「自"子"中」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

自"子"中」(2006/11/01 (水) 00:02:54) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

その日は風も穏やかで、雲ひとつ無いとても清々しい日だった。 この天気に、生徒達は思い思いの方法で昼休みを満喫していた。 ある者は、体育館でバスケットボールを…ある者は、図書室で読書を… しかし、そんな天気とは対照的に翠星石の顔はさえない。 というのも、自分の受け持つクラスの中に、1人厄介な生徒…いや正確に言えば、その生徒の親がいたからである。 これまでにも、「保護者会に参加するために会社を休んだから休業補償を支払え」とか「あの子の親と仲が悪いから、今すぐうちの子を別のクラスに移して」など、無理難題を言われているのだから無理も無い。 したがって、翠星石がこんな態度を取るのも当然といえば当然だった。 翠星石「はぁ!?またAの親が来たぁ!?もうあいつにかかわるのはイヤですぅ!誰か替わりに行きやがれですぅ!!」 蒼星石「き、気持ちは分かるけど、そんなこと言っちゃダメだよ…。A君は君のクラスの子だし、それに…」 翠星石「別に翠星石が居てくれって頼んだわけじゃねぇですぅ!やっぱり、この前の騒ぎのときに別のクラスに行かせるべきだったんですぅ!!」 感情をむき出しにし、彼女は絶対行きたくないと親友にせがむ。 流石の蒼星石も、これまで翠星石がどんな目に合っているか知っているため、あまり強くは出れないようだ。 その様子を横目に、さっきまでその母親と応対していた真紅は、うんざりした様子でこう2人に呼びかけた。 真紅「…どっちでもいいけど、早くしなさい。いつものように応接室でお待ちよ。」 どうやら、真紅本人もああいうタイプは好きではないらしい。 とりあえず、自分に火の粉がかからないうちにと思って取った行動だったのだろうが、それがまずかった。 彼女の発言に、蒼星石は青ざめた様子でこう叫んだ。 蒼星石「え!?い、いけない!応接室には水銀燈が…」 その時、その応接室から女性の怒号が飛んできた。 A母「なななななな、何してるんですか!?こんな所で!!人が遠路はるばるここまで出向いてきてあげたのに…!!」 水銀燈「…あなた、だぁれ?言っとくけど、私は来てくれなんて頼んだ覚えはないわよぉ?せっかくいい気分だったのに、邪魔しないでくれるぅ?」 メイメイ「…それに、今日は面会の予定はなかったはずですが…?」 それぞれ、程よい大きさに切り分けられたテリーヌを口に運びながら、彼女達はそっけなくこう対応した。 応接室のテーブルの上には、ワインや魚料理などが所狭しと並んでいる。 どうやら2人は、食事のデリバリーサービスを利用したらしい。 そんな2人の態度に、Aの親はさらに怒りをあらわにしながらこう叫んだ。 A母「あなた達がそんな調子だから、私達がこうやって来てあげたのよ!!大体、昼間から何を飲んで…」 水銀燈「シャトーペトリュス…まあ、あなたのような人間には、一生口に出来ない代物よ。飲みたい?」 A母「結構です!!今日はうちのAの事について話に来たんです!!それなのに、なんですかその態度は…!!」 水銀燈「A…?ああ、翠星石のクラスのお馬鹿さんねぇ…。その子がなぁに?」 A母「馬鹿ですって!?よくもまあそんな事が…!!見なさい!!この中間テストの結果を!!あなた達の教え方が悪いから、こんな事になるんでしょうが!!」 その言葉に、水銀燈は心底呆れたように「はぁ…」と深くため息をついた。 銀燈「…あのねぇ。人に責任押し付けるのはいいけど、あなたはどうなのぉ?ちゃんと自分の責任を…」 A母「責任なら十分取ってます!!