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今や白崎と槐は、幾重にも重なり合う敵空母内の通路を、天駆ける毘沙門天の如く突き抜けていた。
もはや一時の猶予も無い。通路が交差する地点で一度止まり、左右からの敵を警戒するような暇も。
前を走る白崎は前方だけを見据え、後に続く槐は時おり後方に注意を向けて、互いに背中を預けている。
両者とも、構える百式機関銃の銃身だけは全く上下させず、目線と射線とを完全に一致させて進む。
中野学校での苦しい戦闘訓練の日々は、今この刻のためにあった。無言の二人は同じ思いでいた。
彼らは駆けた。自らの死に場所へ向かい、一度に数多の生命を奪い去るものが蓄えられている場所へと駆けた。

桜田以下二名は、すぐ傍の通路を自動小銃で武装した米兵達が駆けていくのを、通気ダクトの暗がりに隠れて
やり過ごしていた。
ジ「敵が動き出したな…」
笹「我々の狙いが見破られたのでしょうか?」
ジ「恐らくな。…よし、予定には無いが、ここで敵を混乱させてやるか」
梅「混乱…ですか?」
桜田は敵が走り抜けたのを見計らって通路に出、あるものを探し当てた。

艦橋・操舵室
フ『警備隊は何をやっとるんだ、まだジャップ共を仕留めとらんのか…!!」
フィッチャー司令官は苛立ちを全く隠さなかった。傍にいる参謀が恐る恐る口を開く。
 『恐らく、敵をまだ捕捉できていないものと…』
フ『無能共めが!真珠湾に帰港したら全員地上勤務に回してやるっ!』
その時、操舵室の電話が鳴った。近くにいた航海士が出ようとするのを突き飛ばし、フィッチャーは自ら受話器を握った。
フ『何だ!』
 『報告します!敵は艦底へ向かっております!至急全警備隊をそちらに回してください!』
フ『艦底だと!?奴ら弾薬庫に向かっているのではないのか!?』
 『は、敵はキングストン弁を爆破するつもりかも知れません!』
フ『…ふん、馬鹿なジャップ共め。キングストン弁を吹き飛ばしたくらいでこの『キティホーク』が
  沈められると思うのか…よし分かった!』
フィッチャーは受話器を下ろし、再び持ち上げて艦内放送に切り替えた。
 『全警備隊は艦底に向かえ!ジャップはそこだ!繰り返す、全警備隊は艦底に向かえ!』

白「この放送は…?俺達が艦底にいるだと…?」
下へ降りていく敵の足音を聞いて、艦内梯子の裏に隠れていた白崎と槐は顔を見合わせた。
槐「…分からん。言えるのは、事が俺達に有利に進んでいるって事だ」
白「…確かにな。弾薬庫まではあとどれ位だと思う?」
槐「もう少し進んで下の区画だろう。空母に乗艦したことのある梅岡と笹塚の予想によればな。
  空母の構造なんてどこの国でも大して差は無いと言ってたよ」
白「あいつら、大丈夫かな…」
槐「…俺達の足手まといにならないよう、別行動を採ることにしたのかもな」
しばし黙り込む二人。
だが、敵の足音が遠ざかったのを知った二人は、次の瞬間にはあっという間に駆け出していた。

ジ「…やったな。上手く騙されてくれたな」
通路の壁に備え付けてある電話機を使って艦橋の操舵室に電話をかけ、米兵に擬してニセ情報を送り込んだ
桜田は、再び暗がりに戻ってほくそ笑んでいた。
笹「司令は本当に英語がお上手ですね」
梅「ここまで簡単に引っかかってくれるとは思いませんでしたよ。白崎と槐の援護になりましたね」
ジ「…ああ。海軍兵学校で叩き込まれたのがここで役に立つとは思わなかったよ。少ししたらまた混乱させてやる」
そう言いつつ、桜田はもう体力がそれほど自分に残されていないことを感じ取っていた。
立っているのすら本当は億劫で、いっそのことこのまま倒れてしまいたくなる。
暗がりの向こうで銃を握り締める梅岡と笹塚の顔も、迫る疲弊と死相を浮かべていた。
だが、まだ終わるわけにはいかない。
三人は行動を再開し、見つからないように艦内梯子を上って操舵室を目指した。

