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「ほら見なさい。私の言った通りなのだわ。当たり前なのよ。当然じゃないの。セオリーなのだわ。貴女のミスよ。私は言ったのに。どうするのよ。まったくもう」
「………」
突然のめぐの出現に、真紅はここぞと言わんばかりに水銀燈の耳元でぶつぶつと呪詛のように呟いた。当の水銀燈の頬が引きつる辺りを見るに、それはなかなか効果的のようである。
「駄目よ水銀燈。せっかく会えたのに、また私から離れるなんて。そんなの…絶対許さないんだから」
めぐがゆっくりと水銀燈を見下ろしながら近づいてくる。だがその足取りはおぼつかなく、足場が悪い以上にふらついているように見えた。
それでも彼女の目は曇らない。そしてその両手は、今にも石を砕くがごとく固く握られている。
「…めぐ、もう辞めなさい。貴女だって疲れたでしょう?今日は休んで、体調を整えたらどう?」
水銀燈は背中の真紅を雛苺に預け、めぐの前に立った。
「今だってかなり苦しいハズよ。悪いことは言わないから、また日を改めて…」
「ごめんなさい」
「…え?」
水銀燈は驚く。今までどんな事があっても聞き続けてきた自分の声を遮ってまで、あのめぐが目を伏せて謝るなんて。
「私、もう、そんな余裕がないの。だから…」
めぐの目つきが変る。水銀燈へ向ける慈愛から、無表情へ。つまり、目標は。
「それ、凄い邪魔」
「ッ…!」
めぐが水銀燈がメイメイを腰から抜く前に大量の小石を後ろのメンバー達に向かって撃ち込む。水銀燈は驚異的な反射で数個撃ち落とすも、幾つか弾幕から抜けてしまった。
今、後ろのメンバーは殆どが誰かを背負うか、肩で担いでいる。翠星石もなんとか片手で水弾を撃つも全ては防げず、残りが身動きの取れないメンバーへ…
バンバンバンバン!
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
突然の発砲音と目の前で砕けた石に驚き、白崎や雛苺がその場に倒れる。が、倒れただけで命に別状は無い。それはひとえに、その発砲のおかげなのだが―
「ふん…やはりこうなるか。やれやれだな」
「………」
声がしたのは水銀燈達を挟んでめぐと反対側。皆が視線を向けると、煙の立つリボルバーを両手に構えたベジータと、片手に拳銃を持った笹塚が2人並んでそこにいた。

「おい柿崎。今回は俺達の負けだ。勝負が決した以上、こいつらには手出しはするな」
「…イヤよ」
状況が掴めず動揺する者達をよそに、ベジータと笹塚はめぐに銃口を向る。めぐも、彼等に体を向けた。
「勘違いするな。これは雇い主の命令だ。お前に拒否権は無い。引け、柿崎」
「イヤ」
バン!
弾丸と小石が交差し、それぞれが回避運動をとる。位置を僅かに変え、両名は再び睨み合う形となった。
「ふー…ま、言ってみただけだ。お前はそういう奴さ。素直に引くなんてハナから思っちゃないない。だから俺様がここまで来たんだからな」
「ちょっと、ベジータ…」
「銀嬢、こいつは雇い主である俺の管轄だ。こいつは俺らに任せて、お前達はとっとと島を出ろ」
水銀燈はベジータを見る。口の端に血。そして少し左脇腹を庇うような構え。ジュンとやり合って負けたとは本当だったのか。
対してめぐは完全に殺気立ち、今にも飛びかかりそうな勢いだ。機械的な邪魔者の排除ではなく、苛立つ敵を抹殺しようとしている。ああなったらもう止められない。水銀燈の声だって届くかどうかわからない。
「…任せろ、ね。出来るの?めぐは強いわよぉ?」
ベジータは視線そのままに、シニカルに笑った。
「なあに、俺だって強いさ」
次の瞬間、そこに居た全員が動いた。
水銀燈がハンドシグナルで離脱の準備をさせていたので、メンバーは一斉に山を駆け下り、白崎もそれに習う。
後ろを気にする余裕は無い。重い銃声や破裂音の響く中で、水銀燈が最後尾を持ち皆が出せるだけの力を出して走った。脱出ポイントは山道を下ればすぐだ。転ばないように、されど素早く。
その山道を半分程降りた頃、後ろで聞こえていたベジータのリボルバーの発砲音が急に止んだ。
「………」
水銀燈は何も言わず、振り返る事もせずに、前を走るメンバーに注意を払いながら山を降りた。

