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 クリスマスなんかに浮かれるのは、女子供くらいのものさ。
 
 などと、生意気にも悟りきったかの如く思ったりする僕は、桜田ジュン21歳。
 彼女いない歴イコール年齢の、ぶっちゃけ冴えないフリーターだ。
 いよいよ年の瀬も迫った師走の25日(しかも金曜日!)の夜。今日も今日とて、僕のスケジュールにはコンビニでのバイトしか入ってない。
 
「ありがとうございました」
 
 酒を含めたつまみを買っていった客に、お決まりの挨拶をする。気持ちなんて込められちゃいない。決まりだから、形式的にしただけだ。
 いかにも学生といった風情のカップルだった。僕に見せ付けるように、ベタベタ腕を組んだりしやがって……。
 死ねばいいのに、とか思ったりしてみる。惨めになるから、口に出したりはしないけど。
 
 だいたい、学生なんてほとんどが4年間を遊びたいだけのリア充どもだろう。
 その大学だってネームバリューで選んだ程度で、将来の夢を実現する通過点として選んだヤツなんか、全体の一割にも満たないんじゃないか?
 合コンでレイプだの、大麻を栽培してたなんてニュースを目にするたび、虫酸が走る。
 こいつら無駄に歳くっただけの糞ガキじゃないか、と。
 
 ま、それを言いだしたらキリないんだけどな。
 電車に乗ってみれば、いい歳したサラリーマンが漫画やゲームに没頭してたり、スポーツ新聞のエロ記事見てたりもするし。
 どいつもこいつも格好ばかりのガキばっかりだ。あんな連中との関わり合いなんか、こっちから願い下げさ。
 
「……ちょっと棚の整理でもしとくか」
 
 カウンターに突っ立ってばかりだと、つまらないことばかり考えてフラストレーションが溜まって仕方がない。
 なにげなく見た時計の針は、夜も更けてきたことを告げている。あと三時間ほどで日付も変わる。
 店内に客の姿はなく、駐車場にも車は停まっていない。
 ここ数日の急激な冷え込みで、駐車場の暗がりにゴキブリみたくたむろする悪ガキ連中も、姿を現していなかった。
 
 静かな夜だな。しみじみと、思った。
 このコンビニは国道から少し離れた住宅地にあるので、深夜ともなると車の走行音も届かなくなる。
 でも、9時でここまで静かになるのも珍しかった。普段は閑静とした中にも、生活的な雑音が聞こえてくるのに……。
 
「やっぱり、クリスマスだからか」
  
 いつもは同じシフトのバイト仲間ベジータも、今夜だけは夕方までで帰った。「俺様、デートなんでよ」だってさ。アホか。
 あれで優越感に浸ってるなら、相当におめでたい奴だ。こっちは別に、羨ましくもなんともないっての。余計な出費が嵩むだけじゃないか。
 哀れみこそすれ、妬む気持ちなんか僕にはない。……ま、同僚の誼みで、ちょっとくらいは祝福してやってもいいけど。
 
    
   ▼   ▲   
 
「……あ、いらっしゃいませ」
 
 その客が訪れたのは、10時半近くだった。
 僕にとって馴染みの深い人物だ。つまりが旧友というヤツで、向こうも僕を見るや愛想よく笑った。
 
「今日も、バイト?」
「うん」
 
 素っ気ない会話は、いつものこと。と言って、以心伝心なほど親密じゃないんだけど。
 要するに、弾むほどの話題が僕らの間にないんだ。接点が減ったと言い換えてもいい。高校時代を出てから別々の道に進んだんだから、当然か。
 
 旧友の彼女は、「そう」と小さく頷き、さっさと商品を見回り始めた。
 これも、いつもどおり。この距離感を疎遠と思うかは人によりけりだろうが、僕は思ってない。
 そして彼女も、同様らしかった。

 多分に僕の希望的観測も含まれているけどね。
 
 
 スナック菓子や珍味の類、総菜などを入れたカゴを手に、彼女はレジに戻ってきた。
 いつもなら、ここでお客に愛想笑いしながら挨拶をするところだけど、顔馴染みの気安さから黙って精算を始めた。
 彼女も、それを不快に思ってはいないようだが、しかし――
 
