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我に牙を剥く世界 第1話

 
 

 
 朝、目が醒める。 
 
 三上幸村は左半身に感じる体温に眼をやる。 
 あまい、かぐわしい髪の香り。 
 少し生臭い汗の匂い。 
 とくん、とくん、と伝わってくる健やかな鼓動。 
 首筋にかかる寝息。 
 
 彼が仕える女主人―――――クララ=ザマ=プライマリー。 
 
 壁にかけられた巨大な古時計を見る。 
 午前五時。 
 部屋はまだ薄暗い。 
 陽はまだ昇り切っていないらしい。 
 スズメのさえずりが、窓の外から聞こえて来る。 
 
 彼は、天蓋付きのダブルベッドからそっと脱け出す。 
 隣に眠る、ワガママな主を起こさぬように。 
 
 部屋にこもる朝の冷気は、昨夜の淫靡な行為の残り香を、あとかたもなく吹き払っていてくれる。 
 同時に、夜から残る気だるい疲労に包まれた体も、しゃんとさせてくれる。 
 
(まだ痛いな。) 
 
 幸村は、部屋に散乱する二人分の衣装を集めながら、そっと、自らの首に手をやる。 
 堅い、皮のざらついた感触。 
 それは奴隷の証。他者の所有物の印。―――――首輪。 
 
 
 
二 
 
 地下の私室に戻り、洗顔と着替えを済ませ、ロビーに顔を出す。 
 
 すでに、そこには屋敷の使用人、給仕、メイド、などが執事のテキパキした指示によって働いている。 
 勿論、全員がネコ族だ。 
 
 この屋敷にいる非ネコ族の住人といえば、ヒト召使いの幸村だけである。 
 幸村は、顔中を真っ白な体毛で包んだネコ族の老執事に、朝の挨拶をする。 
 
「おはようございます、ボイド様」 
「おはよう、今朝は遅かったなユキ」 
「申し訳ございません」 
「いやいや、構わんさ。お前が尽くしてくれた分だけ、お嬢様のこっちへのワガママが減るんじゃからな。大助かりじゃ」 
「いえ、とんでもない。僕はただ、自分に出来る範囲の事をさせて頂いているだけですから・・・・・・」 
「ふふふ、そんな困った顔をするでないわ。―――――取り敢えず、お嬢様の予定はいつも通りじゃ」 
「では、いつもの時間にお目覚め頂く、ということで宜しいですね」 
「うむ。頼んだぞ」 
 
 このボイドという老人は、温厚篤実を絵に描いたような性格で、この執事と話す時は、幸村はいつも僅かながらの癒しを覚える。 
 
 幸村は、他の使用人やメイドたちの仕事(主に屋敷の家族の朝食の準備)に合流すると、手を休めぬように朝の挨拶回りを続けた。 
「おはようございます、リスティス様」 
「おはよう」 
「おはようございます、マイラ様」 
「おはよう」 
「おはようございます、パンドン様」 
「おう、おはよう」 
 
―――――その瞬間、ペニスとアナルに電流のような快感が走った。 
 
 思わず幸村は、手に持った食器を取り落としそうになったが、懸命にこらえ、立ち竦む。 
 
(性感魔法!?アイツが帰って来たのか!?) 
 
 そう思った瞬間、自分に向けて放たれたその声が、背骨に突き刺さる。 
 
「あら、私には挨拶してくれませんの。ユキ」 
 
 分かっている。 
 わざわざ、振り返らずとも、その声の所有者が誰なのか、幸村は知り過ぎるほど知っている。 
 しかし、それは有り得ない事だった。 
 彼女は、この館の主であるプライマリー伯爵と共に、王城であるシュバルツカッツェ城に上っており、この館に帰ってくるのは、早くとも明後日以降になるはずと聞いていたからだ。 
 しかし、現に彼女はここにいる。 
 それは否定しても仕方がない事実。 
 股間の刺激は未だに続いている。 
 その場にうずくまりそうになるのを必死にこらえ、幸村は恐る恐る振り向く。 
 
