猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

虎の威外伝02

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虎の威外伝 02

 ことの発端は、バレンタインが終わって一週間ほど経ったある夜のことだった。
「ホワイトデー……」
 ポツリと、ほんとうにごくわずかに、バラムが小さく呟いた。
 家族四人揃っての、就寝前の穏やかな一時である。
 千宏は聞き慣れた言葉に顔を上げ、パルマは不思議そうに首をかしげた。
「おまえんとこでは、ホワイトデーってのがあるんだってな」
「あるにはあるけど……全国的に一般的な行事ではないよ。トラのバレンタインは、お互いに
贈りあうんだから、バレンタインのお返しをするホワイトデーはおかしいんじゃ――」
「バレンタインのお返し?」
 ぴくん、とアカブが耳を立てて千宏を見た。
「ほら、つまりあれだ。日本だと女から男にチョコを贈るって風習だから、ホワイトデーに男
がそのお礼を――」
「お礼……?」
 パルマがごくりと息を呑む。
 千宏を除く三人の間に、ピリピリとした緊張が走った。ホワイトデーの何がそんなに問題な
のか理解できず、千宏は首をかしげるばかりである。
「そうか、バレンタインのお返しをする日があるのか」
「家にはヒトがいるからな。そりゃあヒトの習慣を取り入れるのは当主として当然の義務だな」
 バラムとアカブが視線を交わし、がっしと手を握り合う。
 千宏は目を瞬いた。
「いや、だからお互いに贈りあうトラのバレンタインにホワイトデーは……」
「よっしゃぁ! そうと決まれば早速準備だ!」
「おうよ! アカブ! 作戦会議だ!」
 言うなり、二人はばたばたと部屋を立ち去っていった。
 瞬間、真剣な面持ちでパルマが千宏の肩を掴む。
「チヒロ。ホワイトデーっていつ。いつなの?」
「さ、三月の十四日だけど……」
 パルマが素早く、ヒトの暦とこの世界の暦の早見表に視線を投げる。
「準備期間はたっぷり――あなどれない。でも大丈夫よチヒロ! 絶対に私が守ってあげるからね!」
「は、はぁ……」
 ぎゅっと、パルマが千宏を抱きしめる。
 ふにふにと柔らかく、弾力のある大きな乳房に顔をうずめながら、千宏は一人取り残された
気分に首をかしげた。

 ホワイトデー当日。
 ありえない事が起こった。パルマの言葉を信じるならば、ここ百年はおこらなかったことだと言う。
 この、学校とも要塞ともつかない巨大な建築物に、数人の客人が訪れたのだ。
「カブラ、ブルック、カアシュ。それにイシュ! ようこそ我が家へ!」
 千宏とパルマは四人を笑顔で迎え入れ、アカブとバラムはその様子に愕然と固まった。
 パルマがにやりと笑い、勝ったとばかりに胸を反らす。
 イシュは別としても、カブラ達三人は完全に千宏の味方と言っていい。アカブとバラムがど
んな計画を立てていようと、バレンタインデーのように千宏が襲われる事はまずあるまい。
 パルマは行動や言動によらず、そこそこの策略家であった。
「しかしなんだ。おまえらこんなとこに住んでたんだなぁ」
 興味深げに辺りを見回しながら、カブラ達があちこちを歩き回る。
 アカブとバラムは眉間に深く皺を寄せ、しかし力強く頷きあった。

