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【薔薇水晶とジュン】しあわせのはなし。中編3

 雪華綺晶は、拒絶していた。全てを。それは、自分さえも、ということ。
「……いや、いや、うそだ、私は薔薇水晶、しあわせな、しあわせな薔薇水晶」
「そうかもしれない。確かに、最初は同じだったかもしれない」
 ジュンは、静かに言った。
「だって、僕は、薔薇水晶を見つけたとき、はは……、怒られるかもしれないけど、君だと心の何処かで思ってた」
「嘘だ!」
「本当だよ。僕は、ずっと君を忘れていたけど、ずっと君を探していた」
「なら、何で――何で、私じゃないんだ! 何で私じゃなくて、薔薇水晶なの! 違うよね、今ジュンが好きなのは私じゃない。ずっと見てきた。ずっと、ジュンだけを見てきたもの!
 ジュンが、今、誰よりも大事にしているのは、薔薇水晶でしょう! ……何で! 私は、ずっと泣いていたのに! ジュンだけを、求めていたのに!」
 まるで、夢のような日の名残。それは、時間にしたらほんの少しだけだったけど、それしかなかったのだ。思い出して、幸せと呼べる想い出は、雪華綺晶にとって、ジュンと過ごした想い出しかなかった。
「私は、ずっとジュンと逢いたかった。だから我慢できた。あの、すごい嫌なアイツらの目。思い出すだけで死んでしまいそうな目。私のことを見てくれない、私をただの実験材料くらいにしか思っていない、目。
 それが普通だったのに! ジュンに逢ったから――ジュンの優しい瞳を知ってしまったから! 私は、自分が不幸であると、知ってしまった!」
 ひどく、悲しいことだ。囚われのお姫様は、ずっと来ない王子様を一人で待ち続けていた。ジュンなら、白馬の王子様なら、きっとやってきてくれると信じて。
 だけど――

「だけど、それすら出来なくなった! 私が、いらなくなったから!」

 ある、研究があった。能力開発の研究だった。たとえば――世界を知らず、感情を知らずに育てば、それはロボットのようにただ無機質に動くのかどうか、とか。
 だから、ダメだったのだ。たった一つ、知ってしまった。どれだけ薬を投与され、意識を混濁させられても、忘れなかった。雪華綺晶は、忘れなかった。
 ジュンからもらった、幸せのことを。感情だって、溶けてなくなってしまうくらいだったのに。また、何も知らない存在に戻されようとしているのに。幸せだけを、忘れることはなかった。
 それを見た研究者たちの下した結論は、失敗――よって、実験体を、廃棄せよ。それだけ。つまり、いらなくなったものは、捨てよう、ということ。
 でも、皮肉なことに、それで雪華綺晶は喜んだのだ。外に、出られる。外に出れば、ジュンに逢える。
 それはもちろん、当たり前の思考で、それだけを頼りに生きてきた雪華綺晶にとって、報われた、祈りが通じた、とさえ思うような出来事だった。

 しかし――

「殺せ」

 その一言は、どういう意味なのだろうか、と彼女は考えた。コロセ、コロセ? 何だろう、その単語は。背筋が寒くなってしまう、何の感情も見れない単語。
 そして、彼女は悟ったのだ。このままでは、ジュンに逢えない。ジュンに、ジュン。ジュンジュン。愛しい王子様。
「――――ッ」
「……おい! 逃げたぞ! 追え!」
 そして、彼女の地獄のような夜が訪れた。やっぱり、その日だって強い雨が降っていた。

「はぁっ、はぁっ……」
 逃げ切れ、た? 彼女は、周囲を警戒する。嫌な気配はない。何故だろう。何故、自分はそんなことがわかるんだろうか。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
 息が、苦しい。平常で居ることが出来ない。それは、きっと自分が異端だから。
「、ん――」
 呼ぶ。名前を。愛しい名前。もう、駄目かもしれないけど。血だらけの自分は、彼に逢ったころのように白くない。それを、朦朧とする頭で悟る。
 彼は、今の自分を見てどんな反応をするだろうか。自分を、受け入れてくれるだろうか。変わらず、優しい微笑みで、しあわせをくれるだろうか。
「無理、かな……」
 きっと、そう。だって、自分はいらないから。いらないから、大人たちに殺されそうになる。ジュンと、きっと出逢ってはならなかったのだ。
 大人たちが自分を殺そうとするのは、それだけ。自分みたいな、綺麗でも何でもないものは、ジュンに逢う資格がない。資格がないのに、逢おうとするから、言うならば、それは断罪だ。
「ねえ、だったら――」
 なら、せめて、自分は消えてもいいから。自分の、この気持ちだけは、想い出だけは、どうか消さないでください。彼を想う、この気持ちだけは、絶対に綺麗だから。
 ……彼女は、薄れゆく意識のなかで、そう願った。純粋な、願いを。

