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良い事をした後は気分が良い。
それが、人命救助なんて凄い事なら、なおさら。

黒煙上がるマンションからの脱出劇から一夜明けた朝……
真紅はご機嫌な表情でキッチンに立っていました。

『キシャー!シャー!』と奇声を上げるクッキーの生地(?)を、真紅は鼻歌交じりにオーブンに入れました。

それから、焼きあがるまでの時間、のんびりと紅茶を片手に新聞に目を通します。
紅茶中毒で、さらに活字中毒でもある彼女にとって、このひと時は何物にも代えがたい憩いの時間。

いつもならピコピコ動いている犬耳も、頭の上でぺたんとリラックスしています。

そんな風に、ゆったりとした時間を楽しんでいた真紅でしたが……
とある新聞の記事が、何の前触れも無く視界に飛び込んできました。

 『お手柄!犬耳っ娘 火災現場から少女救う』
それは、真紅の勇気を過剰に称える文章と……黒煙上がるビルから、少女の手を引き脱出する真紅の写真。
当然、頭の上の犬耳もバッチリ写っちゃっています。

「そんな……! 」
真紅が小さな声で叫んだ瞬間です。


いきなり、オーブンが爆発しました。




     ◇ ◇ ◇  け も み み ☆ も ー ど !  ◇ ◇ ◇
  



突然起こった驚愕の事態に……真紅は目を真ん丸くしたまま、その場を動けませんでした。
頭の上では犬耳が、ピンと直立したまま微動だにしません。

やがて……ほんの数秒が過ぎてから、真紅は何が起こったのか理解しました。
そうです。
オーブンが爆発したのです。

慌てて机の下に潜り込み、ドキドキしっぱなしのぺったんこな胸を押さえます。

「これは……新聞を見て秘密を知った誰かが……
 早速、私を捕らえに来たと判断して間違いないでしょうね…… 」

彼女の大好きな『くんくん探偵』顔負けの推理をしてみせますが……見当外れもいい所です。
本当は、錬金術で生成された人造生命体にしか見えないクッキー(?)が原因です。

まさか、自分の料理が奇跡の化学反応を起こしたとは夢にも思わず……
真紅は頭の上でいまだにピンとなっている犬耳に意識を集中させます。

ですが……何か怪しい音どころか、誰かが近くに居る気配すら感じません。

「……さっきの爆発で仕留め損ねたせいで……相手も様子を覗っているのかもしれないわね…… 」
油断は禁物と言わんばかりの鋭い眼差しで、真紅は机の下から周囲の観察を続けます。

こっちは一人。
それに対し、相手は……そもそも、何人居て、どんな手段で来るのかも見当がつきません。
まあ、本当は全部、真紅の想像の産物なので0人ですが。

ともあれ。
真紅はいたってマジな表情のまま、手元に転がっていたオーブンの破片を指先でつまむと……
それをポイッと、部屋の出口のほうに投げました。

コツン、という音。
暫くの沈黙。

「……余程注意深いか……それとも……こっちの手の内を読んでいるか……
 どちらにせよ、厄介な相手のようね…… 」
囮に引っかからなかった事により、真紅の推理はまた一歩前進します。

「……それ程の相手なら……ここに留まるのは……あまり良い作戦とは言えないわね…… 」

真紅は犬耳に神経を集中させながら、部屋の出口までの距離を測ります。
そして……
小さな物音一つ立てないように気をつけながら……少しずつ、慎重に、扉に向かって進んでいきました。


そして、指先がドアノブに触れるまであと数センチの時です。
真紅は針が落ちる音も聞き逃すまいと、犬耳に集中していたのですが……それが失敗でした。

『い~しや~き芋~ お芋だよ~』
石焼き芋屋さんの屋台の声が、突然聞こえてきたのです!
あんまり急だったもので、真紅は「ひゃぁ!? 」と叫んでしまいます。

(いけない!部屋から抜けようとしているのが相手に知られてしまった!? )
「はっ!! 」
真紅は勢い良く扉を開くと、アクション俳優さながらの動きで廊下に転がりながら飛び出ます。
……実際は、犬耳少女が廊下をコロコロと移動していただけですが。