「おいおまえら、今日が何の日か知ってるか?」

 そう切り出したのはバラムである。まさか、とパルマが目を見開いた。
 仕掛けようというのか――この状況を見てなお――!
「今日はホワイトデーっつってな、チヒロの世界ではバレンタインデーの“お返し”をする日
なんだそうだ。つまり、バレンタインに辛酸を舐めさせられた奴らに与えられた報復の日だ」
「えええええ! ちょ、ちょちょ、ちょっとなにその新解釈! お礼ってそういうことなの!?」
 ようやく先日のバラムたちの言動の理由がわかり、千宏が部屋の片隅で悲鳴を上げる。
 しかしバラムは千宏の言葉に反応を見せず、いかにも当主然として話を続けた。
「俺たちはパルマとチヒロにバレンタインデーで敗北した。だが今日! 俺たちはこの二人に
確実に負けたと言わせてみせる! おまえたちにはその証人になってもらいたい!」
「おのれバラム! そういう手でくるとは卑怯なり!」
「黙れパルマ! おまえの浅はかな知略など俺には通じん!」
「どうしちゃったの二人とも!? 何があったの! 何が起こってるの!?」
「決闘だ……誇りをかけた決闘に、俺たちは立ち会ってるんだ……!」
 ごくりと、真剣極まりない声色でカブラが呻く。
 イシュが緊張に唇を舐め、カアシュとブルックがにらみ合う三人をはらはらと見守っていた。
相変わらず、千宏は蚊帳の外である。
「では、五分後に四番客間で会おう――分かるなパルマ。因縁のあの場所だ」
「私が敗北を叫ぶと思うの? 笑止! 安寧と過ごしてきた腑抜けた当主のおごりなり!」
「落ち着いて! 落ち着いて二人とも! ホワイトデーだよ!? ねぇ! おとなしくキャン
ディーとマシュマロ食べようよ!」
「安心して千宏。あなたはずっと私の後ろにいればいいからね」
 ぎゅっと、パルマが千宏を抱きしめる。
 千宏はまともなホワイトデーを過ごす事を諦めた。

 そして、五分が経過した。

 六人で連れ立って、ぞろぞろと四番客間に向かう。
 甘い香の香りがした。気分のいい香りで、どこかふわふわとした気分になる。
「この香、この前の……」
 イシュが低く呟いた。先日、バラムがパルマに言って調合させた、女に効く媚薬のようなも
のだという。
「わかってる。私たちと同じ手を使うつもりみたいだけど、所詮は二番煎じ! 同じ手で打ち
倒そうなどと片腹痛いわ! さぁ、いざ!」
 叫んで、パルマは思い切り乱暴に四番客間のドアをぶち破った。
 予想に反して、部屋は明るい。そして、先日のような檻も入ってはいなかった。
 ただ、きっちりと正装したバラムとアカブが立っている。
 瞬間、イシュが甲高い悲鳴を上げた。
「あれがバラムの弟? やだ、凄く逞しいじゃない! それにあの毛並み!」
「あ、やっぱりそうなんだ」
 なんだ、普通に格好いいんじゃないか、となぜか自分が褒められたような気分になる千宏である。
 しかし、二人とも夜会に出かけるイギリス紳士のような装いだった。確かに格好いいとは
思うが、馴染みの無い千宏から見れば少々引いてしまう。
 急ごしらえで用意したためか、種類も形もばらばらの椅子が、六つ理路整然と並んでいた。促されるまますわり、バラムが咳払いをするのを黙って眺める。
「……先に断っておくが」
 咳払いし、バラムは真剣にその場にいる面々を見渡した。
「芝居だからな」
 ぎらりと、殺意さえ感じる視線で睨まれ、全員がぎくりとした。こくこくと玩具のように頷
くと、バラムが再び咳払いする。
 そのバラムの肩を、乱暴にアカブが引き寄せた――。

