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あれから数日経った、三人とも深手を負ってしまい暫くの間は退魔業は休むことになっていた。

真紅や雛苺は最近、回復しつつある。しかしジュンは肋骨が3~4本も折れている所為で安静にしなければならない。

いつもはジュンに家事を任せっきりだった二人はこの間だけは甲斐甲斐しく彼の世話もしながら家事をしていた。


 
J「普段から全部やれとは言わないけど家事ぐらい手伝ってくれたらありがたいんだけどなぁ…」

 真紅「今だけよ、治ったらまた紅茶を淹れて貰うんだから…早く治りなさい。」


真紅はそっぽを向いて言う、照れ隠しなのは丸分かりなので彼女がこう言ってくれたことは嬉しかった。


 
J「わかったよ、ありがとうな。」


耳まで真っ赤にしながら真紅は自分が飲む紅茶を淹れに台所に引っ込む。続いて雛苺がやって来た。


 雛苺「ジュンー早く元気になってなの。だからヒナのマポロあげるの!あ、後…うにゅーも一個だけなら…」


うにゅーとは苺大福のことだ。巴が初めて持って来て以来、コイツの一番の大好物になっている。

普段は一つもくれないのに一つだけくれるという。戦闘になると怖いけどこういうところは優しくなったんだな。

すると扉のベルが鳴った。真紅は複雑そうな顔をしてドアノブに手を掛ける。

ひょっとしたら白崎かもしれないと思っていたのかもしれない。しかし其処にいたのはあのオッドアイの退魔士、蒼星石だった。


 蒼「やぁ、お久し振り。」

 真紅「蒼星石…お見舞いに来てくれたの?」

 蒼「うん、風の便りで君達が重傷を負ったって聞いてね。これ差し入れだよ。」


紙袋を雛苺に渡して蒼星石はソファで横になっているジュンに話しかける。


 蒼「あの、久し振りだねジュン君。」

 J「そうだな、えっと…あの時はゴメン。」


初めて出会ったときにちょっとした事故で僕は彼女を押し倒してしまったのだ。それが原因で少しだけ僕等の関係はぎこちない。

蒼星石は再び顔を赤くして別にいいよと言ってくれた。

何だろう、他の退魔士達と比べてこの子は普通に女の子っぽかった。

ある意味、退魔士達に振り回される僕としては彼女は癒しのようなものだった。


 雛苺「うゅー、スコーンなの!」

 蒼「うん、翠星石と一緒に焼いたんだ。雛苺もちゃんといい子にしてるみたいだからお土産にって思ってね。」

 雛苺「うぃ、ヒナはちゃんといい子にしてたもん。」


満面の笑みを浮かべている雛苺の頭を蒼星石は撫でた。


 蒼「ところで真紅、話があるんだけど…」


真面目な表情になって蒼星石は私を連れて別の部屋へ移動する。

どうやらジュンや雛苺の前では話し辛い内容らしい。私は気を落ち着かせて彼女の後に続く。

家の中でも離れになる私の寝室へ着いた。


 真紅「一体何なの?こんな所まで呼び出して。」

 蒼「うん、単刀直入に言おう。『赤薔薇の園』へ帰ろう。」

 真紅「…私に今更『お家』に戻れと?冗談はよして頂戴。私は絶対に帰らないのだわ。」


『赤薔薇の園』…それは自分の実家だ。しかし今では絶縁状態となっている。

最後にあの家を出たのは私がまだ10歳のときだ。魔物の討滅のためには手段を選ばない父のやり方が気に入らないので大喧嘩をしてからそれきりだった。


 蒼「君の気持ちもわかる。けれども君は『調律』の状態が半端じゃないか。はっきり言うけれども今の君では退魔業をこなせるか心配だ。」

 真紅「……どうせなら全ての魔力が無くなってからにしたいのだわ。」

 蒼「それじゃ遅いよ!頼む、僕は君が心配なだけなんだ。」


蒼星石の真摯な態度と表情に私の気持ちは揺らいだ。そして思い出す、この間の水銀燈とベルゼブルの戦いを。

同じ退魔士のはずなのに水銀燈との自分の差は何なのだろうか?もうあんな悔しい思いはしたくない。

強くなりたい、そのためには今、腹を括るしかないのかもしれない。


 真紅「貴女が其処まで言うなら…いいわ。行きましょう。」

 蒼「うん、僕も『蒼薔薇の園』に帰ろうと思ってたから着いて行くよ。」


彼女の気遣いに私も少しは気が晴れた。そしてジュンと雛苺にこの事を告げて私達は家にあった大きな鏡に向き合う。


 
