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「しんくぅ~……」

「ごめんなさいなの……」

「いいのよ、もう。 ジュンにかんしゃなさい」

低頭のふたりを前に、落ち着きはらった真紅お嬢様。目にまだ少し赤さが残っているが、
彼女の顔は余裕に満ちており、先ほどまでの弱々しさなどもはや見る影も無い。

「それよりあなたたちもめしあがれ。 お母さまの料理はせかいいちよ」

すっかりぬるくなってしまった紅茶で満たされたティーカップを優雅に傾ける淑女。
温度だ何だと一言持っていそうな、もっと言うなら紅茶についてうるさそうな
イメージがあるが、別段気にした様子も無く紅茶を飲んでいる。先ほどまでの一件に
真紅も仕方ないと思っているのか、はたまたそれがジュンの淹れたものだからか。

「じゃあ、いただきまぁす」

「いただきまーすなのー」

「いただきます」

真紅からの手打ちの言葉に、全身を縛っていた緊張をはぁと解いたやんちゃふたりと
まじめさんひとり。どうなる事かと恐々していたが、よかったよかったとひと安心。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/05/29(土) 19:51:08.52 ID:Gx3BpdEy0 [3/13]
正直これ以上お腹の虫をごまかし続けるのは無理だったのか、彼女のお許しをいただくや
否や、即ヨーグルトパイを切り分ける水銀燈と、同じくベリーパイを切り分ける雛苺。
巴はまずちゃんと手を合わせると、おしぼりで手を拭いてからお皿を彩るサンドイッチの
ひとつに手を伸ばした。

「ジュン、どれを食べたい?」

「んー、どれでも」

料理の並ぶ場所からちょっと離れたところで、改めてくんくんの体を癒しているジュン。
ティーカップを置いて甲斐甲斐しく彼のお腹を気づかうのは、彼の自称あるじ。
下僕の世話をする主とはまた珍妙なものだが、言うのは野暮というものか。

「どれでもじゃわからないわ。 ちゃんと言ってちょうだい」

「じゃサンドイッチ」

リクエストを受けたお嬢様は、タマゴサンドとハムサンド、トマトサンドを小皿に
取って、濃縮還元でないきわめてフレッシュなオレンジジュースと共に、ジュンの元へ
と運んでいく。

働く男と支える女の図式。巴さんはひとり黙ってツナサンドをパクつきながら、そんな
何かいい感じなふたりの様子を眺めていた。

「ふーん」

激震の一件が落着した安心感からか、つい先ほどまではにこやかな顔の菩薩様で
おわしたのだが、いまの彼女の目には隣国に領土を侵された武人がみせる冷たさが
宿っている。

「ふぁー、ほいひー!」

「んまいのー!」

一方、水銀燈と雛苺は目の前の大好物に気を取られてしまっている様子で、ひたすら
パイをほおばっていた。ヨーグルトパイを食べてヨーグルトドリンクを飲む乳酸菌
好きな少女の徹底ぶりと、ベリーパイを飲み物無しで食べ続ける苺大好きな少女の
執着ぶりは、かなりのものだ。ちなみに、彼女らの食すパイはどちらも1ホール直径
30センチはあるが、とうに半分が皿の上から消えている。

「はい、あーん」

「いいよ。 食べれるって」

促すように口を開けつつ、2つ切りにされた如何にもサンドイッチなサンドイッチを
差し出す真紅。パンよりも柔らかなからかいが、裁縫にかかりきりの少年めがけて
ずずずずずいっと迫りくる。

さすがにこれは恥ずかしさが勝つのだろう。赤ちゃんやカップルに見られるそれを
善しとしなかったジュンが、裁縫針と踊る右手をいったん休めると、荒く潰され
マヨネーズと混じりあったタマゴがひしめく美味しそうなそいつをさっと受け取り、
ガブリとひとくち食いついた。

