猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

ウラオモテ異界帳02

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匿名ユーザー

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 獅子国の南、ヘビ国の西、非常に中途半端な位置に島があります。

 この島の名前をエディル島、またの名を蝶の島といいます。

 住んでるのはもちろんチョウです。正確に言えば「ガ(蛾)」も住んでいるのですが、ややこしい事情がありますのでその話は別の機会にしましょう。

 気候は常夏、雨季と乾季があります。三毛作できる温暖さと、放っておけばアフアやマンゴーやパパイヤが生えてくる豊かな土壌のため、よっぽどでなければ飢え死にはしません。

 難点といえば台風が毎年何度も直撃することでしょうか。

 主な産業は観光業と、色鮮やかな織物です。

 私の主人はこの島の王様(傀儡)です。

 

 王宮は、一つの建物というよりも、複数の建物が渡り廊下でつながっている作りになっています。

 後宮の入り口にヤンさんがいました。ヤンさんは獅子の国から来た役人です。ヤンというのは姓で下の名前は別にあるらしいんですが、こっちの人たちには発音が難しかったのでヤンさんで通っています。

 本来後宮の人間が軽々しく外に出るのはよしとされないのですが、私はヒトなので、それほど怒られません。するすると衛士の間をすりぬけます。

「ヤンさん、どうしたんですか」

「王座の間で陛下を謁見するはずだったのだが」

 ヤンさんはワイルドなしっぽをニギニギしながら続けました。なんとなく居心地悪そうです。

「約束の時間を半刻ほどすぎたのでこちらから赴くことにした」

 チョウは時間を守りません。南国時間ってやつですね。 

 

 掃除をしていた侍女を捕まえて陛下を呼んできてもらいました。後宮はけっこう広いので、見つかるまでしばらく時間がかかるでしょう。

 ヤンさんは女性ですので後宮に入れます。開いている一室で待ってもらうことにします。

 出されたお茶を飲みながらヤンさんはひとりごちます。

「ここには慣れましたか?」

「仕事は滞りがない。ただこちらの男女の区別がつけることが難しい。それが悩みといえば悩みだな」

 少数ではありますが、この島にも「普通の男の人」つまり獣人が来ることがあります。あれに慣れていたら、この美男美女の国はたしかに区別がつけづらいかもしれません。

「なれると簡単にわかるものですよ。まず蝶の男は働かない」

「働かない」

 ヤンさんは復唱します。

「男は馬鹿」

「馬鹿」

「そして男はだらしがない」

「さっきから、蝶の男は顔だけだと言っているように聞こえるのだが?」

「実際そのとおりです」

 南国気質だからでしょうか。チョウは怠惰です。それとも、働かなくても食料が手に入っちゃう島であくせく働けという方が酷ですかね。

 女性のほうがしっかりしていて、「女なら男一人養うくらいの甲斐性がなければダメ」と言われるくらいです。普通逆。これで男性優位っていうんだから謎です。

 ヤンさんは文化の違いに毎日悩まされているようです。

 

 そうこうしているうちに侍女に引きずられて陛下が現れました。

 猫国風のシャツにスカートというかなりの軽装でした。今日は衣装係との戦いに勝ったっぽいです。というか彼女らを出し抜いて自分で着替えたのかもしれません。貴人は普通一人で着替えませんからね……。背中には羽が生えてます。モルフォチョウって羽閉じてるとすっげえ地味なのでぱっと見フツーのチョウ男性ですね。(陛下は美形ではあるけどチョウの中では月並み)

 ……あ、ちなみに、蝶は男性もスカートを履きます。西洋的な末広がりのスカートじゃなくて、丈の長い巻きスカートです。ヒト世界だとミャンマーなどの東南アジアにありますね。それが性別迷子っぷりに拍車をかけています。地域によってはズボンのほうが多いところもありますよ。

 陛下は黒い髪をぐしゃぐしゃにしながらヤンさんの前に座りました。

「ヤン……どうした、後宮まで出向いてきて」

「印章をいただきたい書類がたまっております」

「え、それほどじゃないだろ? えーと、20日前には全部ついだだろ」

 出た、南国時間。

「どうせ全部お前が考えているのだから、印をつぐのもお前でいいだろうに」

 ヤンさんには心なしかえらそうなのはよそ者補正なのでしょうか。小者臭が泣けます。

「規則ですから。書類は執務室付きの侍従に預けております」

 ヤンさん、許可も取らずに出てっちゃいました。なめられてますね。(黙って貴人の前から去るのは失礼にあたります)

 

「アリサ、一緒に来い。手伝ってくれ」

「私は後宮つきの奴隷なのですが?」

「一人でもくもくと印章を押すのは心が折れる」

「かまってちゃんですか」

 結局、ついていくしか選択肢ないんですけどね。

 

※※※

 

 執務室は王宮にあります。机と椅子、簡単な棚が置かれただけの物の少ない部屋ですが、壁や床の装飾が目に痛い。南国センスです。

 椅子に座るやいなや陛下は机につっぷしました。

「働きたくない」

「働いてください」

 陛下は起き上がり、練り朱肉をとって書類に向かって印を押していきます。ものすごくいやそう。

「もう成虫なんだからしっかりしてくださいよ」

「幼虫のころに戻りたい……」

「はいはいわろすわろす」

 ネコの国の女王はチートだと聞くのに、なんでこんなにうちの王様はダメダメなんですかね? 国としての格の差ですか? 傀儡王にチートなんておこがましいからですか?

 陛下はふと手を止めて、書類の山から一枚引き抜きました。私のほうに見えるように傾きを調整します。

 私も共通文字は読めますが、堅苦しい言葉で書いてあり、読みづらいです。

 たぶん、この間の台風のことかな。

 というか、見ずに押してたわけじゃなくてちゃんと読んでたんですね。気づきませんでした。

「南西地域の台風の見舞金、獅子がいくらか負担してくれるそうだ」

「……額が大きすぎないですか?」

 そこに書いてある数字を見て眉をひそめてしまう私。

「観光特区にネコの資本が流入してるからな、自分たちも金をばらまいておこうと思ったんだろう」

「それは悪いことなのですか?」

「もちろん、ネコと関係を持つことによって医療技術が進展し、乳幼児の死亡率が減るなどいいこともある。だが獅子にとっては面白くないだろうよ。うかうかしていると経済的にこの島をのっとられかねない」

「陛下は、獅子がお嫌いなんでしょうか?」

 陛下は印を押しました。それが答えでした。

「別にどちらの味方でもないさ。この島を支配するのはどんな種族だっていい。より良い為政者がいればそっちにつく。チョウはそういう種族だ」

 ナショナリズムとか民族自決とか捨ててるんですね……。ある意味潔いですが。

 ずっと見てるとだんだん手の動きが遅くなっていきます。

「陛下……もっと早く印をついだらどうですか」

 書類のあとのほうになるほど、青い目が光を失っていきます。

「あー。働きたくない」

「民に聞かれたらことですよ」

「わかってる。お前と二人のときだけだよ」

 そういう自尊心をくすぐる発言はやめていただきたい。

 

 こんな主人でもわりと気に入ってるあたり、私もチョウに毒されているんでしょうか。

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