 そして、最後に、彼女は、愛しい、彼の姿を――

「薔薇水晶は、私の恋心! 貴方を、何よりも求める恋心だよ! 寂しがりやな薔薇水晶。嫉妬深い薔薇水晶。照れ屋で人見知りする薔薇水晶。――ジュンが居なければ生きていけない薔薇水晶!」
 それが、薔薇水晶だった。雪華綺晶の、最後の願いから生まれたのが、薔薇水晶だった。雪華綺晶が、自分を断罪し、消えたときに生まれたのが、薔薇水晶。
「それはね、ジュン! 私が、ずっと思い描いていた、貴方との日々を具現化した少女! だから、私なの! 全部知ってるもの。私は、薔薇水晶(わたし)とジュンを送ってきた幸せな日々! 【薔薇水晶とジュン】の物語を!」
 それは、心の叫びだった。壊れてしまうくらい、軋み、悲鳴をあげる心の叫び。だけど、ジュンは――
「だから、それは違うんだ」
 それは、違う、と否定する。
「な、んで……」
「君は、雪華綺晶。そして、薔薇水晶が雪華綺晶の恋心から生まれた、というのも、きっと本当だよ。だけど、だからこそ、今君が居るから、二人は違うんだ」
「何を言ってるのか、わからない!」
「――これを、読んで」
 まるで子供の癇癪を見せる雪華綺晶に、ジュンは静かに“それ”を差し出した。
「……これ、何」
「それは――」
 その時のジュンの顔を、何と表現すればいいのだろう。愛しくて、愛しくて、だけど逢えない恋人が見せる顔。

「それはね、薔薇水晶の、“幸せ”の証明だよ」

『ジュンへ
 手紙だけで、ゴメンナサイ。どうしても、勇気が出ませんでした。きっと私は、泣いちゃうと想ったから。
 雪華綺晶のことは、思い出してくれたんだよね。うん、私も、思い出した。ずっと、私の中には、もう一人の私が居ました。それは、私の不安とか、そういうものだと思っていたのだけど、違ったようです。
 でも、だからわかるんです。雪華綺晶の想いが。ジュンを想う、何よりも綺麗な気持ちが。……あは、それが、私の想いよりも上とは、思わないよ?
 それがあって、というわけじゃないんだけど、そろそろ、返さなきゃいけないと思うんだ。雪華綺晶に。
 彼女は、私のように、ずっと白馬の王子様が居てくれたわけじゃない。一回だけ。たったの一回だけ、貴方に逢えたんです。
 それを、想像してみました。……怖い。それは、怖いよ、ジュン。ジュンにもう二度と逢えなくなる、なんて考えただけで涙が出てくる。ほら、今も出てるんだよ。って、わからないか……。
 そんな彼女。やっぱり、私は彼女の一部だったから。だから、返そうと思う。ここからが、本題。きっとジュンが怒ることを書くよ。でも、きっとジュンは応えてくれる。そのための手紙だもん。
 もうジュンのことだから、私の言いたいことなんてわかっているかもしれないけど、彼女は私。ほら、この間、どんな姿になっても、私をわかってくれるって、私聞いたでしょう?
 そしたら、ジュンは、ジュンの好きになった人が、私だって答えてくれたから。
 それだけで、充分だった。私は、帰ります。きっと、ジュンは雪華綺晶を好きになってね。ジュンが好きになった雪華綺晶は、薔薇水晶だから。貴方の好きになった雪華綺晶は、薔薇水晶だから。
 別に、雪華綺晶を好きになってってい言ってるんじゃないんだ。でも、そうなったらいいなぁ。私、そしたら、ジュンとずっと一緒だから――。

 この辺で、やめます。もっと書きたいことがたくさんあるけど、それを書いたら、どれだけ書いても足りなくなっちゃうから。

 ……じゃあ、さようならジュン。きっといつでも逢えるよ。雪華綺晶(わたし)を、よろしくお願いします。

 貴方のことが、誰よりも大好きな、薔薇水晶より』

 その手紙には、何度も書き直した跡がある。ところどころ、涙の跡だってある。だからこそ、それは、
「薔薇水晶の、“幸せ”の証明――別れがつらい、幸せを返す選択をした、薔薇水晶の“想い”なんだ」
「う、そ……」
 雪華綺晶は、呆然とする。だって、おかしい。私のことなのに。薔薇水晶(わたし)のことなのに。