「おまえは?」
 
 黙ったままでいるのも、なんとなく落ち着かなくて、僕はバーコードリーダーで商品データを読み込ませながら水を向けてみた。
 僕の意図を把握しかねたのだろう。彼女は不思議そうに首を傾げて、まじまじと僕の顔を見つめてくる。
 恥ずかしくなって手元に視線を落としたものの、額の辺りに刺さる視線を感じて、どうにも気まずい。
 
「なにが?」
 
 と、彼女が訊き返してくれなければ、いたたまれなさで失神してたかもしれない。
 
「おまえも、今日は仕事だったのか?」
「あ、そういうこと――」
 
 ようやく意味が解って安堵したらしく、翠星石は微苦笑して、コクコクと頷いた。
 
「そうです。まあ、仕方ないですけど」
「市民病院の看護士だもんな。夜勤なんかも、あるんだろ?」
「ええ。かなりの体力勝負ですよ。だいぶ慣れたけど、おめーなら今頃、過労死してるはずですぅ」
 
 久々に毒舌を振るって、翠星石は双眸を細めた。笑ったと言うよりは、突発的な眠気を催して、睫毛を伏せた感じだった。
 やっぱり、かなりの激務なんだろうな。心身共に、クタクタになってしまうくらい。口振りも、どこか勢いがなかった。
 
「眠そうじゃん」
「眠いですよぉ、実際。お風呂で居眠りしちゃって、溺れかけたことも何度かあるのですぅ。えっへん!」
「おいおい、なにが『えっへん!』だよ。威張れることか、それ」
 
 死因の統計では、『風呂での溺死』が意外に多いと聞いた憶えがある。
 まあ、翠星石は家族と同居してるから、余程でなきゃ最悪の事態にならないと思うけど。
 最も危ぶまれるのは、僕みたいな一人暮らしなんだろう。若い身空で孤独死の挙げ句、半年後にミイラ化した遺体で発見とか――うぅっ、洒落にならん。
 
「昔っから変に負けん気が強くて、面倒事を抱え込みがちだったよな、翠星石は」
「そですか? あんまり自覚ないですけど」
「余計に悪い」
「う……ごめんなさい、ですぅ」
「いや、そこで素直に謝られても困るんだけど」
 
 なんだか、調子が狂うな。こいつは喧しいくらいが丁度いいんだけど……虚勢も張れないほど疲れてるのか。
 だったら長話も控えるべきかもしれない。
 
 間のいいことに、精算が終わった。 
 合計金額を告げるついでに、「あんまり無理すんなよな」と。
 照れ臭さから、ぶっきらぼうに言ったつもりだったんだけど、翠星石はムキになって噛みついてくるどころか、嬉しそうに笑った。
 
「へーきのへーざですよ。自分の限界くらい、ちゃーんと解ってるですから」
「なら、いいんだけどさ」
 
 その根拠がありそうで全くない言い分が、どうにも心配なんだけど。
 まあ、言わないでおいた。僕がうるさく生活指導する義理もないし、本人が大丈夫と言うなら、そうなんだろう。
 
 先にお金のやりとりをして、手早くレジ袋に商品を詰めてゆく。
 ――と、そのとき。
 
「ジュンは?」
「ん?」
 
 急に僕の名前を呼んだりして、なんのこっちゃ? 
 顔を上げると、なにやら不安げな翠星石の表情があった。
 
「ちゃんと、大学には行ってるですか?」
 
 なにを隠そう、僕は登校拒否児童だった。それで、いざ進学しようと思ったとき、他の連中とは少しばかり違う苦労を味わった。大検ってヤツだ。
 その際に、いろいろと友人たちには面倒をかけたんだが、とりわけ親身になってくれたのが、こいつだった。
 ウジウジと腐ってた僕を見て、なにやら発憤したらしい。本人に聞かされた後日談だ。
 
「ああ……」
 
 だからこそ、僕は言い淀んだ。
 でも、こいつに嘘を吐くこともまた憚られて――
 
「実はさ、辞めたんだ。大学」
 
 真相を告げた僕を見る翠星石の瞳が、たちまち大きく見開かれた。
 
「な、なんでですか! あんなに行きたがってたのに」
「確かにね。なにも知らない頃は、そうだった。解ってなかったから、憧れたりしたんだよ」
「……どういうこと……です?」
「僕の居場所なんかじゃなかったんだ、あそこは」
 