 その視界の先には、やはり、彼に向かって歩を進めるあの女がいた。 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・おはようございます、ヒルダ様」 
「昨夜も遅くまでお楽しみだったようですわね、ユキ?」 
「・・・・・・・・いけませんか?」 
「んふふふ、何もそんな顔をする事はないでしょう。それが、貴方のお仕事なんですから」 
「・・・・・・・・・・・・・・・」 
 
 その瞬間、彼の精神に大量の情報が入り込んでくる。 
 
 眼前の女の意思。そして、フラッシュバックのような記憶の映像。 
 彼女の肉体と魔法という手段が、彼の肉体と精神に、苦痛と快楽という情報を骨の髄まで叩き込んだ、あの調教という名の拷問の日々。 
 
『どうせ我慢できなかったのでしょう?私の留守の間は・・・・・・。もう、貴方の身体はあのお嬢様相手では満足できなくなっているのですからね』 
 
 幸村は、屈辱と羞恥で無意識に俯いていた。 
 
『可愛い子・・・・・・・・。ホント、もう食べてしまいたいくらいですわ』 
 
 さぞかし淫靡な視線が自分を貫いている事だろう。しかし、幸村はその眼光を跳ね返すだけの気力はなかった。 
 彼女の言う通り、もう彼の肉体は、ヒルダの与えてくれる強烈な快感に逆らえなくなりつつあったからだ。 
 
『待っていなさいユキ。貴方のお望みどおり、すぐに食べ食べしてあげますから』 
 
 ヒルダは薄笑いを浮かべながら、何事もなかったように彼の横をすれ違って行った。 
 
「あれ、ヒルダ、どうしたんじゃ?お帰りは伯爵様と御一緒じゃなかったんかい」 
「あっ、ボイド様大変です!伯爵様、今朝になって突然下城を許可されたんですって。ですから私は伯爵様の御帰邸を先に知らせて、ワシを準備万端整えて出迎えられるようにし 
「何じゃと!?伯爵様が御帰邸なさるじゃとぉ!?」 
 
「ボイド様、という事は」 
「パンドン!シェフに伝えろ、大至急メニューを変更するとな!こないだ仕入れた舌ビラメはまだ残っておったな!?」 
「申し訳ありません!あれは昨夜、アリア様が夜食にと御所望でして・・・・・・・・」 
「むう・・・・・・・!」 
 
「御心配要りませんわボイド様。こんな事も有ろうかと、城からの帰りに朝市に寄って、新鮮なロブスターを買い求めてまいりました。私の馬車の荷台にあります。―――――リスティス、聞いていましたね?厨房に運びこんで下さい!」 
「はいっ!」 
「おお、でかしたヒルダ!」 
「有難うございます。―――――それと、伯爵様はとてもお疲れの様子でした。ワイン倉に言ってルルゴーニュの五五年物を開けさせましょう」 
「うむ、手配しよう」 
「あとは、お風呂でございますね。今すぐ大浴場に新しい湯を張って下さい」 
「そうじゃな、確かにその通りじゃ。―――――マイラ!」 
「はい、直ちに!」 
「では、私は厨房で直接指揮をとりますわ。ボイド様は朝食の準備を進めて下さい」 
「よし、では任せた」 
 
 テキパキと仕事をこなすヒルダの物腰に、さっきの毒婦然としたイヤらしさは欠片もない。この屋敷の全ての者からの信頼を一身に負う、有能なメイド長。 
 この館の中で、このメスネコの正体を知っているのは、自分だけかもしれない。 
 そう思うと、幸村は寒気を覚えた。
 
「―――――ユキ、何をぼさっとしているのです!?」 
 
(えっ?) 
 
「早くお嬢様方を起こしていらっしゃい!もしも、あのお二方が寝ぼけ眼で伯爵様をお迎えしたなどという事になれば、その責任は貴方にいくのですよ!」 
 
 そうだ、言われてみればその通りだ。 
 
 ロビーの頑丈そうな扉の前で、腰に両手を当てて指示を飛ばすヒルダは、凛然としたメイド長の顔になったままだ。 
 それは自分相手でも変わらない。 
 そう思った瞬間、幸村は救われた気分になった。 
 
「はい!分かりましたぁっ!」 
 
 そう叫ぶと、手に持っていた食器を素早くテーブルの上に置き、クララの部屋に向かって走り出した。 
 しかしロビーを出て、数歩も行かないうちに、彼の脳中に再びヒルダの声が響き渡った。 
 
『ユキ、今朝はクンニ起こしをするのですか?』 
 
(へっ?) 
 
