「うっ…」
ぼやけていた意識が徐々に回復すると同時に、僕は自分の体をゆっくりと起こしていく。
頭が重い…体の節々が痛い。それになんか耳がキーンとしている。きっとさっきの音のせいだ。あれで目が覚めた。まったく迷惑な爆発音だった…
「爆発音!?」
僕はさっきまでの緩慢な動きが嘘のような早さで体立ち上がった。そして猛烈なスピードで天井に頭をぶつけた。
「ぐ、ぐお…」
何で天井がこんな低いんだよ…。と、ここで僕はようやく自分がこの工場に来てから寝泊まりしてあた牢では無い別の場所にいることに気付いた。いつの間に移動なんかしていたのか。
「つーか、それを言うならいつの間に寝ちゃってたんだって話だよ…」
明日あいつらが来る。そう聞かされたから何時来ても対応出来るように寝ないで準備しようとしていたのに…寝てるうちにここに運ばれたってことは、多分昨日の食事に睡眠薬が入っていたんだろう。くそ、手を付けるべきじゃなかった。
「!!」
上でまた音がした。何かがぶつかったり、壊れたりする音。あいつらが助けにきたんだ。それを、ベジータの一味が迎え撃ってる。その戦闘音。
あいつらが戦っている。僕の為に。
あいつらが探している。僕の為に。
あいつらが傷ついてゆく。僕の為に。
僕の為に?違う、僕のせいで。
「はあ、はあ、はあ…!」
額の汗を拭う。呼吸が乱れている。心臓が痛いくらいに脈を打つ。体が勝手に動いて止まっていられない。無性に叫んだり暴れたりしたくなるのを体を抱えて必死に耐える。すると、今度は頭の中が勝手に動き出した。
ああ、どうする?どうする?どうする?どうなる?どうしたい?どうされる?何が、誰が、何処で、僕は、何を、
「くそっ!」
僕は頬を両手でひっぱたき、雪華綺晶に教えてもらった呼吸法を実践した。数回試すと、平常時のペースで呼吸が出来るようになった。
落ち着け。冷静になれ。
(何1人でテンパってるんだ。予想出来なかった事じゃない。とにかく、今まずやるべき事は現状を正確に把握すること…)
念の為もう一度呼吸法を行ってから、僕は周りをゆっくり見渡してみる。
(窓がな暗く狭い部屋…くそ、時間がわからないな…灯りは電球一つ…壁はコンクリートの打ちっぱなし…全然汚れてないな…新しく地下に作った部屋なのか?)
出口は鍵付きの鉄格子が一つ。そこから通路が伸びているのが見える。そうだ、白崎さんが居ない。…いや、確かに心配ではあるが、ベジータの事だ。殺しはしない。だから、今は自分の事を考え…
「自分の事、か」
そう口に出した途端に気持ちがすっと落ち着いた。いや、『冷めた』と言った方が正確だった。
結局僕は未だにこれからどうすべきか判断が出来ていなかった。昨日まで何度も考え、悩んで、うなされて、また考えて。同じようなことを何回も何十回も何百回も繰り返し繰り返し。そして、時間だけが過ぎた。
例えここから出られたとしても、またローゼンメイデンの一人としてやっていくのか?またはローゼンメイデンを抜け白崎さんと日本へ帰ったほうがいいのか?
(大体…あいつらがここまでする価値が僕にあるのか…?あいつらの未来を決めるような選択肢を選ぶ権利が僕にあるのか…?)
そして、そんな事を考えていた時、それが目に入った。
「拳銃…?」
今まで暗くてよく見えなかったが、それは確かに拳銃だった。鉄格子が嵌められた壁の近くに無造作に置いてある。ベジータが置いたのであろうそれをおもむろに取ろうと手を伸ばした時、そのそばの壁にアルファベットが刻まれているのがわかった。

It's the only neat thing to do.

