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 長い縦穴を抜けた先は薄っすらと光の差し込む森の中。真紅は久々の光を、いかにも眩しそうに
手で防ぎながらも、安心した様子でふぅ、と息をこぼすのだった。



              "The Unknown"
             第六話『薔薇水晶』



 出てきた場所はそれほど深い位置ではなかったらしく、少しばかり歩いたところで視界は一気に
開けてきた。そこにあったのは…

「これが、古代都市…」

 伝承では、『原初の女』が魔女を封じる際に犠牲となったと言われている都市。真紅の目の前に、
恐らくその一部と考えられる建造物がいくつも存在していた。煉瓦造りの重厚なつくりの家々にし
っかりと舗装された道路は当時、人々がそう低くない生活水準を保っていたことを思い起こさせる。
 また、その建造物の並びは非常に考えられたものであり、激務に次ぐ激務の日々で芸術品などを
あまり見る機会のない真紅の目にも、非常に美しい町並みであることは理解できた。

 ほっ、とするのもつかの間、真紅は慌しく各家を改め始めた。運が良かったのだろうか、彼女の
目的のものはすぐに見つかった。 


「流石に二日も戦い続けて磨耗していることだし…装備を修復しておかないと」

 真紅の持っている武器はここ二日の連戦に次ぐ連戦ですっかり磨耗していた。剣は血と油で鈍り、
防具は過度の衝撃を受けていたるところにひびが散見できる。このような武具ではこれから先を戦っ
ていくには心もとない。

「…火が入っている。誰か、ここを使った…?」

 鍛冶屋の設備は非常に手入れが行き届いており、すぐにでも修繕を開始できる状態であった。し
かしここは打ち捨てられたはずの街。なぜ、そんな場所の鍛冶屋がこんなにも立派に機能している
のか。
 頭に浮かんだ疑問はいくら考えても晴れることはなく。ため息を一つつくと、真紅は手馴れた様
子で作業にとりかかる。
 十分に刀身を熱し、打ち、更には研ぎ石でゆっくり、しかし力強く研いでいく。鎧や小手は金属
板を置いてあった手ごろなものと取替える。それらの動作は実に澱みがなく、何度も何度もこうい
った作業を行った経験を彼女が有していることを示していた。

「こんなものかしらね」

 武具の修繕を終え、鍛冶屋から出た真紅は水銀燈の痕跡を探す。
 すると町外れの森へといたる木々の一つに、明らかに刀でつけられた傷を見つけた。それは間違
いなく、ジュンが残したもの。彼は、水銀燈と巴に捕らわれた身でありながらも、隙をついてこの
ような目印を残してくれていたのだ。

「ジュン…ありがとう」

 真紅がそう呟いて、森への一歩を踏み出そうとした、その時。 

「…羽虫を…追いかけて。……彼らは…『魔』を……好むから…」

 突然の掛け声に、彼女は即座にその場を飛びのき、先ほど修繕した剣を構えた。
 改めて声のした方に目をかけると、そこに立っていたのは…紫の女。
 このような危険な土地にいるにしてはその装備は非常に軽装であるその女は、明らかに真紅と同
じような―――隠密行動や暗殺を前提とした任務を請け負う者に間違いなかった。

「あなたは…誰?」

 真紅はかみ締めるように言葉を放つ。それは明らかに、目の前の女への猜疑心を孕んでいた。

「あなたは…誰?」

 真紅が明らかに自身への敵意を有していると知り、それでもなお女はにやりといやらしい笑みを
浮かべながら、 鸚鵡返しで答えてきた。その様子はかなりの余裕と同時に、何か不気味さを感じ
させる。

「…質問に答えて頂戴。あなたは、誰?」

 真紅はその余裕を制するように、一つ一つの言葉をかみ締めながら、力強く言い放った。
 その様子に謎の女は少し嬉しそうな、しかしやはり妖しい笑みをこぼしながら答える。それはあ
たかも真紅のことを『自分よりも格下だ』と言っているかのようであった。

「私は…薔薇水晶。…貴女と……同じ…」
「リスク・ブレイカー、だと?」

 真紅の返答に、薔薇水晶は言葉を返さず、ただこくり、と頷く。

「私とは何か別の任務でここに?」

 これ以上彼女の一挙手一投足にかかずらわるのは時間の無駄だと判断したのだろう、真紅は最早彼
女の反応を意にも介していなかった。

「…長官に、命令されて……あなたの、応援…」
「リスク・ブレイカーは単独行動が原則よ。それに、任務途中での作戦変更もありえないわ」

 再度猜疑心むき出しで答える真紅。その様子に、薔薇水晶はやれやれ、といった様子で肩をすくめ
ながら答えた。

「…あなたは……何も知らない……原初の女……この森…水銀燈……」
「あなたは知っているとでも?」
「……知らないのは、あなただけ……」
「…なんですって?」
「異形のものたち……『魔』…議会や長官達は知っているの……ただ、『極秘』なだけ」

