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「『二人に【カミ】のご加護がありますように』Tさんはそう言って帰って行った。寺生まれってスゴイ、そう思ったかしら」
金糸雀は椈燭を吹き消した。
金糸雀はみんなを怖がらせようと無表情を保とうとしているみたいだけれど、どう考えてもドヤ顔を隠しきれていない感じだった。
しばらく、沈黙。じとっとした空気は深い湿度の高い夏の夜のせいじゃなかった。
みんなの気持ちを代弁して、水銀燈が言う。
「それが最後の番が来るまで残しておいたおとっときの話ぃ?」
金糸雀はきょとんとした。
「その通りかしら」
「この世のどこにそんな珍奇な霊能者がいるのよ」
鼻で笑って、真紅が言った。畳み掛けるように翠星石が追い討ちをかける。
「『友達の友達』がうさんくせーからって、実体験風に語ればいいってもんじゃねーですぅ」
「本当に体験談かしら!」
金糸雀は抗弁する。正直怪談を盛り上げようと頑張るその姿勢は立派だと思うけれど、キャラ設定に無理ありすぎたと思う。「破ぁ!!」ってなに「破ぁ!!」って。
「蒼星石はどう思うかしら!?」
金糸雀が隣の蒼星石に助けを求める。蒼星石はにっこりと笑った。
「まぁ、金糸雀が百本目じゃなくて良かったかな?」
「かしらっ!?」
「金糸雀に怪談は似合わないのよー」
これだけ言いたい放題言ってても、本当に金糸雀が怒ったり悲しんだりする事にはならない。金糸雀の器がある意味大きいということもあるけれど、一番の理由はみんな気の置けない友人達だからだ。そう、スレスレの冗談も言いあえるような。
「それじゃ、百本目は薔薇水晶ね」
みんなの視線が私の方に向く。
「お父さん人形師をしてる…その、師匠から聞いた話…」
子供の頃からあまり話しをする機会がなかったから、話す事がすごく苦手だ。
けれどそれも百物語という舞台の上では、ちょっとした小道具になるみたいだった。

百本目の?椈燭が消えて、部屋は暗闇に包まれた。暗闇の中で生暖かい風がみんなの間を通り過ぎる。換気のために窓を開けていたので、風で火が消えないようにずっと窓辺に立っていたけれど、あんまり意味はなかった気がする。
「結構怖かったわ。終わりよければ全て良しねぇ」
「百本目に金糸雀を持ってくれば良かったわ」
「ちょ、どういう意味かしらそれー」
ちなみに雛苺は百物語が始まる前は「貴女は怪談を話すよりも、みんなの前で苺スパゲッティーを食べてる方がよっぽど怖いんじゃない」なんて言われていたけれど、オディール仕込みの兎男の話はかなり怖かった。
「よ、余興としてはそこそこおもしろかったですね」
「そうだね、姉さん」
双子を見ながら、雛苺がひそひそ声で話しかける。
「どう見ても一番怖がっていたのは翠星石なの」
「…秘密にしとこう…」
「世話が焼けるのねー」
「…ね」
「誰か電気をつけて頂戴」
座りながら指示を出す真紅。蒼星石が立ち上がったようだった。
「うわぁ、すっかり足が痺れてるよ」
「ずっと座りっぱなしだったものねぇ」
「火のついた燭台を倒したら、火事になるもの。しかたないでしょう」
「さすがのおじじも別荘を丸焼けにしたら怒り狂うですよ」
スイッチはどこだったかな。…あった」
「きゃああああ!」
明かりが付いた瞬間、雛苺が悲鳴を上げた。
「どうしたの!?」
「一瞬窓に映る薔薇水晶が真っ白に見えたのよ」

「見間違い程度脅かすんじゃないですよ、まったくもう」
「本当に…見間違い?」
「うゆ…」
「本当に百物語を語り終えると心霊現象が起きるのねぇ」
「こういうのも一夏の経験っていうのかしら?」
「一夏の奇跡と呼びたいですわ」
「お馬鹿さぁん」
水銀燈と金糸雀は面白そうにしていた。
「みみ、見間違いに来まってるです!この話しはもう終わり!!」
翠星石が叫んで、この場はお開き。そうしないと何人か泣きそうだったし。