たったひとつの冴えたやりかた。

改めてリボルバー式の拳銃を見る。弾は、一発だけ入っていた。
「…………………………なるほど」
それは、思い付かなかった。だが、考えてみれば、確かに。
僕が焦ってここを出ようとしたのは、あいつらが僕を助ける戦いの中で傷ついていくのが耐えられなかったからだ。戦いを終わらせてやるには、僕がここから出ていけばいい。それか、あるいは。
「しっかし、逃げてばっかだな僕は…」
あの東ティモールで柏葉さんに逃がされてからずっとそうだ。柏葉さんに嘘を付き、柏葉さんにかばわれて、柏葉さんを見捨てて逃げた。騙して、利用した。
「う…!」
強い嘔吐感がせり上がってくる。少しためらった後、出してしまうことにした。
どうもダメだ。柏葉さんの事を考えると、どうしようもなくなる。いきなり裸を見てしまったり、洞窟で一緒にお茶を飲んだり、傷の手当てをしてあげたり。僅かな時間だったけど色々あった。
そんな、いい思い出なのに、いい思い出だからこそ、嘘ついて騙したことが胸を痛めつける。なにより、『仲直り、出来るといいですね』と言った時の笑顔。あれが…ダメた。もう、色々と、ダメなんだ。
そうやって柏葉さんの事を考えていたら、次々にあいつらの事が頭を駆け巡り出した。水銀燈、金糸雀、翠星石、蒼星石、雛苺、雪華綺晶、薔薇水晶、そして…真紅。
ああ、辛い。痛い。何でこんなに苦しいんだ?どうしてこんなに胸がはちきれそうになる…?
僕がローゼンメイデンを止めると言った時のあいつらの顔を想像する…駄目だ嫌だ中止だ辞めだ。
僕がローゼンメイデンに残り、再び足を引っ張りあいつらに被害がでた時を想像する…ことは、しない。絶対したくない。
(くそ…くそ…!)
これなら、こんなことならいっそ―
「…ああ、そっか」
僕は、唐突に思い当たった。今なら、それが出来る…かもしれない。
「こんなことしたら、あいつら怒るかな…怒るよな」
それでも、僕はもう、耐えられないんだ。
だから僕は銃を持った。殆ど自分の自己満足のために。自分のことだけ考えて。ただ、弾は一発しかないから狙い慎重にしないといけない。
「みんな…ごめん」
そんな捨て台詞を残して、僕はひとつのやり方を思い、ひとつの狙いに集中し、たったひとつの弾丸を打ち出した。
バン!



爆発により巻き上がった粉塵が揺らめきながら消えていく。衝撃によって壊された壁や証明の破片が散乱する中、もぞもぞと動き出す2つの物体があった。
「…ップハ!はあ、ふう…助かったわぁ真紅。ありがとう」
「どういたしまして。ケホッ」
粉塵にむせつつも、瓦礫をどかしで身を起こし、無線で無事を伝える。幸い、カメラにもイヤホンにも異常はない。
「にしても…よく反応できたものねぇ?」
「ま、これが私のやり方だもの。加えて修行の成果とでも言っておきましょうか」
「ふふっ、頼もしいじゃなぁい」
ジュンに似せた音声が流れ終わってから爆弾が起爆する僅かな間で、真紅は前に踏み出していた水銀燈を抱え込み後方に跳ねた。
これは真紅がジュンの声を見破った訳ではなく、ジュンの声が終わった後、ほんの僅かなスピーカーの雑音を聞き取ったための反応だった。
もっともそれは常人に聞き取れるものではなかったが、銃を持たず体で戦闘を行い、かつ潜入を得意とする真紅は五感が鍛えられており、さらにここ数ヶ月の修行によって研ぎ澄まされた結果の成果と言える。
「でも、これで大体見えてきたわねぇ…」
金糸雀から薔薇水晶達も同じようなトラップに合ったと言う。どちらもジュンの近くから下へ下がれる見込みのあった場所。
加えて現在もっともジュンに近いのが化け物と戦っている蒼星石と巴。二人はジュンからはなれた玄関付近の通路から地下に入った。
「…“ずる”をせずに向かって来い、と。まあ解ってはいたけれど、スマートいかないわねぇ」
