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††††††††~Pretty  Maiden~††††††††††††††††
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第1巴「鬱で人は死ねるんですか…?」


「鬱だ……氏のう。」
 柏葉巴さんの運命の日の朝は、この呟きから始まった。

 今、彼女の下半身を寝間着や下着の湿った嫌な感触が襲い、彼女の自室には決してフローラルと
は言い難い香りが漂っている。しかし、それでいて気分最悪な筈なのに、どこか生理的スッキリ感
を催している。

 取り敢えず、クールな表情だけは崩す事なく、久し振りに描いた世界地図の隠蔽に取り掛かる巴
さん。花の中学2年生のプライドに賭けて、親にすらこの事実を知られるわけにはいかない。


「鬱だ……氏のう。」
 工作完了後、柏葉巴さんの、運命の日の朝のダイニングルームに、この呟きがぽつんと響いた。

 先程のタイムロスのせいで朝食の時間に余裕がなく、残されたタイムリミットは絶望的。

 しかも、巴さんのお母様は珍しく寝坊しており、食卓の上には寂しいくらい何も並んではいなか
った。更に、冷蔵庫に向う途中、GOKIBURIの死骸を思い切り踏み付け、また更に、取り出した牛乳
パックの中に変な物体がぷかぷか浮いているのを発見してしまう。
 仕方がないので、ミルク抜きのシリアルを一掴み程、頬張り、やはりクールな表情だけは崩す事
なく、口の中でバリボリ音を奏でながら家を出る巴さん。その際、甘い筈のシリアルは、うす塩味
に突然変化していた。


「鬱だ……氏のう。」
 運命の日の朝の登校中、柏葉巴さんの脳内はこの呟きで彩られた。

 通学中、巴さんは、突然、目の前を通過したバスが輩出した排気ガスを大量に吸ってしまい、そ
の事による鼻毛の急成長に怯え、その後、両手で自分の鼻を口元ごと隠し、咳するフリをしながら
左右の小指で鼻毛の発育具合を確認していたのだが、その隙を突かれて車に跳ねられそうになって
しまった。
 その際、運転手に「どこ見て歩いてんだ!このペチャパイ!」と怒鳴られ、それを見ていたイケ
イケギャル(死語)にクスクス笑われてしまったが、その娘さんはバッチリ巨乳だった。

 巴さんは、運転手の方にキチンと丁寧に謝った後、嘲笑っている娘さんに、これでもかと言うく
らい豊満な膨らみを見せつけられながらその場を去る事にしたが、例によってクールな表情だけは
崩していない。

 そして、そのまま、まっ平らな気分で学校に辿り着き、誰にも気付かれる事なく正門へ進入し、
空気中を漂う酸素のように校庭を歩き、音も立てずに校舎へ入り、日常的動作で下駄箱の中にある
自分の上履きの中の画鋲を残らず取り除き、やはり誰にも気付かれる事なく自分の教室へ進入した
巴さん。途中、珍しく同級生の嫌がらせが少ない事に対して物足りなさを感じてしまった自分の脳
みそをシュレッダーにぶち込みたくなった事はオネ……いや、ナイショだ。


「鬱だ……氏のう。本当に死のう…さあ、死のう。」
 柏葉巴さんの運命の日の朝。いつものように、教室内の何の変哲もない日常風景を見た瞬間、巴
さんは、この呟きを、過激な16ビートで激しく掻き鳴らした。もちろん、脳内で。

 巴さんのクールな瞳に映っているのは、二人の男女。一見、平凡な少年の“桜田ジュン”君と、
どう見ても抜群の美少女である“薔薇乙女真紅”さん。

「ジュン、紅茶を入れて頂戴。もちろん、温いのはダメよ。ミルクも忘れずにね。」
「はいはい。わかってるよ、真紅。」
「“はい”は一回にしなさい、と、いつも言ってるでしょう?」
「はーーい。」
 二人は、主と従の関係を保ちながらイチャつくという、凡庸なアベックには不可能な芸術的バカ
ップルぶりを、周囲に惜しげもなく見せつけている……というのは全て巴さんの脳内実況だが、ど
こか青臭い男女の情景を醸し出してるように見えなくもない。ちゃんと名前で呼び合っているし。