――――――クンニ起こし。 
 
 幸村と、その主であるクララの間に約束された遊びの一つ。 
 例えば、休校日などの時間に余裕がある朝などにする、クララの起こし方。 
 クララの身体に火が点けば、そのまま朝の本番行為へと連動する。 
 AVやエロ小説でお馴染みの、フェラ起こしの逆バージョン。 
 
 ヒルダが拷問のすえに幸村に自白させた、主従二人だけの秘密。その一つ。 
 
『質問に答えなさいユキ。するのですか?しないのですか?』 
(するわけないでしょう。あれは時間がある朝だけのお楽しみなんだから) 
『しなさい。これは命令よ』
 
 
 
四 
 
(何を言ってるんだよ・・・・・・・・・・・急いでお嬢様を起こして来いって言ったのは、あんたじゃないか・・・・・・・・?) 
『そうですわ。急ぐからこそ、朝クンニで起こしなさいと言っているのです』 
(ヒルダ・・・・・・・・・?) 
 
 彼女が何を言わんとしているのか、幸村にはまるで分からない。思わず彼は廊下で立ち往生してしまう。 
 
『もし、お嬢様が朝食に間に合われなかったとして、その責を問われるのは貴方。その責を問うのは伯爵様。そして、その罰を実質的に与える事が出来るのは・・・・・・・この私』 
 
(おい・・・・・・・・!) 
 
『どのような厳しい、恥かしいお仕置きを貴方に科そうと、例え、お嬢様にも誰にも私を制止する権限はありません。ことに、その責を問うのが伯爵様ならば』 
 
(おいおいおいおい・・・・・・・・・・・・!!!) 
 
『お嬢様の前で死ぬほど辛い、恥かしい目にあわせてあげますわ。――――貴方の本当の御主人様は、あんな小娘などではなく、この私なのだという事を、再び骨の髄まで思い知らせてあげますから。―――――ふふっ、想像するだけで濡れてしまいますわ』 
 
(何で・・・・・・・・・・・・・!?) 
 
『ほら、立ち止まっている暇はありませんわよ。急がないと、ますます時間がなくなりますわ』 
 
(何で・・・・・・・・・・・・!?) 
 
『――――――安心なさい。もし貴方のテクニックが私の予想以上なら、ちゃんとお嬢様はお目覚めになるはずですわ』 
 
(もう、やめてくれっ!!!)
 
『・・・・・・・・・・・・・』 
 
(何でそんな・・・・・・・・・オレを・・・・・・・・オレばかり・・・・・・・・・こんな目に・・・・・・・・・!?) 
 
『・・・・・・・・・・・・・』 
 
(オレ、あんたに何かしたか?・・・・・・・・・・恨まれるような、憎まれるような・・・・・・・そんな何かをしたのか?) 
 
『・・・・・・・・・・・・・』 
 
(頼むよ!理由があるなら教えてくれよ!謝るよ!オレ、謝って済む事なら、済まない事でも、あんたの気が済むまで謝るからさ!だから――――) 
 
『まだ、そんな事を・・・・・・・・おっしゃるんですの・・・・・・・・?』 
(え?) 
『・・・・・・・・貴方という方は、どこまで、どこまで愚劣な言葉を吐けば気が済むんですの?どこまで他者の心を踏みにじれば気が済むんですの・・・・・・・・・・・・!?』 
(ヒルダ・・・・・・・・?) 
 
 もはや幸村には彼女の血を吐くような叫びの意味など、全く分からない。 
 この女以上に他者を踏みにじっている者がいるだろうか? 
 その女が、何故、そんな台詞を吐く? 
 それも、よりによって、当の被害者である、この自分に向かって。 
 
『ユキ、貴方が私に許しを乞う絶対的な方法は、たった一つだけです』 
(方法があるのか?) 
『自殺なさい』 
 
(・・・・・・・・・・・・・・・・ヒルダ) 
 
『さもなければ、貴方は一生、未来永劫、私のものです。例え、どこに逃げても探し出します。私はもう貴方を許す気は完全にないのですから』 
 
(・・・・・・・・・・・・・・・・) 
 
『では、私の言いつけは以上です。もし命令に逆らってクンニ起こしをしなかっても、それはそれでお仕置きです。分かっているはずですよね。貴方はもう私に隠し事を出来ない身体なんだって事は?』 
(・・・・・・・・・・・・・・はい) 
『では行きなさい。朝食を楽しみにしていますわ』 
 
 そう言うと、ヒルダは一方的に念話をうちきった。 
 後には、半ば呆然となった幸村だけが残されていた。 
 
 
 
五 
 
――――――ばぁぁぁん!! 
 
