紅「なにかしら。急に呼び出したりして?」
私は、そういいながらジュンの家の玄関に入る。
ジ「やっとドレスが完成してな。
  お前に一番に見せたくて」
紅「あら、ようやく下僕らしくなってきたわね。
  その調子でこれからも主人のことを一番に考えなさい」
ジ「たくっ、いつからお前の下僕になったんだよ。だいたい……」
階段を昇りながら、ジュンは、ブツブツ独り言をつぶやく。
ジュンは彼の部屋のドアノブに手をかけて、立ち止まる。
ジ「本当に傑作なんだからな。
  すごい苦労したんだからな。
  まず素材の――」
紅「苦労話はどうでもいいから見せて頂戴」
長くなりそうなので、私は口を挟んだ。
彼はもったいぶって言う。
ジ「なぁ、もうちょっとタメを作ってもいいじゃないか?
  このドレスを作る時の苦労とか語らせてくれよ?」
紅「ドレスの出来次第ではあとで聞いてあげるから。
  もったいぶらずにさっさと見せなさい」
ジ「ちぇ、はいはい」
そういいながら、ジュンはドアを開ける。
そこにあったのは美しく、そしてどこか優しい感じがする紅のドレス。
紅に、様々な赤が複雑に絡み合っている。
赤は、それぞれ微妙に彩度や明度、透明度が異なっていて、
それは一層紅を引き立てている。
なんとなく懐かしい、と感じる。
どこかで見たことがあるのだろうか?
ジュンのオリジナルといっていたからそれはないか。

ジ「名前は、“紅い雨”」
彼は自信満々の声でそういったが、私は眉をひそめた。
紅「ちょっと、ジュン。あなたセンスないのではなくて?」
ジ「な、なんでだよ?いきなり」
紅「“紅い雨”なんて、惨劇みたいな名前なんて、
  ちょっとおかしいわよ?」
ジ「な、なんだよ。お前覚えてないのか?」
紅「覚えてない?……何を?」
いきなり覚えてないのかといわれても困る。
私は何を問われているのだかわからない。
彼は苛立ったように言った。 
ジ「いいよ、もう。
  お前にドレスあげようと思ってたけど、お前にはもったいない。」
紅「あら、そんな不吉そうな名前のドレスこっちから願い下げだわ。」
ジ「お前なんかにわかってたまるか!
  ああ、そうだ、雛苺に上げよう。
  そうと決まれば、胸のサイズも変更しておかなきゃな。
  お前と違って、まな板じゃないし!」
私は気付いたら、ジュンを思いっきり殴って家の外に出ていた。

雛苺は、彼の通う専門学校の絵画コースに所属する女の子だ。
子どもっぽい思考とは裏腹に、非常に……その……グラマーなのだ。
正直なところ……うらやましいほどだ。
ジュンとは、道は違うけれども、同じ芸術家ということで、
お互い芸術に関することを相談していると、彼は言っていた。
銀「あらぁ、真紅ぅ。どうしたの?浮かない顔して?」
幼馴染の水銀燈が声をかけてきた。
私は、さっきのことを話した。
すると、彼女は、意外そうな顔で言った。
銀「あらぁ……赤い雨、覚えてないの?
  うそでしょう、あなたが在ると証明したじゃなぁい?」
紅「私が?ちょっと待ちなさい。私は、血みどろの争いなどしたことがないわ」
銀「……ほんとに、忘れているのねぇ。ジュン、かわいそうぉ」
水銀燈は、かわいそうという割には少し笑ってる。
紅「あなたは赤い雨を知ってるのね。教えなさい」
銀「やぁよ。仲直りしたいのなら、
  真紅自身で、もう一度証明しなおすことねぇ。
  幸いに、すぐ見れるかもねぇ?
  天気予報では、夕立があるそうだしぃ」
紅「私は、別に仲直りなんて……」