だからこそ、こんな高い学費を払ってここに通わせてるんじゃない!!それぐらいしてもらわないと、こっちも転校せざるを…」 水銀燈「勝手にすればぁ?ま、もっとも貴女みたいなのを相手にしなきゃいけないのなら、どこも断るでしょうけどぉ…」 A母「何ですって!!」 水銀燈「おいで、メイメイ。もう食べる気も無くなっちゃったしぃ…めぐのところにでも行きましょ…。多分由奈たちも一緒のはずだから…」 そういいながら、メイメイを引きつれ立ち去ろうとする彼女の背中に、Aの母は侮蔑を込めてこう言い放った。 A母「信じられない…!!あなたは教師としての自覚があるんですか!?髪もそんなだし、学費を払ってもらってるという感謝の気持ちも無い!ホント、親の顔が見てみたいわ!!」 水銀燈「…今、何て言った?」 そう…それは彼女にとって最も言ってはいけない言葉だった。 もはや、彼女の顔からは先ほどまでの不敵な笑みは一切消えうせ、代わりに怒りがそれを支配していた。 彼女はゆっくりと後ろを振り返ると、一歩一歩間合いを詰め、そして… 翠星石「や、やめるですぅ!!水銀燈!!」 水銀燈「…!?離しなさい!翠星石!!」 真紅「わ…悪いけど、今日は帰って戴けないかしら…?お詫びのほうは後日…水銀燈…!落ち着きなさい…!!」 そう言いながら、2人は必死になって水銀燈を彼女から引き離そうとする。 蒼星石は蒼星石で、メイメイを押さえるのに必死のようだ。 結局、その後駆けつけた薔薇水晶たちによって水銀燈は無理やりその場から追い出され、教頭であるラプラスがAの母親に対しきちんと謝罪をしたため、その場は何とか事なきを得たのであった。 しかし… 水銀燈「チッ…A株式会社に勤めてるヤツなんて、知り合いには誰一人居ないわね…。こうなったら、結菱の力を使って…。いや、でもまた真紅たちに…」 あの後、彼女は努めて平静を保った。 そう、全てはある物を手に入れるために… 定時に一度自宅に戻り、他の教師が帰るのを待ってからもう一度学校へ赴き、そして事務室や書類室をくまなく探し、気がつけば時刻はすでに午後9時を過ぎようかという時間になっていた。 彼女が求めたもの…それはAの入学願書や入学必要書類などといった個人情報だった。 彼の父親の勤め先などが分かった今、後は自分の持てる力すべてを使ってAの一家もろとも破滅に追い込んでやれば、あの女もようやく自分の愚かさに気がつくだろう… あの時、私を嵌めてくれた女のように… 自身が『ゲーム』と称した大粛清から、約6年余り… 今回はそれより小規模とはいえ、その果てにあるのが破滅しかないことは十分わかっている。だが… 水銀燈「世の中には…喧嘩を売っちゃいけない相手がいるのよ…」 暗闇の中、彼女は懐中電灯片手に、誰に言うでもなくこう呟いた。 その時、彼女の後ろからこんな声が聞こえてきた。 ?「おや…やはりここに居ましたか…。運命とは非常に複雑なもの…しかし、完全に読めないわけではありません。昔の科学者はよい事を言いました…『未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである』と…。」 驚いて後ろを振り返ると、そこには教頭であるラプラスが立っていた。 「ふぅ…」と呼吸を落ち着けると、彼女はそっけなくこう返答した。 水銀燈「…つまり、私を止めにきたって訳ね…。でも、そうはいかないわ…。そうだ…学費の1人分くらいなら、私が払ってあげる…。だから大人しく…」 そう言いながら、彼女は側にあった煙草に手を伸ばし、火をつけようとする。 あれだけ皆に大見得を切って止めた煙草だが、こうでもしないと感情を抑えられないらしい。 そんな彼女にそっと近づき煙草を素早く取り上げると、ラプラスはこう続けた。 ラプラス「迷走・不規則・不安定…これらは全て混沌という名の法則です。