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 この町に越して来て約一年
妻と結婚してから、約二十年
結局、私達夫婦の間に子供が産まれることは無かった
引っ越してから一ヶ月が経つ頃だろうか
この町には大きな学校がある事を聞いた
その学校にはホームステイして通っている子も少なくなく、そのホームステイ先を募集している事も
私達夫婦の結論はすぐに出た
そして、その結果が一ヶ月前に出た

一本の電話
一通の書類

忘れていた頃に来たこの朗報に胸が高鳴った
ここ一ヶ月が早く感じたり、遅く感じたり
こんな気分は妻に恋をして以来かもしれないな
そして、今日
その子が我が家に来る
今日はこの日のために有給休暇まで使った
「まだかな」
「すぐに来ますって」
「そうだよな」
机の上にはお寿司にケーキ
「食べてくれるかな?」
「大丈夫ですよ」
何時に来るかだけでも、知りたかった
時計を見るても秒針が長針のようにゆっくりとしか動いていないように感じる

「なぁ、迎えに行かないか?」
「迎えって言っても何時に何で来るか分からないんですよ」
「いや、でもさ」
「入れ違いになったら大変ですよ?」
「そう……だな」
結局、私はただ呆然と待つことしかできない
余りにも暇だったが、テレビを見る気が起きない
もう一度、私は送られてきた書類に目を通した
送られてきた書類は簡単な物だった
家庭内暴力・言葉の壁、ホームステイしてくる子供に対する接し方の簡単な注意事項
あとはその子に関する簡潔な情報のみ
「そういえば、結局読めなかったな」
「゙きんしじゃぐじゃ、変ですものね」
「やっぱり、中国系だよ、゙キム゙なんとかって言うんじゃないか?」
「それも来たら分かりますよ」
「そうだな」

書類の内容が簡潔過ぎて、女の子っていうのは分かったが、写真どころが名前の読み方すらなかった
せめてそれくらいは知りたかった
「まだかな」



「ふっふっふっ、楽してズルして到着かしら」
少し古ぼけた茶色の鞄を片手に
駅をバックに少女は呟いていた
「この町でお世話になるのはー゙サトー゙?さんかしら」
日本では、五ヵ所目の町
漢字もそれなりに分かる
駅からホームステイ先の家までの地図を見つめながら少女は歩き出した
「ふんふふ~ん♪」
少女のご機嫌がいいのはいつもの事である

前に通学していたのも日本であるが
その前は中国に居た
中国に居た理由ばパンダが見たいかしら゙と言う事らしい
今回この町に少女が来た理由は分からないがただ一つ誤算があった
それは、日本には四季があり、今が春ということだ
普段からおっちょこちょ……ゴホンッ
(自称)頭脳派のその少女は上機嫌のせいか、その事はまったく頭に無かった
まったく……微塵も……

「あと少しかしら」

少女がホームステイ先の家まで約五分といった距離の所でそれは起こった
春に吹く猛烈な風、春一番である
春一番は少女の左手に握られていた紙を拐い、それでもまだ力強く吹いていた
「待ってかしら~」
少女は急いで追い掛けたが、無論追い着く訳がない
「行っちゃったかしら……でも、これくらい私にかかれば大丈夫かしら」
そう、これくらいのアクシデントは(自称)頭脳派の彼女にとってはなんも問題はない
「……ここはどこかしら」
はずだ……


「ちょっと外に出て待ってるよ」
「外はまだ寒いから何か羽織った方がいいですよ」
「そうだな」
外に出て駅の方角を眺めている夫
その姿を自宅の窓からたまに確認する妻
その光景は本当の我が子の帰りを待つ、良き夫婦である
「遅いな」
そう呟くのも仕方がない
時刻は17時
日も沈みかけている
もしかして何かあったのでは……
そんな事が頭をよぎる
家に戻り警察にでも連絡をしようかと思い帰ろうした時、扉が開いた
「あなた……」
妻の顔が暗い

先程、頭をよぎった事が浮かんだ
「今日来るはずだった、あの子……家庭の事情で急に来れなくなったって連絡が……」
「そうか」
考えていた事では無かった事に安堵した
そういえば、今日はこんな風にしか返してないな
「仕方ないよ、今日は寿司か……よーし食べるぞ」
「……そうですね」
見えすいた空元気だが、チャンスは今回だけではない
そう思うと少しずつだが、元気が出てくる
今はそれだけで十分だ


迷い始めてから、約三時間
少女は公園のベンチに腰を掛けていた
「疲れたかしら」
地図の記憶を頼りにやみくもに歩き回ったが、゙佐藤゙という苗字は日本で一・二を争う多さ
簡単に目的地が分かるわけがないのが普通だ
しかし、少女が今いる公園
しかも、ベンチに腰を掛けている
その場所から真っ直ぐ先にある家が、目的地そのものである
「……」
少女は無言のまま疲労困敗した体を起こし、ゆっくりと歩を進めた

日本では表札を付けるのが主流であり、少女の進む先にある表札にば佐藤゙の文字
そして、その家の前では誰かを待っている姿が見える
(自称)頭脳派の少女にはその光景は簡単なものだったのだろう
そして少女はその家……の隣のアパートの二階に着いた
「この臭いはやっぱり……玉子焼き……かしら」
 ぐう~
大きなお腹の音が鳴りだした
それが聞こえたのか目の前の扉が開いた
「誰か居……可っ愛い~」
「へっ?」
「どうしたの? こんな所に? お母さんは?」
「よかったら、何か(玉子焼き)恵んでくれないかしら」
「……いいわよ」
「あれ?」
あっけなくご飯を恵んでもらえる事になり、少女は今までの流れをこの家の住人に簡潔に話した
「そうなんだ、ところでお名前は何て言うの?」
「私の名前は金糸雀かしら」
「可愛い名前~じゃあカナって呼ぶね、私はみっちゃんって呼んで」
「分かったかしら、みっちゃん」

「そうだ、カナここに住まない? 場所が分からないし急には帰れないでしょ?」
「いいのかしら」
「いいわよ」
(自称)頭脳派・金糸雀と(通称)みっちゃんの不思議な同居が決まった
時刻は16時50分
その数分後には本来のホームステイ先である家に断りの電話がかかる
編入手続き・ホームステイ先の確保・ホームステイ先に着くまでの監視など
ローゼンに命じられた部下がそれらを行うが
無論、彼らは彼女らの私生活に関わることはないが
毎回、ホームステイ予定の家に、こんな断りの電話をするのは金糸雀担当の人だけだろう
「中国に居たことがあるなら……カナ、まずはチャイナ服を着てみて」
「まずってなにかしら?」
「大丈夫、大丈夫♪」
「……分かったかしら」
夫婦には可愛そうな結果だったが、こんなに楽しそうな二人
今回はこれで良しにしよう
「じゃじゃ~ん、次はこれ」
「もういや~かしら~」


~翠星石(金糸雀編)・完


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