「みんなー!こっちかしらー!!」
木々生い茂る山を抜けるとそこは一変して小さな砂浜となり、視界が晴れた先の小さな入江に快速船が待機していた。各自が予め浜に用意されていたゴムボートに乗り込み、船へ向かってボートを漕ぐ。
「あー!ひー!…やっと着いたですぅ…」
「ふー、流石にキツいね。白崎さんは大丈…あ、いいです。とにかく休んでください」
「…ぜー…ぜー…」
やはり人一人背負って全力での山下りは相当こたえるようで、それ以前の疲労もあって船にたどり着いた時には皆倒れ込むようにへたばった。
その中で、監禁明けの体で意識の無いジュンを背負っていた白崎はよく頑張ったと言えるだろう。その姿は燃え尽きたボクサーを連想させたが、命に別状はないはすだ。
「ねえ、雪華綺晶はどうしたの?」
比較的余力のある水銀燈が適当に腰を下ろし、辺りを見回しながら今は操縦室にいる金糸雀に訪ねた。すると、
「お呼びですか?」
にゅっと。水銀燈の下からにゅっと。正確に言えば水銀燈の股の間からにゅっと雪華綺晶は現れた。顔は当然、水銀燈側に。
「きゃあー!?」
「おっと」
水銀燈にしては珍しい叫び声と同時に繰り出された蹴りを沈む事で避ける雪華綺晶。
「どっから出てきてんのよアンタはぁ!?」
「しかしですお姉様」雪華綺晶は今度はぬ~っと警戒しながら首を伸ばす。「今わたくしのいる倉庫からの出口はここしか無いのです。そして呼ばれたからには顔を見せなくてはなりません。つまりこれは不可避な事故と言えましょう」
ならまず一声かけろ、と怒鳴ろうかと思ったが、チョコを口の端に付けた雪華綺晶の顔を見ていたら力が抜けてしまったのでやめておいた。
なんでも、彼女は少し前に1人船にやってきてはいきなり猛烈な空腹を訴え、それからずっと食料庫として機能している倉庫に籠もっているとの由。
「はあ…ま、お疲れ様ね雪華綺晶」
「ええ、お姉様も」
彼女が大きなハムを頬張るのを苦笑いで見つつ、水銀燈は呆れたような口調でねぎらっておいた。
……そうやっておどけていなければ、どんな顔をしてしまうかわかったものではなかったから。
水銀燈は、心の奥底でゾッとする自分を感じていた。
『少し前に船にやってきて』、『空腹を訴え』。これらのキーワードと、目の前の彼女の特に何の怪我も見当たらない姿。
(ホント、とんでもない…)
彼女が相手をしたジャバウォックははっきり言って怪物だった。もしアレを人間が倒すとなれば、重戦車砲やロケットミサイル並の火力でどうかと言ったところだろう。いや、それすら怪しいものだ。
だがそれを雪華綺晶はたった一本のライフル銃でやってのけた。しかも、あっという間に。無傷で。食欲を感じるほどの余力を残して。
これが…悪魔の力。魔眼の力。ローズ7の有する、戦闘能力。ひいては、私の…
「お姉様」
「ッ!?」
気が付くと、雪華綺晶の顔が目の前にあった。酷く驚いたが特に妙な素振りはしなかったハズと自分を落ち着ける。
「な、何よ…」
雪華綺晶は黙ってじっとこちらを見ている。その表情からは感情を読み取れない。ただ、彼女の金色の眼はとても澄んでいて、綺麗で。柔らかいのに、全てを見通すように鋭い。
「…狩りは、猟師の得手ですから」
雪華綺晶はそれだけを言うと、再び倉庫へと戻っていった。
水銀燈は、その時の彼女の表情を一生忘れないだろうと思う。
それは、笑っていただろうか?悲しんでいただろうか?怒っていただろうか?…わからない。わからない、けれど―
「ま、気休めくらいにはなるでしょ」
船が移動を開始して少し経つと、薔薇水晶が意識を取り戻し、他のメンバーも会話するくらいは体力を戻していた。
また翠星石や蒼星石が中心となって雪華綺晶の魔獣討伐を讃える飲み会のようなモノが簡単に行われ、雪華綺晶は薔薇水晶も大手柄だと抱き寄せ、幸せそうに笑っていた。
そして、水銀燈は少し離れた場所でその風景を見つめる。その表情は、先程の雪華綺晶のものに似ているようだった。



1人の女性が浜辺に立っている。冷たい風に長い黒髪をそよがせながら、遠くの海を眺めている。
その顔に表情は無く、その目に感情は灯らない。それでも、じっと地平線を眺め続けていた。
「う…」
突然、彼女は口を押さえお腹を抱えその場にへたり込んでしまう。
「げっ…がはっ…!」
大量の吐血。青ざめた顔。震える体。焦点の定まらない瞳。誰が見てもそれは異常とわかる。危ないと、理解できる。長くないと、悟ってしまう。
トサッ。
「!」
不意に彼女の横へ投げられたのは透明な小さいビニール袋。それを見るやいなや、彼女は袋を引き裂き、中の薬を口へと放り込んだ。
「…だから言っただろうが。移植した臓器と人工臓器満載のその体で無理はするなと」
「がはっ…あっ…はっ…!」
ベジータが笹塚に支えされながら山から現れる。だがむしろ彼の方を心配してしまうほど、ベジータは全身に大量の怪我を負っていた。所々服は裂け、右の頬は大きく腫れ上がってしまっていた。
「はーっ!はーっ…まだ、生きて、たのね…けほっ」
「そっちもな。くたばり損ないのクセに無駄に強くてタフな奴だ。銀嬢が手を焼くのも頷ける」
ベジータは笹塚から手を離し、砂浜に倒れていた丸太に腰掛ける。めぐはそのまま砂浜に仰向けに倒れた。
「…疲れたわ」
「ああ。だが無能な部下も御免だが、お前みたいなのも考えもんだ。死ぬかと思ったぜ」
「ふふっ…私も。何で助けたの?」
「ん、まあ…」
「兄貴」
ベジータが何か口にしようとした時、笹塚が声をかけた。ベジータが笹塚が示す方へ顔を向けると、浜辺を歩く2人を見つけた。
「強敵だった。愛用の防弾ジョッキが無ければこの俺でも危ないところだった」
「あ…スミマセン。私、負けちゃいまして…スミマセン」
服の胸に小さい穴が空いている涼しい顔のマヤモトと、凍りながら火傷するという奇怪な重傷でヤマモトに担がれている由奈。
「ふん、気にするな。どうせこちらの全敗…完敗だからな。そう言えばお前のペットはどうした?」
「あの子は…なんかとんでもない攻撃をされたみたいで…消えちゃいました。いっぱいご飯頂いたんですけど、存在するエネルギーさえ失ったらしくて…ごめんなさい」
「そうか…残念だったな。それにしても酷い姿だな。笹塚、適当に介抱してやれ」
「はい、兄貴」
しばらくその場は波と風の音だけが響いていた。時折咳き込むめぐと、傷が痛むのか顔をしかめているベジータと、意味もなく波打ち際に佇むヤマモトと、草の茂る場所で介抱をうける由奈と、笹塚。
「…これからどうしますか?」
あらかたの応急処置を済ませた笹塚が尋ねる。
「まあ、勝手に連れてきた人質に逃げられローザ・ミスティカも無しの大失態だ。これだけ損害を出せば…もうマフィアにゃ戻れんだろうな。悪かったな笹塚、こんな事に巻き込んじまってよ」
「いえ、兄貴が居る所が僕の居場所ですから。でも、兄貴には家族が居ましたよね?マフィアから逃げても、きっとそっちに…」
「いや、もう手は打ってある。心配するな」
「………」
では初めから―笹塚はそう言いかけて、止めた。
「しかし…はっ、これはちょっとした小話なんだが。この島にくる前に、ブルマ…妻の所に行ってきたんだ。通帳と、潜伏先の候補と、離婚届を持ってな」
「どうなりました?」
「フライパンで滅多打ちにされて気絶させられた。気がついたら手足縛られてて、何されるかと思ったら腹の上で離婚届を焼かれたぜ。ありゃあ、熱かったな…」
「…今回の敗因はそれでは?」
「かもな」
「ぷっ!」
こらえきれずにめぐが笑った。どうやら由奈も包帯をぐるぐるに巻かれたまま声を殺して笑っているらしい。年頃の娘2人に笑われ、ベジータは決まりが悪そうに悪態を付いた。

