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  • 劉備(玄徳) りゅうび(げんとく)
黄巾の乱によって世が乱れる中、関羽、張飛と桃園の誓い(義兄弟(長兄・劉備、次兄・関羽、弟・張飛)となる誓いを結び、生死を共にする宣言を行ったという逸話)を結び、義勇兵を起こす。その後、漢中王を称して曹操と孫権に対抗し蜀漢を建国した人物。

  • 関羽(雲長) かんう(うんちょう)
劉備が曹操を裏切って敗れ曹操の捕虜となったのだが曹操は関羽を偏将軍に任命し、非常に手厚く礼遇した。官渡の戦いでは馬に乗って突撃し大軍の真っ只中で敵将の顔良を刺し殺し、顔良の首を持ち帰った。その功績を立てた関羽に曹操は重い恩賞を与えた。関羽はこれらの賜り物に封印をして、曹操に手紙を捧げて別れを告げ、劉備の下へ去った。曹操はその義に感嘆し、関羽を追いかけようとする部下に対して、彼を追ってはならないと言い聞かせた。そろばんを発明したという伝説もあることから智謀にも長ける人物だったと思われる

  • 張飛(益徳or翼徳) ちょうひ(えきとくorよくとく)
曹操を恐れた劉備が妻子も棄てて、わずか数十騎をしたがえて逃げ出すという有様の中、張飛は殿軍を任され、当陽の長坂において敵軍を迎えた。張飛が、川と二十騎の部下とを背にして橋を切り落とし、「我こそは張飛。いざ、ここにどちらが死するかを決しよう」と大声でよばわると、曹操軍の数千の軍兵はあえて先に進もうとはせず、このために劉備は無事に落ち延びることが出来た。部下に対して厳しくあたり常々部下から不評不満など上がっていた、劉備から注意を受けていたのだが本人は改心することは無く、それが原因ともいえる最後を迎える事になる。
(落語『野ざらし』より)ある男が、野ざらしになっていた骸骨を見つけ、気の毒に思って供養をしてやった。その晩、男の家の戸を叩く者があり、「誰だ」と聞くと「妃(フェイ)です」と答える。さらに訪ねたところ、「私は楊貴妃です。馬嵬で殺されてから葬られることもなく野ざらしになっていたのを、あなたが供養して下さいました。お礼に夜伽をさせて下さい」と答え、その晩、男と夜を共にした。これを聞いて羨んだ隣の男が、野原を探し回ってやはり野ざらしになった骸骨を見つけ、供養したところその晩やはり戸を叩く者があった。「誰だ」と聞くと「飛(フェイ)だ」と答える。「楊貴妃かい」と訊くと「俺は張飛だ」という答え。仰天して「張将軍には何ゆえのお来しで」と訪ねると、張飛曰く「拙者、漢中で殺されてから葬られることもなく野ざらしになっておったのを、貴殿に供養していただいた。お礼に夜伽をさせていただきたい」と言い、男は仰天した。

  • 諸葛亮(孔明) しょかつりょう(こうめい)
蜀漢の建国者である劉備の創業を助け、その子の劉禅の丞相としてよく補佐した。伏龍、臥龍とも呼ばれる。人材を求める劉備は徐庶に諸葛亮を連れてきてくれるように頼んだが、徐庶は「諸葛亮は私が呼んだくらいで来るような人物ではない」と言ったため、劉備は3度諸葛亮の家に足を運び、やっと幕下に迎えることができた。これが有名な「三顧の礼」である。諸葛亮は劉備に対していわゆる「天下三分の計」を披露し、曹操・孫権と当たることを避けてまず荊州・益州を領有し、その後に天下を争うべきだと勧めた。これを聞いた劉備は諸葛亮の見識に惚れ込み、諸葛亮は劉備に仕えることを承諾した。劉備に「君の才能は魏の曹丕に十倍する。」と言わせることもあり知略などに優れた人物、尚、三国志のきっかけを作った人物でもある。

  • 馬超(孟起) ばちょう(もうき)
若い頃から勇名をうたわれており部下の龐徳とともに、一万の兵を率いて平康の郭援と高幹を討伐した。その際、足に矢を受け負傷したが、その足を袋に包んで尚戦い続けたという。馬超は劉備からの待遇が厚いのをいいことに常々劉備の字を呼び捨てにしたため(目上には官職名で呼ぶのが礼儀)、関羽と張飛が怒り馬超を殺そうとしたという話がある。

  • 趙雲(子龍) ちょううん(しりゅう)
非常に勇猛かつ義に篤い、武芸の達人、桂陽攻略時に降伏してきた太守の趙範が自らの兄嫁(未亡人)を嫁がせようとしたが、趙雲は「趙範は追い詰められて降ったに過ぎず、内実は判った物では有りませんし、天下に女は少なくありません」と述べて、これを固辞した。劉備が入蜀の際に趙雲を留営司馬に任じ、奥向きのことを取り締まらせたことなどからも、趙雲が厳格な性格であったことがわかる。

  • 黄忠(漢升) こうちゅう(かんしょう)
夏侯淵と定軍山において対峙しこれと戦った。法正の指示を受けた黄忠は率先し軍を率いて、背後から夏侯淵に襲いかかり、これを討ち取って大勝利を収めた。勇猛果敢な黄忠の伝説から、老いてますます盛んな人の事を老黄忠と呼ぶようになった。また弓の名手としても伝えられている。

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