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  ~第十六章~
 
 
翌日の朝は、町中が騒然としていた。
昨夜、あれだけ大立ち回りをすれば、住民たちを叩き起こしていたのも当然だろう。
もっとも、誰もが恐怖のあまり家に閉じこもっていたから、真紅たちの姿は見られていない。
六人の娘たちは咎められる事もなく、柴崎老人を埋葬した後、
柴崎家の母屋で暫しの休息を取らせてもらったのである。

 「まさか、貴女が【智】の御魂を宿す犬士だったとはね」

翠星石を始め、昨晩の戦闘で負傷した乙女たちの治療をしていた金糸雀に、
真紅は穏やかな眼差しを向けた。
これからの闘いは、より厳しさを増していく。
その時に、腕のいい医者が常に居てくれれば、どれだけ心強いことか。

勿論、金糸雀を頼もしく思っていたのは、真紅だけに留まらない。
他の四人もまた、翠星石の命を救ってくれた名医として、何かと頼りにしていた。
金糸雀の鮮やかな手捌きは、一切の迷いを感じさせない。
患者にしてみれば、全幅の信頼を寄せるに足る、いい仕事ぶりだった。

薔薇水晶に続いて怪我の治療を受けていた水銀燈は、暫し逡巡する素振りを見せて、
金糸雀の手元に視線を落としながら徐に口を開いた。

 「ねえ、金糸雀。貴女って、どの程度の病気までなら治せるのぉ?」
 「? どの程度と言われても困るかしら。そんな漠然とした質問では、なんとも。
  まずは患者の症状を見ないと、判断は下せないわ」
 「ん……まあ、そうよねぇ。ごめん。ただの興味本位だから、気にしないでぇ」
 「ええ、構わないかしら。はいっと、これでお終い」 

治療が終わると、水銀燈は金糸雀に礼を言って、庭を臨む縁側に歩いていった。
南向きの縁側には、五月晴れの温かな日差しが溢れている。
うたた寝するには、もってこいの場所だ。
着流しの裾から太股が露わになるのも構わず、水銀燈は横になり、腕枕して寝そべった。
真紅は小さく吐息して、水銀燈の元に歩み寄った。

 「はしたない格好は止めなさい、水銀燈」
 「別に、いいじゃなぁい。どうせ、誰に見られる訳でもないしぃ」
 「他の娘の情操教育に、良くないのだわ」
 「はいはぁい」

うるさいなぁ……と表情で語った水銀燈は、ふと悪戯っぽい笑みを浮かべて、
真紅を指差し、次いで自分の頭の下を指差した。

 「……なんなの?」
 「膝枕♪」
 「はぁあ?」
 「なによぉ。この前は、私がしてあげたでしょぉ」
 「私が頼んだ訳じゃないわ」
 「まぁねぇ。けど、私に何か話したい事があるんじゃなぁい?」

水銀燈の全てを見透かしている様な瞳に射抜かれ、真紅は言葉に窮した。
本当に勘の鋭い娘ね。それとも、私が分かり易い性格をしているのかしら?

ともあれ、ぼさぁ……っと突っ立ていても始まらない。
真紅は両足を伸ばして縁側に座った。

 「脚が痺れるから、正座はしないわよ」
 「枕代わりになるなら、どうだっていいわよぉ」

言って、水銀燈は仰向けに寝転がって、真紅の太股に頭を載せた。
イマイチ収まりが良くない。もぞもぞと頭を動かして、しっくりくる場所を探した。
真紅が、くすぐったがって何やら艶めかしい吐息を漏らし、文句を言ったがキニシナイ。
やっと収まりのいい場所で動きを止めると、薄目を開けて、真紅の顔を見上げた。

 「……で? 私に何の話があるのかしらぁ?」
 「貴女、めぐの病状について、金糸雀に訊きたかったんじゃないの?」

水銀燈の本音を、真紅は見抜いていた。
やはり不自然な質問だったのだろう。興味本位だなんて……あからさまに嘘くさい。
それに、真紅には以前、水銀燈みずからが旅に出た理由を話していた。
医者の絡みから、めぐへの繋がりを見出すことは、容易だったに違いない。

