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  さて、これで眼の前にあった脅威は回避出来た。

「真紅、大丈夫かしら……?」

「ん……眠くなって、きたの……だわ」

「そう……あとは"庭師"とジュンに任せて、ゆっくり休むかしら。
 ……良い夢を、真紅」

  最後の私の言葉に対する彼女の返事は無かった。そして、彼女の頭上に
"世界"へ通じる穴が再び開く。

「眠っちゃったね、真紅ちゃん」

「この娘も……相当に強い精神力の持ち主かしら」

私は彼女の左手の薬指につけられている指輪を見る。これが真紅という少女
を縛る呪いの指輪だけど……ひょっとして、彼女を守ろうとする力も働いている?
  私は、さっき彼女の指輪から紡ぎだされた糸のことを思う。


  しかしながら、とりあえず。あとは中に居るジュン達の頑張り次第だ。出来るだ
け最速で片付けたつもりだが、それでも負担は少なからず強いられたことだろう。
  "庭師"はかなり腕の立つ者達だと聞いている。今、私達は恐らく中に居る"異なる
もの"――額縁に収まるべき主体を掻き消した。相手をしていたあの絵は、中にある
額縁の観念に引き寄せられたものだろう。または、お互いに作用しあったか――
  もし"世界"の中で、ひとつの完成された絵としての存在になっていたらと考えると、
ぞっとする。現段階なら万一にも間違いは無いだろうが、果たして大丈夫だろうか。


「ねえ、カナ。あの幽霊、ジュン君だっけ? 確かに変わってる言えば変わってるけど、まあ……」

「みっちゃん……うん、単なる幽霊かしらー」

("イレギュラー"、か……)

  私は、幽霊であるジュンという存在のことについて考えを巡らせていた。
  私達がこの館へ赴くよう指示した組織からは、彼は単純に"薔薇屋敷の件に関わるイレ
ギュラーである"としか聞いていない。
  だが。最初に彼に会ったとき。彼が"世界"に通じる穴から出てきたときに見せた、あの反応。

『お前は――』

  幽霊に常識なんか通じないかもしれないのだが。私達二人を眼の前にしながら
『お前"達"』では無く、私単体を見据えて『お前は』と言った。
  加えて、初対面である筈なのに、特に驚いてなかった風なあの様子も。
  それは、些細な違和感。気にしなくていい位のレベルの話なんだと思う。

  けれど、何だろう。このもやもやとした気持ちは。
  私は真紅をソファに横たえて、ぽっかりと開いているくらいくらい穴を見つめながら。
  こころの中で、魚の小骨のように僅かに引っかかっていることを、意識していた。



【ゆめまぼろし】第四話 違和感



  "世界"の外へ出て行ったジュン君が、またここへ戻ってきた。
  それほど時間は経っていないとは言えど、翠星石のフォローを受けながら
も未だ"異なるもの"に効果的なダメージを与えることが出来ていない。
  今、僕の"裁断"による衝撃を加えた。しかし、相手の存在の観念が不安定に
なっているのか、手ごたえは少ない。完全な"裁断"は、容易にはさせてくれないようだ。
  "異なるもの"を遠方へ弾き飛ばしたものの……間もなくまた、僕らの所へ戻ってくるだろう。
  "世界"の揺れは彼がここへやってくる直前にピークに達していたが、今は安定している。

「ジュン! 外はどうなってるです!」

「大丈夫だ。どうやらお前らの系列の仲間が、手伝いに来たみたいだぞ」

「仲間……?」

「ああ。"世界"の外での戦闘に特化したスペシャリストだとか言ってたな、あの二人組」

  二人組。僕らは多くの場合ペアを組んで戦闘を展開するし、僕らが所属する組織から
派遣されてきた人物には相違いないと思う。
  単体で戦闘する人物は、僕らの先代に当たる"庭師"か――とにかく、それほど多くは無い。

 "世界"の外で闘う二人組のスペシャリスト、と彼は言った。そうなると、思いつくのは……

「名前はわかるかい? ジュン君」

「え? えーと……金糸雀とみっちゃん、って言ってたな」

  成程。今来ているのは"実眼"の系列に属する者、"策士"金糸雀。――相当な、やり手。
ここ最近新たに"観察者"という異名を持つ人物と組んでいるらしいことは、組織からの定
期報告で聞き及んでいる。


  だが。僕の知る限り、"策士"は外で戦闘する部門においてはエリート中のエリートの
筈。何故なら、彼女の持つ力自体が、かなり特殊だから。

  この薔薇屋敷に関わる案件は小さくないけど、それだけで彼女が派遣される理由になる
のだろうか――?