「…それで、どうしましょうか、これから」
「そうだな…マフィアから逃げつつ、となるとなかなか大変そうだが…まあ仕事でも取って…」
「ねえ」
めぐが仰向けのままさらに顔を上げて2人の方を向く。
「それ、私も混ぜてよ。ていうか、私自分の体の事よく知らないし、薬も持ってないから、このまま放置されると死んじゃうんだけどなー。どなー」
手足をパタパタと駄々をこねるような仕草を見せるめぐ。たとえ先程殺されそうになっても、たとえ彼女が口からお腹にかけて血まみれでも、それはなかなか愛嬌があるように思えた。
「俺もそれを希望する。ヒーローが任務を果たせぬまま帰るわけにはいかない。汚名返上をさせて貰おう」
何故か波打ち際で冷たい水で足を濡らせながら背中で語るヤマモト。
「あ…あの、私も良いですか?ちょっと特殊なやられ方をしたせいか、あの子を別の形で呼べるかもしれないし…あと私、今お金が全然なくて、行くアテもないので…ここで別れると死んじゃうかもー…か、かもー…」
言ってみたはいいものの、皆の視線を受けて恥ずかしくなってきたのか笹塚に渡された毛布に顔を埋める由奈。
「くっくっく…あっはっは!」
するといきなりベジータが笑い出した。それも、いつもの含み笑いではなく、本当に愉快だと言うように、楽しそうに笑った。
「これだけやられてまだ懲りんとは、まったく可笑しな連中だよ。にしても…元ガンマンの俺に、元学生の笹塚に、瀕死のバーサーカーに、ヒーローに、魔獣使いか。ははっ、サーカスでも出来そうだな」
「バラエティ豊かなのは良いことです」と、笹塚。「それだけ可能性がありますから。受けれる仕事も増えるでしょう」
「ふん、可能性ね…確かに、どんなフィールドでも何かしらやれそうな気配だな。可能性…どんなフィールドでも、か」
「何か?」
「いや、昔読んだ本に似たような言葉があってな。可能性で形作られた世界、あるいは可能性そのものだとかいうヤツだ。確か…『nのフィールド』だったか」
「…いいですね、それ。いっそチーム名にしましょうか?」
「あ、それ賛成ー。いい感じにダサくて最高」
「悪くない。今の時代は他に無いセンスを磨くべきだ」
「え…あ、皆さんがそうおっしゃるなら…賛成、です…」
「だ、そうだ。大好評だぞ笹塚。良かったな」
「………」
4人からの容赦ない総攻撃を受け、笹塚は沈んだ。ついでに凹んだ。
「nのフィールドか。確かに聞いた事もないゴロの悪い名前だが…うむ、俺達にはぴったりかもしれんな」
「………さいですか」
多感な青年は複雑そうではあったがベジータはなかなか気に入ったようで、バシバシと笑いながら笹塚の背中を叩いていた。笹塚は何となく、似てもいないハズの自分の父親を思い出していた。
「じゃよろしくー」
「後悔はさせんさ」
「お願いしますね」
「あ、こちらこそ」
「おう、馬鹿ども」
―こうして、ただなんとなく、ただ偶然にnのフィールドは結成した。それは、生まれも育ちも職種も思想も異なる異彩のチーム。このnのフィールドが、ゆくゆく世界中で密かにほんのりと活躍するのは、また別のお話。



まず…気分がよろしくない。
なんかうるさいし…揺れるし…僕は今疲れてるんだ…だから寝かせてくれ…起きたらまた…宿題しなきゃ…
うん?ああ、僕はもう怪盗だったっけ…そうだ、アイツが来るんだ…嬉しいなぁ…格好いい台詞の一つでも考えとくか…何がいいかな…
あれ、体が痛いな…つか痛すぎ…まったくこれも全部ベジータの…
「だはっ!?」
と、ここで意識覚醒。起床。ウェイク・アップ。
「おはよう、ジュン。気分はいかがかしら?」
「………」
起き抜けの視界いっぱいに現れたのはイタズラ天使でも手の長い死神でもなく、
「真紅、だ…」
「ふむ。一応その目と頭は正常のようね。割と丈夫じゃないの。虐め続けた甲斐もあるというものだわ」
何か聞き捨てならない言葉を聞いたような気もしたけど、今の僕に突っ込みというハードなリアクションを求めるのは酷だ。体はボロボロで、疲労困憊。ついでに混乱してるとくれば…
「ああ、起きたかい桜田君」
「白崎さん…」
「状況説明がいるかな?まあ簡単に言えば、ミッションコンプリートさ。みんな怪我してるが、被害ゼロ。大したものだよ、お互いの仲間達は」
「ああ…」
流石白崎さん。(誰かさんと違って)僕が今一番知りたい事を教えてくれる。良かった…みんな生きてるんだ…
「今は船で移動中だ。残念ながら眠らせてあげることは出来ないんだけど、ゆっくり休むといい」
「はい…どうも」
「あ!みんなジュンが起きてるですよー!」
「あら?案外早いじゃなぁい」
「じゃあ顔を見てこようかな」
「期待しちゃダメなの。傷だらけの酷い面なのよー」
「いえいえ、男の迎え傷は勲章ですわ」
「あ、せっかくだからカメラに録るかしら。ばらしー頼んだわ」
「がってんだ」
うわー…この僕の安静など微塵も考えない自由奔放な騒ぎ声…ああ、でも本当に…みんなに会えたんだ…
と、ここで僕の視界に見慣れない服装が飛び込んできた。汚れてはいるが、白と赤からなるそれは…まるで、袴のような。
「皆さん。あまり騒ぐのはよろしくありません。面会は静粛にすべきかと」
僕を庇う後ろ姿。それはまさしく…ああ、見間違えるもんか。それは僕の後悔で、僕の懺悔で、僕の弱さで、そして僕の憧れだった…
「か、柏葉さん!」
僕が大声で名前を呼ぶと、柏葉さんは直ぐに振り返った。その顔は…上手く読めないけど…どうも驚いているらしい。
「名前…覚えてくれてたんですね…桜田さん」
「え、あ…まあ、ね。そっちも…ちゃんと僕が誰だか解ったみたいだな」
「はい。あの時は…ご迷惑をおかけしました」
「いいや、こちらこそ。あと…ありがとう。庇ってくれて…本当…ありがとう」
「…いいえ。お気になさらず」
今の彼女は、とても賢かった。あの洞窟であった時とは違い、僕の言わんとしていることを、きちんと受け取ってくれていた。良かったと、嬉しいと、素直にそう思う。
なんか僕と柏葉さんが話をしてる間遠くから『真紅!抑えて!抑えて!』とか『彼女にもあれくらいの権利はあげよう!ね!?』とか蒼星石の声がひっきりなしに聞こえてたけど、今はそれどころではなかったので丁重に放置した。

