※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

第十三話 「想いを」


「ばいばいかしら」

手を振りながら別れを告げる金糸雀に、僕も同じように応える。
今日は大学の講義もなく暇で、夕方から金糸雀はバイトであった。
故に、昔のように一緒にいる僕らは街に出て遊んでいたのだった。
と言うよりも金糸雀に引っ張られるがままという感じなのだが。
悪くない、この感情はきっとプラスのものなのだろうと思う。
踵を返し、金糸雀とは逆方向である我が家に向かう。
最近試行している、呆けながら帰路につくという技を駆使しようとする。
元治さんの一件で学んだ、何も考えないという事だ。

「――――って」

試行を停止しようとしたが、僕の行く先に見える赤い者が見える。
赤橙色の夕焼けの熱線のせいか、その人はとても赤く見えた。
最早、赤ではなく紅、燃えているかのように見える。
タイムマシンがあるのならオカルトじみたものも存在するかもな。
そんな馬鹿のような事を考えてしまった為に、気になってしょうがない。
已む無く、僕は妙な期待を信じて道に立つ赤い者へ向かっていった。
それの歩く速度は遅く、少し早歩きすると段々と距離が詰まっていく。
品の無い足音が大きく響き、静かな足音と並ぼうとした。
すでに怪しさはあるものの、好奇心に押されるがままに横目で見た。
結果は僕がいくつか想像していたものと異なっていた。
その名前が示す通りに、姿を具現させた真紅だ。

「あら」

そう一言呟き、さほど驚いた様子も見せずに真紅は立ち止まった。


色はわからないがワンピース、そして麦藁帽子といった夏の少女を彷彿させる出で立ちだった。
相変わらず髪の毛は纏められて、見かけはとても活発的に見えなくもなかった。
真紅は何も持たず、あるがままの存在だった。

「この時間帯だと、もうこんばんわね。こんな所でどうしたと言うの」

微笑みながら僕に言葉を投げかけてくる。
今日は風もなく、陽も出てるのだが、不思議と涼しい日だった。
その雰囲気に混ざるかのように、真紅は落ち着いていた。
いつものような気品や静かさでなく、違う感じがした。

「大学生は暇という話を検証していたんだ。
 で、今日一日行動もとい遊んでいて話は本当だとわかったよ」
「そう」

なんだか嬉しげに一言返してくる。
大して面白味のある事を言った覚えはないのだが、何かあったのだろうか。

「ねぇ、少し歩きましょう」

淑女を気取り、その生き方を自他認める貫きぶり。急ぎ足で先行する真紅を見て、気品は感じるもやはり違和感を感じる。

「返事を聞かぬ間に真紅から行動するなんて、らしくないな」

そう言いながらも僕はついていった。
彼女はどこに行く気なのだろうと、当初とは違った期待を膨らます事にした。
烏が鳴いて何処かへ去っていく、かつては共に行動をして帰っていた。
今ではその烏を見送って、僕は何処かへ行こうとしている。
黄昏時の独特の感じのせいだろうか、懐かしみのあるような感覚でそんな事を思った。
少年時代の鳴き声が遠くに消えていった。




そこは橋だった。
県境そのものといえる大きな川を渡るための二つを繋ぐ架け橋。
かつて橋の向こうには大手のショッピングモールが鎮座していた。
橋はそれに合わせて作られたのか、モダンな中世的デザイン。
それも昔の話、ショッピングモールは昔潰れた。
今では看板も剥がされ、広大な土地は誰も使おうとせず、建物は急に寂びたように見える。
この橋はたった数年で退廃的な象徴となってしまったのだ。

「“ラズベリーフィールズ”」

いきなり何かを真紅は口走ったが、何かはわからない。
ラズベリー? 果物のだよな。

「本当の名前はね“苺場橋”というのだわ。
 けど、なんだか語呂も字の組み方も不器量でしょう。
 だから、昔流行った言葉遊びみたいに英語にするの。
 ブジッヂを除けて言ってみると“ラズベリーフィールズ”
 ね、可憐に聞こえるでしょう」

こんなに饒舌な真紅を見るのは初めてだ。
好きな探偵物について語る時でさえ、こんな表情はなかった。
無邪気に遊ぶ子供のような楽しさ、夕焼けが照らす笑み。
違和感は消え、新鮮な感じを覚えだした。


「昔、お父様が此処に買い物に連れてきてくれたわ。
 けど、人ごみが嫌いな私は此処を好きになれなかった。
 お父様が好きな綺麗な景色を気付かずにいた。
 この場所から人が消えて、ようやく気付いたわ」

