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昭和20年8月6日、鵜来基地。
B-29の迎撃に上がった蒼星石の紫電改と無線を繋いでいた白崎少尉と槐少尉は、突如絶望的な叫びを聞いた。
時に、8時15分。
白「おい、どうした!?蒼星石、応答せよ!」
不意に、通信にノイズが混ざり始めた。大気中に電波障害が発生したらしかった。
砂嵐のようなノイズの中から、蒼星石の返答があった。
蒼「…こちら、紫電改の蒼星石…広島が…」
白「広島がどうした!?」
蒼「広島が…見えなくなりました…」
白「…何!?」
槐「B-29はどうなった!?」
蒼「敵機は…広島上空で旋回…高速で退避しました…」
白崎と槐は顔を見合わせた。堕天使の枕元にいた薔薇水晶と雪華綺晶が、不安げな顔を向けていた。
槐「…蒼星石、とにかく基地に帰投せよ」
蒼「…はい」
通信は終了した。
同時に、混乱気味の軍用通信がひっきりなしに飛び交い始めた。


郊外にいたために爆発の直撃を免れた梅岡少尉と笹塚飛曹長は、エンジン調整を止めて機から降りた。
飛行場は騒然となっていた。梅岡は近くを走る整備員に何が起こったのかを聞いたが、何も分からなかった。
笹「どうします…?このまま帰るわけにも…」
梅「…ああ。呉鎮守府へ向かおう。桜田司令も…もしかしたらそこにおられるかも知れん」
笹「ご無事でしょうか…」
梅「…」
梅岡と笹塚は、軍用自動車を借りて、キノコ雲の下にあって真っ暗な広島市街へ向かった。



港の海面に落下していた桜田は、やっとのことで岸壁を這い上がり、広島市街を見た。
…真っ暗な市街には大規模な火炎が広がり、黒煙がもうもうと噴き出ていた。
建物は大小かかわらず倒壊し、わずかにコンクリート製の建築物だけが、廃墟そのままに建っていた。
この惨状を形容する言葉を失った桜田は、たてもたまらず巴のいるであろう国民学校へ向かおうとした。
が、物凄い火炎と熱線で、とても市街に入れる状況ではなかった。
仕方なく、桜田は、不安におびえる港の人々に混じり、燃え上がる広島市街を呆然と眺めるしかなかった。
しばらくすると、桜田は後ろから声を掛けられた。
振り向くと、陸軍の兵士が桜田に敬礼していた。
 「自分は船舶司令部隊の者であります。我々はこれから消火救援活動にあたります。…が、
  人手が不足しておりますので、所属は異なりますが、是非消火艇の指揮を執って頂けませんか」
ジ「勿論だ。行こう」
 「ご協力感謝します」
その日は終日、桜田は陸軍船舶部隊の指揮を執り、河岸近辺の消火作業にあたることになる。


鵜来基地に帰投した蒼星石は、白崎と槐から質問攻めにあっていた。蒼星石は始終俯いていた。
白「『広島が見えなくなった』と言っていたが、どういう事だ!?」
蒼「…信じられないほどの大爆発が起きたんです。その巨大な爆炎が…(⇒ttp://www.youtube.com/watch?v=AtSt5XZ7fq4)」
槐「爆発の原因は…あのB-29か?」
蒼「恐らく…」
白「そうか…」
蒼「司令達の消息は…どうなっていますか?」
槐「…分からない。現在、無線通信は全周波数帯で混乱している状況だ」
蒼「…申しわけありません。自分はあのB-29の迎撃に失敗しました。あの時、自分がB-29を堕としていれば…!!」
蒼星石は唇を噛んで嗚咽を漏らした。
白崎も槐も、聞いていた薔薇水晶も雪華綺晶も、掛ける言葉が見つからなかった。