したがって、あの方達は正しく迷子になっていると言えるでしょう…。 そして、もし貴女があの方達に触れたいのなら、あなたはその場で待つのがよろしいかと…。貴女まで迷子になる必要はありません…。」 水銀燈「…つまり、何が言いたい訳!?このまま指をくわえて見ていろっていうの!?」 ラプラス「世界には無数の穴があり、扉はそれを塞いでいます。…目に見えない扉にご注意を…。彼らは狡賢く隠れていますから…」 それだけ言うと、ラプラスは「ご機嫌よう」と一礼し、どこかへ行ってしまった。 つまり、ミイラ取りがミイラになるなと言いたいようだが… 水銀燈「ふん…でもこのまま引き下がるなんて、私の沽券に…」 そう口を開いた時、隣の職員室からけたたましい電話の音が鳴り響いた。 その音に「チッ」と不機嫌そうに舌打ちすると、彼女はそっけなく電話に応対しはじめた。 水銀燈「はい、もしもしぃ?有栖学園ですけどぉ?」 ?「あの、3丁目のコンビニの者なんですがね。ええ…ブックオフの前にある…」 水銀燈「…で?」 店員「今、お宅の生徒さんが万引きをしましてね。Aという生徒なんですが…」 水銀燈「そぉ…分かったわぁ♪」 そう言うと彼女はかみ締めるように、先ほどラプラスが言った言葉を復唱した。 水銀燈「世界には無数の穴が…ねぇ。なるほど…」 考えてみれば、自分にも少し余裕がなかったかもしれない。 あんな小物相手に、自分の身を危険に晒すことは無いのだ。 だが、獲物がわざわざ罠にかかってくれたとあれば…やることは1つである。 水銀燈「…もしもし、メイメイ?今から30分後に翠星石にこう電話してくれるぅ?『Aが万引きして捕まった』ってね。場所は…」 そう用件だけ伝えると、彼女は車を飛ばし、現場へと急行した。 A母「だから言ってるでしょう!Aはたまたまポケットの中にお菓子を入れてしまっただけであって…!それに、お金ならここにあります!!これで文句は無いでしょ!?」 店員「そう言う問題じゃないんですよ、奥さん。…まあ、後は警察のほうにお任せしますので、そちらでもそう言う風に言っていただけたらいいんじゃないですか?」 A母「だから警察には…アンタも何でこんな事したの!?」 彼女にとって、寝耳に水とはまさにこの事だったに違いない。 まさか真面目に塾に行っているはずの息子が、その帰りに万引きをして捕まろうとは… 今までは自分の主張ばかりを通してきた彼女も、今回ばかりは相手が悪かったようだ。 話もろくに聞いてもらえず、半ば途方にくれていた時、彼女の前に意外な人物が現れた。 水銀燈「あらあら、随分な騒ぎになってるわねぇ…♪」 A母「せ、先生!先生からも何とかいってやってください!!このままじゃうちのAが…」 Aの母にとってこれほど心強い味方はいなかったに違いない。 なんせ、あれほど高い学費を払ったんだ。それぐらいの弁護はしてもらわないと困る…そんなことももしかしたら考えていたかもしれない。 しかし、その望みは脆くも打ち砕かれた。 水銀燈「先生ぇ?残念だけど、私はもうあなたたちの先生では無いわぁ。だって、退学になるんですものぉ♪」 A母「えっ!?」 水銀燈「当然でしょう…?学校は勉強を学ぶため『だけ』の場所…。そんなところに、犯罪者を置いておけるわけ無いわぁ…。どこかに世話を頼みたいのなら、しかるべき場所にでも連れて行けばぁ?」 A母「そ、そんな無責任な…!!」 水銀燈「無責任はあなたでしょう?今まであなたは、自分の息子とどう接してきたのぉ?全部他人任せ…間違いを起こせば悪いのは他人…。もしかして、心の奥底では自分では責任を取りたくないなんて考えてたんじゃないのぉ?」 A母「で、でもちゃんとした教育は…」 水銀燈「これのどこがちゃんとした教育の結果なのよ?