昔とはまた違う光景であるだろうが、美しい事は否めなかった。
白い橋が照らされて、苺のように、鏡のような川も、紅に。

「貴方も同じ」

風は未だ吹かぬまま、真紅の声だけが僕に届いてくる。

「最初は理由がなかったわ。
 気になってずっと貴方を見てた。
 一人で居る時の貴方は、孤高にも思えたのだわ」

多分、これは心の引っ掛かりの一つなのだろう、僕は知っていた。

「この場所と同じで、良さに気付くのに時間がかかった。
 最初はって言ったけど、きっと違うわ。今も理由なんてないの」

夕日に照らされた紅が、言葉を紡ぐ。

「ジュン、貴方を愛してるの。強いて理由をつけるのなら、好きだから好きなの」

かくして、その言葉と共に“ラズベリーフィールズ”の空に帳が落ち
水銀灯さえ消え失せたこの土地に、闇が訪れた。


無明、音も風も光も無く、まるで虚無のよう。
戸惑いを感じつつも、僕は納得したかのように思える。
なんとなくは、気付いていた。真紅の想いに。
けども、僕はそういった感情に縁が無く、明確に識別できなかった。
今この身にひしひしと感じるこの想い、これが恋なのだろうか。

「ねぇ」

僕は突如掴まれる。
闇の中から真紅が抱きついてきたようだ。
ぎゅっと締める腕の力の強さが、真紅の想いを示していた。

「貴方はどうなの」

きっと目の前に真紅の顔がある。
額と額がぶつかり合いそうなこの距離。

「聞かせて」

囁く、切なく。真紅が願いを。

「私は、好きなのだわ。好きで、好きで、好きで、好きで、好き。
 貴方を心の底から愛していて、私だけのモノにしたくて貴方だけのモノになりたい」

僕の肩に顎を置き、それから真紅は黙った。
何も言わない、ただ聞こえるのは胸の鼓動。想いは伝わり続けている。
そして、僕は考えようとしたが、考えるまでもなかった。
この刹那、気付いた、全てに気付いた。
想い、真実、やるべき事、進む道、過去、僕。
心の中のこの感情が、全てを理解した。


「今まで恋だとか愛だとかよくわからなかった」

その理由も、僕がそういう人間だという事も真紅は知っている。

「まさかだとか、やっぱりだとか、思っていた。そして知らされた」

真紅の熱烈なる想いが恋だという事を。

「答えをすでに持っていたのに、気付くのに長い時間がかかった」

まるで、真紅と同じように。

「想いを伝えられて、抱きしめられたお陰で」

僕も同じ想いを持っていた、だからこそ先日、トロイメントで彼女らに親近感を覚えた。

「真紅」

 

 

 

 

 


ありがとう、ごめんな。




また、静寂だった。時の進む感覚もしない、世界が止まってしまったような。
けれども、紛れもなく世界は動いている。前へ前へと、ひらすら前へ。
物語は確かに進む、僕が鈍感なだけで、その速度は遥かなものだったのだろうか。
自分の世界の全てを理解した。そして、想いを伝えた。

「――――そう」

真紅が呟いた。

「やっぱり貴方の思いは、遠くて、別の所にあったのね」

真紅、呼びかけて彼女の顔に触れる。
同時に、頬に痛みが走る。

「触らないで」

どうも、紳士にはまだまだなれないらしい。淑女からビンタを頂くこの様では。

「悪かった」

僕は真紅を突き放し、振り返った。
視界は頼りにならない為に、僕は橋の手すりを掴む。

「さようなら」

“ばいばい”は言い慣れてたけども、こんな別れの言葉を言う日が来るとは思わなかった。
僕は歩き出した。
彼女の顔に触れた際に、掌に付いた水滴を払って。




僕は公園に再び戻ってきた。
恐らくだけども、全ての正解を見つけ、やるべき事もわかった気がする。
想いを、伝える。淑女にそれが出来たのだ、野蛮な阿呆に出来ぬ道理はない。
あの時真紅から伝わった胸の鼓動、今僕の胸で同じように鼓動している。

「ふぅ」

深呼吸する、緊張するというのは稀な経験だ。
勇気を、初めての勇気を。揺れる指先で、携帯電話の操作をする。
連絡先が数少ない電話帳故に、手間がかからない数度のショートカット操作でコールできる。
画面に数列が表示される。十一桁の先に想いを届ける者がいる。

「もしもし」
「今すぐ公園に来てくれ、言いたい事がある」

口調が乱暴になってしまったかもしれない。
ちょっとした後悔と悲しみ。
電話機越しのごちゃごちゃとした声を無視する。

「じゃあな、待ってる、金糸雀」

電話を切り、ベンチに座った。
この世の全てを嘲笑っているかのような、三日月がそんな表情を空に浮かべている。
風が、吹き出した。

|