それから真紅は……廊下の中心で止まると、バッと起き上がって走り出します。
どうせ居場所がバレてしまっているのなら……少しでも早く、ここから移動した方が良いと思ったからです。

そして真紅は、廊下を少し走り、見えてきた扉の中に飛び込みました。

ちょっと狭いけど、趣味も悪くない、フローラルな香りの漂う……つまり、トイレでした。 


小さな、ちょうど小柄な少女が通れるか通れないかといった位の小さな窓。
トイレに逃げ込んだ真紅は、それを眺めながら……決断を迫られます。

ここから外に出て、隣の……ジュンの家に逃げ込むべきか……

「……いいえ……確かに、全ての発端は彼かもしれない……でも…… 」
ジュンを、この争いに巻き込みたくはない。
真紅は硬く目を瞑り、不安から生まれた弱い心を締め出そうとします。

そして再び真紅が目を開けた時には……その瞳は空のように澄みきって……何の迷いもありませんでした。

彼女は静かに息を吸い込むと、音が鳴るのを気にしてないかのように目の前の扉を開けます。
それから、いつもと同じように、ごく普通の動きで自分の部屋へと向かいました。

机の上に置かれた携帯電話。
真紅はそれを手に取り……つい、話がしたい衝動に襲われます。
ですが……固い決意の元、メールを打つだけに留めました。


『 To 翠星石 

 私のミスで、犬耳の事が世間に知られてしまったわ。本当にごめんなさい。
 今も、追っ手が近くまで迫っていて……もう逃げ切る事は出来ないでしょうね。
 例え逃げ出す事が出来ても……それは周囲の皆に沢山の迷惑をかけてしまう事になるかもしれない。
 
 そんな事になる前に……私は、私自らの手で決着を付けに行くのだわ。
 あなた達の事は、何があっても決して喋らないから安心して頂戴。
 
 ひょっとしたら、これが最後のメールになるかもしれないから……だから……
 今まで、ありがとう。

 From 真紅  』


最後に送信のボタンを押し……真紅は携帯電話の電源を切ります。

それから、再び部屋の外へ……玄関へと向かい始めました。

そう簡単に捕まってやるつもりは、無い。
己が身と誇りだけを武器に、真紅は闘うために廊下を歩きます。

今までなら、外に出るときは隠していた犬耳も……今は隠さず……逆に、誇り高くピンと空をさしたままで。


そして……
まだ見ぬ相手……正体不明の敵と闘う為、真紅は玄関の扉を開きます……
まあ、敵なんて始めから居ないんですが。

 

―※―※―※―※― 



自宅のリビングで翠星石の焼いたクッキーを食べながら、蒼星石はのんびりとしていました。

すると……ドタバタと騒がしい足音を鳴らしながら、翠星石がリビングへと飛び込んできました。

「真紅が大変な事になってるですぅ!すぐに助けに行くですよ! 」

そう叫ぶと、翠星石は自分がはいているスカートの両端をつまむと、バサバサと揺らします。
すると……スカート中から、身の丈程はありそうなガトリング砲(対空用、毎分600発)が『ガコン!』と派手に床の上に転がり落ちました。

「……そのスカート……どういう仕掛けなんだい? 」
蒼星石は顔を引き攣らせながら、翠星石に尋ねます。

そう言えば、あんなにふわふわで大きな翠星石の尻尾も、スカートに隠した途端、目立たなくなります。
本当に、女の子のスカートの中は神秘の世界ですね。

ともあれ。
そんな大きなガトリング砲を引きずりながら出撃しようとする翠星石の背中に向け、蒼星石は再び尋ねます。
「一体、何が始まるっていうんだい? 」

翠星石は振り返ると……その目をギラリと輝かせながら、力強く答えました。

「第三次世界大戦ですぅ! 」

そんなもの、始まりません。 





 
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