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ハバネロと翠星石と雪華綺晶」(2006/04/13 (木) 03:13:24) の最新版変更点

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 とある夏の早朝。  部活の朝練がある薔薇水晶に付き合って、雪華綺晶も早出していた。  しかし、雪華綺晶が顧問を務める部に朝練はない。はっきり言って暇だった。  あてどなく校内をさ迷っていると、ぷ~んと鼻腔をくすぐる甘く豊潤な香り。  雪華綺晶は、ふらふらと引き寄せられていった。  扉を開けると、そこは一面の緑。朝露が朝日を浴びてきらきらと輝いていた。  畑の一角に屈み込み、びっしりと網目に覆われた球体を両手に取る。 「ああっ、お前、何しに来やがったですか!」  声のしたほうを見ると、愛用のじょうろを手にした翠星石が柳眉を逆立てていた。  そう、ここは彼女が顧問を務める園芸部のテリトリーだ。  雪華綺晶は、何事もなかったように視線を手の中のものに戻すと。 「……メロン、とても美味しそう……食べて、いい?」 「ダメですっ、それは園芸部のみんなが楽しみにしてるのですからっ」 「……………………そう、とても残念……」  表情は変えないまでも、未練たらたらといった様子で、メロンを畑の中に返す。  立ち上がると、菜園をぐるりと見渡した。そして再び問う。 「……あの赤いトマトは、食べちゃ……駄目?」 「ダメダメダメっ、ダメですぅっ、一体何ですか、お前は……朝ご飯、食べてこなかったですか!?」  食べた。しかし、メロンの甘い匂いが、雪華綺晶の胃袋を刺激したようだった。  と、雪華綺晶の視線が一点で止まる。 「あれは……何?」  彼女が指差したほうには、コンパクトサイズのビニールハウスが建てられていた。  中には、数本の植物が葉を生い茂らせ、赤い実を実らせている。  盛夏で、日差しを遮るものも何もないのに、何故? 「ああ、あれは、交雑しやすいから隔離してるですよ」 「……交雑?」 「ええと、簡単に言うと、種類の違うオスとメスが結ばれて、望まれない子供が生まれちまうってことです。そいつを逆手にとって、品種改良に用いられたりもするですけど、あいつの場合は……」  と、そこで翠星石の目がきらーんと光った。 「そうだっ、あいつなら食べても構わんですよっ。食べてみるですかぁ?」 「……本当……?」  翠星石はゴム手袋をはめ、ビニールハウスの中から赤い実をもぎ取って、雪華綺晶の前に差し出した。 「ささっ、たーんと召し上がれですぅ!」 「……パプリカ?」 「そうですそうです、生のままでもイケるですよ。てーか、通は生のまま丸かじりですぅ!」  しかし!! それは、言うまでもなくただのパプリカなどではなかった。  世界で最も辛いと言われるハバネロ・レッドサビナ。  今や希少種のそれを、翠星石は、万難を排して手に入れた。  何のためかって? それはもちろん……。  雛苺の苺大福の中身とすり替えるため。エキスを抽出して、真紅の紅茶に、水銀燈のヤクルトに、金糸雀の玉子焼きに、こっそり混ぜ合わせてやるためだ。  恐らくは、即座に誰の仕業か露呈して、袋叩きに遭うだろう。  だが、このイタズラには、翠星石にそれを失念させるだけの魅力があった。有頂天になっていた。  辛さ577000スコビルの恐怖が、何も知らないきらきーの身に襲いかかる。  かぷり……しゃきしゃきしゃき……。 「……美味しい……」  ぽっと頬を染める雪華綺晶。  がっくりとうなだれる翠星石。 「まあ、こんなことになるんじゃないかと思わないでもなかったですが……」  翠星石はよろよろとよろめき、新鮮なキュウリのトゲで、うっかり手のひらを傷つけてしまう。 「痛っ!!」  血がにじみ出していた。と、それを見た雪華綺晶。 「大丈夫……」  と翠星石の傷ついた手を取って、舌でぺろりと血を舐め上げる。 「唾をつけておけば、消毒される……」  へ?  呆然と雪華綺晶を見返す翠星石。そして数秒後。 「ぎぃいいいいいいいいいいいいやぁああああああああああああーーーーーーーーッッ!!!!」  飲み下したからといって、口の中のカプサイシンは、そう簡単には消えはしない。  傷口に塩をすり込まれたほうが、どれだけ増しだっただろう。  翠星石は、地べたを転げ回って、悶え苦しんだ。  自業自得以外の何ものでもなかった。 ----  おまけ。 「まあ、こんなことになるんじゃないかと思わないでもなかったですが……」  翠星石が肩を落としていると、雪華綺晶はけほんけほんとむせた。  レッドサビナのタネが、喉に引っかかったのだ。 「えっ……」  うっかり彼女のほうを見た翠星石の左目に、雪華綺晶の唾液が降りかかってしまった。 「ぎぃいいいいいいいいいいいいやぁああああああああああああーーーーーーーーッッ!!!!」  ……そして。何度もかきむしったせいか、左目はすっかり赤く染まってしまった。  べそをかきながら職員室へ戻る。 翠「え~~ん、蒼星石~~」  居合わせた蒼星石に抱きつくと。 蒼「ええと……誰?」 翠「……………………へ?」 紅「ええっと……どちらさま?」 銀「誰だったっけぇ……?」 金「誰だったかしらー?」 雛「ヒナ、見たことない人なのーーっ」 薔「……………………?」 翠「…………おっおっおっ、お前ら~~ッ!! 普段から翠星石をどんな目で見てやがるですかーー!!」  自業自得以外の何ものでもなかった。