 思わず、その場にいた全員が彼女を振り向いた。 
 何が起こったのか分からない者たちが大半だった。 
 あの、常に冷静で、温和で、誰に対しても礼儀を忘れた事のないヒルダが。 
 
 腰まで届く美しい銀髪。 
 見事なまでの八頭身のボディ。 
 スレンダーなラインに似合わぬ豊満なバスト。 
 銀縁眼鏡の奥で、常に柔和な笑みを絶やさない理知的な眼は、単に顔の造型が整っているだけの美人とは異なり、傍にいる者を安心させるサムシングを纏っており、それが彼女の魅力を十倍にも二十倍にも高めていた。 
 
―――――――その、ヒルダ=レウ=ファラオが。 
 
 文字通り悪鬼のような形相で、厨房の鋼鉄製の扉を、拳も砕けよとばかりに撃ちつけたのだ。 
 
(・・・・・・・・・・・・・殺してやる。) 
 
「あ、あの・・・・・・・・・ヒルダさん?」 
 
(絶対に・・・・・・・・・絶対に許さない・・・・・・・・・あいつ・・・・・・・・・あいつ・・・・・・!!) 
 
「ヒルダさん!」 
「はっ、はい!」 
 
 その瞬間、ヒルダは我に返った。 
 そして、自分を取り巻く周囲の目線の意味を瞬時に読みとると、たちまち、首筋まで赤面していくのが分かった。 
 
「あっ、あらやだっ、私ったら・・・・・・取り乱しちゃって・・・・・・その、申し訳ありません!」 
「いや、その・・・・・・ちょっと待って下さいよヒルダさん」 
 
 うろたえながら、ぺこりと頭を下げる彼女に、厨房の者たちも逆に落ち着きを失い、頭を上げるように訴える。 
 
「あっ、そっ、それじゃあ、メニューはさっき決めた段取りでお出しして下さい。よろしいですか?」 
「ええ。――――大丈夫っすか?」 
「あの、その、ゆうべ、少し眠れなかったものですから。――――マイラ、ここから先は、あなたにお任せしてよろしいですか?」 
「はい。お任せ下さい。お疲れなんでしょう?ヒルダさんはもう休んで下さい」 
「有難うございます。それでは、申し訳ありませんが、皆様の御好意に甘えさせて頂きます」 
 
 そう言うと、ヒルダは、肩を落として扉の向こうに姿を消した。 
 
「・・・・・・・・・すごいな。あんなヒルダ女史、初めて見るぜ」 
「無理もないですよ。あれだけ、この家のために骨身を惜しまず働いていれば」 
「そうですよ。今日だって、ほとんど眠らずお城で伯爵様のお世話をして、城から帰って休む事無く、伯爵様を迎える準備でしょう?普通だったら身体がもちませんよ」 
「普通じゃないからヒルダさんなんだよ」 
「そりゃそうだ」 
「皆さん!手が止まってますわよ!」 
 
 ヒルダから後事を託されたマイラ緩んだ雰囲気に活を入れる。 
 
「あと、メイドが一人でもいる場所で、ヒルダさんの悪口は言わない方がいいですよ。ヒルダさんは、私たちは全員にとってのカリスマなんですからっ!」 
 
 そんな声が飛び交う厨房とは対照的に、メイド長としての私室に向かうヒルダの眼には、この家の者が誰も見た事がない、涙が光っていた。 
 
 何故、彼は理解できないのだろう? 
 自分の愛を。 
 何故、彼は眼を向けてくれないのだろう? 
 この私を。 
 
 幸村の事を考えるだけで、全身がかぁっと熱くなる。 
 体温が一気に二・三度上がったような気さえする。 
 
 ヒルダは今でも覚えている。 
 彼が、この屋敷へ連行されてきた時の、あの衝撃。まさしく心臓が潰れるかと思うほどの驚愕。 
 六年ぶりに再会した、その「ヒト」は、初対面の時の幼さが抜け、すっかり大人びた容貌をしていた。 
 
