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お父様が、亡くなった。
それは私にとって、悲しいという言葉では言い表せない程に悲しく、苦しみさえ伴う出来事だった。

お母様の顔を、私は知らない。
私が生まれると同時に亡くなったと、お父様から聞いている。

それでもお父様は……愛していた配偶者の死にも取り乱さず、残された私を十二分に愛してくれた。

色素が抜けた白い髪も、肌も、金色のような瞳も。
お父様は気味悪がる事も無く、むしろ美しいと褒めてさえくれた。

私は、お父様に優しく見守られながら、成長した。
今になって思えば、母親を知らない私はお父様にとっての『母』になりたかったのかもしれない。
お父様が私を大いなる愛で包み込んでくれたのと同じように、私もお父様を愛したかったのかもしれない。

それも、今となっては答えの存在しない疑問。

飛行機事故だった。
私を愛し、そして私が愛したお父様は、遺体すら残さずに消えてしまった。





       ―――雪華綺晶 短編  ―――
                  遺書 




 
最初、私はお父様の死を信じられなかった。
今にも玄関を開けて、優しい笑顔をして帰ってくるのではないかと思っていた。

季節が変わる頃には、私はお父様が亡くなった事を嫌でも認めざるを得なくなってきた。
その頃から私は、毎日涙を流して過ごした。
このまま涙になって消えてしまいたいと思った。
自分が生きてきた証が失われ、生きる理由も無くしたと。

それでも私は消える事もできず、ただ無為な日々を涙を流しながら過ごした。

ある日、私は手首を切った。
死ぬつもりだった。

流れ出す赤と、鼓動に合わせて痛む傷口。
それを見て、私は唐突に理解した。

この血の一滴も、肉の一欠片も、お父様が私に授けてくれたもの。

そう思うと、自分自身の体がとても愛おしいものに思えてきた。
それを明確に感じられる痛みというものが、とても幸せなものに感じられた。

ひょっとしたら、お医者様は、それは矛盾した異常な事だと言うのかもしれない。
でも私は、間違いなく、手首の痛みを通して、お父様と共に会った日々のような安らぎを感じていた。

私は痛みを通して、お父様が愛してくれた私自身を感じる事が出来た。

 
それから私は、毎日のように自分の手首を切った。
何箇所も、何箇所も、何箇所も、何箇所も、何箇所も、何箇所も、何箇所も。

痛みを感じる度に、私は言いようの無い幸福感と安心感を味わった。

でも、その痛みにも次第に慣れてしまった。
鮮やかな痛みも、夢見るような幸福感も、傷だらけの手首ではもう感じる事が出来なくなっていた。

私は再び、不安に襲われ、孤独に怯え、自分自身の希薄さに恐怖した。

でも、そんな悲しみも長くは無かった。 


先月、私は自分の右目を針で突いた。
光の半分を失った代償に、私は再び安らぎを手に入れた。

先週、私は光を失った右目を抉り取った。
かつてない痛みに、私は言いようの無い幸福感を味わった。

そして今、私はそれとは比較にならない痛みの予感に、期待を膨らませている。 


どうか、これを読んだ何処かの誰かさん。
私を可哀想などとは思わないで下さいませ。

私はただ、お父様に愛されていた日々と、私自身が確かに存在していた事を感じたかっただけですので。 






       ―――  終――― 


 
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