 こんな手紙なんて――知らなかった。

「なん、で? 私、薔薇水晶が、こんな手紙を書いていたなんて、知らない」
「それが、証明だよ。薔薇水晶と、雪華綺晶は、違うんだ」
「私が――薔薇水晶では、ない?」
 ああ、と、彼女は、体中の力が抜けていくのを感じた。
「あはは……」
 それは、そうか。考えなくても、当たり前のことだった。
 あんなに表情豊かな薔薇水晶。幸せそうに、世界を生きていた。……いつからだろう。それを、雪華綺晶が羨ましいと思い始めたのは。
「私が、薔薇水晶を、困らせていたんだ」
 簡単な言葉で言い表せる感情ではない。でも、あえて一言で言うのなら、それは嫉妬だった。
 ずっとずっと、手に入れたかったものを、いとも簡単に手に入れた、薔薇水晶に対する、嫉妬。
 そういう意味で、薔薇水晶の、雪華綺晶に対するイメージは間違っていなかった。不安とか、恐れ。そういうものを、雪華綺晶は薔薇水晶に向けていた。
 それなのに――

「薔薇水晶は、私を想ってくれたんだ」

 手紙から、想いが溢れてくるのを感じる。もう、自分の中で問いかけても居なくなった、彼女を感じる。
『あのね、雪華綺晶』
 そういって、微笑んだ薔薇水晶。それが、どういう意味の微笑みか、雪華綺晶はわからなかったけど。
『ありがとう。幸せを、返すね』
 確かに、雪華綺晶は感じた。今なら、あの微笑がどういう意味だったのか、わかる。
「……ごめん、」
 謝りたかった。優しい彼女に。こんなにも醜い自分を、想ってくれた彼女に。
「ごめん……っ」
 そして、雪華綺晶は泣き出した。胸がどうしようもなく痛くて。
「……泣かないでくれ」
 そんな彼女に、ジュンは言う。優しい、あの日と変わらぬ口調で。
「ジュン、は、ひくっ、わたしが、き、きらいじゃないの?」
「誰が嫌いになるんだよ、その、初恋の人を」
 ジュンは想う。あの日、雪華綺晶に逢っていなければ。きっと、世界を嫌って、自分の世界に入ってしまって、壊れていた。雪華綺晶の存在が、ジュンを救ったのだ。
 こんな雨の日に出逢った、真っ白で、綺麗な少女。ずっと忘れていたけど、ずっと覚えていて、想っていた。
「……でも、ジュンは薔薇水晶が好きでしょう?」
「うん、そうだよ。でもね、雪華綺晶。僕は、君にだって幸せになってもらいたいんだ」
 心の底から、ジュンは言った。薔薇水晶がジュンに逢うのを捨ててまで想う雪華綺晶。そんな彼女を、幸せにしてあげたいと想うのは、おかしいのだろうか。

「だからって、その、付き合うとかは、よくわからないんだけど、でも、きっと二人が共存できる方法があると思うんだ」
「あはは、ジュンって、そんなに前向きだったっけ?」
 あれ――と、ジュンは不思議に思う。目の前に居る少女が、どうしてもついさっきまでと同じ少女に思えなかった。それは、いい意味で。
 憑き物が落ちた、とでも言うのだろうか。それが、今も心の片隅に残っている、とても透き通る、真っ白な笑顔。
「でも、もういいよ。わかった」
「何が、」
 嫌な予感がした。……そして、ジュンの嫌な予感は、外れたことがなかった。
「私、帰るよ」
「帰るって、どこに!」
「あはは、そんなに慌ててくれるなんて、嬉しいなぁ。私が居なくなると、寂しいんだ」
「当たり前だろう! 待ってくれよ。きっと、何か方法が――」
「ジュンが、私を好きだったなら、その方法でも、いいかなー、なんて思ったりするんだけどね。あ、ほんのちょこっとだよ?」
 雪華綺晶は、笑顔で続ける。ジュンのために。愛しい、白馬の王子様のために。
「……ありがとう、ジュン。さようなら」
「雪華綺晶!」
 走り出す雪華綺晶を、ジュンは追いかけようとする。
「ぐ……っ!?」
「ごめんね、こうでもしないと、追ってきちゃうでしょ?」
 ジュンの意識が、遠くなっていく。
「ああ、そうだ、ジュン、言い忘れてたんだけどね」
 そして、

「……あのね、とても、しあわせだよ」
 
 唇が、重ねられた――。

 ジュンは目を覚ます。そこには、真紅と、水銀燈が居て。

「あ、ああああああああああああ!」

 ジュンは泣き叫んだ。悲しくて。あまりにも、彼女のことが愛しくて。雨の中で、半狂乱になり、泣き叫んだ。

続く

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