 彼女は自分を覚えているかと問うた。 
 彼は、最初こそ思い出せないようだったが、やがて思い出してくれた。 
 
 ヒルダはハイスクール(当然女子高)からメイドの高等養成所、さらにこの、プライマリー伯爵家一筋に仕えてきた。 
 つまり、彼女にとって幸村との記憶は、ほぼ唯一に近い‘男性’とのプライベートな思い出であり、その後の屋敷での生活に於いても彼は、やはり唯一に近い‘男性’としての、よき理解者、相談相手となっていったのだ。 
 
 そのうち、彼女は気付くようになった。 
 自分の人生にとって、この男・三上幸村は、もはや必要欠くべからざる存在である事に。 
 そして、それ以上に彼女は絶望せざるを得なかった。 
 この男・三上幸村は、当家の令嬢であるクララに仕える「ヒト召使い」という名の性奴であるという現実に。 
 
 許せなかった。 
 認められなかった。 
 いま、この瞬間でさえも、彼はクララの尻を舐めさせられ、嘲われているのかも知れないのだから。 
 
 だから彼女は心を決めた。 
 あの男を奪う、と。 
 
 この国に於いて、ヒト召使いの姦通は死罪である。 
 
 従って、もし仮に、彼女が幸村と関係を結ぶ事が出来たとしても、彼の口からその事実が主家に洩れる心配はない。 
 しかし、幸村の方から自分にアプローチが来るとも思ってはいなかった。 
 彼の真意はともあれ、幸村がそんな迂闊なマネをするはずがなかった。 
 つまり、二人が結ばれる為には、何らかの手段を講じる必要があった。 
 
 そこでヒルダが考えたのが、性感魔法の習得だった。 
 
 自分の感度を上昇させる術。 
 相手の感度を上昇させる術。 
 互いに性感を共有し、遠隔地であっても自在に性交できる術。 
 相手の心を読み取り、責めて欲しいポイント、テクニック、タイミングを未然に知る術。 
 
 最初は無理やりでもいい。 
 だが、彼もすぐに分かってくれるはずだった。 
 六年前から彼女が抱く想いの深さに。 
 飼い主から五歳年長の、彼女の肉体の魅力に。 
 
 そこに、性感魔法の技術が伴えば、まさしく鬼に金棒。クララ如きに負ける要素は一分もない。ヒルダはそう信じて疑わなかった。 
 彼女は寸暇を惜しんで働き、その更に寸暇を利用して魔法を勉強した。 
 
(今、この瞬間もユキは、クララの尻を舐めさせられている。) 
 
 そう思うと、肉体的な疲労など気にもならなかった。 
 
 そして、一年の独学の末、彼女は想いを遂げた。 
 身に付けた魔法技術を存分に振るい、クララ相手では決して味わえなかったはずの快感を、それこそ骨の髄まで叩き込んだはずだった。 
 しかし誤算が――――それこそ致命的な誤算があった。 
 
 幸村が、それでもなお、ヒルダを振り向こうとは決してしなかったのだ。
 
 
 
六 
 
――――――あるいは初恋だった、のかもしれない。 
 
 ハイスクールでメイドとしての専門過程を選択した年、彼女が初めて見た「ヒト」。 
 それが彼、三上幸村だった。 
 
 ハイスクールでの初めての夏休み、帰郷中の出来事だった。 
 彼女の実家はかなりの田舎で、一番近い鉄道の駅からでも歩いて二日はかかる。 
 しかも、街道途中で大雨に降られ、駅馬車も全く通りかからず、やむなく雨宿りに彼女が飛び込んだ水車小屋にいた先客が、幸村だったのだ。 
 
 ヒルダは初めて目の当たりにする「ヒト」の少年に好奇心と興味を抱いたが、彼から向けられた目線には恐怖と敵意と警戒心しか込められてはいなかった。 
 もっとも、数日前に“落ちて”来たばかりで、その日の内から、奴隷商人に追い回されていた彼からすれば、無理もない話だった。 
 