まともな教育を受けているのなら、善悪の区別くらいつくでしょう?」 Aの母は何も答えなかった。…いや、答えられなかった。 その様子を見て、水銀燈は店員に向けてこう声を上げた。 水銀燈「ちょっと外でこの子達と話してきてもいい?大丈夫…住所は割れてるんだから、逃げやしないわよぉ…」 店員はその申し出を、快く了承した。 水銀燈「…さて、ここならいいでしょう…。あなた、何で私がこんな場所で話をしたいか分かる?」 A母「…Aの今後の処遇について、あまり人前で言えない事を…」 水銀燈「バッカじゃない!?あなた、さっき私の親のこと馬鹿にしてくれたわよねぇ…。人の素性も知らないくせに…。その事について、ちょっと言いたい事があるからここに連れて来たのよ。」 そう言うと、彼女は辺りを気にしながらこんな話をし始めた。 水銀燈「…確かに、お父様はそういわれても仕方が無いかもしれないわね…。物心つくかつかないかって頃に、急に家からいなくなってしまったから…。でも、女1人で子供を育てるのがどんなに大変か分かる?でも、それでもお母様は必死になって私を育ててくれたわ…。いつも『ごめんね…』って言いながらね…。」 A母「…。」 水銀燈「でも、私はそれが嫌だった…。自分がお母様の足かせになっているような気がしてね…。で、そんな親への反発だったか何だったのか理由はよく覚えてないけど、悪いことも随分したわ。あなたみたく、万引きとかも…ね。」 A母「そ…それで?」 水銀燈「でも、ある時私も同じように店員に捕まったわ。その時、親や担任とかも呼ばれてね…。まあ、担任のほうはどうにかしてそれを有耶無耶にしようとしたわ。一応、学校でナンバーワンの成績で、特待生…しかも、国立大への入学が有望視されていたとあってはねぇ…。」 A母「…。」 水銀燈「だって、カッコがつかないでしょう?学校の代表とも言えるような生徒が万引きで捕まったなんて…。でも、お母様はそれを良しとしなかった。むしろ退学等の厳しい処分を求めたわ。」 A母「え!?ど、どうしてそんな…」 水銀燈「そうしないと、いつまでも反省しないまま終わるからよ。その時、私はやっと自分のした事に気がつき、必死で頼み込んだわ。『それだけはやめて』って…」 A母「そ、それでどうなったの…?」 水銀燈「…そんな私に対して、お母様はこう言ったわ。『学校に残りたいのなら、必死で謝りなさい。私ではなく、あなたが罪を犯してしまった人に対して…。あなたは、それだけ罪深いことをしたのよ。』ってね…」 それだけ言うと、彼女は深くため息をつき、こう続けた。 銀燈「…お喋りが過ぎたわね…。ま、時にはこうやって間違いを認め、それを正すことも必要なのよ…。逃げ回ってるだけじゃなくてねぇ…。自分の子供でしょう?真剣に接しないでどうするのよ…」 その言葉に、Aも、そしてAの母も言葉を発しようとしなかった。 その様子に、水銀燈は車のキーを取り出しながら、こう言った。 水銀燈「ま、処分が下るまでには日があるだろうし、せいぜい苦しみなさぁい…。誰に、どんな風に謝ればいいか考えながら…ね。それに…」 A母「…?」 水銀燈「さっきの事…誰かに話したら今度こそ殺すわよ…。」 それだけ言うと、彼女は遠くに見える駐車場のほうへと歩を進めた。 そしてその帰り道… 翠星石「あっ!水銀燈!!あの馬鹿…Aはどこに…」 水銀燈「あっち。」 そう言ってAたちがいるコンビニのほうを指差すと、彼女は横目で前から走ってきた同僚をチラリと眺めやった。 さっきまでお風呂に入っていたのだろうか、その自慢の髪は乱れ、靴も左右別のものを履いている。 メイメイがスィドリームから聞いた話だと、彼女はAの母親にあまり接したくないと言っていたそうだが… 水銀燈「…30分時間をずらしておいて、正解だったみたいねぇ…。」 そう言いながら後ろを見ると、そこには翠星石と一緒に頭を下げるAの親子の姿があった。 その様子に、彼女は「ふっ」と短く笑うと、そのまま夜の街へと消えていった。 完