「今私達は工場の東側にいるわ。中心の2人を挟んで西側に薔薇水晶達。なら私達はこのままさらに東側に進んで地下への入り口を探せばいいのね?」
頷いた水銀燈は線でみつといくつか会話を交わす。しばらくして、耳に当てていた手を離した。
「いいわ、行きましょう。…ちょっと急ぐわよ」
「…どうかしたの?」
水銀燈が急ぐと言った事に異論はない。もう相手は自分達の位置も把握しているはずだ。だが、そう言った水銀燈の口調が気になって、少しためらってから真紅は尋ねた。
無言で走り出す水銀燈。後を追う真紅。そして前を向いたまま、水銀燈は答えた。
「向こうは、無事ではないそうよ」
その声は、努めて冷静なものだった。


「あ…ぐ…」
「大丈夫ですか薔薇水晶!?雛苺、早く手当てをするです!」
「はいなの…!」
薔薇水晶が油断した訳ではない。ただ、きちんと動けるとは言えクリスタルライト・ブレイカーを打った後の普段よりも低い体温。それは感覚神経を僅かに鈍らせる。
また、焦りや頼れる後方支援なども理由になるかもしれない。薔薇水晶はジュンの声を聞いた後、即座に翠星石と雛苺にハンドシグナルを送り素早く部屋へと侵入した。
そして、くらった。
「ゲホッ…ゴホッ…」
雛苺は薔薇水晶を廊下に寝かせ、全身を素早くチェックする。大丈夫、命に関わるような大きな怪我はしていない。
ただ、爆破の衝撃と壁に叩きつけられたことで頭を打ち意識が朦朧としているし、全身を痛めたハズだ。どこか骨が折れているかもしれない。それが内蔵を傷つけていなければいいけれど…
「目…目、は…」
「目!?目がどうしたですか!?」
薔薇水晶が僅かに漏らした声に翠星石が叫んだ。雛苺が答える。
「左目をちょっとやられたのね…でも深く傷つけたわけじゃないから失明はしないはずよ。一時的に見えなくなるだけなの」
雛苺は冷静に手当てを続け、薔薇水晶の左目に包帯と眼帯を付ける。
「目…」
「大丈夫よ薔薇水晶。ヒナが応急処置もしたから時間が立てば見えるようになるわ」
頭を打ち朦朧とした意識の中、薔薇水晶はうわごとのように呟いていた。だがそれが指したのは、雛苺が言った左目ではなく、
(右目…私の右目は…無事…?)
強化レンズにより保護されていた薔薇水晶の右目。今回はそれが幸いし右目には一切支障はなかった。
(右目は…右目だけは…)
左目はどうでもいい。右目だけは、傷つけるわけにはいかない。
この右目は、私一人のものではないのだから。
この右目は、お姉ちゃんを補う大切なモノだから。


既に忍び込む理由を失った水銀燈と真紅は工場を素早く駆け抜ける。今まで集めた情報から金糸雀がピチカートに位置予想をさせてナビゲートした為に地下への通路は簡単に見付ける事が出来た。
念の為罠がないか入念に調べてから2人並んで階段を降り、程なくして地下通路に出た。
「また随分と頑丈に出来た通路ね。安全第一なのは結構だけれど、正直嫌な予感しかしないのだわ」
「…きっとこの先にいる人は元気が有り余ってるんでしょうねぇ。誰かさんみたいに」
「…そうね、4年前カイロでの仕事が上手くいかなかった後で酒が不味いと大暴れして店を穴だらけにした誰かさんみたく、どうしようもないくらい手が付けられないのでしょうね」
「…あれは忘れなさいと言ったハズよ」
「勿論忘れていたのだわ。今貴女が言ったから思い出したのよ」
警戒は怠らないまま、軽口を交わして進んでいく。何時ものように、頬が少し引きつるくらいが丁度いい。水銀燈は自分の肩に力が入っているのを感じていた。だから少し話しを振ってみたのだが…いやはや、なんとも。
(かなわないわねぇ…それに、頼もしいこと)
いい感じに体も頭もほぐれてきた。こんな時だからこそ、何時ものように柔軟な行動を。何時ものように最高の働きを。