それから僕はメンバー達と一通り話を交わして(何故か真紅と柏葉さんが常に僕の両サイドに陣取っていたが)人心地ついた後、白崎さんが僕と2人で話したいと申し出てきた。
真紅達は少し渋ったが、僕としても話して起きたい気もあって了承となった。
「さて、と。では改めて、お互い無事で良かったね。おめでとうと言わせてもらうよ」
「あはは…どうも」
「マフィアの幹部に…ベジータに勝ったそうだね。笹塚君にそう聞いた」
「………」
やっぱり、その話か。まあ…予想はしてたけどさ。
「どうだったんだい?」
「どうって…」
どうもこうも…心残りは有りすぎて、思う所も多すぎて、達成感は微塵もなく、 ただ、勝利という結果だけが残っただけだった。
三回勝負。ポーカー、ジャンケン、殴り合い。そのすべてに僕は勝った。素晴らしい。大金星だ。結果みんなにも会えた。多少怒られもしたが、それ以上に誉められた。嬉しい。それでいいじゃないか。
それでいいと思ってた。
勝てばいいと思ってた。
でも、勝ってもこんなに苦しいとは思わなかった。
「…やっぱり、凄いですよね。彼等、彼女達は」
ベジータと殴り合って…いや、ベジータに殴られ続けて、身をもって理解した。
あの高みにいる人達の、重み。
僕はベジータの過去なんて知らない。真紅達の過去だって知らない。何があって、何をして、何をされたかなんて、知らない。
競馬を見ればわかる通り、馬だってピンキリの実力に分かれる。その馬の中で走り抜け、戦い抜いたが故の、輝き。
ベジータに殴られながら、その動き一挙手一投足に、僕は感動した。手加減にしても同じ事で、力の抜き方から狙いのずらし方、技の運び方まで。その全てに、僕は感動したのだった。
今なら『尊敬に値る敵』という言葉の意味が良く解る。あんな人になりたいと言った笹塚の気持ちが良く解る。
そんな歴戦の名馬を、僕は汚した。目を隠し足を縛り、絶対に負けないようにしてから、戦った。
情けなかった。泣きたくなった。悔しかった。こんな風になんか、勝ちたくなかった。こんな僕なんかじゃなく、相手に勝って欲しかった。
でも僕は、そんな風でしか勝つことが出来ず、絶対に勝たなくちゃいけない。難易度の問題じゃなく、それは、とても、辛かった。
“覚悟”
このありふれた言葉の本当の意味を知る人間が、一体どれだけ居るというのだろう。たとえ知ったところで、それを持てる人間が一体どれだけ居る…?
「いい顔になった」
突然、白崎さんがそんな事を言った。
「…僕、今、顔のほとんどをガーゼと包帯が占めているんですけど」
「そんなの問題じゃないさ。全然問題じゃない。うん、警部は余計だと言ったんだけど…その通りだったな。僕の杞憂だったようだよ」
「え?」
「今の君なら、任せられる。委ねられる。僕が言えるのはここまでだ。だから僕はドアの外で睨む女性達に殺されない内に退散するとしよう」
何だかよくわからない言葉を残して、狭い船の一室から白崎さんは出ていった。何というか、呼び出しといて随分とあっさりと…
「あ、そうそう」
訂正、まだ居た。
「…なんですか?」
「1つ言い忘れてた。あのねジュン君。後悔するって、そんなに悪い事じゃないと思うよ?それでは」
「…はあ」
今度こそ本当に出て行った。1人残された僕は何だか遺言みたいな言葉だな…とか思ってみたり。漫画や小説だったら次の章は危ないな。でも白崎さんならなんとなく生き延びてそうかも。あの人もなかなか悪運強そうだし。
「後悔、か。そりゃ、後悔しないなんてこと、よっぽどじゃなきゃ無いもんな」
もっとも、ある歌のようにそれを素敵と言えるようになるまでには、僕はまだまだ修行が足りないようだけど。


