるチャイムが鳴る。 雪「キリが良いな。次の授業では我がドイツ国防軍の復活とソ連との関わりを行う。予習しておくように。日直!」 日直「起立!礼!」 昼休み、食堂にて 雪「満腹・・・」 真「前から気になっていたけど、あれだけ摂取したカロリーをどうやって消費しているの?」 雪「部活と授業」 翠「部活は分かるにしても、授業でそんなに消費しねえですよ」 金「ちょっと羨ましいかしら~」 年頃の女性なら切実な問題である。 雪「ダイエットとか考えた事無い」 翠「下手に食事制限とかしない分、健康的ですけど、おめーは女性の80%は敵に回したです」 薔「・・・以前健康診断で、お医者さんから『新陳代謝が子供並に活発な上、脂肪が燃焼するまでが異常なまでに早い』って    言われてた。・・・・・・多分、授業の時はよく喋るから、それで消費してるんだと思う」 翠「つくづく燃費の悪い奴ですぅ」 金「物凄く羨ましいかしら~」 他の教師たちのダイエット話をよそに、雪華綺晶はドリンクサーバーに8杯目のお茶を汲みに行く。 茶碗を置きボタンを押す。その時彼女はある事を考えていた。 次の授業の事か、それとも部活の事か・・・。 雪(・・・・・・今日の夕飯、何だろう・・・?) 彼女らしい考え事だった。

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
目安箱バナー