「僕はさっき作ったケーキを取り出してくるよ。みんなは寝室に戻っておいて」
「私も厨房に用事があるの。一緒に行くわ」
「珍しいわね、真紅ぅ」
「みんな喉が渇いたでしょう?美味しい紅茶を振る舞ってあげるわ」
「普通自分で言う?」
「生意気な子には淹れてあげないわよ」
「それは勘弁」
水銀燈は肩の前まで手を挙げて、冗談めかした降参のジャスチャーをした。
ふふん、と真紅は笑う。
蒼星石と真紅二人と別れて、五人は寝室に向かう。
「あれで高飛車に振る舞うのをやめれば真紅って本当にレディーなんですけどねぇ」
「…たぶん無理」
「カナもそう思うかしら」
「そうよねぇ」
「真紅は凄く照れ屋さんなのよ」
「チビ苺、ああいうのをツンデレっていうんですよ」

五人はにんまりと笑う。
自分では滅多に淹れないけれど、真紅の紅茶は美味しい。
本当は優しい真紅の性格を表しているのか、とても暖かい味がするというのがみんなの評価だった。
まぁ、みんな照れ屋の真紅の前では言わないけれど。

五人は部屋に戻ってから次の余興の準備をし始める。テーブルを出して罰ゲームを用意した所までは順調だったけれど、トランプ派とUNO派で抗争が始まり、やがてトランプ派は大富豪派と七並べ派に分裂し枕で枕を洗う三つ巴の抗争が勃発した。
そうしてしばらくした後、翠星石はふと枕を投げる手を止めた。
「今、なにか音がしなかったです?」
「その手は食わないの!」
「本当に音がしたかしら」
「大方真紅がティーカップを落としたんでしょう。とりあえず翠星石、当たってるからどいて頂戴」
翠星石は音がした時点で水銀燈にしがみついていた。

扉を開けたとたん、奇妙な音が断続的に聞こえている事がわかった。
不安そうに翠星石が言う。
「蒼星石の笑い声ですね」
蒼星石は切り分けたケーキが床に散らばっているのにも構わず、くつくつと背を丸めて笑っていた。
「蒼星石、一体どうしたのよ?」
蒼星石に水銀燈の問いかけが聞こえた様子はなかった。
「素晴らしい。これが肉の器」
蒼星石は歯を剥き出して笑った。蒼星石がする訳もない、禍々しい笑いかた。
「蒼星、石?」
金糸雀の掠れた声は私にしか聞こえなかったと思う。

異様な迫力の笑い方に、みんな蒼星石を見つめる事以外まともにできなかった。
蒼星石はゆっくりと両手を頬に添えた。
「何もかもが明瞭。くくっ素敵ですわ」
うっとりとしたまま、蒼星石が続ける。
「この体、私が貰い受けるとしましょう」

「お前は何者ですぅ!?」
翠星石は誰よりも早く蒼星石に駆け寄る。妹の危機を前にして、翠星石は本当に勇敢だった。
けれど、緑色の茨が蒼星石の背後から噴出した。それはまるで堰を切ったように溢れ出し、通路いっぱいに飛び出し。
壁にぶつかり天井を擦り、噴出の勢いが終われば、それは蒼星石と私たちの間の通路を埋めていた。高さは私の膝ぐらいまであるだろうか。その間にいたはずの翠星石は茨の中に倒れてしまったのか、見る事ができなかった。
「急に茨が出て来たかしら!」
噴出したとき程の早さはないものの、うぞうぞと歩くような早さで茨は私たちに這い寄って来ていた。
「寝室に戻るわよ!」
もとよりたいした距離はない。みんな走って部屋に戻る。水銀燈は眉間に皺を寄せ、厳しい表情をしていた。
「刃物を探して!」
あくまで水銀燈は二人を助けようとしていた。大急ぎで荷物をひっくり返し、使えそうな物を探す。
「なにもないの!」
雛苺が叫び返す時にはもう茨は寝室の敷居を越えていた。
私は扉を叩き付けるようにもう一度閉めた。
所詮は実体のない霊が無理矢理顕現しているのだから、茨一本一本はもろい物で、扉に挟まれた茨はぶちりと千切れて消えた。
「ここは私が押さえるから、今のうちに窓から逃げて!」