白崎さんが出て行ってから10分程して、船はとある小さな島に到着した。簡単に説明されたところによれば、怪盗乙女と警視庁の同盟はここで破棄となるようだ。
それはつまり、僕が決断しなくてはならない事も同時に意味する。
「全員、一度船から出なさぁい。ジュン、寒いからこれ羽織っておくといいわ」
「ん、サンキュ」
その島は本当に何もない、誰も住んでない島だった。ゴツゴツした岩山と、申し訳程度の砂浜。それで全部。そこに、全員が並んだ。
僕より左に、怪盗乙女ローゼンメイデン。水銀燈、金糸雀、翠星石、蒼星石、真紅、雛苺、雪華綺晶、薔薇水晶。計8名。
僕より右に、警視庁特別捜査班。草笛みつ、白崎巡査、柏葉巴。計3名。
そして、リーダーである水銀燈とみつ警部が互いに一歩前へ出た。
「この度は部下の救出にご協力いただき、誠にありがとうございました。部下共々、御礼申し上げます」
「こちらこそ。非公式、かつ違法な組織を作りその指揮までしていただいた事、メンバーを代表して感謝しますわ」
2人がゆっくりと握手を交わす。けれどその顔は綻ぶことなく無表情を貫いていた。…何だか、空気が痛い。
「…ふー。じゃ、今日この時をもって契約は解消される。補足として日付が変わるまで互いに干渉しない…で、良かったわね?」
「ええ。結構よぉ」
おおすげえ。2人とも、あっという間に表情が変わった。握手した手が離れた途端、水銀燈は怪盗の、みつは警察の顔になった。とっても生き生きしてる。きっと、凄く無理してたんだなぁ…
さていよいよ僕の番かと思いきや、何故か再び2人は会話を始めてしまった。それも、ボソボソと小さな声なので良く聞こえない。聞き取れた単語と言えば、『そちらから』『交互に』『時間は』『よろしく』…何の事だ?
「桜田君」
「え、あ、はい」
みつ警部からの思わぬ呼びかけに戸惑う僕。いけない。ここは落ち着くべき場面だ。その場しのぎではなく、きちんと自分で考えるべき時なんだから。
「私の可愛い部下があなたに言いたい事が有るそうだから、しばらく付き合ってあげてね」
「はあ」
…言いたい事?
みつ警部がそう言うと、白崎さんに支えられて立っていた柏葉さんが断りを入れてから僕の方へと歩み寄ってきた。
それは、ほんの23歩。それなのに、彼女の足は遅く、ぎこちない。今は治療と着替えを済ませているから分かり難いが、手足に巻かれた包帯や、庇う動きや、荒い呼吸。僕にだって、それ位はわかるんだ。
そんな彼女が足を踏ん張って立つ姿…どうしようもなく、胸が痛む。
「…桜田さん」
「何?」
しっかりと柏葉さんと見つめ合う形になり、僕は少し緊張する。けれど、言いたい事があると言うなら聞かなくちゃいけない。僕の事は聞いてくれた。ならば、僕だって。
柏葉さんは一度目を伏せ、ゆっくりと深呼吸した後、もう一度僕に目を合わせた。
ああ…やっぱり、素敵だ。
「好きです」

「………ん?」
「あなたが好きです」
「…………………え?」
「あなたの事が好きなんです」
「………………………………ええ!?」
痛む体などそっちのけで驚愕する僕純粋無垢な成人男性のワンオブゼム(混乱中)。
は?え?いや、いやいやいやいやちょっとちょっと待て待て待て!!落ち着け、落ち着くんだ僕!今柏葉さんは何と言った?好きだと言ったか?僕を好きだと言ったぞ!?
何だ、何が起きた?何が起きている?ま、待て…冷静になるんだ。この現象…ひょっとすると何者かからスタンド攻撃を受けている可能性がある!
「え、えと…!」
「初めて会った時…あなたは私を優しく介抱してくれて…私、その時からあなたが気になり始めて…あなたが怪盗団に身を置いていると知ってからも…桜田さんの事を考えている内に…どんどん好きになってしまって…」
「………ッ!」
柏葉さんは震える体と視線を必死押さえて僕にそう言った。
これは…マジだ。彼女は、本気で僕に告白をしてる。こんな時に、こんな場所で、柏葉巴は、桜田ジュンに告白をしている。
「だから…桜田さん。私と一緒に、日本へ帰ってきてください!」
「あ…」
そこで、僕のバカでノロマな頭はようやく事態を理解した。そうか、これは、そう言う話で…
「きっと、今すぐ帰れば罪には問われません。それが嫌で自首という形を取っても、刑は重くはならないはずです。例え禁固刑に臥しても…私、待ってますから!お日様の下で会える日まで、私待ってますから!だから、だから…!」
彼女はずっと僕を見ていた。怯えて怖くてそらしたくなるのを我慢して、頑張って、僕を見続けていた。
「私と、日本へ来てください」
その最後の一言まで、僕等はお互いから目を離すことはなかった。

「…もういいの?巴ちゃん」
「はい…ありがとうございました」
どれくらい経ったか解らない。僕は、何も言えないまま、じっとその場に立っていた。立ち尽くしていた。
「ジュン。ちょっといいかしら」
「え…え?」
水銀燈の声に、僕はようやく意識をはっきりさせる。柏葉さんは元の場所に戻って、変わりに水銀燈がこちらに近づいてきた。
「こちらもね、1人、アナタに話す事がある人がいるのよ。聞いてあげて頂戴。…ほら」
「え、ええ…」
水銀燈が背中を押して僕の前に立たせたのは、真紅。
「…真紅?」
「………」
柏葉さんとは違って、真紅は僕に目を合わせようとはしない。そこに居るのは、いつもの凛として、自信に溢れ、筋の通った、非の打ち所の無いレディの真紅ではなかった。
「ア、アナタは…私の下僕なのだから…」
どんっ。そんなような事を言ったところで後ろから水銀燈にど突かれる。
「……ふー…すー…はー…」
目を固くつむり頭をふった真紅が行ったのは雪華綺晶が推奨する呼吸法だ。震える左拳を胸に当てて、大きな呼吸をゆっくり繰り返す。そして、
「…ジュン」
「…何だ?」
ようやく真紅が、僕の目を見た。
「懐かしいわね…私とアナタが最初に出逢った時。本当に何となく私はアナタに声を掛けて…そこから全てが始まった」
「…そうだな」
「それからアナタを鍛えて…ふふっ、今思えば随時酷い事をしてしまったわね。一応謝っておくのだわ。ごめんなさい」
「………」
あの真紅が、謝った。
僕はわからない。彼女が何を言いたいのか、わからない。
「そして、東ティモールの作戦で…私は、アナタを失った。目の前で、アナタを、失った」
真紅はたまらず目を瞑る。どうしてだろう。何でこんなに真紅が小さく見えるんだろう。
「凄く驚いたわ…何がって、その場から一歩も動けないほど、何も話せなくなるほどにショックを受けている自分に。失って始めてわかるのね…ねえ、ジュン。私…私ね」
真紅が僕を見た。その表情を、僕は始めて見た。
「寂しかったわ」
なんて優しくて…なんて、切ない。
「アナタが居なくなって…とても、寂しかったのだわ。これが恋かどうかはわからない。アナタを好きなのか自分でもわからないけれど…アナタに側に居てほしい。私の隣に居てほしい。だから…」
だから?…だから。
「行かないで、ジュン。私と居て」