 周りを見りゃ、どいつもこいつも馬鹿みたいな面したヤツばかりだった。
 将来の夢とか希望とかより、異性交遊だの、単位がどうだの、目先のことばかりしか見えてない連中だ。
 いっぱしにブランド物の服なんか着た猿どもは、大学なんかに来させるより、強制労働でもさせた方が有意義だろ。
 そんな風に考えていたら、なんだか自分が動物園の檻に閉じ込められているみたいに思えてきて―― 
 
「堪えられなかったんだよ。あいつらと同じには、なりたくなかったんだ」
 
 独りよがりで、子供じみてるだろうか。
 僕のしたことも、所詮は生意気な糞ガキの児戯に過ぎなかったんだろうか。
 客観的に見るならば、多分、そうなんだろう。今、目の前に佇む翠星石の態度が、雄弁に物語っているように。
 でも、僕とヤツらは相容れなかった。ヤツらは僕を侮辱し、僕はヤツらを軽蔑して……気づけば小さな亀裂は、巨大な谷となっていた。
 離れていても同じ大地に立っていると感じられる翠星石とは違い、僕にとってヤツらは隔絶された別大陸の亜人種だったんだ。
 
 翠星石は、ぱっちりとした瞳に涙を溜めていた。
 悔しそうに、下唇をキュッと噛んで。握り締めた両の拳を、わなわなと震わせて。
 
「なんで――」
「え?」
「なんで、相談しなかったですか」
 
 押し殺した声で、翠星石は言った。その声も、嗚咽を堪えて震えていた。
 なんで、と問われても困る。大学を中退するのに、家族でもない翠星石の許可を得る必要が、どこにある。
 僕の意志決定に、どうして翠星石が関わらなきゃなんないんだ?
  
「だ、だってさ……」
「どうして一言、私に相談してくれなかったですかぁっ!」
 
 けれど、僕の反駁は、翠星石の叫び声に遮られた。
 それが合図だったかのように、ぼろぼろと大粒の雫が溢れだして、僕の気勢まで押し流してしまった。
 そう。まるで氾濫した河川が、岸を削り取ってしまうように荒々しく。 
 
 翠星石は、返す言葉を失った僕を睨み付け、「バカッ!」と。
 それだけを言って、レジ袋を掴むと店を飛び出してた。呼び止める暇もなかった。
 
「……なんだってんだよ」
 
 たった独り残された僕は、もやもやした想いを吐き捨てる。
 そうして少しばかりの冷静さを取り戻すと、いろいろな感情が浮かび上がってきた。
 好き勝手に罵られた腹立たしさもある。店内に他の客がいなくてよかったって安堵もある。
 防犯カメラに映ってるだろう口論について、どう店長に言い訳しようか、なんて悩みまでも。
 
 いったい、どれほどの時間が経ったのやら……。
 それらに、なにひとつ解決策を見出せず呆けていたところに、自動ドアの開く気配。
 慌てて商業スマイルで「いらっしゃいませ」と、振り向いた僕が見たのは――
 
「まったく、このバカちんが!」
 
 腕組みをして、グッとこちらを睨む翠星石だった。息切れ気味なのは、走ってきたからか。
 もしかしたら僕は、こいつの負けん気に火を着けてしまったのかもしれない。だとしたら厄介だ。
 
「おまえ、買い物袋は?」
「家に置いて、戻ってきたに決まってるじゃねーですか」
「はあ? なんで?」
「ああ、もう! だから、おめーはバカちんだって言うです」
「バカバカ言うな、この性悪女がっ!」
 
 思わずカッとなって言い返した途端、不思議な感覚に包まれた。なんか、懐かしい。
 そして、思い出した。高校時代、こんな風に騒がしく、そして元気よく暮らしてた日々を。
 翠星石も、僕と同じだったらしい。目が合うと、自然と笑みが零れた。
 
「ジュンは昔っから、背伸びしすぎです」
「そうかな? 自覚ないんだけど」
「余計に悪いですぅ」
「そっか……ごめん」
「素直に謝れるくらいには、成長したみてぇですね」
「なんだよ、偉そうに」 
 
 子供じみた悪態を吐く僕に、翠星石は花咲いたような微笑みを向けた。
 
「無理して大人ぶる必要なんてないですよ。もう少し、子供のままでいやがれです」
「それ、二十歳を過ぎた男に言うことか? あんまり褒められたことじゃないんじゃね?」
「メンツにこだわるところは相変わらずですねぇ。この頑固者」
「おまえだって、相変わらずの性悪じゃないか」
 