その日は風も穏やかで、雲ひとつ無いとても清々しい日だった。 この天気に、生徒達は思い思いの方法で昼休みを満喫していた。 ある者は、体育館でバスケットボールを…ある者は、図書室で読書を… しかし、そんな天気とは対照的に翠星石の顔はさえない。 というのも、自分の受け持つクラスの中に、1人厄介な生徒…いや正確に言えば、その生徒の親がいたからである。 これまでにも、「保護者会に参加するために会社を休んだから休業補償を支払え」とか「あの子の親と仲が悪いから、今すぐうちの子を別のクラスに移して」など、無理難題を言われているのだから無理も無い。 したがって、翠星石がこんな態度を取るのも当然といえば当然だった。 翠星石「はぁ!?またAの親が来たぁ!?もうあいつにかかわるのはイヤですぅ!誰か替わりに行きやがれですぅ!!」 蒼星石「き、気持ちは分かるけど、そんなこと言っちゃダメだよ…。A君は君のクラスの子だし、それに…」 翠星石「別に翠星石が居てくれって頼んだわけじゃねぇですぅ!やっぱり、この前の騒ぎのときに別のクラスに行かせるべきだったんですぅ!!」 感情をむき出しにし、彼女は絶対行きたくないと親友にせがむ。 流石の蒼星石も、これまで翠星石がどんな目に合っているか知っているため、あまり強くは出れないようだ。 その様子を横目に、さっきまでその母親と応対していた真紅は、うんざりした様子でこう2人に呼びかけた。 真紅「…どっちでもいいけど、早くしなさい。いつものように応接室でお待ちよ。」 どうやら、真紅本人もああいうタイプは好きではないらしい。 とりあえず、自分に火の粉がかからないうちにと思って取った行動だったのだろうが、それがまずかった。 彼女の発言に、蒼星石は青ざめた様子でこう叫んだ。 蒼星石「え!?い、いけない!応接室には水銀燈が…」 その時、その応接室から女性の怒号が飛んできた。 A母「なななななな、何してるんですか!?こんな所で!!人が遠路はるばるここまで出向いてきてあげたのに…!!」 水銀燈「…あなた、だぁれ?言っとくけど、私は来てくれなんて頼んだ覚えはないわよぉ?せっかくいい気分だったのに、邪魔しないでくれるぅ?」 メイメイ「…それに、今日は面会の予定はなかったはずですが…?」 それぞれ、程よい大きさに切り分けられたテリーヌを口に運びながら、彼女達はそっけなくこう対応した。 応接室のテーブルの上には、ワインや魚料理などが所狭しと並んでいる。 どうやら2人は、食事のデリバリーサービスを利用したらしい。 そんな2人の態度に、Aの親はさらに怒りをあらわにしながらこう叫んだ。 A母「あなた達がそんな調子だから、私達がこうやって来てあげたのよ!!大体、昼間から何を飲んで…」 水銀燈「シャトーペトリュス…まあ、あなたのような人間には、一生口に出来ない代物よ。飲みたい?」 A母「結構です!!今日はうちのAの事について話に来たんです!!それなのに、なんですかその態度は…!!」 水銀燈「A…?ああ、翠星石のクラスのお馬鹿さんねぇ…。その子がなぁに?」 A母「馬鹿ですって!?よくもまあそんな事が…!!見なさい!!この中間テストの結果を!!あなた達の教え方が悪いから、こんな事になるんでしょうが!!」 その言葉に、水銀燈は心底呆れたように「はぁ…」と深くため息をついた。 銀燈「…あのねぇ。人に責任押し付けるのはいいけど、あなたはどうなのぉ?ちゃんと自分の責任を…」 A母「責任なら十分取ってます!!だからこそ、こんな高い学費を払ってここに通わせてるんじゃない!!それぐらいしてもらわないと、こっちも転校せざるを…」 水銀燈「勝手にすればぁ?