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曹操(孟徳) そうそう(もうとく)
太祖武帝と追号される人物。夏侯淵、夏侯惇とは義兄弟である。悪役のイメージが定着してるのですが記述によってそれはさまざまである。詩人・文人としても大きな足跡を残していることや、「戦時であるから喪に服す期間は短くし、墓に金銀を入れてはならず」との遺言を残す辺りなど一概には悪役には思えない人物である。

  • 夏侯惇(元譲) かこうとん(げんじょう)
曹操が誰よりも信頼していた武将。呂布討伐に従軍した際に左眼に流れ矢が当たる怪我を負い盲夏侯とあだ名された隻眼の将軍

  • 夏侯淵(妙才) かこうえん(みょうさい)
夏侯惇の弟であり弓術に長けた猛将。定軍山の戦いにおいて劉備軍の黄忠によって討ち取られた。

  • 司馬懿(仲達) しばい(ちゅうたつ)
軍略の献策など知略に優れる名将。孫権勢力を巻き込んで関羽を倒す事を献策し、見事に成功を収めた。

  • 徐晃(公明) じょこう(こうめい)
関羽を一騎打ちで退けるなど魏屈指の勇将。武功を挙げても奢る素振りは見せず、部下には親身に接したために人望が厚かったと伝えられる。

  • 許褚(仲康) きょちょ(ちゅうえい)
容貌は雄々しく毅然として、武勇は人なみはずれていた。力が虎のようで、ただ痴(頭の回転が鈍い)であったので、「虎痴」と呼ばれていた。そこへ天下の称賛を浴びることになったため、虎痴が彼の本当の名前だと思われるようになったという。

  • 張遼(文遠) ちょうりょう(ぶんえん)
元は呂布の家臣であったが呂布が曹操に敗れた際に曹操に仕えるようなった。孫権が病身の張遼を相手にする際も「張遼、病むと雖も当るべからず。これを慎め」と言い、その猛将ぶりを部下に戒めている。魏将の中でも極めて人気が高い武将の一人である。

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