銀「素直じゃないわねぇ。
  真紅がいらないのなら、ジュンは水銀燈にちょうだぁい?」
水銀燈は、怪しく微笑んだ。
私は、水銀燈の質問には答えず、質問を返す。
紅「……本当に、赤色の雨は降るの?」
銀「だから、あなたが過去に証明したわよ。
  雨の中、色々探してみることね。
  じゃあねぇ、真紅」
そういって彼女は立ち去った。
私が、赤い雨の存在を証明した?
すくなくとも、私の記憶には存在していない。
彼女が言うとおり、本当に忘れてしまったのだろうか?
はたまた、彼女に担がれているだけなのだろうか。
いや、彼女は人をからかうのが大好きだけれども、
こんな嘘をつく人でもない。
探してみようかしら。赤い雨。
そうと決まれば、傘を取ってこなきゃ。

ジ「イテテ……まだ痛むよ。ったく、本気で殴りやがって」
しかし、アイツが忘れてるなんて……。
真紅にとってどうでもいい日常の一コマだったのか?あの時のことは。
真紅のために作った、ドレス“紅い雨”。
本当に、綺麗に作れたのに……。
どこが気に入らなかったんだよ。アイツは。
雛苺に聞いてみようか。
僕は雛苺に電話をかける。
雛「もしもしなのー」
ジ「もしもし。雛苺か。ジュンだけど」
雛「ジュン。あのドレス完成したの?
  どうだったの?真紅気に入ってくれたの?」
ジ「それがさ、気に入ってくれなくて……。
  本当に、すごいいい出来のはずなんだけどな」
僕は、視線をドレスに移す。
うん。どうみても傑作だ。作者の色眼鏡は入ってないよな。
雛「真紅、帰っちゃったの?」
ジ「ああ、ちょっと喧嘩しちゃって……。
  本気で殴られた。まだ痛む」
雛「ジュン、余計なこと言ったりしなかったのー?」
ジ「なんだよ?余計なことって?」
雛「真紅を怒らせるようなことなの」
ジ「う……言った」
雛「真紅、赤い雨覚えてたの?」
ジ「……いや、覚えてなかった」
あの時はカッとなったけど、今そのことを思うと悲しくなる。
僕にとっては大切な記憶だったのに……。

雛「ジュン、ちゃんと聞いてね。
  作品を作る人は、思いを込めて作品を作るの。
  見る人は、作品からその思いを読み取るの」
ジ「……でも、僕のドレスの思いは読み取ってもらえなかった。」
雛「ヒナもジュンもまだまだヘタなの。
  だから、わかってもらえないの。
  だけど、真紅に思いを伝える方法は、
  なにも作品を見てもらうことだけじゃないの」
ジ「言葉で直接……か?」
雛「そうなの。大切な思いはちゃんと伝えないといけないの!」
ジ「でも、真紅は――」
真紅は、僕にとっては大切な記憶を忘れた。
それが、仕方のないことなのは、分かる。
けれども僕は、それでも悲しい。
彼女がそんなこと思っていないのも知ってるのだけれど、
記憶のないということは、僕に興味のないといってるように聞こえる。
雛「ジュン、あのね、記憶も、かすれることがあるの。
  けれども、大切な記憶はきっと思い出すの。
  ジュン、赤い雨の証拠持ってるの?」
ジ「あぁ、持ってる」
真紅がくれた大事なものだ。ちゃんと保管している。
雛「真紅に見せるの!きっとそれをみたらドレスも気に入ってくれるの!」
ジ「……思い出すかな?」
雛「ジュンもあの時証拠見て思い出したの!真紅もきっと思い出すの!」
ジ「そっか。そうだよな。雛苺、ありがとう」
雛「さ、真紅のところに行ってくるの。
  ヒナがお手伝いしたドレス、ちゃんと着せてくるの!」
ジ「あぁ、行ってくる」

赤い雨を探すといっても、直接的な手がかりはなにもない。
水銀燈との会話から分かってるのは、雨が降っている時と、
過去に経験しているということぐらいだ。
とりあえず、小学校のほうに行こうか。
昔の記憶が甦るかもしれない。
久々に小学校に向かう。
懐かしいな。よくあそこの中庭で、ジュン達と集まって遊んだっけ。
色々な、懐かしいことを思い出すけれど、
肝心の赤い雨については、さっぱり思い出さない。
ジュンが怒ったのも、その記憶が大事なものだったからだろう。
私は、そんな記憶を忘れてしまったのかと思うと、少し悲しくなる。
そうこうしているうちに雨が降ってきた。
雨の眺めてると、小さいころ、雨の中を必死に走り回ってる記憶が戻ってきた。
必死で続きを思い出す。そう、向かったのは小学校の裏山。