白「あれだ…!!」
白崎と槐は、ついに『キティホーク』弾薬庫をその先に発見した。
が、用心のためなのか、すでに弾薬庫にはかなりの数の警備兵が立ち、人員用の出入り口を固めている。
暗がりの中に潜む侵入者に、彼らはまだ気づいていない。
槐「9…10…。なんてこった…警備がいるなんて」
白「まあ、今まで敵と遭遇しなかっただけ幸運だ。…やるぞ」
槐「ああ」
言うが早いか、白崎は銃を構えると同時に発砲した。敵が数人倒れ、残りは慌てて弾薬庫内に姿を消す。
二人は一気に開いたままの入り口まで走るや手榴弾のピンを抜き、発火させたのちに入り口の影から
腕だけ出して弾薬庫の中に投げ込んだ。2発の手榴弾が爆発し、煙が立ち込める。
槐はその隙に反対側へ走り、白崎と二人、入り口の開かれた空間を隔てて向き合うような形で一瞬
頷き合い、今度は銃だけを入り口の影から出し、内部に向けて構え、乱射した。
侵入者が入ってくるのを待ち構えていた敵兵らが悲鳴を上げるのが聞こえてくる。
弾倉を撃ちつくした二人は、今度は鞄に詰めた手榴弾を一個だけ発火させた状態で、入り口の影から
思い切り投げ込んだ。
先ほどとは比べ物にならない爆発音がし、突風が煙を伴って通路側になだれ込む。
弾倉を入れ替えた白崎と槐。
白「いくぞ!1…2…」
槐「…3!」
二人は一気に、煌々と明かりが灯る弾薬庫内部に踏み込んだ。
…初めて見る空母の弾薬庫は予想以上に巨大だった。小さな講堂くらいの空間の中に、大小さまざまな
種類の航空爆弾が、骨組みだけのコンテナのようなものにおさめられて高く積み上げられている。
床にはレールが敷かれ、可動式の隔壁で隔てられた向こう側にまで伸びていた。その向こうが艦載機の
格納庫であることは言うまでもない。
硝煙の中、敵はあらかた斃れていたが、数人が手榴弾の破片にやられて倒れ、呻いていた。
『悪いな、これが戦争だ』
白崎と槐は百式機関銃を下げ、代わりに腰の南部拳銃を抜いて、懇願の眼差しを投げかけてくる敵兵の頭を
次々と撃ち抜いていった。
…彼らはそう訓練されていたのだ。
乾いた音、薬莢が落ちる音が続いたのち、呻き声は止んだ。
二人はただちに拳銃を戻し、爆弾の入ったコンテナの一つに向かった。
50キロ爆弾だけでも、数え切れないほどの量が詰めこまれている。
白「ここから先はお前の仕事だな」
槐「ああ」
手先の器用な槐は、爆発物の扱いが非常に優れていた。
彼は背嚢からニッパーやらスパナやらの工具類を取り出し、目線と同じ高さにある50キロ爆弾の信管を
引き抜く作業にかかり始めた。