「…それで終わり?」
「ええ。これで全部…」
「そう」
真紅は水銀燈の肩を借り、やはり元の位置に戻った。
こうして、皆が最初の配置に戻った。僕を挟んで、左右に立つ人達。その全員が、間に挟まれている僕を見ていた。
「桜田君。悪いんだけど、選択する時間はそんなにあげられないの。私達はすぐ東京へ帰らないといけないし、彼女達だってここから去らないといけない」
「だから、今決めなさい。ローズJとしてのくびきはリーダーとして私が解いてあげるわ。だから、アナタ個人で決めるの。ローゼンメイデンに戻るか、日本へ帰るか」
「………」
くそ…もう、何なんだよ…。みんな言いたい事だけ言いやがってさ…本当、何なんだよ…
柏葉さん。
名前なんて、忘れるわけ無いじゃないか。僕だって、必死に君を考えまいとしてきたんだから。考えると、どうしようもなくなって、どうにもならなくなるから。胸が苦しくて、いっそ張り裂けた方がマシだと思えるくらいに。
今わかったよ…そうさ、痛いくらい思い知った。
僕は、君が好きだったんだ。
僕も、君を好きになったんだ。
それは釣り橋効果だとか生物の本能だとか言う人もいるかもだけど、原因がどうであれ、その感情は偽りじゃない。どうしようもなく、そう思うんだ。
真紅。
なんで、今更そんな事言うかな…あれだけ僕をバカにして、尻に敷いてさ…喧嘩して、殴られて、調教されて。
そんなの、どうでもよくなっちゃったじゃないか。お前を全部受け止めて、許してやりたくなっちゃうじゃないか。
なんで、そんなに可愛くなっちゃうんだよ。
なんで、こんなに愛しくなっちゃうんだよ。
お前は主で、僕は下僕だろ?なんで…そんな顔で…そんな事…
「うう…」
こんなの…反則だ。
僕が1人で頑張って考えてきた事なんて、遥か彼方に吹っ飛んじまった。馬鹿馬鹿しいくらい、どうでもよくなっちまった。
ああ…僕は今幸せだ。こんな幸せが他にあるか?好きな人に好きと言われ、愛しい人に求められて。まるで、本当に、夢みたいだ…
こんな素晴らしい事はない。
こんな素敵な事はない。
こんな幸せな事はない。
こんな嬉しい事はない。
こんな…残酷な事は他にない。
「ううう…!」
選べってのか?これを、選べってのか?こんな…こんな事を、“どちらか選ぶな”ってのか!?
選ぶべきなのか?選ぶのが正しいのか?選ばないといけないのか?時間が無いって、片方あっさり切り捨てるのが男らしいのか!?
例え時間があったって…僕に選べるのか…?
「ふー…やっぱり、無理そうね」
「まあ…想定された事よ」
みつ警部と水銀燈が僕を見ながら言った。だから、あんたらは息が合うのか合わないのかどっちだよ。
「桜田君。さっきも言ったけど、私達には時間がないのよ」
「だから、ジュンが決められないのなら、私達が決めてあげるわ。両方嫌ってワケじゃないみたいだから、構わないわよねぇ?」
「…え?」
それって…どういう…
するとまるで事前に決められていたかのように、皆が一斉に歩き出して砂浜の端に移動した。…真紅と柏葉さん以外。
おい…ちょっと待てよ…自分達で決めるって…それって…一体、何をする気だ!?
「これから2人が戦って、“勝った方に付いていく”。そういう事よ桜田君」
「ま、そんなに時間もかからないでしょう。2人ともたいして保たないわ」
「な…!?」
嘘だろ…おい、冗談だろ!?何だよソレ!?何だよコレ!?ふざけるなよ!悪い冗談はよしてくれよ!!
「止めて欲しかったら、早く決めることね」
「…ッ!」
僕は水銀燈とみつ警部を睨んだ。でも、2人に視線を返されて、目を反らしたのは僕の方だった。
そうさ…僕が決めれば終わるんだ。だけど…だけどさ…!
それでも準備は済んでしまい、2人が出来た広場の中心で向かい合うように立つ。本当にやる気なのか…?だって…だって、お前ら、そんな事できる体じゃないだろ!?
「手負いだからって手加減しないことね」
右手が全く動いていない真紅が言う。
「その言葉、そのままお返しします」
構えた刀がフラついている柏葉さんが応える。
止めてくれ…頼むから止めてくれよ…!なんで誰も止めないんだ…こんな…こんな馬鹿げた戦いなんて…!
それでも2人の間に漂う空気が変わるのを感じざるにはいられない。はっと顔を上げたら、もう完全に戦う体制に入っていた。その体制が、目を伏せたくなるようなものだったとしても。
「…ジュンは私が見つけたのよ。絶対渡すもんですか」
「…私が彼を正しい道へ連れて行きます。邪魔はさせません」
そして、戦いが始まってしまった。

