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12ページめ
深夜、結菱家の別荘。
その暗い廊下を、お手洗いを済ませた真紅がゆっくりと横切っていました。
二日前に、溺れたことが原因で真紅は熱を出し、今日まで出歩かずにベッドで横になっていました。雛苺も少し熱がでていたようで、
白崎執事は随分心配して看病してくれていましたが、二人とも今日になって大分熱も下がり、食欲もちゃんと回復しました。
気がかりだったのは、あの川で出会った少女の一人、水銀燈と再び会う約束をしていたにもかかわらず、今日まで約束の場所に行けなかった事です。
明日起きて体調が万全なら、絶対に行かなくちゃ…と思いつつ歩いていた真紅は、ふと窓の外を見ました…何の気なしに。
…建物の外で、月明かりに照らされた少女が、真紅を見上げていたのです。水銀燈です。走ってきたのでしょう、彼女は肩で息をしています。
あやうく声をあげそうになるのを抑え、真紅は雛苺や白崎を起こさないように階下へ降り、玄関ホールの扉を静かに開け…水銀燈を招き入れ、寝室へと案内しました。
真「びっくりしたわ…会いに来てくれるなんて」
銀「…遅くにごめんなさぁい」
真「私こそ、約束の場所に行けなくて…ごめんなさい。あの後熱を出して寝込んでしまっていたの」
銀「!!…そう」
水銀燈は、少なくとも真紅が悪意で自分の事を放っておいたわけではない事を知って安堵しました。
真「それで…今夜は一体どうしたの?」
銀「貴女に…どうしても話したいことがあってぇ…」
真「何かしら?」
銀「私達が何者なのか…貴女、気になっていたでしょぉ?」 
水銀燈のその表情は、うっすらと笑っているようにも見え、どこか寂しそうにも見えるものでした。真紅にはそれが自虐的な失笑に感じられました。
真「…ええ、確かに…」
水銀燈は大きく息を吸って吐き、真紅に笑顔を見せようと努め、言いました。
銀「私達ねぇ、孤児なのよぉ…」
真「…!」
銀「貴女が言っていた、模試の中学の欄に何も書かれていなかったのは…私達が学校に行ってなくて、施設で模試を受けていたから…」
真「…」
銀「この村に神社があるでしょぉ、その横に建っているのが、『薔薇十字児童養護施設』。要は孤児院ね。私達は…そこに引き取られ、暮らしているわ」
真「あの建物が…」
真紅は、夏休みの初めにこの別荘に来た時の車窓から見えた景色を思い出していました。
銀「そして私達は…皆日本人と外国人の混血よぉ…。それも…幼いころに棄てられた」
真「そんな…」
銀「私は…物心ついた時にはもう…東京の施設に棄てられてた」
真「!」
銀「翠星石と蒼星石は…沖縄で棄てられてたらしいわぁ…恐らく在日米軍の…」
真「…」
銀「そして雪華綺晶と薔薇水晶は…これも横浜の在日米軍の兵士と日本人女性の間に出来て…虐待を受けて…それぞれ片目を失って、…棄てられたらしいのよぉ…」
真「何てこと…」
銀「私達は…その後、施設をたらい回しにされ…今の薔薇十字に流れ着いた…」
真「…」
銀「ねぇ真紅ぅ…私達は、それも混血の…孤児は、孤児だけで集まって生きていくことしかできなかったわぁ、そうすれば否定される事はない、そうでしょ!?
薔薇十字の先生たちに、いつか社会に出ても否定される事の無いよう、実力で闘っていけるようにと、頭脳と言う武器で闘うようにと…勉強を教えてもらったりして…。
でもっ!!いくら学力をつけても、偏差値が高くても、…結局私達が社会から否定され、忌み嫌われるような存在であることには結局変わりがないのよぉ…!」
水銀燈はうっすらと涙を浮かべつつまくしたてます。
銀「今まで私達は、日本中、様々な施設をたらい回しにされた!どこにいても人の輪の中に入れなかった!街を歩けばおぞましいモノを見る嫌悪の目、優越感が裏に見え隠れする冷たい同情の目!!
私は何なの!?ただそこにいるだけなのに、それすら許されないの!!?…憎い憎い憎い!穢れた営みをなした両親が!色素欠乏症の私を産み落とした母親が!この社会が!他人が!」
真「もうやめて…」
水銀燈は、その赤い瞳から大粒の滴を流し、まるで胸をかきむしるようにして叫びました。
銀「そして…何よりも、この運命と髪と瞳を抱いて生まれた私自身がっ!!!今も…!」
真「やめて…お願い…」
真紅はとてつもないいたたまれなさに襲われていました。しかし、ヒステリー状態に陥った水銀燈が、真紅の声を素直に受け入れようはずもありません。
銀「何よぉ…私達の苦しみを財閥令嬢の貴女に理解してもらおうなんて、所詮無駄だったかしらぁ!?」
真「!」
吐き捨てるように言った水銀燈。真紅の胸は締め付けられました。同時にその右手が乾いた音を立てて水銀燈の頬を打っていました。 
パシッ
真「もう…やめて頂戴」
震える右手を左手で抑え込んでうつむく真紅と、打たれた頬を押さえつつ落ち着きを取り戻す水銀燈。
銀「…ごめんなさい。どうかしてたわ私…」
真「…私もね、水銀燈。昔、育ちを妬まれて、色々な嫌がらせを受けてきたわ。結菱家は旧華族だから、
先生や他の大人から嫌味を言われたこともあって…そんな育ちの自分自身を恨んだこともあったわ…」
銀「…」
真「加えて、私の瞳と髪の色…小さい頃には心無いいじめの原因にもなってしまったわ。私のお母様は英国人だったから…」
銀「!!」
水銀燈はそう言われ、初めて目の前にいる少女が、自分たちと同じ混血だということを改めて思い出しました。
真「…私こそごめんなさい。こんな愚痴を言ったところで、貴女達が受けてきた苦しみに比べれば、私なんて」
銀「もういいのぉ真紅ぅ、ごめんなさい…許してぇ…」
二人はベッドに腰掛けたまま寄り添い合いました。
静かに嗚咽を漏らす水銀燈の肩を横から抱きつつ、真紅は、この少女の暖かさと脆さに気付かずにはいられませんでした。この少女は、全てと闘って生きてきた…。
そして、今の彼女の拠り所である薔薇十字児童養護施設とそこに暮らす少女達に深い興味と畏敬の念を抱かずにもいられませんでした。
月が明るい窓の外から、フクロウの鳴き声が聞こえてきます。
そのころ、雛苺は、巨大な苺大福が太陽と衝突する夢に、執事の白崎は、ウサギの顔をした男に追いかけられる夢にうなされていました。
つづく

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