梅岡と笹塚は、取りあえず状況を把握しようと、行ける所まで自動車で広島市街に入った。
市街の惨状は目を覆うばかりで、彼らは言葉を失った。
肌が焼きただれ性別すら分からない人の形をした生き物が列をなし、腕から剥げた皮膚をぶら下げ、体中に
様々な破片を受け、水を求めて彷徨っていた。
…この世の地獄だった。
梅岡と笹塚が呉鎮守府にたどり着いたのは昼過ぎだった。
鎮守府の建物内は、飛び交う怒号や走り回る事務員で慌だしかったが、梅岡と笹塚はそこで情報収集に
協力することにし、桜田を待つことにした。


8月6日も終わろうとしていた深夜、無線室で横になっていた蒼星石は眠れずにいた。
あの恐ろしいキノコ雲が、蒼星石の脳裏から離れなかった。
横を見ると、堕天使が今だ覚めない眠りについていた。
…眠り姫さん、君は良いね。少なくとも今だけは、恐ろしい現実とは無縁でいられるのだから…。
蒼星石は、堕天使の銀髪を優しく撫でてやった。
と、その時、真っ暗な無線室の中でなお無線機に向かっていた槐がうなり声を上げた。
その声に、仮眠を取っていた白崎と整備兵2人が起き上がった。
白「…どうした。寝言は静かに言ってくれよ」
白崎が目をこすりながら石油ランプの明かりを灯けた。
槐は呆然と語った。
槐「…今、アメリカ大統領の声明を短波放送で傍受した」
白「何だと!?それで?」
白崎だけでなく、蒼星石も整備兵の双子も、槐の言葉を待った。
槐「…『本日、我が軍はヒロシマに一発の爆弾を投下した。この爆弾の威力はTNT火薬2万トン以上である。
    これは原子爆弾である。合衆国は日本政府に最後通告を出したにもかかわらず、日本政府は
    これを拒否した。態度を変えなければ、日本は第二・第三のヒロシマの被害を覚悟せねばならない』
  …そう言っていた」
一同は言葉を失った。
TNT火薬2万トン以上の威力。原子爆弾。第二・第三の広島…
雪「原子爆弾って…どういったものですの?」 
白「…分からない。ただ…」
槐「こんな馬鹿な話があるかっ!おそらく降伏勧告だろうが、最後通告に従わなかったからと言って
  TNT2万トンの威力の爆弾を落すなんて!それじゃ明らかに軍事施設だけではなく、多数の民間人を
  巻き込むのは分かりきったことじゃないか!戦時国際法を何だと思っているんだ!」
槐は拳を机に叩きつけた。
蒼「あれは…原子爆弾という兵器だったのか…」
蒼星石はぽつりと言った。TNT火薬2万トンというのがどの程度の威力なのかは、爆発物を扱ったことのない
彼女にはピンと来なかったが、恐ろしい規模の破壊をもたらすものであろうことは、あの恐ろしいキノコ雲を
見ただけで、十分過ぎる程に分かった。
槐「…もう寝よう。明日は司令達も帰ってくるかもしれない…」
その言葉で、ランプの火が消された。しかし誰も眠れなかった。
第二、第三のヒロシマ…破壊と虐殺は終わったわけでは無い事を、皆は思い出して震えていた。
…蒼星石は、特攻出撃前の佐々木が言っていたことを思い出していた。
『列強が開発している兵器の進化は、いずれ、一発で一つの都市を壊滅させることのできる兵器を生み出すに至るだろう。
 もし使用されれば…その下では一度に何万人もの命が失われるんだろうな…』
…そんな、まさか今大戦中に実用化されるなんて…!!!