 「今なら、あの娘たちも居ないから、気を遣わずに訊けるわよ」
 「う……ん。でもねぇ」

今、翠星石と蒼星石は、昼食の支度をしていて、ここに居ない。
しかし、水銀燈は訊けなかった。
翠星石と蒼星石の気持ちを考えれば、めぐの名前を出すことすら躊躇われる。

今や、彼女は鬼祖軍団の四天王――
 
どうして、こんな事になってしまったのか。
めぐを置き去りにして、村を飛び出したから?
でも、それは……めぐを助けたいと思ってしたこと。
あのまま村に残っていたとしても、苦痛に喘ぐ彼女を見続けることしか出来なかった。
 
 
金糸雀に訊く代わりに、水銀燈は真紅に、別の質問をしていた。

 「穢れに憑かれた人たちって、憑き物を落とせば助けられるのかしらぁ」
 「それは……程度次第なのだわ。
  私の経験からすると……申し訳ないけれど、助からない事が多いわ。
  本人の心が穢れてしまったら、いくら憑き物を落とそうが、何の意味もないの」
 「翠ちゃんが助かったのは、幸運だった……と?」
 「翠星石の場合は、特別な症例と言えるわ。
  彼女は穢れに汚染されそうになって、本能的に心を閉ざしたのね。
  だから、助かったのかも知れない」
 「じゃあ……もしも……」

もし、本人が希望して、穢れに身を委ねたとしたら――
途中で、水銀燈は口を閉ざした。訊いたところで、答えは見えている。
元に戻す方法は……無い。
斃すことだけが、唯一の救済。

 「それでもね、水銀燈。最後まで希望を捨てなければ、解決策は見付かるものよ」

真紅の台詞に、水銀燈は微かに口の端をつり上げた。

 「最近、台詞を先読みするようになったわねぇ、真紅ぅ」
 「貴女と付き合ってると、自然と……ね。
  いつも、からかわれてるから、つい言葉の裏の意味を探ってしまうのだわ」
 「あらぁ、それは良かったじゃなぁい。詐欺には引っ掛からなくなるわよぉ」
 「それ以前に、疑り深い小姑みたいになりそうよ」
 「あははっ。言えてるわねぇ」

水銀燈も真紅も、重苦しい気分を払拭するかのように、朗らかに笑い続けた。
 
 
 
 
昼食は、ちょっと贅沢な献立だった。
柴崎老人の追悼、双子姉妹再会の祝い、金糸雀の歓迎会――
それら全てを一度で済まそうとするのだから、盛大になるのは当然である。
仏壇の上には、蒼星石が腕によりをかけて作った料理を載せた小皿が、所狭しと犇めいていた。

挨拶や雑談を交えた食事も終わり、焙じ茶を啜っているところに、金糸雀が話を切りだした。

 「あなた達は、八犬士と穢れの者どもの因縁について、どこまで知っているのかしら?」

因縁と言われて、皆は頸を傾げた。
今まで、真紅の同志としてしか戦ってこなかったからだ。
それは当の真紅も同様だった。夢の導きで、旅に出たに過ぎない。
我武者羅に戦うばかりで、鬼祖軍団の目的など、考える余裕もなかった。

 「恥ずかしい話だけれど、殆ど知らないのが現状なのだわ」
 「そう。では……カナの知る限りを、伝えておくかしら」
 「それは是非、お願いしたいわねぇ。へっぽこ退魔師さんは、当てにならないからぁ」
 「貴女こそ、太刀を振り回すばかりで、知恵が回っていないでしょう?」
 「いちいち煽りに乗らなくていいのに……。金糸雀、あの二人は気にせずに、続けて」
 「……は、はいかしら」

蒼星石に促されて、金糸雀は、ひとつ咳払いすると、厳かに語り始めた。

 「八犬士と穢れの者どもの因縁は、今から十八年前に遡るかしら」
 「十八……って言うことは、私たちと同じ歳ですぅ」
 「そう。カナ達は、一人の姫から生まれた存在なのよ」
 「一人の姫…………それが、私の夢に語りかけてきた声の正体だと言うの?」