再び艦橋の電話が鳴った。
フ『どうした』
 『敵は艦底には居りません!先ほどの放送を聞いて向かってみたのですが…』
フ『何ぃ!?…さっき艦底に向かったようですと報告してきただろうが!』
 『…?自分らはそんな報告はしておりませんが…』
フ『…何だと?…貴様の姓名は?』
 『自分は警備隊中尉、A・シュワルツネッガーであります!提督には何度かお会いしたことがありますが』
フ『今すぐ弾薬庫へ向かえ!急げ!』
フィッチャーは電話を叩き付けた。先ほどの電話報告…あれは味方が出したものではない!
その時、また電話が鳴った。一番初めの電話と同じ声だった。…今更ながら、フィッチャーはこの相手の発音が
ネイティブのものとは微妙に違うのに気づいていた。
 『報告します!敵が目標を変え…』
フ『お前は誰だ』
 『…』
フ『…ジャップだろうが。猿が我が母国語を操るとは生意気な』
 『やっと見破ったようだな。今までまんまと騙されていたとは恐れ入る。自分は大日本帝國海軍
  少佐、桜田ジュンである。貴官が…第58機動部隊のフィッチャー司令だな?』
フ『…よく知っているな』
 『知っているとも。貴官の指揮下にある艦載機は、我が同胞それも非戦闘員をも無差別に殺傷して
  楽しんでいるのだからな。そんな非道を働く連中の親玉の名ぐらい、日本では知れ渡っているさ』
フ『…貴様らの目的は何だ!今どこにいる!』
 『知っているはずだ。キングストン弁の爆破だ』
フ『嘘をつくな!内部に多数の隔壁を備えている軍艦がそれで沈むはずがない事位、ジャップとは言え
  海軍のお前なら知っているはずだ!』
 『…ああ、思い出した。そうそう、確かに我々にはここに来た確たる目的がある』
フ『何だっ!!』
 『我々は貴官ら、いやアメリカ合衆国という国家を祝福しにやって来たのだ』 
フ『…ぁあ!?このジャップめ、俺を馬鹿にしているのか!?』
 『怒鳴らなくても聞こえている…馬鹿になどするものか、いや全くの話。
  貴官のように、女子供を始めとする非戦闘員に対し躊躇無く無差別銃撃を命じることが出来るような
  人間…いや敬意を込めて畜生と呼ばせてもらおうか、そんな貴官はもはや崇拝に値する』
フ『この野郎!減らず口を叩きやがって!』
 『貴様らの敵は我々帝國陸海軍だ!殺したければ軍人である我々を殺せばいいのだ!
  然るに貴様らは、銃後の女子供・老人を虐殺した!父や夫、息子の帰りを待ちわびる人々を、
  何の罪も無い人々を、法と人倫にもとる卑劣な手段を用いて殺したのだ!
  銃撃によって!焼夷弾攻撃によって!!そして…原子爆弾によってだ!!!
  これが自由と民主主義を標榜するアメリカ合衆国の仕打ちか!?
  これが貴様らの信じるキリスト教の神が命じたマニフェスト・ディスティニーか!?
  これが畜生のなせる業と呼ばずして一体何と言えばいいのか!?教えて欲しい。答えろ、フィッチャー!!』
フ『黙れ黙れ黙れ黙れジャップ!!』
 『貴国は間もなく勝利する。おめでとう。それは正統な手段によるものではないがな。
  だが我々はそれでも祝福する。
  我々の血をもって、貴国の勝利を歴史に記し、その滴をもってこの戦争に終止符を打ってやる。
  貴国の勝利を祝う花火をここで盛大に打ち上げてやる。
  貴国の占領政策の始まりを、我々はこの作戦行動をもって大いに歓迎する!』
フ『貴様ぁああああ!!ここへ来い!俺がこの手でぶち殺してやる!』
…電話は切られていた。

桜田達3名は、すでに艦橋・操舵室の近くへとにじり寄っていた。
ジ「…ではこれより突入する。行こう!」
梅「靖国で再会しましょう!」
笹「はい、靖国で!」
桜田は拳銃を抜き、梅岡と笹塚は99式歩兵銃に着剣した。強烈な意思の力だけが、彼らの身体を動かしていた。

弾薬庫の爆破作業にあたっていた白崎と槐の耳に、こちらへ向かってくるであろう大勢の足音が聞こえてきた。
槐「来たか…」
白「間に合いそうか!?」
槐「40秒あればすべて終わる」
白「40秒か…分かった」
白崎は立ち上がり、機関銃の弾倉を入れ替えた。近づいてくる敵の足音に紛れて、ガシャリと金属質な音が響く。
槐「白崎…どうするつもりだ」
ニッパーとコードから目を離さないまま、槐が問う。
白「俺が入り口で敵を喰い止める。死んでもここには一人も入れん」
振り返らないまま槐が答えた。
槐「済まん。今生の別れだ、今まで世話になった」
白「お互い様だ。先に靖国に行ってるからな。一番手前の桜の所で待ってる。では」
白崎は作業に集中する槐に敬礼を投げかけ、入り口へ走る。
遠ざかる足音を聞きつつ、槐は心の中で白崎に礼を言った。