 雨は、その後三日間降りつづけた。 
 初めのうちは、鋭い眼差ししか投げ寄越さなかった少年も、やがては打ち解け、口もほぐれ、そして、二人は退屈を忘れた。 
 
 彼は自分の世界の様々な話を彼女に聞かせた。 
 
 世界の事。 
 社会の事。 
 経済の事。 
 文化の事。 
 技術の事。 
 戦争の事。 
 政治の事。 
 
 そして彼女も、うわさに聞く「ヒト」の世界の話を、彼が語る以上に聞きたがった。 
 
 宗教の事。 
 犯罪の事。 
 環境の事。 
 地球の事。 
 宇宙の事。 
 
 彼は、少年っぽい外見とは裏腹に頭が良く、広範囲のテーマを、全く予備知識のない彼女にも理解できるように、巧みな説明と、多少オーバーな表現で聞かせていった。 
 そして、彼女は当然、それ以上に彼の話を聞きたがった。 
 
 学校の事。 
 両親の事。 
 兄弟の事。 
 自分の事。 
 友達の事。 
 趣味の事―――――――。 
 
 やがて、彼女は、自分自身がとてつもなく残酷な事をしているのに気が付いた。 
 彼の話を聞いた分だけ、ヒルダもやがてはこの世界の話をせねばならない。 
 
 しかし、少年が胸を張って語る己の世界に比べて、この世界の、何という残忍な事か。 
 ただ、腕力、生命力に欠けるというだけで、この世界に棲む「ヒト」たちは奴隷としての生活に甘んじなければならない。 
 
 それもただの奴隷ではない。 
 農奴でも、労奴でも、剣奴でも、戦奴ですらない。 
 
 他者に尻を振り、身体を捧げ、ペットとして愛玩してもらう事で初めて生存権を得る事の出来る性奴。 
 
――――――すなわち「ヒト召使い」。 
 
 彼は泣いた。 
 
 最初は、余りの事に信じられない、有り得るわけがないという表情を崩さなかったが、やがて、呆然とし始め、脚が震え、肩が震え、そしてついに、泣き出した。 
 
 無理もなかった。 
 彼の話によると、(その当時の)彼はまだ、たったの十四歳であったという。 
 その彼が語る、まさにユートピアそのものというべき「ヒト」世界から‘落ちて’きた先が、よりによってこんな世界であるとは。 
 
 しかし、ヒルダは彼を慰める言葉を持たなかった。 
 
 この国の話をしていた時、彼女は、少年が語った彼の世界と比較して、今まで何の疑いもなく生きてきたこの世界が、社会的にいかに野蛮で、未開で、理不尽と非合理に満ちたものであるか、寒気がするほど実感せざるを得なかったからだ。  
 
 そして彼は、四日目の朝、ヒルダが眼を覚ました時に姿を消していた。 
 
 彼女は泣いた。 
 ひたすら少年が哀れで仕方がなかった。 
 泣いて泣いて、泣き疲れたとき、雨が上がっている事に気が付いた。 
 そして、家路を歩みながらヒルダは確信していた。 
 
 もはや二度と、あの少年と会う機会はないだろう、という事を。 
 
 そして、その六年後、二人は再会し、そのさらに一年後、当時の少年は今や、彼女の手中に落ちた。そのはずであった。 
 
 
 
七 
 
「お嬢さまっ!」 
 
 クララの部屋に飛び込んだ幸村は、そのまま彼女のベッドに上がりこんだ。 
 
(やるしかない。あいつの言う通り、クンニ起こしでこの場をクリアーするしかねえ!) 
 