真紅の問いに、金糸雀は頷いて見せた。
そこで一旦、焙じ茶を啜って喉を湿らせ、再び話を続ける。

 「姫の名は、房姫。人と狗神の間に産まれた、異端児だったの。
  彼女は類い希なる退魔の能力を、生まれながらにして授かっていたかしら」
 「生まれが特別なら……当然よね」
 「信田の狐『葛の葉』を母に持つ安倍晴明のように、房姫もまた、
  陰陽道に精通していたと記されているわ。異類婚とは、そういうものかしら」
 「ところが、十八年前に、何かが起きたと言うわけだね」   
 「ええ。十八年前と言えば、各地で大きな戦が繰り返されていた時代よ。
  諸国は疲弊し、人々の死霊が、怨嗟や悲嘆が、大地を覆い尽くしていたの。
  それらが、黄泉の闇に潜んでいた穢れの者どもを目覚めさせたかしら」
 「黄泉の……闇……ですか。おどろおどろしいですぅ」
 「穢れの者どもは、この島国が誕生した太古から、蓄積され続けてきた怨念。
  少しぐらい祓ったところで、焼け石に水かしら」
 「要するにぃ、大元を叩かなきゃあ、キリがないって事ねぇ?」
 「その大元というのは、どんな敵なの?」 

真紅の質問に、金糸雀は頚を横に振った。
流石に、そこまでは書物に載っていないらしい。記載する者すら存在しなかったのだろう。
金糸雀は、湯飲みの中で冷めてしまった焙じ茶を一息に飲み干し、話を戻した。

 「でも、十八年前に房姫と最終決戦をした者の名は、解っているかしら」
 「……それは、誰なの?」
 「鬼女――鬼の祖として、語られてきた者…………鈴鹿御前かしら」
 「鈴鹿御前……聞いたこと……ある」
 「房姫と鈴鹿御前の対決によって、ボクらが産まれたんだよね。
  どういう結末だったの?」
 「房姫は、重傷を負いつつも鈴鹿御前を封印することに成功したかしら。
  でも、身体に負担をかけすぎて、術を完成させたと同時に、息絶えてしまったの。
  房姫の御魂は、肉体を離れて八つに別れた……と言えば解るかしら?」
 「つまりぃ、その別れた御魂が……私たち、ってことぉ?」
 「ええ。そして、房姫の生まれ変わりが……他ならぬ、真紅なのかしら」
 「わ、私が?!」

みんなの視線が、真紅に注がれた。
確かに、真紅は当代随一の退魔師と評判を取っている。
そして夢の中で託宣を受け、神剣『菖蒲』を授かった。
更に、ここに集った同志の左手には、犬士の証が刻み込まれている。
これだけ物的証拠が揃えば、金糸雀の話を信じない訳にはいかなかった。

 「ふぅん……実は、真紅って凄いヤツだったですね」
 「うん。ボクも、正直なところ、驚いたよ」
 「私自身、信じられないのだわ」 
 「私たちが……元は、ひとつ……」
 「あらぁ、薔薇しぃ……なにか、いやらしこと考えてたわねぇ?」
 「えっ! あのっ! そんなこと……ないよ?」
 「焦ってる時点で、怪しさ大爆発かしら」

母屋は、乙女達の談笑で溢れ返った。
徐々に熾烈な闘いが迫りつつある中の、和やかな雰囲気。
今日だけは、このまま穏やかに過ごせたらいいなと、誰もが思っていた。

しかし……そんな、ささやかな願いは、町人の噂話によって脆くも崩された。
桜田藩と隣接する狼漸藩との連絡が、一切とれないとのことだった。
 
 
 
 
――狼漸藩、某所。

 「御前様。雪華綺晶、ただいま戻りました」

戦装束も勇ましい乙女が、御簾の前で跪き、頭を垂れた。

 「これで、藩内の城は全て落としました。
  我々に手向かう者は、もう領内に存在しませんわ」
 「大儀であったな。鉄砲の威力は、いかほどのものか?」
 「威力は絶大ですが、なにしろ数が足りませんわね。
  現状では、狙撃くらいしか使い道がないでしょう」
 「なるほど……笹塚に、量産を急がせよう。お前は休息を取るがよい」
 「はい。お気遣い、ありがとうございます」