「はあっ…!」
「やあっ…!」
間合いにして約6歩。それを詰める2人はまるでスローモーションでも見ているかのようだった。
柏葉さんの刀が振られる。…いや、振るなんて大したもんじゃない。あれじゃただ動かしてるだけだ。
真紅の左拳のナックルがそれを受ける。パキン。そんな、あまりに軽い金属音。だけど、そんな衝撃ですら顔を歪めてしまう2人。
「あ…あ…」
辞めてくれ…止めてくれ…もうみんな助かったんだ。もう戦う必要はないんだ。もう誰も傷付く必要なんてないのに…!
「顔を上げなさい、桜田君」
「結果がどうあれ全て見届けるのがアナタの義務よ。誰の為に戦ってると思ってるの」
いつの間にか僕の後ろに来ていた水銀燈とみつ警部。もう振り返って睨む気力なんてない。言われるがままに顔を上げる。
「あぐっ!」
「げほっ!」
もうそれは戦闘と呼べるものじゃなかった。お互いまともな攻撃なんて出来やしない。動くだけで、歩くだけで喘ぎ、血反吐を吐く始末。なのに、どちらも半歩たりとも引くのを許さない。
「ふー、はー…欲しいものは、どんな手段でも手に入れる…それが怪盗の本分よ…!」
「はあ、はあ…人々の安全を守り、悪をくじく…それが警察の誇りです…!」
そんな彼女達を見ながら、僕はさっきの2人の姿を思い出していた。
柏葉さん。生まれて初めて好きだと言ってくれた柏葉さん。僕をじっと見て告白してくれた柏葉さん。
真紅。離れて寂しかったと僕を求めてくれた真紅。気がめっぽう強いハズなのに、初めて僕に頼るような顔をした真紅。
その2人が、今、僕を掛けて、戦っている。殴られて、切られて、苦しみ、もがき、それでも倒れず、戦っている。
まるで、少女漫画のようなシチュエーション。―私の為に争わないで―。こんなのに憧れる女の子の気が知れない。こんなの…あんまりだ…まるで地獄じゃないか…!!
『後悔するって、そんなに悪いことじゃないと思うよ』
例えばこのまま決着が付いて、どちらかが倒れて、どちらかが勝って。僕はどちらかに付いていって、それで、後悔しない?満足出来る?
そんなワケないだろう!?じゃあなんだ、今この時を振り返って、後悔するのが悪いことじゃない!?
ふざけるな!そんなの死んでもごめんだ!!後悔を自分が認められるのは、その時に行動した果起きた事だけだ!!
僕は一体あの地下で何を誓った?僕は一体何でベジータと戦ったんだ?そうさ、みんなみんな、感謝してもしきれない大好きなあいつらの為じゃないか!!
それがなんだ?僕が彼女達を苦しめてどうするんだよ!?本末転倒も甚だしい、馬鹿に間抜けの3乗だ!!
(くそっ…!!)
まだだ。まだ終わってない。まだ諦めるな。彼女達の戦いは続いてる。そして、“僕の戦い”も終わってない!
ローズJは良く戦った。だから、今度は僕が、桜田ジュンが戦う番だ。桜田ジュンにしか出来ない戦いを、全身全霊、全力を持って。
考えろ。逃げないで考えろ。
考えろ。自分の道を考えろ。
考えろ。あいつらを思って考えろ。
考えろ。目を逸らさずに考えろ。
考えろ。戦って戦って考えろ…!
「やめろ!!」
そして、僕は叫んだ。
「もう…やめるんだ」
僕の言葉に2人は止まる。もう動けないだろうに。もう立ってられないだろうに。2人とも、僕を見つめて、動かない。
「聞かせて頂戴」
水銀燈が言った。
「…僕は…」
僕は。
僕は。
僕は―



―択捉島での奪回作戦から、3年。東京、警視庁特別捜査版会議室。

「しろしろ~。お茶ちょ~だい」
ビジネスに適し、普通緊迫した空気なりが似合うであろう部屋に脱力感に満ち溢れる声が響く。いや、響く前に溶けて消えそうだ。
「どうぞ…というか、今度は何ですかその『しろしろ』って。いい加減変な呼び方するの辞めてくださいよ」
しろしろって、のりしろか私は。
「えー?だって巡査部長になっちゃったから呼びにくいんだもん。だから可愛いの考えてあげてるのにー」
「だったら御代字なり名前で呼べばいいでしょう」
「うーん、それじゃ面白みが…あれ?しろしろ下の名前なんていったけ?」
「………」
えと、これは…いや、まさか?
「マジですか?」
「マジですね?」
「一体何年一緒に仕事してるんですか!」
「4年くらいじゃないかなあ!」
だったら叫ぶ前に覚えてください。
「んーだって、ずっと巡査って呼んできたしぃ…名前なんて呼ぶ事ないんだもん。巴ちゃん知ってるー?」
警部がぎしっとパイプ椅子に深く腰掛け、壁際のソファーでまったりとお茶をすすっている巴さんに尋ねた。…まあこちらも緊張感の欠片もない。
「あ…えと、スミマセン…ずっと白崎さんとお呼びしてたものですから」
「…ですよね」
まあ、今更無駄な期待はすまい。
「で、なんてーの?」
初対面、ならびそれに順する関係ならいざしらず、流石に4年近くとなっては素直に名乗るのはあまりに癪だったので、
「そうですね…じゃあ当ててみてください」
クイズにしてみた。少し…いや、かなり悲しいものがあるが。
「白崎銀河」
「白崎純、ですか?」
「違います」
「白崎那由多」
「白崎淳、ですか?」
「違います」
「白崎森羅万象」
「白崎潤、ですか?」
「…もういいです」
なんで警部はそんなに壮大なんですか。そして巴さんは『ジュン』から離れてください。
「まったく…もう直ぐ係の者が資料を持ってきますから、少しはシャンとしてください」
「ういー」
「はい」
我々が今待っている資料、それは言わずもがなローザ・ミスティカ、そしてローゼン・メイデンのものである。
今日まで我々は幾度となくローゼン・メイデンまたその他の者と攻防を繰り広げ、現在7つのローザ・ミスティカがその存在を確認された。
そして結果は…全敗。
「…正直、どうして我々がお払い箱にならないのか不思議なくらいです」
「誰もやりたがらないんでしょ」
警部があまりに簡潔で生々しい回答を与えてくださった。まあ確かに私も色々と大変な目に合ってはきたが…
………
…思い出すのはよそう。
「…と、来ましたよ警部、巴さん」
部屋の扉が開く音で我に返った私は、資料その他を受け取り、机に並べる。
「はい、どうぞ巴さん」
「…どうも」
そして、“犯行予告に付随していた手紙”を巴さんに渡した。
うっとりとした表情で(こんな表情など滅多に見られない。前に警部が隠し撮りを目論んでいたので渋々…いや、しっかりと諫めておいた)まだ封を開けずにそれを眺める巴さん。こんな風景も回を重ねれば当たり前になってしまった。
「潤っるわねぇ~」
「ですね…って、私達は仕事ですよ仕事。あんまり緩んでると税金泥棒だと言われますよ」
「むにゃー!ちったあ余韻に浸らせろぉべらんめー!!」
「うるさいです」
誰ですかあなたは。
すると警部は狙ったようにトイレ休憩を所望され(こういった際、男性は止める権利を有さない。これは立派な男女差別ではなかろうか)、私も先に資料に目を通しておくかと椅子に座った。
「あ、そうそう」
不意の呼びかけに既に資料に目を落としていた私が顔を上げると、警部が上半身だけを開いた扉の隙間から覗かせている。
「何ですか?早く済ませて帰ってきてください」
「せくしゃるはらすめんと」
こんな場合でも、男性は頼む権利すら有さない。まあ今のはエチケットの問題かもしれないが。
「あのね、前実家に帰った時にちょっと仕事の話になって、親に『4年くらい一緒に仕事してる部下がいる』って話したのね?」
「…はあ」
というか、そんな時ですら私のフルネームは使われなかったのですか?
「そしたらお父さんが『どんな奴か見極めるから連れて来い』ってさ。忙しいって言っても聞かなくて。だからこの仕事片付いたら一緒にウチに行くわよ」
「はあ、まあいいですけど。…え?それって…」
「んじゃ」
バタン。と、再び資料に目をむけるにはあまりにあまりの言葉だけ残し、警部は狙ったように部屋を出ていってしまった。
当然、私は残されるわけで。
「おめでとうございます」
放心し、口をあんぐりと開けて扉を眺めるしかない私に、巴さんは嬉しそうに笑みを漏らしてそう言ったのだった。