  とある夏の早朝。   部活の朝練がある薔薇水晶に付き合って、雪華綺晶も早出していた。   しかし、雪華綺晶が顧問を務める部に朝練はない。はっきり言って暇だった。   あてどなく校内をさ迷っていると、ぷ~んと鼻腔をくすぐる甘く豊潤な香り。   雪華綺晶は、ふらふらと引き寄せられていった。   扉を開けると、そこは一面の緑。朝露が朝日を浴びてきらきらと輝いていた。   畑の一角に屈み込み、びっしりと網目に覆われた球体を両手に取る。 「ああっ、お前、何しに来やがったですか!」   声のしたほうを見ると、愛用のじょうろを手にした翠星石が柳眉を逆立てていた。   そう、ここは彼女が顧問を務める園芸部のテリトリーだ。   雪華綺晶は、何事もなかったように視線を手の中のものに戻すと。 「……メロン、とても美味しそう……食べて、いい?」 「ダメですっ、それは園芸部のみんなが楽しみにしてるのですからっ」 「……………………そう、とても残念……」   表情は変えないまでも、未練たらたらといった様子で、メロンを畑の中に返す。   立ち上がると、菜園をぐるりと見渡した。そして再び問う。 「……あの赤いトマトは、食べちゃ……駄目?」 「ダメダメダメっ、ダメですぅっ、一体何ですか、お前は……朝ご飯、食べてこなかったですか!?」   食べた。しかし、メロンの甘い匂いが、雪華綺晶の胃袋を刺激したようだった。   と、雪華綺晶の視線が一点で止まる。 「あれは……何?」   彼女が指差したほうには、コンパクトサイズのビニールハウスが建てられていた。   中には、数本の植物が葉を生い茂らせ、赤い実を実らせている。   盛夏で、日差しを遮るものも何もないのに、何故? 「ああ、あれは、交雑しやすいから隔離してるですよ」 「……交雑?」 「ええと、簡単に言うと、種類の違うオスとメスが結ばれて、望まれない子供が生まれちまうってことです。そいつを逆手にとって、品種改良に用いられたりもするですけど、あいつの場合は……」   と、そこで翠星石の目がきらーんと光った。 「そうだっ、あいつなら食べても構わんですよっ。食べてみるですかぁ?」 「……本当……?」   翠星石はゴム手袋をはめ、ビニールハウスの中から赤い実をもぎ取って、雪華綺晶の前に差し出した。 「ささっ、たーんと召し上がれですぅ!」 「……パプリカ?」 「そうですそうです、生のままでもイケるですよ。てーか、通は生のまま丸かじりですぅ!」   しかし!! それは、言うまでもなくただのパプリカなどではなかった。   世界で最も辛いと言われるハバネロ・レッドサビナ。   今や希少種のそれを、翠星石は、万難を排して手に入れた。   何のためかって? それはもちろん……。   雛苺の苺大福の中身とすり替えるため。エキスを抽出して、真紅の紅茶に、水銀燈のヤクルトに、金糸雀の玉子焼きに、こっそり混ぜ合わせてやるためだ。   恐らくは、即座に誰の仕業か露呈して、袋叩きに遭うだろう。   だが、このイタズラには、翠星石にそれを失念させるだけの魅力があった。有頂天になっていた。   辛さ577000スコビルの恐怖が、何も知らないきらきーの身に襲いかかる。   かぷり……しゃきしゃきしゃき……。 「……美味しい……」   ぽっと頬を染める雪華綺晶。   がっくりとうなだれる翠星石。 「まあ、こんなことになるんじゃないかと思わないでもなかったですが……」   翠星石はよろよろとよろめき、新鮮なキュウリのトゲで、うっかり手のひらを傷つけてしまう。 「痛っ!!」   血がにじみ出していた。と、それを見た雪華綺晶。 「大丈夫……」   と翠星石の傷ついた手を取って、舌でぺろりと血を舐め上げる。 「唾をつけておけば、消毒される……」   へ?   呆然と雪華綺晶を見返す翠星石。そして数秒後。 「ぎぃいいいいいいいいいいいいやぁああああああああああああーーーーーーーーッッ!!!!」   飲み下したからといって、口の中のカプサイシンは、そう簡単には消えはしない。   傷口に塩をすり込まれたほうが、どれだけ増しだっただろう。   翠星石は、地べたを転げ回って、悶え苦しんだ。   自業自得以外の何ものでもなかった。 ----   おまけ。 「まあ、こんなことになるんじゃないかと思わないでもなかったですが……」   翠星石が肩を落としていると、雪華綺晶はけほんけほんとむせた。   レッドサビナのタネが、喉に引っかかったのだ。 「えっ……」   うっかり彼女のほうを見た翠星石の左目に、雪華綺晶の唾液が降りかかってしまった。 「ぎぃいいいいいいいいいいいいやぁああああああああああああーーーーーーーーッッ!!!!」   ……そして。何度もかきむしったせいか、左目はすっかり赤く染まってしまった。   べそをかきながら職員室へ戻る。 翠「え~~ん、蒼星石~~」   居合わせた蒼星石に抱きつくと。 蒼「ええと……誰?」 翠「……………………へ?」 紅「ええっと……どちらさま?」 銀「誰だったっけぇ……?」 金「誰だったかしらー?」 雛「ヒナ、見たことない人なのーーっ」 薔「……………………?」 翠「…………おっおっおっ、お前ら~~ッ!! 普段から翠星石をどんな目で見てやがるですかーー!!」   自業自得以外の何ものでもなかった。

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