 ヒルダの眼は誤魔化せない。 
 幸村は、もう充分すぎるほど知っていた。 
 ヒルダは、その気になればいつでも好きな時に彼の肉体をモニタリングすることが出来る。 
 
 いや、肉体だけではない。 
 何を思っているのか。 
 何を感じているのか。 
 そんなレベルまで彼の心身を監視できるはずだ。 
 何故ならば、幸村の身体には、『初めて』の晩にヒルダから、古代魔法文字の‘呪紋’を焼き付けられてしまっていたからだ。 
 
「・・・・・・・・・・・うう~~~~ん」 
 
 クララが寝返りをうつ。 
 
 その乱れた寝相が、普段は漆黒の長髪で隠されて見えない彼女の横顔をハッキリとあらわにする。 
 そこには、「人間」なら当然あるべきものが無かった。 
 
 耳。―――――その器官は髪と同じ色をした体毛に包まれて、頭頂部からにょっきりと生えている。 
 
 時間が無いのは分かっている。 
 しかし、やはり幸村は、胸を抉られるような切ない気分に、動きが止まってしまう。 
 
 ここは「ヒト」の世ではない。 
 猫、犬、猿、蛇・・・・・・・・・かつて人類が「畜生」と呼び、「獣(けだもの)」と蔑んだものたちの世。 
 動物たちが二本足で闊歩し、人類は尻尾の代わりにペニスを振り、その動物たちにペットとして飼われる事で、かろうじて命脈をつなぐ世界。 
 
(だめだ、やめろ、考えるな!) 
 
 気が狂いそうになるのを必死に堪え、幸村は猛然とベッドの羽毛布団に潜り込み、極力乱暴にクララの下着をズリ下げた。 
 ベッドの中は当然真っ暗だ。 
 
 だが、一年にわたって彼女に仕えて来た幸村には、股間の位置さえ見当がつけば、後は、アナルもクリトリスも大陰唇も小陰唇も尿道も、掌を差すようにポイントはわかる。 
 彼は、闇の中でクリトリスに飛びつくと、唇を使って包皮をめくり、優しく歯を立て、舌を這わせる。 
 
「んあっ!・・・・・・・・・んんんん・・・・・・・」 
 
 突然の刺激に、意識は無くとも肉体は敏感に反応するのだろう。 
 さらに寝返りを繰り返して幸村の口撃から逃れようとするクララ。 
 
 だが、当然幸村には逃がす気など毛頭ない。 
 両の足首を掴み、無理やり広げ、舌をさらにクリトリスから膣孔そのものに進める。 
 鼻の穴に勃起したクリトリスを埋め込み、そのまま首を使って振動を与え、さらに舌を膣孔奥に進める。 
 鼻の奥がズキンと痛くなる。 
 粘液が直接鼻孔の奥に入って、咳き込みそうになるのを、懸命にこらえる。 
 
「はあっ・・・・・・・・・ぁぁぁぁ・・・・・・・・・くはっ・・・・・・!」 
 
 お嬢様の息がだんだん荒くなってくる。 
 愛液の分泌も秒単位で量が増してくる。 
 
「―――――あああっ・・・・・・・はぁああああ!!!」 
 
 声もだんだん大きくなってゆく。 
 寝返りのジタバタも加速度的に激しくなる。 
 
「あああああああああ!!!!」 
 
 ジタバタがやんだ。 
 そう思った瞬間、クララの両手が容赦の無い握力で、幸村の髪を鷲掴みにする。 
 
「っ!?」 
 
 彼が、思わず足首を抑えていた手を放した瞬間、自由になったクララの両脚も、彼の頭部を股間にロックする。 
 
 彼女はもはや、確実に性感に身を任せつつある。 
 にもかかわらず、まだお嬢様は目覚める様子は無い。 
 このままだと窒息の危険性すらある。 
 彼女が覚醒してない以上、イキ切って一度脱力しない限り、クララの両手両脚が幸村を解放する事は無いはずだからだ。 
 
 しかし、幸村はむしろ、そうなった事で意識の雑念が消えた。 
 この理不尽な世界に対する怒りも消えた。 
 自分に『死ね』と言い切ったヒルダに対する恐れも消えた。 
 背中を焼き尽くさんばかりだった、時間に対する焦りも消えた。 
 ただ眼前の(見えないが)女性器に対する、無限の愛しさが残った。 
 己の舌技に無意識に感じてくれた、この主に対する嬉しさだけがあふれ出た。 
 
