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私は外を眺めていた。もう陽は落ち、月が昇っていた。

「おや、もう夜か」

私は押入れから布団を取り出し、寝る準備を整えた。
今は冬だから毎日風呂に入らなくてもいい、そう考えたからだ。
机の上の水差しをコップに注ぐ。
少し口に含み、飲む。
温くなった水は程よく私の喉に染み込んでいった。

――――さぁもう寝よう。
最近は特に眠りの時間が少なくなってきた。
私も歳を取ったものだ……苦笑しながら部屋の電気を消し、布団の中に入った。
眠りにつく前はいつも思い出す。
この歳になっても、まだ忘れずにいる最愛のあの人のことを……。


彼女は若くして死んだ。私の目の前で。
突然の交通事故、それが彼女の最期だった。
外見は殆ど傷は無かった。
ただ、辺りどころが悪かった―――彼女を見た医者はそう言った。

私は―――ふざけるな、ふざけるな!あの子は死んでなんかいない……あんなに綺麗じゃないか!!
怒りに身体を支配され、医者に掴みかかった。
しかし速やかに周りの人間に抑えられ、何かを打たれた。
すぐに私の意識は世界とお別れした。

―――次に目を覚ました時は、病院のベットの上。

彼女の遺体はすでに荼毘にふせられていた。
それを知ると、私は彼女が眠る墓地へと急いだ。
お墓を見つけた時、私はそれに抱きついた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

いくら謝ったところで彼女が還ってくるわけではない。
だが、私は謝らずにはいられなかった。
泣いた。
ザメザメ泣いた。
身体中の水分を出し尽くすのではないかと思うぐらい泣いた。
このまま涙の海に溺れてしまいたい。
そして、彼女の元へ私を連れて行ってくれ……。


――――何時の間にか私は眠ってしまったらしい。
周りの雑草に夜露が垂れていた。
私は―――まだ生きてしまっている。
もう涙は枯れてしまったらしい。
顔には涙が乾いて、塩の道が出来ていた。
私は彼女の墓前に向きなおした。

「僕はもう君以外愛することはない。君との思い出と共に、独りで生きていくよ」

そう誓って、その場を離れた。

――――あれから幾数十年。
私は、あの日の誓いを守り続けている。

なんで今夜はこんなに彼女の事を思い出すのだろう。
感傷に浸るべきではないのだ、私は。
ああ、疲れた。もう寝よう。

目を瞑ると世界は真っ暗に、私は音も無く静かに眠りについた――――。




「あれ…?ここは何処だ」
目を覚ますと知らない場所に立っていた。
周りは暗闇に覆われ、何も見通すことができない。
私が立っている位置から半径1m程が見えるだけだった。
「そうか、夢か」
こんなことは現実ではありえない。
ならば夢だ。

――――こんな夢を見るなんて、私もまだまだ若いのかもしれない。

苦笑しながらそんなことを思った。
せっかくだからこの夢を楽しむことにした。

とりあえず歩いてみようと思い、歩き始めた。
足が着いている部分にしか、光が当たらないことに気づいた。
つまり歩幅を広げれば、視界がより広がるというだ。
しかし、別段急ぐものでもない。
ゆっくり楽しもう。
そして再び歩き始めようとした時――――。


――――……ン

……?何か聞こえたような……。
気のせいだろうか。
だが、しかし――――。

――――……ュン

何だ?何を言っているんだ!?
少し大きくなった“それ”に驚きを隠せない。
私は怖くなり、走り出した。

――――……ュン

声はどんどん大きくなっていく。

――――……ュン

止めろ止めろ!

――――……ジュン

えっ。
今、私の名前を――――呼んだ?