J「鏡なんか見てどうするんだよ?」

 真紅「此処から行くのよ、世界樹の御許にある七色の薔薇の園へ。」


真紅が手を翳すと鏡面が波打ち、赤く光り輝き始めた。真紅は鏡に触れるとまるで海の中にその手を浸したかのように手から鏡の中に沈んで行く。

目の前の不思議な光景に呆けている僕の手を不意に彼女は握った。


 真紅「薔薇の園へは私達、『薔薇の退魔士』のみが行ける。だから貴方が行くには私が手を繋がないといけないの、わかった?」


理由を聞こうとした僕の様子を察してかやや口調を荒げて真紅は付け加えた。

何だか彼女と手を繋ぐのが僕は少し恥ずかしかった、初めて触れる女の子(姉は数えない)の手の柔らかさに少しだけ胸が締め付けられた。

鏡の中は水中のような浮遊感があった、一つの空洞のようになっており周囲には様々な景色が映っていた。

それに目もくれず真紅は空洞の中を一直線に進む、少し経ってから蒼星石と雛苺が追いついて来た。


 
J「此処はなんだ?」

 蒼「此処は何処でもない場所であり、何処でもある場所、世界を繋ぐ根幹、僕達は『nのフィールド』と呼んでいるんだ。」

 J「『nのフィールド』…」


その最果てに何か巨大な樹木があるのが見える。とても巨大でその威容は雲を抜け、天を衝いていた。

枝を見ると深緑の葉を蓄え、枝の先は空と溶け込み地上を照らしている。根も巨大でその上に別の木々が生い茂りその許には色とりどりの花が咲き誇っていた。

その中で僕は見つけた、色によって場所が区切られている薔薇の園を。


 
J「あれが…お前達の実家、なのか?」

 真紅「ええ…あそこが私の『お家』、『赤薔薇の園』よ。」


その名の通り真っ赤な薔薇ばかりが咲き誇るその場所の中央に一つの洋館があった。他にも青の薔薇、黄色の薔薇、緑の薔薇、桃色の薔薇、紫の薔薇の園があった。

しかしこの風景に何か違和感があるように思える。だがその疑問もすぐに打ち消された。

突如、薔薇園で紅茶を飲んでいた男が僕達に気付く。


 「………真紅?」

 真紅「ただいま、お父様…」


真紅は今まで見せたこともない、俯いた後ろめたい表情で自分の父親に声をかける。

父親の方は何も言わず今でも信じられないという風に真紅を見つめていた。


 「一体、何をしに帰って来たんだ?」

 真紅「…『調律』のやり直しをしに来たのだわ。」

 「『調律』の?勝手に『真紅』の名を持ち出し家を飛び出しておいてよくもそんなことが言えるな。」

 真紅「お願いです、お父様…私に『魔力の調律』をさせて下さい!」

 「駄目だ、駄目だ!お前のような不良娘にあの家の敷居はまたがせん!!」


真紅の父親は真紅以上に頑固だった。この後も真紅は必死に懇願したが聞く耳持たずに父親は屋敷の中に篭ってしまった。


 雛苺「あぅ…真紅…?」

 真紅「大丈夫よ雛苺、このくらい予想してたことなのだわ。」

 J「なぁ…聞いてもいいか?『魔力の調律』とか『真紅』っていう名前とか一体何なんだ?」


此処に来てからの疑問の一部を曝け出す。よくよく考えてみれば僕はコイツ等のことを本当に何も知らない。

今まで誰も話そうとしなかったので聞いてはならないことなのかと思っていたが僕と真紅は契約を交わした仲なのだ、知っていてもいいだろう。


 蒼「僕が説明するよ…まず僕等が名乗っている名前だね。この名前は『薔薇の退魔士』達が代々名乗った通称みたいなものなんだ。

   だから僕達、個人の名前じゃない。退魔士の名前と先達の記憶、それらを全て受け継いで初めて僕達は退魔士と認められるんだ。」

 J「じゃあ…お前達の本当の名前は?」

 雛苺「うー…それはヒナ達の誰にもわからないの。」

 J「わからない?」

 真紅「私達は先達の記憶をも受け継ぐでしょう?だからこの名前を継ぐ前の記憶は全てリセットされる。空白の記憶の上に記憶を更に塗り潰すのよ。」


個人の名前がない?自分の思い出や記憶まで奪われる?それじゃあまるでコイツ等には『自分』がない。

『自分』を殺すことによってあの力を得たのか?そんなのって…


 
J「そんなのって…酷いじゃないか。お前達にはお前達の人生を生きる義務があるのに…」