「桜田君、薔薇乙女さん、おはよう。今日も天気が良くて絶好の洗濯板日和だね。」
 巴さんは、キチンと脳内で二人に挨拶してから自分の席へと座り、口や鼻以外の穴を使って深い
溜め息を吐いた。もちろん、至近距離でイチャつく二人に気付かれないようにする為だが、間違っ
てもお尻からは吐かないように、細心の注意を払って置く巴さん。


――私って、どうしてこんなに地味でつまらない女なんだろう。
 一般的に見て、巴さんは間違なく美少女なのだが、彼女をそんな気持ちに追いやってしまう原因
は、超絶美少女揃いと名高い薔薇乙女家の姉妹達にあった。

 中でも、巴さんの中学校では、薔薇乙女家の5女、真紅さんが男女問わずの人気を誇る。可憐な
美しさは然る事ながら、とても上品な性格で、男性には厳しく同性にはとても優しいという面を持
っており、そのおかげでなのか、同級生の男子や女子からの憧れの的となった。
 そして、巴さんも、やはり憧れているのだ。彼女の持つ魅力にも、彼女の今いる立場にも。


 因みに、有栖川高校には、薔薇乙女家出身の別の驚異的アイドルが配備されているのだが、それ
についてはまた別の機会にに話すとして、その日の帰り道、巴さんは、一つ下の後輩であり、無二
の親友であり、薔薇乙女家の6女でもある雛苺さんに、初めて自分の心境をうっかり吐露した。

「巴、可哀相なの……。真紅ってば酷いのー。」
「いや……薔薇乙女さんは、全然、悪くないんだよ?悪いのは……私だから。」
「そんな事、だんじてないなのー!」
 ゴミ屋敷張りに溜め込んだ悩みを他人に打ち明けた事で、巴さんは、心が少し軽くなったような
気がした。ついでに、体も今よりちょっと軽くなれたらな、と、今日の体育で足を挫いた雛苺さん
を、背負いながら思う巴さん。

 雛苺さんは、巴さんの首元までの身長しかなく、体重も軽い。つまり、巴さんが軽くなれば良い
と思ったのは自分の体重の事だ。念の為。

「ねぇ、雛苺。私、どうやったら薔薇乙女さんみたいになれるかな?」
 何となく、ポツリと聞いてみる巴さん。まともな答えなんて返って来ないとわかっていながらも
何故か聞かずにはいられなかった。

 聞かれた雛苺さんは「う~~っとね……。」と、自分の首はもちろんの事、巴さんの首もその小さ
な両手で思い切り傾げながらしばらく考えた後、巴さんが「雛苺……痛いんだけど。」とツッコミ
を入れる直前に「わかんないのー。」と、一言だけ返事をした。

「そう……だよね。」
 溢れてきた涙を拭いながら、確信したように呟く巴さん。その涙は、先程、雛苺さんに捻られた
首の痛みのせいではない。どうひっくり返ったって自分があんな風になれるわけない、そんな思い
からだった。


「そうなの!水銀燈に聞いてみると良いのー!」
 突然、雛苺さんが口にした“水銀燈”とは、薔薇乙女家の長女、つまりは雛苺さんの姉であり、
巴さんとも深い交流がある水銀燈先輩のことだ。 

「水銀燈も、高校で“おばかさぁん”な男の子に人気なのー。この間だって、ブランドバックを貢
がせてたのよー?きっと巴の悩みにも応えてくれる筈なのー。」
 雛苺さんが満面の笑顔で推奨してくれる手前、為になる回答が得られるかは定かではないけど、
巴さんは、水銀燈さんの意見も聞いてみることにした。

 そして、巴さんのこの選択が、これから先の自分の人生を変えることになってしまいますとさ…。

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