怒り心頭のフィッチャーは、海図盤に思い切り拳をぶつけて粉々に破砕した。
…あの糞小生意気なジャップめ!
突然、操舵室の防水扉が蹴破られる音がした。
振り向いたフィッチャー以下の目に、武装した三人の日本兵が雄叫びを上げて飛び込んでくるのが入る。
梅岡と笹塚は、銃剣をつけた99式歩兵銃で、まず入り口近くにいた航海士達を刺した。
腰の拳銃を抜こうとした参謀の一人が、最後に入ってきた真っ白な制服の士官…桜田少佐の拳銃で胸を撃たれた。
フィッチャーは我が意を得たとばかりに銃を抜き、刺した銃剣をやっとのことで抜こうとしていた梅岡の
頭を弾き飛ばした。これを見た笹塚が憤怒の形相で99式を構え、フィッチャーに目掛けて引き金を引く。
弾はフィッチャーの太い左腕に喰い込んだが、フィッチャーはその日本兵目掛けて3発ほど撃ち返した。
もんどりうって倒れる笹塚。
フィッチャーが最後の一人を始末しようと、真っ白な海軍士官を探そうとし…すぐ目の前に見つけた。
両者は、お互いに拳銃を向け合ったまま、触れようとすれば届く距離で対峙している。
息を整えるフィッチャーと、苦しげであるが憎悪を浮かべている桜田。
それを遠巻きにして、拳銃を構えている米兵が二人。
フ『…ふん。お前がさっきの電話の奴だな?』
ジ『そうだ。自分が桜だ…』
そこまで言った桜田の表情が歪んだ。
フィッチャーの目の前で、桜田は鮮血を口から漏らすようにして吐き出し…拳銃を手放し、膝をついて仰向けに倒れた。
呆然と見ていたフィッチャー以下3人だったが、やがてフィッチャーが下品な笑い声を上げた。
フ『ハハハハハ!最後に勝つのは私だ!傷でも負っていたか、哀れなジャップ…』
銃をホルスターにしまったフィッチャーは、眼を見開いたまま床に倒れている桜田のもとに歩みより、
その顔を蹴飛ばそうとし…胸に鋭い冷たさを感じた。
冷たさは、すぐに物凄い熱さとなってフィッチャーの身体を駆け巡る。
彼の目に、倒れたまま刀を抜き、渾身の力を込めて自分の胸に突き立てている桜田の苦悶の表情が入った。

その頃。
混乱する米艦隊の隙を突いた形で、蒼星石の烈風はその上空へと低空で侵入していた。
操縦しながら、彼女は息をのんだ。
敵の巨大な正規空母が、それも4隻、舷側に破口を開けて煙を吐き出して傾いている。
…桜田司令達はたった一機で突入したはずだったのに!
驚愕が操縦に影響を与えるのを抑えつつ、蒼星石はまた手探りで何かを探り出す。
そのドイツのライカ製カメラは、かつて父ローゼンベルクが本国で買ってきてくれたものだった。
左親指でフィルムを回す。絞りを一杯に開き、蒼星石は操縦桿から右手をも離してファインダーを覗き込んだ。
甲板上の乗組員が大慌てで走り回っている一隻の傾いた正規空母をそこに入れる。
カシン、という音と共にシャッターが下り、フィルムに哀れな空母の姿が焼き付けられた。
蒼星石はフットバーを巧みに操り、同じく傾斜復旧に勤しんでいる他の空母を次々と写真に収めていく。
そして…まだ傾いていない一隻の正規空母の飛行甲板上に、見覚えのある飛行機が胴体着陸しているのを、
彼女は更なる驚きとともに見つけた。
…桜田少佐たちはあの艦の中だ!
そう確信した蒼星石は、一気に『キティホーク』に近づき、真上で旋回を始めた。
他の小型空母が新手の日本軍機を攻撃しようと夜間戦闘機の発艦を始めているのに、彼女は気づいていない。

フ『き…きさ…生きて…かっ…ガハッ!!』
ジ「うおおおおおおおおおお!!」
桜田は、切っ先まで突き刺していた刀を、立ち上がりざまに柄まで押し込んだ。
フ『ぐあああああああああああああっ!!貴様ぁあああああ!!このジャップ!!』
フィッチャーは、自分の懐に入り込んでいる桜田を、もはや言う事を聞かず痙攣する両腕で引き離そうとした。
…だが、出来なかった。その代わりに、彼の手が桜田の頭髪を引っ張った時…
フィッチャーは、いや艦橋のその部屋にいた米兵は、皆言葉を失った。
フィッチャーの手に、桜田の頭髪が、引っ張った分だけ抜けて残っていたのだ。
桜田の頭の海軍士官制帽がそのはずみで床に落ち、彼の頭髪が徐々に抜け落ちていくのを、米兵らは見た。
ジ『思い知れっ!!貴様の指揮下にあった艦載機の機銃掃射で死んでいった非戦闘員の無念を!!
  アメリカの無差別爆撃で生きながら焼かれていった人々の苦しみをっ!!
  原子爆弾に殺された人々、今も苦しんで死んでいっている人々の怨嗟をっ!!!!
  そして見ろ…この僕自身が、これが原子爆弾の傷痕だ!!冥土の土産によく目に焼き付けておけ!!!』
桜田は、憎悪に満ちた瞳と、達成感で微笑を浮かべる口元をフィッチャーに見せ、英語で絶叫した。
その物凄い形相の上を、頭髪がばらばらと滑り落ちていく。
フ『がああああああああっ!!!!!』
ジ「ぬおっ!!」
そして桜田は、憎き敵司令官の身体に深々と突き刺さった、今は無き許婚の愛刀を一気に引き抜いた。
口を大きく開いたまま体中を痙攣させ、なおも苦悶の形相で立っているフィッチャー司令の肥えた身体から血しぶきが上がる。
真っ白な海軍士官制服を己の血と敵のそれで染め上げた桜田は、抜いた刀を振り上げた。
ジ『これで終わりだ!!』
…だが、その刀がフィッチャーの首筋に振り下ろされる前に…
桜田は、彼がフィッチャーの身体から離れた一瞬を見計らって発射された銃弾の雨をその一身に受け…
…背中から再び仰向けに倒れ、絶命した。微笑を浮かべ、刀を握り締めたままの姿で。
だが、倒れたのは桜田だけではなかった。
米海軍第58機動部隊の最高司令官フィッチャー提督は、その巨体を血だまりの中に浮かべて息絶えていた。