「金糸雀!? "策士"が外に来てるですかっ!?」

「なんか知らんけどそうらしいぞ」

  これは、一体どういう――


「―――来るぞ!」

  ジュン君が見据えた先に居る、"異なるもの"。先ほど僕が奴を吹き飛ばす前と違って
いるところは――

「絵に、切れ目が……!? 蒼星石の一撃で破れたですか」

「違うな。あれは中から新たに発生しようとする観念の隙間だ」

  彼の言うとおり。その隙間から、何やらおどろおどろしい"絵"が――浮かび始める。

「正念場だ。あれは多分、真紅が目覚めた先に居る奴のイメージ……翠星石、防御線を張ってくれ」

「言われなくてもやるですぅ!」



『"庭師"が命じる! 観念の世界、実像を持てる我らが身に迫る虚像の衝撃を――

  悉く弾く、翠が壁を、今成さんとせよ』

『――護れ、"茨の冠"っ!』



  そして現れる、茨の環。円を描くように僕達を取り巻き、観念のイメージを中和
する防御線――シールドが張られる。


「"異なるもの"のプレッシャーが半端じゃない、油断ならんですぅ……!」

「確かにな……二人で行くぞ、蒼星石! そのあとで隙をついて"裁断"してくれ」

「わかったよ、ジュン君っ!」


  二人、"異なるもの"を挟み込むようなかたちで飛び込んでいく。

「―――!?」

  この絵は――ひとの、かたちを成そうとしているのか!?

  まずい。ひとのかたちは、それだけで明確な意志を持つ観念に成り得る。そうなると厄介だ――

  そう、思った刹那。ジュン君が何か四角い空間に囲まれ始める。

「ちっ……!」

  その場を飛びのいてその空間から離脱しようとしたが、彼を追うように格子の空間
はついていく。この"世界"では、奴のイメージを振り切れないということか――

「ジュン君! 動かないでっ!」

「蒼星石!?」

  僕は身を翻し、ジュン君の方に身体を向ける。

  観念の兵装、この"庭師の鋏"なら――!



『"庭師"は命じ、そして断ずる! "世界"に現れし虚像が格子、我が鋏の光を以て、悉く刻まれん』

『――"破断"!』



  光とともに巻き起こる風。僕の断じた言葉が、"世界"の中で実現し展開される。
ジュン君を取り囲んでいた四角い格子がばらばらになり掻き消える。

「助かった、蒼星石! そのまま奴の注意を引き付けてくれ!」

  頷き返し、また"異なるもの"と対峙しようとした時。

「きゃああああっ!」

「翠星石!?」

  また新たに展開していた格子の虚像。それが彼女を取り囲む――

「ちいぃっ……私は大丈夫ですっ、蒼星石! まだ"茨の冠"は崩れんです……!」

「蒼星石、来るぞっ!!」

  殆ど声が聞こえたと同時に飛び退く。くそっ! "庭師"の命を宣言する暇を与えないか……!

  そう考えた瞬間だった。
  ジュン君がものすごいスピードで、"異なるもの"の後ろに回りこむ。


『―――――――――、―――――――――』


  え……!? 今のは――……

  ジュン君の左手にある指輪から紡ぎだされる、光の糸。その糸が、今度は僕達が
されていたのと同じように、"異なるもの"を四角く、囲み始めた。

「念には念を、と。翠星石、借りるぞ!」

  未だ格子に縛られ、"茨の冠"の力で圧迫を防ぎ続けている翠星石が声を出す。

「しょ、しょーがねえ……ですぅ、もってけドロボーですぅ!」

  ジュン君が、彼の周りに取り巻く"茨の冠"の棘のひとかけらを折る。

「薔薇の棘でもいけるだろ――串刺しに、されてろよ」

  光の糸に囲まれた"異なるもの"の空間に、――その棘を、投げ入れた。


ザア、と。激しい音を立てて、茨は何本にも増え。"異なるもの"の身体――その額縁
を、磔にした。

「うううううっ!」

それと同時に、翠星石が呻きながら膝をつく。

「ちったあ遠慮ってもんを知るですよ……ジュン!……」

「悪いな。だけど、ここで完全に止めておけば……」

  バシン! と激しい音が鳴った。すると、僕達を取り囲もうとしていた格子が掻き消える。
  額縁の中にあるひとのかたちを模した"絵"も、姿を消し。元の真っ黒な状態に戻る。

