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第八話 「過去からの来客」


で、何を喋ればよろしいのか?
狭いながらも一丁前に店長室というものがこの喫茶店に存在した。
白兎は店長よろしく机に踏ん反って、僕は棒立ち。
構図的には社長と部下という風に見えるが、僕はまだ雇ってもらえてない。

「で、こういう場ではどう喋るのがよろしいのでしょう」
「……」

そりゃあこっちの台詞だ。面接なのに店側が無言だなんて聞いた事もない。

「私はあなたを雇ってもいいのです。こんな面接などという手順を踏まなくとも」
「じゃあ何故こんな状況になっているんです? 」

相手は店長だというので一応敬語で喋る。

「表現し辛いのですが、雰囲気的と申しましょうか」

つまりはその場のノリって感じかよ! なんていい加減さなんだ。
まぁしかし、面接という事柄と言えど白兎と二人きりになった。
雑談のようになるが色々問い掛けてみてもいいのかもしれない。

「じゃあ好きに喋らしてもらいますよ。あなたは一体何者なのです? 」
「何者と申しますと」
「不可解な言動行動容姿、以上の理由から何者か興味が沸いた訳でございます」
「容姿を馬鹿にすると人間性が浅く見られますよ」

鏡見ろよ。

「冗談はこの程度にしときまして。
 私は案内人のようなものです。あなたの人生さほど面白いものではないでしょう? 」

ここまではっきり失礼な事を言われると呆れてしまう。
確かに、面白いものではないが言葉に出すような事でないだろう。

「それがどうした」
「私の人生は面白いです」

自分で言うなよ。

「私はあなたの人生を刺激するに良いキャラクターでしょう。
 そして、つまらなそうなあなたとは相性が良さそうだと思った。
 私があなたの前に現れるのは趣味ですが運命なのかもしれません」
「随分数奇な運命だ」
「あなたが嫌がるようでしたら私はあなたの前から去ります」

確かにこいつは気持ちが悪くて生理的に嫌がってしまう。
しかしながら、僕はこいつと接触して確かにつまらないであろう人生のレ-ルが変わった。
前までは、つまらない終点に着くと思っていた。
しかし、今では次の停車駅さえわからないような事になっている。
何年間もつまらないと思ってた僕の心が、こいつと出会っただけで揺さぶられた。
僕は期待してしまっているようだ。
面白い、幸せだ、そう考えられるようになるかもしれないと。
だから、僕は。

「一つ思ったんだがな」
「はいなんでございましょう」
「別に誰が見てもお前は気持ちが悪いだろう」
「なんて事を」
「だからさ、もうどうだっていい。
 僕の事を深く知ってるような事とか、ちょっと気になるけどいいや」
「いいのですか? 」
「だってさ、細かいじゃないか。僕の期待してる事に比べたら」

僕は幸せという名の壮大なものに惹かれているのだ。
そんな事はしゃらくさい。

「よろしくお願いします」

敬語から素へと戻っていたので最後に丁寧に言う。
もう僕からこいつに言う事はない。
少しだけ心が頭が、柔らかくなったのかなと思った。

「それはこちらこそ、さて着替えてもらいましょうか」
「……………はい? 」
「制服に着替えてください、更衣室は隣にございます」

そう言うと白兎は部屋から出ていった。
まさかの即日採用、不景気のこの世じゃあ驚きの。
制服が既に準備してあるとは。
僕が必ずここで働くと見越してのものなのか、あいつらしい。
全く驚く事ばかり過ぎて最早慣れてしまう始末だ。
ここは最近の僕らしく、おとなしく着替えてきますか。
パイプ椅子を畳んでひとまず壁に立てかけておく。
でもってノブに手をかけた。

更衣室はわかりやすかった。
隣部屋のドア枠の上に店長室と同じように“更衣室”と書かれたプレートがあったからだ。
ノックをする。一息おいたが返事はない。
ドアを開けて中に入る。
至ってシンプルな構造であった、ダンボールが一つに棚が一つ、それ以外何もない。
棚といっても木製の家具のようなもので、雑貨を入れるようなものであった。
九つ収納する所があり、二つが使用済みであった。
鍵もなくなんて無防備なのだろう、警戒心の欠片も見えない。
ごもっとも、此処で盗むをやらかすような輩は店員には居なかったが。
ダンボールに手をかける、横に服飾品と思われる印字があるので僕の制服なのであろう。
ダンボールを開ける。さて、着替えよう。暫くは制服に縁などないと思ってたのだけどな。
改めて大学生である事を実感したのだった。