 その言葉にある程度は警戒心を解いたのか、それとも情報がある程度は有益だと判断したのか。彼
女は武器を収め、薔薇水晶に話の続きを促した。

「…続け…うっ!?」

 しかしその瞬間、彼女は目の前が歪むような感覚に陥った。次に目を開けたとき、彼女の目の前に
居たのは、真っ白な鎧に身を包んだ眼帯の女と…

「…す、水銀燈…?」

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「ここから進めそうね」

 聖十字騎士団の一人、オディール。彼女もやはりこの不気味な場所を探索中であった。

「…何をしてるの?」

 彼女が問いかけた先にいたのは…真っ白な鎧に身を包んだ彼女達の部隊の長…雪華綺
晶だ。

「古代文字ですね。最近刻まれたのでしょう。まだ、はっきりと読めますわ」
「手がかりになりそう?」
「さあ、どうでしょう」

彼女は壁に刻まれた古代文字を解読していた。

「…分かりました。これは結界のための呪文ですわね。外部から何者も侵入させないよ
う、刻まれたものでしょう」
「…じゃあ、何故私たちはここに?」

 オディールの疑問はもっともだ。結界が張られているはずの街に彼女たちは立ってい
るのだから。

「当然、解かれたからに決まっていますわ。…誰か、『どうしてもここに招かなくては
ならない客』がいたのでしょうかね…うふふふふ」

 雪華綺晶は上品に、しかし不気味に笑ってみせる。その様子に少々気おされながらも、
オディールは再び彼女に疑問を投げかけた。

「国教会は原初の女…その力を悪用されないように管理するのよね?」
「…ええ、もちろん。水銀燈のようなテロリストに、そのようななものを預けるわけに
はいきませんからね」
「水銀燈はは『魔』の全てを手に入れたと思う?」
「さあ。まあ、手に入れたとすれば、我々はこうして会話していられないでしょうね」
「『魔』…ね。全てを手に入れればどんなことでも?」
「そうですわね。…世界の盟主になることだって可能でしょう」
「世界の……盟主…それほどの…」

 『世界の盟主』。雪華綺晶の口からこぼれたその言葉は予想以上のスケールを持って
オディールに襲い掛かる。彼女は一瞬、言葉を失った。 





「…手に入れてどうするというのぉ?」 






 突如、静寂を破ったのは甘ったるい猫なで声だった。二人があたりを見回すと、建物
の影から現れたのは…

「水銀燈……」
「あなた達こそ、手に入れてはならないものだと、私は思うんだけどぉ?」
「何をおっしゃるのです。長年、貴女とめぐ様が隠匿していたのは何のため? その力
を用いて人心を、いや、神をも支配しようとしているのではないのですか?」

 水銀燈の、人を見下した物言いに声を荒げることもなく、雪華綺晶は淡々と返答する。
しかしそれに対する水銀燈の返答は、狂ったような馬鹿笑いだった。

「あっははは! やめてちょうだぁい。人の弱い心につけ込んで、民衆を支配するのは
あなた達国教会の専・売・特・許、でしょ? 原初の女の『奇跡』をエサに人心を食い
ものにしているのはあなた達。…いえ、貴女もその弱い人間のひとりかしらね?『信仰』
という名の麻薬に冒された哀れな子羊…ねぇ、オディール? でも、貴女を救ってくれ
るはずの彼女はもっとも邪悪な悪魔の一人かもしれないわよぉ? うふふふふ…」
「黙れ!」

 声を荒げて水銀燈に喰いかかったのは、雪華綺晶ではなくオディールであった。団長
を侮辱されたことが腹に据えかねたように見えるが、しかしその怒りは度を超している。

「オディール…耳を貸してはなりません。『悪魔』に付け入られますわ」

 そんな彼女を雪華綺晶は、やはり声色を微塵も変化させずに諌める。そんな様子を見
た水銀燈は、まるで関心したかのようにほう、とため息を漏らした。

「ふぅん……。さすが国教会の代理人だけはあるわねぇ。たいした精神力よ、雪華綺晶」
「…『支配』は貴女だけの特権ではありませんわ」

 その言葉を聞き取るや否や、『何か』に感づいたかのように水銀燈は右方向へ飛びの
き、先ほど自分の立っていた場所を睨み付けた。しかし、そこには何もあるはずも、ま
してや『誰が』いるはずもなく。改めて彼女たちの方向を向き直った水銀燈に、雪華綺
晶は不気味な笑いを投げかけていた。

「特権ではないと言ったはずですわ。うふふふふ…」

 ふん、と鼻を鳴らして水銀燈はまた建物の影へと吸い込まれるように、消えていった。
それを追おうとするオディールではあるが、当然、水銀燈は影も形も、まるで煙が蒸発
するかのように消え去ってしまっていた。 

「無駄ですわ。先を急ぎましょう」
「あの女…くっ……!!」
「心行くまでお逃げなさいな。…どうせ貴女は私たちの『モノ』になるのですから」

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「…あら…お帰りなさい……」

 はっと真紅が我に返った時、目の前に広がっていたのは最初に自分がいた風景と、先ほ
どと全く変わらぬ姿勢でそこに立ち続けている薔薇水晶だった。

「…今のは、一体……?」

 真紅は今自分が見たものを全く理解できないでいた。自分の目の前にいる雪華綺晶と呼
ばれる女と、水銀燈。そして『オディール』という名で呼ばれる自分。まるで『オディー
ルの視界を奪った』かのような経験。

「………ほらね……何も…知らない……」

 薔薇水晶は改めていやらしい笑みを浮かべる。真紅はその笑みにまた一抹の不信感を募
らせつつも、意を決して、話を聞くことに決めるのだった。

「…続けなさい」

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