三人とも黙ってしまった。僕は言ってしまったことを後悔する。他人である僕がこの事に気付くんだから本人達はずっとそれで苦しんでいたに違いない。

それでも真紅は辛そうな顔で言った。


 真紅「これが…退魔士の子として生まれた私達の『運命』なのだわ。」


今にも泣き出しそうな顔で彼女は言った。その表情が忘れられなくて…ずっと僕の記憶から離れることがなくて…。

何だか真紅が何時もよりも弱々しく感じ、僕は今にも彼女に何かをしてあげたい気持ちにかられた。

けれども僕に何ができる?彼女に何をしてあげれる?真紅達は何を望んでいるんだ?

そして、その望みは僕なんかが叶えてやれるものなのか?


 蒼「それで…『魔力の調律』だね。それは此処、世界樹の許にはあらゆる世界から力が収束する場所がある。

   僕等はそれを『ミクサリア』と呼んでいるんだけど…其処から消耗した魔力を回復、または増強させるんだ。

   薔薇園に幾つか屋敷が建っているよね?あの下に『ミクサリア』があるんだ。」

 J「成る程な…それでわざわざあんな頑固親父に頭を下げに来たのか。」

 蒼「真紅は先に言われた通り、此処のご頭首様と反りが合わなくなって『調律』もままならない内に家出してしまったんだ。

   だからあの戦いを気に『調律』をして貰おうと思ってたんだけど…。」

 真紅「仕方ないのだわ、私はもう少しだけお父様と交渉して来るから貴方達は先に帰っていて。」

 J「いや、僕はどうすれば…」

 真紅「…そうね、折角だから世界樹でも見て来なさい。きっと貴方にも何か得るものがある筈なのだわ。」


それだけを言って僕の制止も聞かず真紅は意を決して赤薔薇の屋敷へ乗り込んだ。本当に大丈夫なのだろうか…。


 
J「何か心配になって来た。」

 蒼「…ジュン君ってさ真紅のことどう思ってるの?」

 J「え?どうって…?」

 蒼「いや、人使いが荒いとか生意気な奴とか言うけれども偶に心配してるし…。どうなのかなぁ…って」


蒼星石が珍しく意地悪そうな笑みを浮かべていた。そう言えば何時の間にか僕の胸中は真紅の不安でいっぱいになっていた。

何時の間にか僕の中で彼女が居座り続けていた…認めたくない気持ちとは裏腹に僕の中で真紅はそれほど大きな存在になっているのかもしれない。

けれどもそれを口に出して言うのは何だか負けた気がして嫌だった。


 
J「別にどうとも思ってないって、あんな我侭な奴。」

 蒼「そっか…じゃあ僕は一度自分の家に戻るけれども何かあったら気軽に尋ねて来てね。」


そして蒼星石も青い薔薇園へと姿を消す。


 
J「雛苺はどうするんだ?」

 雛苺「うょ…最近は帰ってあげられなかったからヒナも帰るのー。」

 J「そっか…」


今日でコイツとお別れかと思うと色々と世話の焼ける奴だったけれども何だか感慨深い物がある。

別れを惜しむかのように僕は雛苺の頭を撫でてやる。くすぐったいと言って微笑む彼女の表情は初めて出会った頃よりも確実に優しいものになっていた。


 雛苺「あのね、ヒナね、うにゅーと巴が大好きなの。」


撫でられながら雛苺は囁く、段々顔が赤くなって来るのがわかった。


 雛苺「それでね、えっと…ヒナは、その次にジュンが大好きなのよ。いっつもヒナがワガママ言っても投げ出さないでくれて嬉しかったのよ。」

 J「雛苺…」

 雛苺「あと真紅も蒼星石も優しいから大好きなの。だから…ヒナ、ちゃんと皆のところに帰って来るからね。」


耳まで真っ赤にしながら雛苺は桃色の薔薇園の中に消えて行った。

雛苺が帰って来てくれると言ってくれて嬉しい反面、これからもずっとアイツと真紅の我侭に付き合わされるかと思うと少し頭が痛くなった。

そして、一人残された僕はその巨体を誇らしげに世界を支えている世界樹を見る。噂に聞いたことは何回かあったけれども自分の目で見るのは初めてだった。

伝説に残るぐらいなのだからお宝の一つぐらいあるかもしれない。久々に騒いで来た盗賊の血が騒ぎ久しい高揚感が蘇った。


 
J「行ってみるか…」


僕はゆっくりとその足を世界樹へ運んで行く。

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