ま、もっとも貴女みたいなのを相手にしなきゃいけないのなら、どこも断るでしょうけどぉ…」 A母「何ですって!!」 水銀燈「おいで、メイメイ。もう食べる気も無くなっちゃったしぃ…めぐのところにでも行きましょ…。多分由奈たちも一緒のはずだから…」 そういいながら、メイメイを引きつれ立ち去ろうとする彼女の背中に、Aの母は侮蔑を込めてこう言い放った。 A母「信じられない…!!あなたは教師としての自覚があるんですか!?髪もそんなだし、学費を払ってもらってるという感謝の気持ちも無い!ホント、親の顔が見てみたいわ!!」 水銀燈「…今、何て言った?」 そう…それは彼女にとって最も言ってはいけない言葉だった。 もはや、彼女の顔からは先ほどまでの不敵な笑みは一切消えうせ、代わりに怒りがそれを支配していた。 彼女はゆっくりと後ろを振り返ると、一歩一歩間合いを詰め、そして… 翠星石「や、やめるですぅ!!水銀燈!!」 水銀燈「…!?離しなさい!翠星石!!」 真紅「わ…悪いけど、今日は帰って戴けないかしら…?お詫びのほうは後日…水銀燈…!落ち着きなさい…!!」 そう言いながら、2人は必死になって水銀燈を彼女から引き離そうとする。 蒼星石は蒼星石で、メイメイを押さえるのに必死のようだ。 結局、その後駆けつけた薔薇水晶たちによって水銀燈は無理やりその場から追い出され、教頭であるラプラスがAの母親に対しきちんと謝罪をしたため、その場は何とか事なきを得たのであった。 しかし… 水銀燈「チッ…A株式会社に勤めてるヤツなんて、知り合いには誰一人居ないわね…。こうなったら、結菱の力を使って…。いや、でもまた真紅たちに…」 あの後、彼女は努めて平静を保った。 そう、全てはある物を手に入れるために… 定時に一度自宅に戻り、他の教師が帰るのを待ってからもう一度学校へ赴き、そして事務室や書類室をくまなく探し、気がつけば時刻はすでに午後9時を過ぎようかという時間になっていた。 彼女が求めたもの…それはAの入学願書や入学必要書類などといった個人情報だった。 彼の父親の勤め先などが分かった今、後は自分の持てる力すべてを使ってAの一家もろとも破滅に追い込んでやれば、あの女もようやく自分の愚かさに気がつくだろう… あの時、私を嵌めてくれた女のように… 自身が『ゲーム』と称した大粛清から、約6年余り… 今回はそれより小規模とはいえ、その果てにあるのが破滅しかないことは十分わかっている。だが… 水銀燈「世の中には…喧嘩を売っちゃいけない相手がいるのよ…」 暗闇の中、彼女は懐中電灯片手に、誰に言うでもなくこう呟いた。 その時、彼女の後ろからこんな声が聞こえてきた。 ?「おや…やはりここに居ましたか…。運命とは非常に複雑なもの…しかし、完全に読めないわけではありません。昔の科学者はよい事を言いました…『未来を予測する最善の方法は、自らそれを創りだすことである』と…。」 驚いて後ろを振り返ると、そこには教頭であるラプラスが立っていた。 「ふぅ…」と呼吸を落ち着けると、彼女はそっけなくこう返答した。 水銀燈「…つまり、私を止めにきたって訳ね…。でも、そうはいかないわ…。そうだ…学費の1人分くらいなら、私が払ってあげる…。だから大人しく…」 そう言いながら、彼女は側にあった煙草に手を伸ばし、火をつけようとする。 あれだけ皆に大見得を切って止めた煙草だが、こうでもしないと感情を抑えられないらしい。 そんな彼女にそっと近づき煙草を素早く取り上げると、ラプラスはこう続けた。 ラプラス「迷走・不規則・不安定…これらは全て混沌という名の法則です。したがって、あの方達は正しく迷子になっていると言えるでしょう…。 そして、もし貴女があの方達に触れたいのなら、あなたはその場で待つのがよろしいかと…。貴女まで迷子になる必要はありません…。」 水銀燈「…つまり、何が言いたい訳!?