「ふぅーん ……」

照れるジュンに、微笑む真紅。手づくりの味を噛みしめながら、ウフフキャッキャと
黄色い空気に包まれているおふたりさん。見守る巴は、先ほどまでのツナサンドとは
違う、何かよくわからないがとても固いものを口にしている様子で、噛みしめている
口からギリギリギリギリと、周りを不安にさせるような音を奏でている。

「…… ねぇ、真紅ちゃん。 そのくんくん、どこで買ったの?」

「え?」

「雛苺が、見たことないって言ってたから」

オイオイそんなにくっついちゃってあんたら、といったまろやかムードのカットに
乗り出す巴さん。突然話を振られて話が染みてきていないらしい、キョトンとした真紅の
顔を見る限り、どうやら換気には成功した様子だ。

「ヨッシャア! ヨーグルトパイおかわりよぉ」

「ベリーパイついかはいりまーすなのー」

にわかに緊迫を帯びるトライアングルも知らぬとばかりに、水銀燈と雛苺はひたすら燃料
補給にいそしんでいる。好物なのはわかるが、ちょっと食べすぎではなかろうか君ら。


「え、それってどういう」

ジュンの顔とその手元をチラリひと覗きすると、自分がとてもすばらしいものを
こっそりと抱き込んでいるような、優越感をにじませた誇らしげな笑みを巴に差し
向ける真紅。挑戦的とも取れるそれは巴にとっていささか、いや、かなり面白くない
ものに映ったようで、彼女の声と目つきがいくばくか冷え込みを増した。

「いいのよ、これはわたしと」

しかし、冷気に晒されながらも真紅は堂々としたもので、飲み頃を逸したがなお
熱いままの紅茶をカップに注ぐと、ひとつ口をつけて再度ジュンの横顔をうかがい

「もうひとりだけが知っていれば」

口元を隠すようにまたひと口。見るからにお高そうな茶器のむこうのしめった唇は、
カップの泉の香り高い琥珀色の水面と同じく、きっと穏やかな波を描いているのだろう。

「…… ふぅぅぅぅん」

ときに柏葉巴という娘は、美少女と呼ぶになんら差しつかえのない子である。
齢7、8にして、すでに和美人の才気ただよう整った顔立ちだ。
ひるがえって、その面持ちに怒りの色を1滴ばかり落とすと、整っているがゆえに
バァッと色は一気に広がり、けっこうな迫力を発揮する。

とはいえ、それにひるむタマではない真紅さん。大地にしかと根を張った巨木のごとく、
吹きつける風を平然と受け止める。が、矛の切っ先は彼女のみでなく、まだまだ幼い
苗木の少年にもまた向けられていた。

「な、なんだよぅ」

びしびしとぶつけられる乙女の怒気にもぶれることなく、くんくんを補修している指先は
しかと役目をこなしている。さすが神の手と言うべきだろうが、それとは裏腹に本体たる
ジュンは明らかにおののきを感じている様子だ。

「ジュンくん、あーん」

ぷんすかと言わんばかりの面持ちそのままに、巴がジュンへキューカンバーサンドを
差し出した。マヨネーズとバターに混じるきゅうりの青い香りが、少年の鼻腔に夏の
空気を届ける。


「あーん」

「あ、ごめん、僕きゅうりはちょっと」

「あァん!?」

「いただきますっ!」

怒涛の攻めでみごとにおよび腰のジュンを押しきり、手ずからにサンドイッチを
食べさせる事に成功した巴。ついでに子供らしい好き嫌いを克服させた彼女の手腕は
大したものだ。

「むぐむぐ」

「ふふっ、ジュンくんったらくいしんぼうさんだね」

「ぬぅぅぅ ……」

必死そうにふたくちみくちサンドイッチをかじる少年と、どうよと不適な視線で
こちらに語りかけてくる少女を見据えながら、真紅がむむっと唇を尖らせる。

「ジュン! 男の子は肉を食べないとだめよ!」

食べ物を手渡すのと食べさせるのとでは、恋する乙女の心持ちとしても大きく水を
あけられた気分なのだろう。両手にハムサンドをひとつづつ装備した真紅が、
まだきゅうりと格闘しているジュンに再び三角形を突きつけた。