「なにがあったの?」
みんな激しく扉が打ち付けられる音に驚いたみたいだった。次の瞬間ドン!という思い切り扉に体当たりしたような衝撃。
微かにでも凄まじい量の衣擦れのような音が聞こえる。なにかを巻き取るような音。私は扉の向こうで何が起きているのかを悟った。
茨は脆く、動きは遅い。でもそれも一本一本でのこと。束ねられてしまえばそれは大きな丸太のような物だ。音からして、さっき扉にぶつけた時よりも確実に大きい奴がくる…。
「早く逃げて!」
私が叫ぶのと、束ねられて大蛇のようになった茨が扉を私もろとも吹き飛ばすのはほぼ同時だった。
「…うあ」
棘の付いた大蛇が鎌首をもたげ、部屋中を睥睨していた。その外周はここにいる人間が手をつないで輪になればちょうどいいぐらいだろうか。大蛇の表面は蚯蚓が這っているかのように動き続けている。
「これほどなんて」
これではとても敵わない。
「もうおしまいかしら!」

「破ぁーーーー!!」
腹の底から出している低い叫び声が聞こえたと同時に青白い光弾が炸裂した。
金糸雀が快哉をあげた。
「Tさん!Tさんが来てくれたかしら!!」
光が収まると、茨の蛇の姿は跡形もなかった。
そのまま、その人影は部屋を駆け抜け廊下に飛び出した。
「女性に取り憑いて急速に知恵をつけたらしいけれど、薔薇はおとなしく咲いているのがお似合いよ!」
「破ぁーーーー!!」
もう一度青白い光が見える。廊下でTさんがどうやら茨の幽霊にとどめを刺したようだった。
なにもかもが悪い冗談のような雰囲気に金糸雀以外の全員あっけにとられていた。

「Tさん、三人は無事かしら!?」
「もちろん!はやく三人をベッドに運ぶのを手伝って」
言われて、ようやくみんなが動き出した。

事が落ち着いてみれば、Tさんは古風な顔立ちと泣きぼくろが印象的な近所の中学校の制服を着た女の子だった。
「Tさんの前ではあらゆる怪奇が無力かしら!」
「すごいのー!」
「拍子抜けよぉ」
「私が紅茶を淹れている間になにがあったのか、誰か説明しなさいよ」
「それがさっぱり思い出せないんだ」
「ですぅ」
みんなてんでばらばらに喋っていた。そんな中Tさんが私の方を向く。目が合う。
「騒霊のようなまねをするのは疲れるでしょうに、よく持ちこたえてくれましたね」
「…騒霊?」
「騒霊って。こんなときに人を霊に例えるのは感心しないかしら」
「いえ、私が声をかけたのはその紫の方じゃなくて、背後の白い方のほうです。私が来たとき、必死に扉を押さえこんでいました。あの数秒がなければ、誰かが危険な目にあっていたかもしれません」
Tさんはお辞儀をした。その拍子にぴょこんと背中に背負った竹刀袋が跳ねた。
みんな唖然とした表情で私を見る。薔薇水晶を見るから、その背後にいる私の方を向いているのではなく、本当に私を見ようとしているみんなの視線に、私は戸惑った。
「なんにも見えないの」
「その守護霊はたぶん紫の方の親類縁者でしょう。大切にしてあげてください」

Tさんはそう言って帰って行った。薔薇水晶の守護霊である私の姿を見、声を聞けるなんて。
寺生まれってスゴイ。私はそう思った。

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