このまま指をくわえて見ていろっていうの!?」 ラプラス「世界には無数の穴があり、扉はそれを塞いでいます。…目に見えない扉にご注意を…。彼らは狡賢く隠れていますから…」 それだけ言うと、ラプラスは「ご機嫌よう」と一礼し、どこかへ行ってしまった。 つまり、ミイラ取りがミイラになるなと言いたいようだが… 水銀燈「ふん…でもこのまま引き下がるなんて、私の沽券に…」 そう口を開いた時、隣の職員室からけたたましい電話の音が鳴り響いた。 その音に「チッ」と不機嫌そうに舌打ちすると、彼女はそっけなく電話に応対しはじめた。 水銀燈「はい、もしもしぃ?有栖学園ですけどぉ?」 ?「あの、3丁目のコンビニの者なんですがね。ええ…ブックオフの前にある…」 水銀燈「…で?」 店員「今、お宅の生徒さんが万引きをしましてね。Aという生徒なんですが…」 水銀燈「そぉ…分かったわぁ♪」 そう言うと彼女はかみ締めるように、先ほどラプラスが言った言葉を復唱した。 水銀燈「世界には無数の穴が…ねぇ。なるほど…」 考えてみれば、自分にも少し余裕がなかったかもしれない。 あんな小物相手に、自分の身を危険に晒すことは無いのだ。 だが、獲物がわざわざ罠にかかってくれたとあれば…やることは1つである。 水銀燈「…もしもし、メイメイ?今から30分後に翠星石にこう電話してくれるぅ?『Aが万引きして捕まった』ってね。場所は…」 そう用件だけ伝えると、彼女は車を飛ばし、現場へと急行した。 A母「だから言ってるでしょう!Aはたまたまポケットの中にお菓子を入れてしまっただけであって…!それに、お金ならここにあります!!これで文句は無いでしょ!?」 店員「そう言う問題じゃないんですよ、奥さん。…まあ、後は警察のほうにお任せしますので、そちらでもそう言う風に言っていただけたらいいんじゃないですか?」 A母「だから警察には…アンタも何でこんな事したの!?」 彼女にとって、寝耳に水とはまさにこの事だったに違いない。 まさか真面目に塾に行っているはずの息子が、その帰りに万引きをして捕まろうとは… 今までは自分の主張ばかりを通してきた彼女も、今回ばかりは相手が悪かったようだ。 話もろくに聞いてもらえず、半ば途方にくれていた時、彼女の前に意外な人物が現れた。 水銀燈「あらあら、随分な騒ぎになってるわねぇ…♪」 A母「せ、先生!先生からも何とかいってやってください!!このままじゃうちのAが…」 Aの母にとってこれほど心強い味方はいなかったに違いない。 なんせ、あれほど高い学費を払ったんだ。それぐらいの弁護はしてもらわないと困る…そんなことももしかしたら考えていたかもしれない。 しかし、その望みは脆くも打ち砕かれた。 水銀燈「先生ぇ?残念だけど、私はもうあなたたちの先生では無いわぁ。だって、退学になるんですものぉ♪」 A母「えっ!?」 水銀燈「当然でしょう…?学校は勉強を学ぶため『だけ』の場所…。そんなところに、犯罪者を置いておけるわけ無いわぁ…。どこかに世話を頼みたいのなら、しかるべき場所にでも連れて行けばぁ?」 A母「そ、そんな無責任な…!!」 水銀燈「無責任はあなたでしょう?今まであなたは、自分の息子とどう接してきたのぉ?全部他人任せ…間違いを起こせば悪いのは他人…。もしかして、心の奥底では自分では責任を取りたくないなんて考えてたんじゃないのぉ?」 A母「で、でもちゃんとした教育は…」 水銀燈「これのどこがちゃんとした教育の結果なのよ?まともな教育を受けているのなら、善悪の区別くらいつくでしょう?」 Aの母は何も答えなかった。…いや、答えられなかった。 その様子を見て、水銀燈は店員に向けてこう声を上げた。 水銀燈「ちょっと外でこの子達と話してきてもいい?大丈夫…住所は割れてるんだから、逃げやしないわよぉ…」 店員はその申し出を、快く了承した。 