「あぁ、あーん」

「うふふ。 いい子ね、ジュン」

もう羞恥よりも恐怖と達観が勝ったらしく、素直にハムサンドをぱくつく雛鳥ジュン。
悶着なしに食べさせた事に気を良くしたのか、真紅はこんな状況でさえなければ本当に
綺麗だと思える笑顔で、減りゆくハムサンドを見守っている。

「じゅ、ジュンくんほらっ! サンドイッチばっかりじゃ飽きたでしょ?」

余裕を取り戻した真紅の笑みに劣勢を感じたのか、巴が大皿に盛り付けられた
野菜サラダの大ぶりにカットされた赤いトマトを、下に盛られたレタスごとフォークで
刺して少年の口元にビッと差し向けた。

バルサミコの香りが効いたドレッシングが、ぽたりと滴り落ちているのもお構いなしに。

「あーん!」

「え、あ、その、僕トマトは」

「あぁァん!?」

「いただきますっ!」

怒涛の攻めでみごとにおよび腰のジュンを押しきり、手ずからにトマトサラダを
食べさせる事に成功した巴。ついでに子供らしい好き嫌いを克服させた彼女の手腕は
大したものだ。

「ちょっと巴、さっきからジュンのきらいなものばかり食べさせて! いいかげんに
 したらどうなの!」

「そっちこそ、ジュンくんがやさしいからってべたべたしすぎよッ!」

「なによ!」

「なんなの!」

とうとう勃発した、真紅と巴の領土戦争。明確に牙を剥きあいにらみ合うふたりは
互い以外の何ものも目に入っていないらしく、脅威のスピードでくんくんの補修を
終えたジュンがそろーっと後ろににじり退いたのにも気づいていない。

「だいたいジュンのこのみも分からないなんて、それでよくジュンのそばにいられた
 ものね!」

「すきな物ばかり食べさせるのがいいことじゃないわ! あまやかしてばっかりじゃ
 だめでしょ!」

「そんなの時と場合によるのだわっ!」

「じゃあどんな時よッ!」

裁縫道具をポケットにしまいながら逃げて行くジュンにも気付くことなく、不毛な論争を
白熱させているおふたりさん。いままさにヨーグルトパイとベリーパイの2ホール目を
制覇せんとしていた最強タッグの雛苺&水銀燈も手を止めて、いつの間にか凄いことに
なっていた対岸の火を唖然とした顔で眺めている。

「あ、ジュン。 なんなのぉ、あれ」

「わかんない」

「あい、ジュン、さいごのひと口あげちゃうの」

明らかにかじった跡が残っているベリーパイをひと口分、ジュンの口に押し付けた雛苺。
パイの食べかすを口のまわりにひっつけてニコニコしている彼女を見ていると、向こうの
激闘が幻のようだ。


「あぁ、ありがと」

「えへへへ」

「はいヤクルト。 のどかわいたでしょお」

「水銀燈もありがとな」

「うふふ」

同じ少女ふたりであるのに、なぜこうも違うのか。にこにこ溢れる雛苺と水銀燈に
囲まれて、羞恥心が麻痺したジュンは普段なら絶対にやらないであろう食べさせっこ
なども行いつつ、優雅な食事を満喫してた。

「だいたい何なのだわそのホクロ!」

「なっ! ホクロはかんけいないじゃないホクロは!」

夏の太陽のように無尽蔵なエネルギーを発散するかのごとく、実りも何も無い会話を
続けているふたりを、くんくんが相変わらずのベロンとした顔で見上げていた。

「うふふふふふ♪」

「あははははは♪」

「うよ~っ♪」

「このホクロメイデン! ホクロメイデントモエメント!」

「だからホクロはかんけいないじゃない!」
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