――――……ジュン……逢いたかった……

逢いたかった?誰が、私に……。

――――……こっちへ来て……

後ろから聞こえていた声が、少し遠くの前の方に移った。

「そっちに行けってことか」
私は声の導く方へ向かった。

それから何度も声は、私に指示をした。
道筋はあってないようなもので、私はただ声が導くままに歩くだけだった。
もう声の指示を数えるのは止めようと思っていた時、指示が無くなった。
「これでお終いなのか…・・・」
周りを見渡しても相変わらず何も無い。漆黒色のカーテンだ。
さすがに疲れたので、その場に座りこんだ。
私は考えるのを止めて、ただ目の前の闇をを見つめていた。
するとその目の前から誰かが現れた。
足音はこちらに近づいてくる。私は立ち上った。
足音はすぐそこまで来ると、立ち止まった。

「だ、誰だ?」

私は声を震わせて言った。すると相手は――――。

「私が誰かわからないですかぁ?」

私は――――動揺した。
その耳に馴染んだ口調は――――まさか……?いやありえない。
だって彼女は、もう――――。

「私のこと……忘れたですか?寂しいこというですぅ」

――――間違いない!彼女だ!!

「翠星石……なのか?」
私は恐る恐る尋ねてみる。

「気づくのが遅ぇですぅ!」

影が私に近づいてくる。
私の視界に入ってきた人は――――失った私の半身であり最愛の人、翠星石その人だった。

「久しぶり……で合ってるですかね?」
「ああ……合ってると思うよ」

―――何を話したらいいんだ?話したいことは沢山あったはずだろう……。

何もできないで慌てている私を見て翠星石は笑った。
「変わらないですね、ジュンは」
その一言で固くなっていた体が元に戻った。
「君も全然変わってないよ、綺麗なままだ」
「は、恥ずかしいこと言うんじゃねぇ、ですぅ!」
自分が恥ずかしくなったのか、そっぽを向く翠星石。
「変わってないな、そのくせ。褒められると嬉しいくせに、気持ちと反対のことを言う。大した天邪鬼だよ」
「誰が天邪鬼ですか、翠星石ほど伸びやかに健やかに素直に育った女の子はいねぇですぅ」
「それ……自分で言うか、普通?」
溜息一つ吐くと、頭に衝撃が走った。
「イタッ!何するんだよ!?」
「ふーん。翠星石は知らないですぅ~。翠星石にイジワルするジュンに天罰が下ったんですぅ~」
しれっとした顔で嘘をつく。
「―――コイツ!……まぁいいか」
ポンと翠星石の頭に手を乗せた。
「な、何するですか!」
「ごめんな……独りで淋しかったろ?だから―――」
頭を撫でる。例え夢だとしても、目の前にいる彼女に精一杯の愛を込めて。
「そりゃあ淋しかったですけども……でも」
「でも?」

「ジュンはちゃんと来てくれたです、私のいる所に。だから……嬉しいです……!」
「僕もだよ、翠星石」


私は翠星石を抱きしめた。
数十年ぶりになる彼女の匂いが私の鼻をくすぐる。
それは私を過去の自分に戻す香水のように甘美な香りだった。

「さぁ、ジュン行こうですぅ」
「行くって……何処へ?」
「二人っきりになれるところですよ」
「ちょっと待って。さっきさんざん歩いたから、疲れちゃったよ。もう少し休ませて―――」
「何言ってるですか、若いもんが。情けねぇこと言うんじゃねぇ、ですぅ!」

――――若い?どういうことだ?

何気なく手を見てみると、変わっていた。
骨と皮で構成されていたはずの手は、瑞々しく筋肉と張りが出来ていた。
よく見ると服装も変わっている。何故か高校時代の制服だ。
夢だよな、頭を触ってみるとファサっと豊かな髪の感触。
おかしい。私の頭は悲しいが多少荒廃していたはずなのに。

「さぁ…行きましょう…ジュン」
戸惑っている僕に翠星石が手を差し伸べる。
僕は迷わずその手を――――。

「しかし…ジュンがねぇ」
綺麗な銀髪を有した初老の女性が零す。
「これでこっちに残ってるのは私たちだけなのだわ」
綺麗な金髪を有した同い年ぐらいの女性が応える。
「寂しくなったわね」
「そうね」
少しの沈黙の後、金髪の女性が―――。
「そろそろ行きましょう」
「そうねぇ」