『拝啓、柏葉巴様。新緑萌ゆる木漏れ日の…ごめん、やっぱり無理だ。

こうして手紙を書こうと机に向かう度に、もっと色々知っておけばよかったなとつくづく思う。でも君が固い文章より良いと言ってくれたから僕はまた君に手紙を書く事が出来る。感謝。

こうして手紙を書くのは何度目になるのかな。いや、もちろん覚えてるけど、最初はあれだけ緊張したのに今も同じくらい緊張して手の汗が止まらない。これは未だ慣れない手紙を書くからなのか、あるいは君を思うからなのか。多分両方かな。

そうそう、先ずは君が一番気になってると思う事を書こう。
先日、エジプトで君から受けた刀傷は殆ど完治したからどうか安心して欲しい。(だから僕は輸血用の血が見つからなくて危なかった事を書くつもりはないし、破風傷になりかけた事もこれっぽっちも書くつもりはないんだ。)
それにしても、あの時の君はとても勇ましくて、雄々しくて…その、強かったね。正直、殺されるかと思った。僕としてはそれはそれで本望なんだけど、君がほんの僅かでも悲しむと思ったから頑張って生きることにしたよ。
…やっぱり、アレは僕の隣にアイツがいたのが原因だろうか。だとしたらこの傷は甘んじて受けるしかない。なんせもう3年だ。

そう、君達が僕達を助け出してくれた時からもう3年が経つ。そして3年、僕は君を待たせ続けている。
君は気にしないでと言ってくれたけど、こればかりは謝らせて欲しい。我が儘を言ってすまなかった。そして、聞いてくれてありがとう。本当にありがとう。

だけど、それもようやく終わる。こうやって君に書く手紙も、これが最後になる、はずだ。
通称『ザ・ラスト』。もう情報は行ってると思うけど、これが最後のローザ・ミスティカ。そして、僕の怪盗としての最後の仕事。

勝手な事を言うようだけど、この3年は僕にとって大切な月日になった。やはり僕は恵まれていた。自分の才能はからっきしかもだけど、とてもとても恵まれていた。
まだまだ僕は未熟かもしれない。だけど今なら、今の僕なら、自信を持って君の横に立てると思う。君の視線を、しっかり受け止められると思う。

アイツらへの借りや恩は僕じゃどうやっても返しきれないけど、アイツらの悲願を果たすことで少しでも賄えればと願ってる。そして同時にこれは、僕が決めた、僕の戦いだから。

だから巴、僕は全力で奪いに行くよ。持てる全てを出して、僕は戦う。この仕事を終えた時、僕は本当の意味で自信を持つ事が出来る気がするんだ。

全て終わったら、僕は日本に戻って刑を受ける。本来なら甘んじて受けたい所だけど、君を随分と待たせ過ぎたからな。出来るだけ早く出られるようにするつもりだ。

そして、罪を償って、日の下で逢えたその時は―




とある時、この地球のとある場所にて。

「はあはあ…!これはちいとマズいですねぇ!」
「まさかとは思ったけれど、上手く見つけられたものね。あと数秒脱出が遅れていたら危なかったのだわ」
「今もかなりアブねえですけど…うひぃ!?」
「確かに、このまま逃げつつけても埒が開かな…」
ガサガサッ!
「Freeze!」
(先回り!?しまっ…!)
バリバリバリ!!
「くっ…!この電撃は…!?」
「ふー、危なかったな。やっぱデイザーは頼りになるよ。温存してて正解だった」
「ジュン!オメーなんでここに…」
「金糸雀から指示を受けたんだよ。それで慌ててこっちに飛んできたとこさ。この辺りにいた奴らは片付けたけど、これ以上合流ポイントまで敵を近付けるワケにはいかないぞ」
「ええ…でも、何か策はあるの?」
「迎え撃とう。僕らで」
「出来るですかねぇ?あっちの武装はそれなりですし、何よりこっちの数が…」
「出来るさ。絶対出来る。僕とお前達ならな。そうだろ?」
「…そうね。選択肢も無さそうだし、ここは踏ん張り所といったとこかしらね」
「へっ、オメーにそう言われちゃやるしかねーですぅ。精々気張るですよジュン!!」
「ああ、それじゃ…行くぞ!」
「「了解!!」」



『―今度は僕が、君に告白しよう。』



【怪盗乙女、ローゼンメイデン】

《mission complete!!》

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