「何か? 」

ドアを開けた目の前に白兎が居たのだ、少し驚いてしまった。

「別に」

「そうですか」そう言って白兎が廊下を歩いていくのでついていく。
もう仕事とは、三十分前までは考えもしなかった。
とんとん拍子で物語は加速していく。
プレートが貼ってあるのはトイレを合わせて三部屋だけであったので
他の部屋が何なのかはわからなかった。
階段を下りていく。
この店は普通の一軒家のような構造である、一階が全て店になっており
二階が前述の通り、白兎の自宅になっているのであろうか。

「ジュンかしらー」

レジの方から声はした。
制服に身を包んだ金糸雀が立っていたのだ。
隣にショートカットの、蒼星石さんも居る。

「中々似合ってるじゃない」
「そう言われるのは嬉しいのかしら」

といっても魅力は妙な感じで感じる。
何故ならば男性用のウェイター服のような、タキシードのようなものだからだ。
何だろうこの感じは。

「君がジュン君だね? 僕は蒼星石、よろしくね」
「はい、これからよろしくお願いします」

隣の蒼星石さんが声を掛けてくる。
蒼星石という名も他が言ったのを聞いただけだったので言葉を交わしたのは初めてだった。
僕といっているし、女の人だが少々変わっている所がこの人にもあるらしい。

「ジュン君の仕事はカウンターの中で頼むよ、料理は僕が作る。
 紅茶とかを煎れてもらうのがメインになるだろうと思う。
 マスターどうですか? 」
「ええ、そのようにしていくのが良いでしょう。
 では私は出て行きます、頑張って下さい」

それだけ言って白兎は出て行ったのであった。
はてさて、本当にあいつは何をしているのだろう。

「僕は金糸雀にレジ打ちの仕方と料理の運び方を教える。
 ジュン君はそこにあるノートを何度も読み返しながら
 そこの棚の中身を覚えていってくれるかな」
「わかりました、やってみます」

蒼星石さんの指差すノートを手に取り開けてみる。これは凄い、目次の項があるのだが作りこまれている。
ページ数が書かれた横に見慣れない名前が羅列している。
恐らく紅茶の名前であろう、棚の引き出しにテープが貼ってあるのだが
同じ名前を何個か見つけた。
ぱらぱらとめくると、一ページ一ページに特徴が書き込まれている。
量が多いので読むだけで中々骨が折れる作業だ。まずは全体像を掴んだ方が良いだろうな。
僕はノートに書かれている事を流し読みしながら、棚に入った同じ名前の紅茶を見ていった。


二時間程が経っただろうか。蒼星石さんに喋りかけられた。

「二人共も帰っていいよ。初日だから慣れない作業で疲れているだろう。
 ジュン君はノートを持って帰るといい。暫く使うといい。毎日持ってくるんだよ」

確かに読むだけの作業であったが少々疲れたのは確かだ。
言葉通りに帰るとするか。そして本日何度か読まして貰ったこのノート。
これから暫く付き合っていくのだ、貸して貰ったものだから丁寧に使うとしよう。
そして僕と金糸雀は蒼星石さんにお礼と挨拶をし、二階へ上がった。
あの人は副店長のようなものなのだろうか? こんなに店を任されているし。
金糸雀が更衣室で先に着替え、僕が後から部屋に入り着替えた。
制服はどうすればいいのかわからなかったが、一階へ下りると、「置いといていい」と言われた。
そして紙が渡されたのだが、中にシフトが書き込まれていた。
白兎が金糸雀から聞いた僕の講義の予定(ほとんど一緒だが)を元に作ったらしい。
全く、色々と先回りをされる。

その後、金糸雀と一緒にもう一度蒼星石さんに挨拶をして店を出た。
これから働く店なんだと思い看板を見て、朝九時開店で夜中の三時閉店という事がわかった。
こんな夜中までやってる事に驚いた。金糸雀と本日のバイトの話をしながら帰り、変わらぬ終わり方を迎えた。