「外の"策士"が、何とかしてくれる頃合だろ……!? 蒼星石、今だ!」

"異なるもの"は、初めに対峙していた――宿主である真紅が目覚める前の――元の状態に戻っただけ。
けれど先ほどに比べればプレッシャーは格段に落ちた。そして何より、完全に動きを止めた今ならば―――!

  僕は急速に自らの熱を抑える。限りなく静かに、平静になり――裁くものは、昂ぶらず。
  抗う余地も残さずに、絶対的な一撃を以て――その裁きを、実行するのみ。
  僕は鋏を構える。



『"庭師"は命じ、そして断ずる……我、如かして汝が存在を許さず。

  この観念が"世界"から、今消え去れ――"庭師"が放つ光のもとに、裁断されよ』


『静かなる―――存在の、終わり。……"断罪"』



  突き抜ける、一閃。そして"異なるもの"の身体を、縦半分に――"裁断"した。



「……ふぅ……」

  眼の前にいた虚像が、そのまま掻き消えていったのを確認し、僕はその場に座り込む。

「ふへー……疲れたですぅー……」

"茨の冠"の解除を終えた翠星石が僕の隣にやってきて、同じように座り込む。そんな僕ら
の元に、ジュン君は何食わぬ顔で飛んできた。

「ジュン……私のイメージを借りるのはいいですけど、度が過ぎるとこっちがきついですぅ。
  私達はジュンと根本的に違うですから……」

 息切れをしながらジュン君に話しかける翠星石。
 まあ、確かにそうなるだろう。ジュン君は幽霊で、もともと実体を持たない、観念の
塊だから。
  先ほどジュン君が『借りる』と言ったのは、翠星石の持つ"庭師"の存在そのもの、
のようなもの。僕らも彼と一緒に戦闘を重ねる内に気づいたのだが、幽霊という状態
はかなりこの"世界"で融通が利く。
  存在そのもの、といったイメージを利用出来ることも、闘いの最中で発見したこ
と。もっとも借りられる側としては。自分の中で有限である"存在の観念"を引っ張り
とられてしまう訳だから、かなりしんどい。
  僕も"庭師の鋏"のイメージを貸したことがあったけど、相当辛かった。観念を引き
出す度合いを調整出来るのなら、連携を組んで同時に"裁断"を実行することも出来る
かもしれないが。

  要は、僕達は生きている以上、実の肉体という器を持っているから。その器が邪魔
をするため、其処から観念を引き出すのは容易ではないこということだ。

  その存在を引っ張り込むこの作業を、ジュン君と違い、厳然な悪意を持ってやろうと
してくるのが"異なるもの"たち。僕達が通常奴らと対峙したときに感じる威圧感は、そ
れを行ってくる前触れのようなものだ。

  僕らはそれに対し防御線を張らなければいけないから、観念の兵装で対抗する。それ
は主に翠星石の役割となる。実世界では僕達"庭師"は、"世界"の観念をバックグラウンド
に背負うことが出来ないので……殆ど力を発揮することも出来ず、こころを折られる可能
性が高い。

  まあ、少し難はあるにせよ。このような背景から、幽霊である彼はかなり万能の類に
入るだろう。

  以前、真紅に"世界"の外から敵が迫ったときに、それと対峙していたとも言っていた。
ならば、彼は僕らと違い、実空間での戦闘もこなせるということになる。
  "夢の庭師"でも。あるいは今外に居るであろう"策士"にも出来ないことを、彼は成せる
のだ。

  強いて欠点を挙げるとするなら……今ジュン君は、真紅と指輪で繋がっているというと
ころか。いくら観念の塊とて、存在そのものは有限。闘い、力を発揮すれば消耗する。
  普通の幽霊ならば、消耗したものを他の観念から奪ったり出来るかもしれない(その前
にそのまま消滅してしまう可能性も大きいが)。けど彼の場合は、それを真紅から補ってい
る状態なのだ。