「兄貴、いつまでそんな奴らの相手してんだよ」
 低く、舐めるような声色だった。バラムが困惑した表情を浮かべ、そっとアカブの手を振り払う。
「よせアカブ。後でいくらでも相手してやるから……」
「きゃぁあぁあぁ!」
 パルマとイシュが悲鳴を上げて立ち上がった。
 あまりにもキンキンと響くその声に、思わず千宏が耳を押さえる。
 何事かと周囲を見渡すと、屈強な三馬鹿があんぐりと口を開けて目を見開いていた。千宏に
は状況が理解できない。
「そんな事言って、最近仕事ばっかりで全然休んでねぇじゃねぇか。俺が全身ほぐしてやるよ。
ほら、こっちこいって」
「アカブやめろ、まだ人が……ッ!」
「やめてぇえぇ! だめ、そんな兄弟でなんて禁断よ!」
「このケダモノ! ケダモノォ! バラム逃げてぇ!」
 飛び出したイシュとパルマの鼻先で、ばちん、と衝撃が弾けた。パルマが愕然と目を見開く。
「結界――!? なんて周到な!」
「やれぇアカブ! その小奇麗な服をひんむいちまえ!」
 突然カブラが声を上げて立ち上がった。
 そういえばこの男、前にバラムのケツがどうとうか言っていなかったか――。
「そんなこと言ったって、まんざらでもねぇんだろ? おまえが毎晩どんなふうに鳴いてるか、
みんなに見てもらえばいいじゃねぇか」
「頼む、やめてくれ……頼むアカブ……」
 バラムが苦しげに眉をひそめて顔を逸らし、その褐色の首筋にアカブの赤い舌が迫る。
 パルマの唇が震えた。結界の前でなす術も無く、興奮して悲鳴を上げているイシュの隣で
大きな瞳を更に大きく見開いている。
 べろりと、アカブの舌がバラムの首筋から顎にかけてを舐め上げた瞬間、バラムが乱暴に
アカブを突き飛ばした。
「よせ! 俺たちは兄弟だ! こんなこと……もう、終わりにすべきだ!」
「兄貴……おまえ、俺を捨てるって言うのか!」
「わかってくれアカブ……俺は――!」
「聞きたくねぇ! 俺はこんなに兄貴が……畜生!」
 怒鳴って、アカブは乱暴にバラムの腕を掴んで引き寄せ、カブラの叫び通りバラムの服を
勢いよく引き裂いた。
 パルマとイシュが抱き合いながら飛び上がる。他の男三人も立ち上がり、いまやアカブに
激しい歓声を上げていた。
「負けでいい! もう私達の負けでいいから! おねがい優しくしてあげて!」
「だめよ激しく! 乱暴に! 荒々しくして!」
 バラムがアカブを床に押し倒し、鋭い爪で衣服を剥ぎ取っていく。バラムの悲痛な悲鳴が
上がり、部屋は羞恥と歓喜と耽美の渦に包まれようとしていた。
 その時である。
「はいはいびーえるびーえる」
 冷め切った千宏の一言で、白熱した部屋の温度が一気に下がった。
 唖然として、バラムとアカブを含む全員が千宏を見る。
 千宏はすっくと立ち上がると、さもつまらなそうに二人を眺めてローブをひるがえして、
さっそうと背を向けた。
「ち、チヒロ……?」
「そっちはもう卒業したんだ。ごめんね」
 半身を起き上がらせて間の抜けた声を上げたバラムに、千宏が申し訳無さそうに答えて
さっさと部屋を出て行ってしまう。
 馬鹿な――王侯貴族が泣いて喜ぶ筋書きを、なぜあんなにもあっけなく一蹴できるのだ。

「……まぁ、パルマには勝ったから、引き分けか……」
 ぼそりとバラムが呟き、のそのそとアカブの下から這い出す。
「えー! もうおしまいー?」
「出し惜しみするんじゃねぇよ!」
「うるせぇ! 俺は男に興味はねぇ!」
 そう怒鳴ったバラムの肩を、がっしとアカブが乱暴に掴んだ。
 は? と間の抜けた声をあげ、自分よりはるかに体格のいい弟を見上げる。
「バラム……おまえ、綺麗だよな」
「……待て。おい。どうしたアカブ。目が……やば……」
「一回くらい……試してみるのも……経験だよな……」
「いらねぇ! そんな経験はいらねぇ! よせアカブ! はなせ愚弟! ぎゃぁあぁ! よせ、
よせ! うわ、獣くせぇ! おい誰か! だれかこいつをなんとか――!」
 観客から歓声が上がった。
「きゃぁあ! 泣いて嫌がる兄を押し倒す弟なんて、最高に燃えるわぁあぁ!」
「バラムー! 色っぽいよぉー! 惚れなおしちゃうー!」
 だめだこいつら。
 バラムは顔色を失った。
 つつ、とアカブの爪が下半身へと伸びていく。
「よせアカブ! 兄弟の縁を切るぞ! 本気できるぞ!」
「バラム! 実は俺は昔からおまえのことがぁあぁ!」
「血迷うんじゃねぇえぇえぇ!」

 その日、偏狭の領主が納めるどこかの領地で、小規模な爆発が観測されたと言う。
 その後しばらく、バラムがアカブを避け続け、アカブは全身の体毛を燃やされて酷い有様に
なったりしたが、それはまた、別の話。

                                  おしまい

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