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パチーン!と、派手な音が学園に鳴り響く。 



「授業中よ。静かになさい」
真紅は、先生の話を聞かずに騒いでいる生徒の頬にビンタ。

「全く、男子は想像以上に下劣ね」
こっそりエッチな本を読んでいたクラスメイトの頬にビンタ。

「寄ってたかってこんな事して……恥ずかしくないの」
校舎裏でカツアゲをしていた上級生にも、迷わずビンタ。 



そして、当然こんなにもビンタをしてくる真紅を恨む者も……出てこなかった。


生徒達は真面目に授業を受けるようになり、エロ本は校内から姿を消した。
不良たちは相変わらずだが……それでも、この学校では暴力事件を起こさない。

彼らは口をそろえて、こう言った。

怒りではなく、まるで母が子をたしなめるようなビンタ。
慈愛と悲しみとが交じり合った、愛の鞭。
自分の事を気にかけてくれている誰かが居る。その事を教えてくれた一撃。
彼女に殴られて本当に嬉しかった。真紅にぶたれて目が醒めたよ!と。





        『  君 の ビ ン タ は 世 界 一  』
 




「ちょっといいかな?」

真紅は、担任の梅岡先生に声を掛けられ、振り返った。

「実は…桜田に、クラスの皆で寄せ書きを送ろうと思うんだ。
 そうすれば彼も、勇気付けられて学校に来てくれるんじゃあないかな」

梅岡はそう言いながら、真紅に色紙を差し出す。
だが真紅は……深いため息をついてから、担任の頬にビンタを喰らわせた。

「貴方、本当にそんな事でジュンが喜ぶと思ってるの?
 逆にあの子を追い詰めるだけだとは考えなかったの?」

突然の教え子からのビンタ。続くお説教。
梅岡は最初、呆然としていたが……やがて何かに気付いたのか、その場にガックリと膝を付いた。

「ぼ…僕は……良かれと思ってやってたんだ……なのに……それが逆に桜田を追い詰めて居ただなんて……」

梅岡は目から鱗が落ちたと言わんばかりに涙を流す。
真紅はそれを見て、これ以上言う事は無いといった表情で学園を後にした。

向かう先は勿論、たった今話題に上っていた引き篭もりの家。

 

―※―※―※―※―

 

真紅は、ジュンの部屋で彼の淹れた紅茶を飲みながらテレビを見ていた。
隣ではジュンが、テレビも見ずに……思いつめた表情で、床を食い入るように見つめている。

「……僕は学校になんて行かないからな……」
まるで呟くように漏らすジュン。

だが、真紅は絶賛放映中の『くんくん探偵』に夢中で、それどころではなかった。

「(くんくん!)危ないわ!」
「……確かに、このままじゃあ将来が危ない、って事くらい分かってるけどさ……」

「(くんくん!)今がチャンスよ!」
「……真紅の言う通り、こんな生活を変える機会は今だ、って分かってはいるけど……」

「そうよ!その調子よ!(怪盗ドロボウキャットを捕まえるなら的な意味で)」
「……でもさ…今更、どんな顔して学校に行けば……」

「黙りなさい!」
大興奮で『くんくん探偵』を見ていた真紅は、横でブツブツ言うジュンにビンタ一閃。

ジュンは暫く呆然と頬を押さえ……
それから何かを理解したのか、今度は真っ直ぐに真紅を見ながら、固い決意の篭った声で伝えた。

「……そうだな。真紅の言う通り、こんな泣き言ばっかり言ってても仕方が無いよな。
 僕も……いきなりは無理かもしれないけど……週明けからは学校にも行ってみるようにするよ」

「え?…そ、そうね」
ジュンの突然の決意表明に、真紅は何が何だかよく分からないまま曖昧に返事をしておいた。

 

―※―※―※―※―



そして、ジュンが学校に来るようになってから一週間後……ついに事件が起こった。


その日、真紅は風邪をひいてしまい、病院にまで足を運んでいた。
診察を終え、いざ帰ろうとした時。

「ぅぅ……ぐすっ……」
病院の前で、声を押し殺して泣いている小さな少女を発見した。

「どうしたの?」
本来は心優しい真紅は、その少女に声をかける。
そして……その涙の理由を知った。

「オディールが……全然目を覚ましてくれないの……
 もうずっと寝たままで……ヒナがどんなに呼んだって、起きてくれないの……」
雛苺と名乗った少女は、涙ながらにその理由を真紅に話す。

だが……医学に関する知識など本で読んだ事がある程度の真紅には、どうにも出来ない事。

それでも真紅は、雛苺をこのまま放ってはおけず……かといって、自分に出来る事は無い。

とりあえず、そのオディールとい子の病室まで行けば、雛苺の家族が居るかもしれない。
そうすれば、この子が迷子になって家族が心配する事態だけは避けられるだろう。
と、至って現実的な思考をした。