――――とある葬儀場の前には、弔問者に溢れていた。
縦看板には『桜田家 葬儀』と書いてある。
そこにさっきの二人がやって来た。
署名を担当している人に挨拶をする。

「この度は―――あら、貴女…りのさん?」
「あっ――――真紅さんに水銀燈さん……」
「久しぶりねぇ。元気してたぁ?」
「はい。それなりに…あの」
「何?」
「ジュンおじさんに会ってくれませんか……」

「すいません……無理なお願いしちゃって」
「別に構わないのだわ」
渡り廊下を会話しながら歩く。
「ねぇ、りの。どうして私たちだけジュンに会わせてくれるのぉ?」
「だって……ジュンおじさんの身近な人って、もうお二人しかいませんから……こちらです」


障子を開けると、六畳ほどの和室の真ん中に布団が敷かれている。
そこには誰かが眠っている。
その顔には白い布が載せられている。
それを見た三人は一気に押し黙ってしまった。

「どうぞ、入って顔を見てあげてください……」
真紅と水銀燈は黙って部屋の中に入る。
布団の側に座り、ゆっくりと顔の布を取った。そこには――――。

「――――プッ……フハハハッッッ!こ、これは傑作だわぁ!」
「ちょっと水銀…燈……不謹慎…クッ!」

二人ともとうとう笑いが止められなくなった。
「やっぱり可笑しいですよね?」
「ええ……サイコーだわぁ」
「でも、最期にこんな顔しながら逝けたのなら……きっとジュンは幸せな夢でも見てたのだわ」
「そう…ですよね」
「ええ……そうよ」

布を取られた顔には、笑みが浮かべている。
それはまるで大好きな人に向ける太陽の陽だまりのような笑顔だった。

真紅は空を見上げた。そして――――。

「ねぇジュン……あなたはそこから私たちを見てるの?ねぇ……ジュン……」

その声はとても小さく他の二人に聞こえることは無かった。

「―――――えっ」
「どうしたですか……」
「なんでもない…誰かが僕を呼んだような…」
「空耳ですよぉ。それよりジュン、翠星石の膝枕に座るですぅ」
「うん」
僕は素直にそれに答えた。
翠星石の膝はとても柔らかく、すぐにでも眠りにつけそうだった。
「けれど…ここはすごいね」
さっきまでいた暗闇の世界とは違って、連れてこられたこっちは温かい光に溢れていた。
視界一面花に埋もれていて、不思議だけど、でも不快じゃない香りに包まれた世界だった。
「ここは翠星石が丹精こめて育てた花園ですぅ」
「そうなんだ…すごいな、翠星石は」
「た、たいしたことではねぇですよぉ!時間はたっぷりあったから、やり過ぎた感もあるかもしれんですぅ!!」
「そんなことないよ。翠星石はすごいよ」
「もう言わんでほしいですぅ……嬉しすぎて……死んじまいそうですぅ……」
涙を浮かべる翠星石。
いかん……やりすぎたか……。
「なぁ、翠星石」
「……何ですぅ?」
「僕さぁ、ずっと前から君に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「……偶然ですぅ……私もずーっと前からジュンに言いたいことがあったです」
「そうなんだ。僕らホントよく似てる」
「そうですね」

目を合わせて、二人して笑う。
本当に楽しそうに。
今までの空白を埋めるように僕らは――――笑った。
ひとしきり笑って落ち着くと、僕から切り出すことにした。

「じゃあ翠星石。僕から言うよ、いいかい?一度しか言わないからね」

翠星石は僕の瞳を見ながら――――。

「はい…ですぅ」

僕も翠星石の色違いの瞳をジッと見つめる。
彼女の瞳には僕がいて、僕の瞳には彼女がいる。
ああ、本当に――――。


「翠星石……僕は君をずっと――――」


~F I N~
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