  先ほどの戦闘ので、彼は翠星石の存在の観念を『間借りした』だけで、それを自らに取
り込んだ訳ではない。――むしろ、身体の中に取り込むことは出来ない、とも言っていた。
何でも、指輪がそれを受け付けないのだとか。
  すなわち、彼の負担は宿主である真紅の負担と、殆ど同義であると言って良いだろう。

  彼を見ていると、僕らがまだ"夢の庭師"の名を冠する前に――"時計職人"である祖父に
連れられ、闘いの見習いをしていた時のことを思い出す。
  祖父と一緒にいた、ジュン君と同じ幽霊であるカズキ君。彼もまた、光の帯のようなもので、
"異なるもの"を縛るのを得意にしていたっけ。

  彼は当時の指輪の宿主であった一葉氏の"世界"の観念に取り込まれてしまったが……そう
考えると、僕らのように実体の器を持たないということは、長所にもなるし短所にも成りえる
ということか。
  短所は……そう。自己をはっきりと認識し続けて居なければ、存在そのもの、をともすれ
ば掻き消さることだってあるということ。たゆたう煙に風が吹いて、それがそのまま消えてい
ってしまうかの様に。

  長所は、逆に器を持たないが故に言える性質に由来する。それは、観念の展開がしやすい、
ということ。

  実体をを持つ場合は、いかに夢の中に入り込めるような力を持ちえたとしても、しっかり
と固められるイメージ――観念を、そのままかたちに出来る訳ではない。観念を"世界"や(あ
るいは実空間でも)展開するためにどうするかと言うと、言葉の力を使うのだ。

  昔から、『言霊』という言葉の通り。声に出すという行為そのものが、発される言語の種類
によっては特別な力を発揮することがある。それを利用しているのが、僕らなのであって。
  修行をする段階で、かなりそのことを教え込まれた。ところどころアレンジが加わったりも
するため、殆ど僕達特有の術式だと言ってもいい。


  彼らは僕達のように、言葉による"命令"や"宣言"で、イメージを固めることなくノータイ
ムで行動を起こせる。これが、観念の塊であるカズキ君やジュン君の、戦闘上の長所だ。


  けど――彼が。ジュン君が先刻、"異なるもの"の後ろに回りこんだときに――

『―――――――――、――――――――――――』 

  彼の口から聴こえたものは、


『"    "が命じる―――』


  ……一体、何だった?

「……」

  "宣言"をしているには、観念の展開までの時間が短すぎる。だから今まで気づかな
かったのかもしれないが……それに、本当に僕の勘違いだという可能性もある。
  それに、聞いたことのない"異名"も――

  僕は、少し考え始めていた。はっきりと纏まらないのだが、その――ジュン君について。
今回"世界"に入り込んだときから――いや、何時だ? 僕は何処かで、違和感を感じた。

  それが今、――かたちに成り始めているような。そんな気がする。


「さ、寝転んでるわけにもいかねーですぅ。そろそろ戻るですよ!」

「そうだなあ。ま、お疲れ様ということで」

「うん……そうだね」

  ジュン君と翠星石の二人が、僕より前に行く。僕は一瞬、その後姿を眺めていたが……
すぐにそれを追いかけ始めた。

  今、"世界"の外に居る筈の、"策士"金糸雀。彼女がここにわざわざ来ていたということ――
タイミングが、良すぎる。外敵の侵入を僕らが許すということを、知っていたかのよう。


  でももし、彼女が来なければ……外敵はジュン君が相手にしていた筈だ。
  そして、闘えば闘うほど、彼は消耗していって……


  それに、今までに無いほどの圧力を持った"異なるもの"。正直、今回ほど彼の
  フォローに助けられたことは無かったと言っていい。
  これまでは、翠星石が動きを止め――僕が"裁断"すれば十分だったのだ。
  翠星石の"野ばら"を、簡単に朽ち果てさせる程の観念だなんて……


  外へ出たら、金糸雀に色々と聞いてみるべきだろうか。
  そんなことを考えながら、何時の間にか辿り着いた"世界"の出口に向かって。
  僕らは身を投げ出した。
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