雪華綺晶が自室に向かって通路を歩いていると、偶然、のりと擦れ違った。
今日は、割と機嫌が良いようだ。

 「あら、雪華綺晶。今、ご帰還なのぅ?」
 「はい。領内の人間どもを、狩り尽くしてきたところですわ」
 「うふふふ……流石は、雪華綺晶ね。お姉ちゃん、鼻が高いわ」
 「御前様に拾われ、のりさんに、ここまで育てて貰ったことは忘れませんよ。
  粉骨砕身で、ご恩に報いる所存です」

雪華綺晶の言葉に、のりは心底、嬉しそうに笑った。
彼女の手が、雪華綺晶の頬を、優しく撫でる。

 「お姉ちゃんはね、その気持ちだけで充分よぅ。だから、無理はしないで」
 「ええ。約束しますわ」

雪華綺晶も、自分の頬を撫でる彼女の手に、掌を重ねる。
子供の頃、戦場となった村で親を失い、妹とはぐれ、倒れていた雪華綺晶。
鈴鹿御前が拾ってくれなかったら、間違いなく野垂れ死んでいた。

それから暫くは、死の恐怖を感じなくて済んだ。
鈴鹿御前様や、四天王のみんなが護ってくれたから。

鈴鹿御前が敵対する者の手で封印され、四天王の三人までもが斃された時は、
本当に悲しかった。殺されてしまうのだと、本気で恐れていた。
幼い雪華綺晶を養ってくれたのは、四天王唯一の生き残り、のり。
雪華綺晶にとって、彼女はこの十八年間、母親のような存在だった。

 「そう言えば、御前様が拾ってきた化け猫……桑田由奈が、
  奴らに殺されたと聞きましたけど?」
 「あらぁ、もう耳に入ってたのぅ?」
 「指揮官たる者、情報収集も怠りなく行わなければいけない。でしょう?」
 「お姉ちゃんの教えを忠実に守っているのねぇ。お利口さん。
   実はね、お姉ちゃん、そのことで御前様に呼ばれているのよぅ」
 「……出撃でしょうか」
 「多分ね。でも心配ないわよぅ。めぐも一緒に行くだろうから」

めぐの名を耳にして、雪華綺晶は「それは安心ですわ」と頷いた。
彼女は新参者だけれど、御前様への忠誠と、ひたむきさが際立っている。
まるで、昔の自分を見ている様な感覚がして、つい、目をかけてしまうのだ。

 「それでは、お気をつけて。めぐにも、よろしく」

あまり引き留めていては、御前様を待たせることになる。
雪華綺晶は短い挨拶を交わして、のりと別れた。

……が、今度は笹塚が、待ち構えていたように、柱の影から現れた。

 「これは雪華綺晶どの。相変わらず、お美しいですなあ」
 「そんな世辞を言うために、隠れていたのですか、笹塚?」
 「義理とは申せ姉妹水入らずの所を、邪魔するほど野暮ではないさ」

ひゃははっ! と、下卑た笑いを漏らす笹塚。
雪華綺晶は鼻であしらって、脇を通り過ぎようとした。
そこに、ぼそり……と笹塚が呟く。

 「にしても、のり殿も所詮は普通の女の子……というところですかな」
 「……何が言いたいのですか?」
 「いやなに。桜田ジュン復活の儀式が整うと、急に上機嫌になったものでね」
 「はん! 下衆の勘繰りですわね」

――新参者のお前には、解るまい。
雪華綺晶は、笹塚に侮蔑の視線を向け、その場を立ち去った。
彼女は……のりは、腹違いながら、桜田ジュンの実姉なのだ。
十五ほど歳が離れている為、多分、ジュンも姉の存在を知らないだろう。
政略結婚の道具として使われ、非業の死を遂げた姉の事など――

 「もう、のりさんに悲しい想いはさせませんわ。この私が……」

暗闇が広がる閑散とした通路で、雪華綺晶は、その言葉を噛み締めていた。
 
 
 
 =第十七章へと向かう=
 
 

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