それから一週間、突出した事は起こらなかったが新たな生活ローテーションが始まった。
大学へ行き、喫茶店へ行き、帰る。
まだ慣れぬせいもあって、新鮮味に溢れている。
私服の大学、制服の喫茶店、堂々巡りの高校時代とは違うような感じに思えた。
白兎とはあれから一度しか会っていない。
その際に、この喫茶店の名前がローゼンメイデン トロイメントだと知った。
働き始めてから店の名前を知るというのも変な感じである。
一方、サークルはというとこちらもあまり変わりはない。
強いて言うなら会長さんの苗字が白崎だとわかったぐらいだ。
あれからメンバーが増える事もなく、ただ話すだけの日々。
ただ、ずっと黙っているのはよくないと思ったので質問ばかりではあるが僕も喋り始めた。
「あなたは自分を硝子だと思っているのね」真紅さんにこう言われた。自分が透き通った人間だと思うので知らない色を知ろうとしながら自分の事は話せない。
全くその通りだと思った、硝子のようにやはりわかりやすいのだろうか。
白兎の事を考えてしまう。
本日、僕は蒼星石さんと二人きりで喫茶店に居た。
金糸雀が休みで妹の水銀燈も居ない。
水銀燈は一度もまだ一緒に働いていない、僕と金糸雀と修行期間中は自主的に働かない事にしたらしい。
「私はお邪魔虫だわぁ」との事。何の事だか。
修行期間は一週間、明日から水銀燈が戻ってくる。
あの子も何だか変わっているから、波乱を起こすのだろうかと期待してしまっている。

蒼星石さんには若干困らされた。
ついさっきの事だ、店に入ったが誰も居なかったのである。
勤務開始十五分まえに参上したのだがいかがなものかと。
あのしっかりものの蒼星石さんが店を空っぽにするとは。
本日は雨天、客足は少なそうだが。
ひとまず着替えようと思い、傘立てに傘を入れてカウンターに入り二階へ上がった。
ノックして誰も居ない事を確信し、更衣室に入った。
ふぅ、と一息ついてドアを閉めようと振り返ったら目に入ったのだ。
正直何も思わなかった、いや思えなかった、呆気にとられて。

「ああジュン君、煙草は苦手だったかな。ごめんね」

煙草を咥える蒼星石さんはいつものように優しく微笑みながら言う。
下半身は制服、上半身は下着のみという格好で。
我に返り、僕は鞄を中に置きっぱなしで廊下に急いで出た。
その後ドア越しに色々言い合ったのだが要約するとこうだ。
カウンターで皿を拭いていると遠くから傘を差して近づく僕が見えたそうな。
瞬間、何か閃いた感じがしたので急いで二階の更衣室に入って
上の服を脱いだ後、煙草に火を点けたそうだ。
悪戯のつもりだったらしい。
「湿気がひどくてついつい」などと最初は言っていた。
全く、この人も油断できない人だ。
何を仕出かしてくるかわからない。

その後、舌を出しながら謝られて今に至る。
蒼星石さんは店の掃除を、僕はノートで勉強していた。あれから注文された紅茶を何回か煎れた。
経験が少ないのでひとまず知識を詰め込もうと頑張っている訳だ。
元々客は少ない、今日はそれに拍車がかかっている。客が本当に居ない時は煎れて自分で飲む。
茶葉は一杯あるので、蒼星石さんが好きに煎れて飲んで研究しなさいとの事だ。
これが結構勉強になるのだ、文体じゃ分からない味が体を通して理解できる。
知らない銘柄のものを飲もうかな。そう思った時に、ドアは開かれた。癖になった頭を下げて挨拶をするという動作。
まだ言い方がたどたどしい気もする。そして頭を上げて、お客と対面する。

「雨宿りのつもりだったのだけども、珍しい顔に出会うのね」

蒼星石さんは何の事かわからなさそうにしている。
僕に向けられた言葉だからだ、僕は目を合わしたままの体勢でいる。
黙ったお客は僕の方へ向かってきた、カウンター席に座った。

「ちょっとの間会わなかったらこんな風になるのね。一体どうしたの?」
「ちょいと巡り合わせが良かったんですよ」

心境を伝える。
ふむ、何やら今年は妙な運命が働いているらしい。
神様の気まぐれがとことん僕に向かってきている。

「あなたのお勧めの紅茶をお願いするわ」
「また難しい注文を、素人にゃあ胸張って勧められるようなもんありゃしませんよ」

まぁ、そうは言うけど何回か煎れたことがある茶葉を使う事にしよう。大切なお客さんである。

「ま、期待はしないで下さい。巴先生」

高校時代、唯一覚えている人物の名を呼んだ。
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