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真紅の落涙騒動より3分後。俯くお嬢さんにぐいぐいと追い出されるように部屋を
後にした招かれし客たちは、ジュンも含めて4人とも、むやみに広い板張りの廊下に
ひし形を描くごとく座りこんでいた。

みな気落ちしたように黙り込んでいるのは、錠の下りたドアの向こうにとじこもった
少女を思ってか、はたまた置きざられた昼食への恋しさをきゅるるるとか細く訴える、
いやしんぼな腹の虫が原因か。

「はじめて見たの。ないた真紅」

「そうねぇ」

「ええ」

みんなで論ずるお題は、やはり真紅お嬢様。頷きあう女の子3人にとって、彼女は年齢に
そぐわない凛とした、少なくとも落涙とはイメージの重ならない気骨の持ち主であると
いう事が共通の思いらしい。学校からご自宅までのやり取りを見るかぎりでは、余人も
確かにと口をつくだろう。

「そりゃあね、おこられたいわけじゃないけど。なかれるなんてねぇ」

気まずさをちらつかせながら、原因そのいち水銀燈が前髪を指でこねている。何本かの
繊維がこよりのようにまとまってねじれ、擦れるたびにヂリヂリと音が鳴る。
キューティクルを犠牲にしても、いっこうに得られない心の平安。気まずさが後押し
するのか、彼女の指はとまらない。 

「ほんとに大事にしてたのね、真紅ちゃん」

「にゅう……」

巴の言葉に追従しつつ、心痛もあらわに目にみえて気落ちしているのは、原因そのに
雛苺。持ち主の思いに追従するように、大きなリボンがへたりとしょぼくれて映るのは
気のせいだろうか。

「ん……」

お茶の指南を受けている間に起こった、全くもってあずかり知らない事件のあおりを
受けたジュンも、神妙な顔つきをしている。真紅の涙目を間近も間近に、誰よりも
まっすぐ受けたのは、彼の心に少なからず思うところを与えたらしく、見えにくい何かを
探すように少女が閉じこもっている部屋のドアをじっと注視している。

「ヒナのこわしたキーホルダー… あ、さっき言ったのね、あのキーホルダー、すごーく
 少ししかないレアものだったのよ。それでもね、あんなに、その、真紅らしくない
 かんじにはならなかったのよ」

「よ、ねぇ… わたしのときもそうだったわぁ」

たどたどしく語った雛苺の感想が、水銀燈にも同じ思いを呼び起こさせている。真紅の
激発をおそらく誰よりも多く目の当たりにしているであろう、このやんちゃガール
ふたりをもってしてこの意見とは、今部屋の中で泣いている彼女の胸中はいかなる
ものか。

「どうしよう、このまんまじゃ」

みなまで言えない漠然とした、しかし確かな危機感に巴の幼い胸がしめつけられる。
責任感が強いのは美徳だが、この年からこの調子だと、むしろ彼女の今後の成長が
不安だ。

将来、なりたくもない学級委員の任などを押しつけられなければ良いのだが。


「んと、さ」

暗雲の影が染みこんだ空気の中で口を開いたのは、言葉少なくあり続けた、この場で
唯一の少年。多大な憂いと、何かをなしてくれるのではというささやかな期待を含んだ
3対の視線を集めながら、さすさすとズボンの左ポケットを撫でつつ、ドアへ向ける
まなざしを強めている。

「ちょっと行ってみるよ、僕」

本日わりと流されっぱなしで、正直頼りなくすらあるジュンちゃんだが、やっぱり
この子もオトコなご様子。先ほどから妙に意識している左ポケットの中に隠れている
のは、堅く閉ざされた岩戸に切りこむ腹案か。

「わたしも」

「んん、僕だけでいい」

名乗りでた巴をすこし強ばった声で押しとどめ、ジュンがドアの前に歩み寄る。真紅と
あいまみえるのを避ける形となった少女は、ハラハラと色んなことを心配している
ようで、浮かせかけた腰をふたたび下ろすその顔も、やたら落ち着かない様子だ。

令嬢の自室の前に固まっている一団を、みんなはもう少しむこう行ってて、の
お言葉でだだ長い廊下のすこし向こう側まで旅させると、ジュンは誰に聞かせる
わけでもなくうんと喉の奥で呟いて、グッと固めた拳を持ち上げる。


コンコン

「真紅、僕」

力みのわりには遠慮がちな勢いで、ドアに打撃でご挨拶。聞こえているのかいないのか、
閉じこもった真紅姫からはお声がかからない。意気も沈みかねないありさまでも、
ジュン王子はひるまない。

ガチッ ガチッ

そっとドアノブに手をかけてみるが、錠に拒まれ回らない。ドアが開かない、顔も
見せない声もない、というお姫様からのすげない応対にらちがあかない内情だが、
どっこいこれくらいで泣いていては王子様は勤まらない。少しばかりぬかに釘を打った
くらいで、くたびれている暇はないのだ。

コンコン

「ねぇ、ちょっといいかな。僕だけだから」

今度はもう少し力強いノックと声で、顔を見せておくれとただ願う。交渉としては無策
にも程があるが、思えば7つかそこらの男の子が駆け引きの妙をきわめているはずも
ない。とはいえ、まっすぐな年頃同士ゆえに、ぶつかることが吉と出る時もある。

カチャリ

「…… 入って」

無策が万策より高みに立った瞬間、かつて快活であらせられたお嬢様のボソッとした
声が、頑なさを解いてわずかに開かれたドアの向こうから聞こえてきた。採光は
じゅうぶんな部屋のはずだが、ジュンを誘うその隙間は錯覚だろうか陰に満ちている
ようで、気の沈む陰鬱さをにじみ出している。

「うん」

真紅からのお呼びからこっち10秒ほど、息を吸いはき心を静めるジュン。

かくて機会を得たびんわん交渉人はあくまで口数少なく、いよいよといった固い顔つきで
水銀燈たちに手を振り、ドアの向こうへと消えて行く。楽しい1日の命運と空腹の行く
末を託し、彼女達はただ願いを送るようにしずしずと、あるいはぶんぶんと手を
振り返していた。

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