8月7日朝には、広島市街の火炎はほとんど収まっていた。
消火艇の指揮を終えた桜田は、ぶすぶすとくすぶる市街に入り、巴の勤務する…していたはずの国民学校を
目指して歩いた。景色は一変しており、桜田は自分が何処にいるのかを何度か分からなくなりそうになった。
…やがて、国民学校だと思しきコンクリートの巨大な廃墟にたどり着いた桜田は、運動場であったはずの広場に、
おびただしい数の焼死体が積み上げられているのを見た。陸軍の兵士や消防団員が、あちこちから運ばれてきた
死体を荒っぽく積み上げ、ガソリンを撒いて焼いていた。
死体には消し炭になったものもあれば、窒息して肉が赤黒くなったものもあり、夏の蒸し暑さで肉がぐだぐだに
崩れているのもあった。
込み上げてくるものを必死に抑え、桜田は近くにいた陸軍少尉のもとへ行き、藁にも縋る思いで尋ねた。
ジ「…済まない、この学校に知人…婚約者がいたんだ。知らないか…」
 「海軍の少佐殿ですか。…分かりません。この辺りにはほとんど生存者はいませんし」
ジ「死体は…見てないか?」
 「死体はみんなご覧の有様ですから…とても身元の確認など出来ません」
ジ「…そうか」
 「お気の毒です…」
この時、上空のどす黒い雲から、粘り気のある墨汁のような雨が降り出した。
桜田の真っ白な海軍士官制服はみるみるうちに灰色に染められていった。
降ってくる黒い雨を力なく見上げながら、桜田はつぶやいた。
ジ「一体…あの爆発は何だったんだ…」
 「自分らにも分かりません…海軍は何か情報を掴んではいませんか?」
問いかけには応えず、桜田はおぼつかない足取りで立ち去った。
校内の剣道場も瓦礫と化していた。桜田はそこに足を踏み入れた。
…そして、木刀や銃剣道用の木銃が散乱している当たりで、桜田は煤けた桐の箱を見つけた。
思わず駆け寄り、箱を開いた。
…中にあったのは、巴が大事にしていた日本刀だった。鞘を僅かに開くと、焼け跡には似つかわしくない
輝きが、桜田の目を瞬かせた。以前に巴がこの刀で演舞を見せてくれた時の情景が、桜田の脳裏に浮かんだ。
ジ「…ううっ…巴…巴…」
日本刀を両手で握り締め、桜田は嗚咽を上げた。黒い雨が容赦なく彼を打った。


同じ頃、鵜来基地では、朝早くに柴崎老人が伝馬船で運んできてくれた新聞を皆が囲んでいた。
雪「…新型爆弾としか書いてありませんわね」
白「ああ…。新聞の印刷が間に合わなかったんだろう。もしくは情報規制がなされているか…」
皆が一番知りたかったのは、広島の被害状況だった。
「詳細目下調査中」と書かれた印字が、皆の苛立ちを誘った。


7日昼過ぎ、桜田は呉鎮守府にふらふらと辿りついた。
建物に入ると、彼を見つけた梅岡と笹塚が走り寄ってきた。
梅「司令!ご無事でしたか」
ジ「君達も無事だったか…」
笹「酷い有様になってしまいましたね…」
ジ「…ああ。巴の消息も…」
梅岡と笹塚は、はっと黙り込んだ。
ジ「…それより、昨日のあの爆発が何なのかは分かったか?」
笹「新聞では『新型爆弾』とされていましたが…」 
梅「詳細は今だ不明です。しかし先ほど、海軍の技官や軍医に話を聞いたのですが…」
ジ「…それで?」
梅「大声では言えませんが…あれは原子爆弾ではないかと言う話が…」
ジ「原子爆弾…?」
笹「実際のところは何も分かりません。ただ、あれが本当に原子爆弾なら、生き残った者の身体も
  放射能に冒されているはずだと、先ほど軍医が…」
ジ「何だと…」
梅「…既に、医療関係者や死体処理の兵隊が多数死亡したそうです。もちろん彼らは爆発そのものの
  被害は受けてはおりません。にもかかわらず…喀血して死んでいっていると」
ジ「何と言う兵器だっ…!!」
笹「自分もそう思います…司令はお体に不調はありませんか?自分らは先ほどから悪寒がして…」
ジ「!!!…実は僕もだ」
梅「…何とも無ければいいのですが」
ジ「…ああ」
笹「取りあえずお着替えになって下さい。その制服は…」
ジ「そうだな、ではそうし…ゲホッ!!」
梅・笹「…!!!!」
桜田は突然込み上げてきた咳に、口に手を当てた。…その指の間から、尋常ではない量の…血がこぼれた。

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