そう判断すると、真紅は雛苺の手を引きながら病院の中へと戻り、オディールの病室を探す。
そして辿り着いた10階のフロアで、原因不明のまま眠り続ける少女の部屋に入っていった。
 

まるで童話の眠り姫のように、穏やかな表情で夢を見続ける少女、オディール・フォッセー。


この場所は、部外者があまりうろうろすべき所ではない。
そう思った真紅は、雛苺を残して立ち去ろうとし……ある事に気が付いた。

オディールの頬に、どこから迷い込んできたのか、小さな蚊がとまっている。

「いくら眠ったままとはいえ……レディーが顔を虫刺されで腫らすのは、恥ずかしい事なのだわ」
そう言うと、真紅は蚊に気取られないようにこっそりオディールに近づき……

パチーン!と蚊ごと、オディールの頬を打ち据えた!


同時に、オディールがパチリと目を開く。
雛苺は少女の目覚めに歓喜する。
医者が駆けつけ、奇跡だと連呼する。
オディールの家族が、涙を流しながらお礼を言ってくる。
騒ぎを聞きつけ、マスコミまでやって来る。


真紅は、何が何だか分からないまま……目をパチクリさせるだけだった。



―※―※―※―※―

 

引き篭もりの桜田ジュンを復学させ、眠り続ける奇病に冒された少女ですら目を覚ます。

真紅のビンタは、奇跡を起こす。
まるで渇いた草原に火が広まるように、その噂はあっという間に世間に広まった。



そして……



次の日、真紅が学校へ行こうと校門をくぐり……途端に、大勢の生徒達に囲まれた。

「真紅さん!殴って下さい!」「俺もお願いします!」「罵りながらぶって下さい!」

誰もが真紅から御褒美の鞭を貰おうという変態ばかり。
中には「来年こそは大学に合格できるよう、僕をぶって下さい!」と言ってくる上級生の姿も。

だが、真紅は深いため息と共に、優しく言って聞かせるように説いた。

「全く……私の事を、誰でも殴るような凶暴な人間だと思わないで頂戴。
 私はね。誰かを傷つけたり、誰かと争ったり……そういう事は嫌いなの」

まるで聖母のような穏やかな言葉を聞き、生徒達は心打たれたように静寂を取り戻す。
そして、大人しくなった群集を見渡してから、真紅はいつものように校庭を横切り、校舎へと入ろうとした。
 
その時だった。
 
群衆の中の一人が、夢諦めきれずに真紅へと手を伸ばす。
真紅は振り向きざまに「気安く触れるな!」とビンタ一閃。

この一連の流れを見て……静かになっていた筈の生徒達の心に、再び火が灯った。


『 そうか。殴ってもらえるんだ。 』


それからは……目を覆いたくなるような惨状だった。


一列に並んだ生徒達が、一直線に真紅へと駆け寄る。
真紅はそれをビンタで右へ、左へとぶっ飛ばしながら校舎へと進む。
彼女の後ろには、ある者は魂を噴き込まれたかのような目をしながら、ある者は恍惚の表情で倒れているだけ。

これはこの世の地獄だろうか。はたまた、天国と言うべきか。

真紅が校舎に辿り着いた頃、校庭には全男子生徒のおよそ4割にも及ぶ人間が倒れていた。



―※―※―※―※―

 

何とか校舎へと辿り着き、靴を履き替え一安心した真紅だったが……油断するのが早すぎた。
担任の梅岡が、嫌な予感をぷんぷんさせる笑顔で歩み寄ってくるではないか。

「いやあ、聞いたよ。君のビンタは凄いらしいじゃないか。素晴らしい才能だよ!
 だから僕から校長先生にお願いして、君の才能を皆に知ってもらう為の臨時全校集会を開く事になt」

とりあえず言わんとしている事が分かった真紅は、全く懲りてない梅岡にビンタ。
それから……どうしたものかと、途方に暮れながら深いため息をついた。

「全く……誰も彼も、私にぶたれたいだなんて……正気とは思えないのだわ」

この異常な事態に呆れを通り越して怒りすら湧いてきた。

「とりあえず、皆には軽くお説教をして……」
それでも引き下がらない分からず屋には、お仕置きのビンタね。


すっと息を呑み、気持ちを引き締めてから全校集会の開かれる体育館へと真紅は進む。
その背中は、まるで後光が射しているかのように眩く輝いている。




後に、たった一発のビンタで第三次世界大戦を阻止した女性。その初の大舞台の幕開けであった。

 

≪  完  ≫
 

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