水銀燈「…さて、ここならいいでしょう…。あなた、何で私がこんな場所で話をしたいか分かる?」 A母「…Aの今後の処遇について、あまり人前で言えない事を…」 水銀燈「バッカじゃない!?あなた、さっき私の親のこと馬鹿にしてくれたわよねぇ…。人の素性も知らないくせに…。その事について、ちょっと言いたい事があるからここに連れて来たのよ。」 そう言うと、彼女は辺りを気にしながらこんな話をし始めた。 水銀燈「…確かに、お父様はそういわれても仕方が無いかもしれないわね…。物心つくかつかないかって頃に、急に家からいなくなってしまったから…。でも、女1人で子供を育てるのがどんなに大変か分かる?でも、それでもお母様は必死になって私を育ててくれたわ…。いつも『ごめんね…』って言いながらね…。」 A母「…。」 水銀燈「でも、私はそれが嫌だった…。自分がお母様の足かせになっているような気がしてね…。で、そんな親への反発だったか何だったのか理由はよく覚えてないけど、悪いことも随分したわ。あなたみたく、万引きとかも…ね。」 A母「そ…それで?」 水銀燈「でも、ある時私も同じように店員に捕まったわ。その時、親や担任とかも呼ばれてね…。まあ、担任のほうはどうにかしてそれを有耶無耶にしようとしたわ。一応、学校でナンバーワンの成績で、特待生…しかも、国立大への入学が有望視されていたとあってはねぇ…。」 A母「…。」 水銀燈「だって、カッコがつかないでしょう?学校の代表とも言えるような生徒が万引きで捕まったなんて…。でも、お母様はそれを良しとしなかった。むしろ退学等の厳しい処分を求めたわ。」 A母「え!?ど、どうしてそんな…」 水銀燈「そうしないと、いつまでも反省しないまま終わるからよ。その時、私はやっと自分のした事に気がつき、必死で頼み込んだわ。『それだけはやめて』って…」 A母「そ、それでどうなったの…?」 水銀燈「…そんな私に対して、お母様はこう言ったわ。『学校に残りたいのなら、必死で謝りなさい。私ではなく、あなたが罪を犯してしまった人に対して…。あなたは、それだけ罪深いことをしたのよ。』ってね…」 それだけ言うと、彼女は深くため息をつき、こう続けた。 銀燈「…お喋りが過ぎたわね…。ま、時にはこうやって間違いを認め、それを正すことも必要なのよ…。逃げ回ってるだけじゃなくてねぇ…。自分の子供でしょう?真剣に接しないでどうするのよ…」 その言葉に、Aも、そしてAの母も言葉を発しようとしなかった。 その様子に、水銀燈は車のキーを取り出しながら、こう言った。 水銀燈「ま、処分が下るまでには日があるだろうし、せいぜい苦しみなさぁい…。誰に、どんな風に接すればいいか考えながらね…。それに…」 A母「…?」 水銀燈「さっきの事…誰かに話したら今度こそ殺すわよ…。」 それだけ言うと、彼女は遠くに見える駐車場のほうへと歩を進めた。 そしてその帰り道… 翠星石「あっ!水銀燈!!あの馬鹿…Aはどこに…」 水銀燈「あっち。」 そう言ってAたちがいるコンビニのほうを指差すと、彼女は横目で前から走ってきた同僚をチラリと眺めやった。 さっきまでお風呂に入っていたのだろうか、その自慢の髪は乱れ、靴も左右別のものを履いている。 メイメイがスィドリームから聞いた話だと、彼女はAの母親にあまり接したくないと言っていたそうだが… 水銀燈「…30分時間をずらしておいて、正解だったみたいねぇ…。」 そう言いながら後ろを見ると、そこには翠星石と一緒に頭を下げるAの親子の姿があった。 その様子に、彼女は「ふっ」と短く笑うと、そのまま夜の街へと消えていった。 完

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
目安箱バナー