 なんだか、心地いい軽口の応酬だ。この煩わしさを喜んでいる自分が、確かにいる。
 そう言えば、家を出て一人暮らしするようになって、誰かと長く会話することがなくなってたな。
 コミュニケーション不足で、僕は自分で思っている以上に、視野狭窄に陥ってたのかもしれない。
 
「久しぶりに話せてよかったよ、翠星石。サンキュ」
「なに勝手に自己完結してやがるですか。とことんバカちんですねぇ」
「なんだよ」
「バイト、何時までです? 待っててやるって言ってるですよ」
「恩着せがましいな、おい」
 
 でも、そうだな……人並みにクリスマスってのを楽しむのも、たまには悪くない。
 こいつも口の悪ささえなければ、それなりに可愛――げふんげふん。
 
「12時までだよ。えっと……もうすぐ終わるな。雑誌でも立ち読みしててくれ」
「そですか。お茶は出ないです?」
「おまえ、遠慮ないな。まぁ、いいか。ほら、あったかい缶コーヒーと――」
 
 僕はレジ横の保温器から、白いモノを取り出した。「あんまんも付けてやるよ。クリスマスプレゼントだ」
 
「ほうほう、気が利くですねぇ。ふむ……じゃあ、私からも特別にプレゼントを与えてやるです」
「もう貰ってるよ」
「ほぇ?」
 
 翠星石は、あんまんと缶コーヒーを手に釈然としない顔をしていた。
 それが妙におかしくて、僕は本当に久しぶりに、腹の底から大笑いした。
 
 
   ▼   ▲   
 
 そんなことがあってから、早くも一年が過ぎた。季節の移ろいは、とっても早い。
 月日の経つのも夢の内。浦島太郎になった気分だ。心持ちひとつで、世界はこんなにも違って見えるんだな。
 
「今年はクリスマスが土曜日でよかったですぅ」
 
 僕の隣で、翠星石が本当に嬉しそうな声を出した。
 去年のクリスマス以降、僕らは割とよく逢う仲になった。ときどき翠星石は、こうして僕のアパートに遊びに来る。
 安物のシャンパンで程々に酔って、人並みなクリスマスを祝って……。
 
 『クリスマスなんかに浮かれるのは、女子供くらいのものさ』
 
 ああ、なんか偉ぶってた自分が、無性に恥ずかしい。
 厨二病ってヤツだったのかな。よく、わからん。と言うか、もう考えたくない。恥辱で死ぬ。
 
「どしたです? 難しい顔して」
「ん? いや、なんでもない」
「……ははぁん。さては、クリスマスプレゼントを買い忘れやがったですね!」
「アホか! 忘れないっての。ほら、これ」
 
 いつ出そうかと機を窺ってたけど、いまがチャンスだろう。
 僕は掌サイズの小箱を、翠星石の目の前に差し出した。正真正銘、給料三ヶ月分のシルバーリングだ。
 翠星石はキョトンとしていたが、小箱の中身を見るや「はあぁ?!」と大声を出した。
 彼女のビックリ顔は、すぐにクシャクシャになった。
 
「僕も正社員として就職できたしさ、いい頃かなって」
「……バカちん」
「え? もしかして、こんなプロポーズじゃ駄目か?」
「オッケーに決まってるですよ、この……このっ……」
 
 はいはい、どーせ僕はバカちんだよ。
 嗚咽に呑まれて続かなかった翠星石の科白を、僕は再現していた。
 生まれて始めて感じる、どうしようもない幸福感で満たされた胸の奥で――
  
 
   ▼   ▲ 
 
 ――で、エピローグなんだが……。
 だいぶ酔ってたから細部は曖昧だけど、こんな感じのことを話した気がする。
 
「今度はプラチナのリングが欲しいですぅ」
「……善処するよ。可及的速やかに」
「よろしい! じゃあ、次に来年のクリスマスプレゼントですけどぉ」
「まだ欲しいモノあるのかよ! てか、気が早すぎだろ!」
「翠星石のお願いぃ~、聞いてくれないですぅ~?」
「…………くっ! 悔しい。断れない自分の弱さが悔しいっ!」 
 
 
 てな具合に、おねだりされたんだ。 
 ……はぁ。十月十日とか言ってたっけ。日付がピッタリ重なるように、ちゃんと計算しとかないとな。
 まったく、気が重いよ。
 
 
 
 <了>
 

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