真紅を探すといっても、どこにいるかさっぱりわからない。
ケータイにかけても、電源を切ってるし、
家を訪ねても、傘を持って出かけたというし。
ふいにケータイがなる。
ジ「真紅?」
銀「あら、残念。水銀燈よぉ」
ジ「水銀燈か。ゴメン。今忙しいんだ。
  あとでかけ直す。」
と、電話を切ろうとすると、意外な言葉が聞こえた。
銀「真紅の居場所、知ってるわよ」
ジ「本当か?教えてくれ」
銀「今ごろ、小学校の裏山に向かってるはずよぉ。
  運がよければ、赤い雨、見れるかもね」
ジ「ありがとう、水銀燈」
銀「がんばってきなさい。じゃあねぇ」

私は、裏山の展望台についた。
けれども、赤い雨については何も分からない。
あの記憶は、違う記憶だったの?
急に不安になる。
空を見上げると、雲間に空が見える。
夕立が止みそうだ。
結局私は、赤い雨を見つけることができなかった。
ジュンは、許してくれるだろうか?
彼にとって大切な思い出を忘れた私を。
そんなことを考えてると
ふいに、赤い光が差した。そちらを見ると、
紅を中心として、さまざまな赤が折り重なった、幻想的な展望があった。
そう、夕日に照らされて、雨が赤色に染まる。
雨の赤は、夕日の紅を一層引き立てる。
凛とした光、けれども、どこか優しい光。
そうか、これが赤い雨。

僕は、裏山を駆け上る。
普段、運動をしていないので、かなりキツい。
心臓が痛い。足が折れそう。
けれど、真紅に早く会いたい。
展望台に付き、あたりを見回すと真紅がいた。
僕の荒い呼吸に気付いたのか、真紅がコッチにくる。
紅「ジュン」
ジ「真紅……思い出したか?」
紅「あなたは、まず、呼吸を整えなさい。」
僕と真紅は黙って、赤い雨を眺める。
紅「ジュン、さっきは悪かったわね。
  赤い雨が惨劇みたいとかいったりして」
ジ「いや、別にかまわない。
  知らない人が聞けば、そうだろうし。
  僕も悪かったよ。
  覚えてないってだけでカッとなって。」
少しの間、雨音だけが流れる。
紅「ねぇ、ジュン。
  赤い雨自身は思い出したのだけれども、
  私が赤い雨を証明したこと思い出せてないのよ。
  教えてくれるかしら。」
赤い雨で思い出してくれないのは、少し悲しいけれども、仕方がない。

ジ「小学校のころ、僕が図工の時間になんとなく覚えてた赤い雨を書いてさ、
  それで先生に、雨が赤いわけないだろ、真面目にやれって怒られて、
  真紅が、赤い雨の証拠写真、撮ってきたって話。」
紅「ああ、そういえばあったわね。
  思い出してきたわ。」
ジ「僕は、感謝してるんだぞ?
  誰も信じてくれなかったけど、真紅だけは信じてくれたから。」
紅「そう。」
彼女は、少し頬を赤らめた。
僕は一番聞きたかったことを聞いてみた。
ジ「真紅は、あのドレスもらってくれるか?」
紅「私に似合うかしら?」
ジ「お前のために作ったドレスだから、きっとよく似合うよ。」
紅「じゃあ、あなたの家にいきましょうか」
そういいながら、傘を閉じて、こっちへくる。
ジ「なんだよ?」
紅「傘を差すのに、疲れてしまったのだわ。
  下僕として、主人のために、傘をさしなさい」
ジ「はいはい」
僕は真紅と、一緒に僕の家へ向かった。
ドレス“紅い雨”は、真紅にとてもよく似合っていた。
ジ「よく似合ってるぞ」
僕が声をかけると、将来、結婚式で使うことになる“紅い雨”を
着た真紅は幸せそうに微笑んだ。

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最終更新:2006年11月29日 18:52