 彼は笑った。 
 
 そして、乳房に吸い付く乳児のごとく無心に、彼女の愛液を吸い上げた。 
 
「んんんんんんんんん!!!!!!!!!!!!!」 
 
 その瞬間だった。 
 前立腺と尿道に電流のような刺激が走ったのは。 
 
『ほら!ほら!ほら!ほら!!何をしてるんですのっ!?そんなザマで愛しのスリーピングビューティを目覚めさせる事が出来るんですかっ!?そんなへっぴり腰で、王子様が勤まると、本気でおもってるんですかっ!!!』 
 
 普段は絶対に耳にする事が出来ない、ヒルダの金切り声が、念話として鳴り響く。 
 その叫びは、むしろ悲鳴のようですらある。 
 
 股間の刺激がますます強くなる。 
 
―――――――もぞり。 
 
 アナルに、何かモサモサした太いものが侵入してくる感覚。 
(これ、何だっ!?・・・・・・尻尾!?) 
 
『そうよ、そうですわよ。これは私の尻尾ですわ!貴方はこれから犯されるんです!私に前後両方から犯されるんですっ!白雪姫の眼前で、王子様のくせに、女の子みたいに犯されるんですっっ!!!』 
(やめろっ!やめてくれっ!!) 
『やめて下さいでしょっ、何度言ったら覚えるんですかっ!?』 
 
――――――ぬめり。 
 
 その念を受信した途端、幸村の勃起が、何か生暖かいものに包まれ、その柔らかなモノの中で、彼のペニスはまるで雑巾のように絞り上げられる感覚。 
 これは知ってる。何度も何度も味わっている。 
 ヒルダの膣感覚だ。 
 
(やめっ・・・・・・・・・・出るっ・・・・・・・・・出ちゃうよぉっ!!!) 
『そうです!出しなさい!赤ちゃんみたいに白いオシッコおもらしして、ブザマなブザマな姿をお嬢様に見て頂きなさいっ!!』 
(・・・・・・・・・・いやだ・・・・・・・・・・いやだよお・・・・・・・・・・) 
『んふふふふ・・・・・・・いかがですか、自分の御主人様のおまんこ舐めながら、他人にイカされる気分はっ!?御主人様に御奉仕しながら御主人様を裏切る気分はっ!!?』 
 
―――――――裏切る。 
 
 その言葉が、幸村の胸を刃のように抉りまわす。 
 
 彼は、ベッドの暗闇の中で、さっきのクララ以上のもがきっぷりを見せる。 
 
 しかし、クララの四肢は彼の頭部を放さない。 
 暴れるクララの両足首を抑えて、愛撫を続けたさっきまでの彼とは、まるで逆だ。 
 股間に奴隷を押さえつけた意思なき女主人は、幸村の動きに合わせて、あっちにゴロン、こっちにゴロンと、再び寝返りを打ち始め、彼の動きを制御せんとしている。無論、無意識の技だ。 
 
(~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!) 
 
―――――来た! 
 
 幸村はエクスタシーで何も考えられなくなる以上に、瞼の奥が半鐘を鳴らしたようにガンガン鳴っているのを感じた。 
 
 酸欠によるブラックアウト状態。 
 
(・・・・・・・・・だ・・・・・・・・め・・・・・・・・だ・・・・・・・・・!!) 
 
 意識が浮遊感に包まれ、ことん、と眠りにつくような、そんな心地の良さ。 
 
『だめぇぇぇぇえええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!』 
 
 その瞬間、股間からそれ以上の快感の塊が吐き出され、彼の意識を再び引っ張りあげる。 
 
―――――がぶり。 
 
「っっっぁぁぁああああああ!!!!!!!!!!!!」 
 
 その瞬間、鷲掴みにされていた頭が突き飛ばされ、さらに物凄く堅い何かが素晴らしいスピードで、幸村の鼻っ柱を捉えた。 
 
「~~~~~~~~」 
 
 余りの激痛に悲鳴すらあげられず、敷布団ごとベッドから転がり落ちる幸村。 
 
―――――何が起こったのか。 
 
 酸欠によって意識が落ちる快感と、射精による快感。 
 この二種の異なるエクスタシーを同時に浴びせられ、彼は思わず押し付けられたままの女性器に歯を立ててしまったのだ。 
 そのあげく、クララの素晴らしい反射神経は、自身に激痛を与えた‘敵’に瞬時に反撃した。 
 
 つまり彼は御主人様から蹴り飛ばされてしまったのだ。