突如、蒼星石は機体に物凄い衝撃を感じた。
機首のエンジンと、蒼星石の頭のすぐそこの風防ガラスに、一発づつ銃弾が突き刺さっているのが分かった。
蒼星石が振り返ると、左後方から敵戦闘機2機が追いすがってくるのが見える。
エンジンが一瞬身震いし、蒼星石は背筋を凍らせた。
…僕も堕とされるんだ。今まで僕が堕としてきたように。
だが、エンジンは息を吹き返し、銃弾がめり込んだ辺りから消化剤が噴き出していた。
烈風の防弾設備は生きていた。
…ありがとう、姉さん。蒼星石の胸には、何故か翠星石への感謝が浮かんだ。
生気を取り戻した蒼星石はすぐさまスロットルを握りなおし、旋回して敵戦闘機に向き直る。
…僕の瞳は、君達の青い瞳よりもよく見えるんだよ。例えそれが夜でもね。
対航で敵戦闘機に一気に接近した彼女は、真正面の一機目掛けて引き金を引いた。
一際輝く曳光弾の筋が、目標に吸い込まれて新たな炎を生み出し、その敵を海中に叩き落す。
残る敵機が、なんとか蒼星石の後ろに取り付いて追ってくる。
彼女は思い切り高度を下げ、海面すれすれで敵を振り払おうと、艦隊の真っ只中を走り出した。

爆薬の発火コードを首に結び終えた槐が振り返るのと、入り口で奮戦していた白崎が機関銃を抱えたまま
ゆっくりと倒れたのはほとんど同時だった。
敵が叫び声を上げて弾薬庫になだれ込んでくる。
…間に合ったぞ白崎、お前のお陰だ。
槐は肩に下げていた機関銃を咄嗟に構えるや、突入してくる米兵達に対して折れんばかりに引き金を引いた。
正確な射撃に、あっという間に倒されていく敵兵達。
…一発目から当てるつもりで撃たないんなら機関銃なんてただの爆竹だろうが。一人でも多く道連れに…
そう思った槐の銃が、前触れもなく沈黙した。弾切れだった。
すかさず弾倉を入れ替えようとした槐は…また新たになだれ込んできた何人もの敵が一斉に銃を構え…
「万歳ーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
体中が熱く焼け尽くされていくような感覚は、すぐに永遠の眠気に取って代わる。
槐の脳裏に最期に浮かんだのは…彼に微笑みかける薔薇水晶の姿だった。
血まみれと化した肉体が倒れ、コンテナ一個分の50キロ爆弾の信管に接続された発火コードを引っ張った。

蒼星石が敵を振り払おうと、『キティーホーク』の甲板すれすれを飛び越えたその時。

海が、光った。
衝撃波が、走った。
『キティホーク』は、その巨大な腹に亀裂を生み、そこから酸素を求めて炎が噴き出し、海面を舐めた。
亀裂は艦尾へと走る。
そして、真上に爆炎が噴き上がる。気化した重油が、一気に酸化したのだ。
喫水線から上にあった飛行甲板は吹き飛び、艦橋も炎に包まれた。
真ん中から二つに折れた米第58機動部隊旗艦、正規空母『キティホーク』は、海面で燃え盛る重油と黒煙を残し…
…あっという間に海中に没した。

追っ手の敵夜間戦闘機が爆発に巻き込まれ、障害から解放された蒼星石は、震える両手で再びライカを握り、
…沈みつつある『キティホーク』を、恐らくこの戦争を締めくくる最後の、人びとの巨大な水葬のさまを、
一葉だけ写真に収めた。
オッド・アイから涙が溢れて止まなかった。

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