仲間が傷ついていこうとも、それに意識を奪われてはならない。客観的事実として把握するだけ。無闇に心配するのは彼女達への侮辱行為にしかならないのだから。
こんな時、水銀燈は昔を思い出す。1人で気ままに撃ちまくっていたあの頃。確かに、気楽だった。こんなに苦労する事も、気をもむ事も無かった。ただ、虚しさに襲われる事がたまにあった。
チームを組んで、慣れないうちは大変だったし、慣れてからも苦労は耐えない。だが、虚しさは微塵もなかった。多くの代償を払い、確かに得たもの。それのいかに重いことか。
仲間が傷ついたり失われることは確かに辛い。だが、そうなった時辛くないものにどれだけの価値があると言うのか。
「水銀燈、どうやらお出ましのようなのだわ」
水銀燈は考えるのを止めた。ここからは、楽しい楽しいお仕事の時間だ。
顔を引き締め前を向く。通路はそこで終わっていた。変わりにあるのは、これまた頑強に作られた開閉式の2枚扉。
「…真紅、貴女『扉のカギ』とか持ってるぅ?それともどこかの宝箱でも見落としたのかしら」
「ここまで来させておいて引き返すような事にはならないと思うのだけれど…」
ピチカートに画像を送りながら扉に近づく。すると、待っていたかのようにゆっくりと重々しい音を立てながら開き始めた。
「ふん、気がきくことね…と」
開かれた先の部屋は暗闇だった。入れば照明が付くのかもしれないが、2人は念の為金糸雀から渡された薄いゴーグルを装置する。
この『超見えるんですhyper』(ネーミングは金糸雀)はなかなかの優れもので、暗視スコープの類と違い、ゴーグルに付けられた小型カメラがピチカートへ視界の画像を送り、ピチカートが適切に処理を施した映像をゴーグルの画面に表示する。よって明暗両方に対応できるのだ。
完全な闇では確かに無力だが、そんなものはこちらで用意出来る。水銀燈はポケットから発光塗料入りのラバースティックを数本出し、握りしめて反応させてから部屋へと投げ込んだ。
(これは…)
真紅がその部屋を見てまず感じた印象は、“散らかっている”。
扉並み頑丈に作られたそれなりの広さのある部屋なのだが、目に付くのは床に散らばっている大量の…モノ。小さいものならフォークやペン、ビンや置き時計。大きくなると扇風機や大型スパナ。…あれはボーリングの玉だろうか。
足をとられたら厄介ね…と考えながら部屋に踏み込んだのだが、何故か水銀燈が動かない。
「どうしたの?別に恐がる事は無いでしょう?」
「え、ええ…」
水銀燈の声は明らかに動揺していた。さっきの会話で上手く平常に戻せたと思ったのだけれど。それにしても、この部屋にそんな動揺するほどのものがあるだろうか…
真紅の隣に並んだ後も水銀燈は『まさか…まさかね…』などとブツブツ言っている。まあ、相手が現れればしゃんとしてくれるだろう。そう考えていたら、後ろのドアがゆっくりと閉まり、
ゴウン、ゴウン、ゴウン、ゴウン…!
「「!!」」
部屋に機械の駆動音が響く。2人が何がきてもいいよう身構えた数秒後、部屋全体を大量のストロボライトが強烈な光で照らした。
「この音は…発電機のものなのかしら」
確かにこれだけ強いストロボライトを大量に点けるには大きな電力はいるが…そもそもなんでこんなに照らさないといけないのかが解らない。
単純な目くらましならゴーグルをした私達には意味は無いし、第一それならライトが点いた瞬間を狙わねば意味がないハズ…
周りを2人で警戒しつつ、2、3分過ぎただろうか。早く来いと呼んでやろうかと思っていたらようやく向こう側の扉が開いた。
「招いておいて遅れるなんて、マナーがなっていないのだわ」
「…そうね」
水銀燈はまだ無駄に緊張しているが、それもここまでだ。この女は伊達や酔狂でローズ1を名乗っているワケではない。その名の意味は彼女自身が一番知「キャァアアアアアー!!水銀燈ーーーー♪♪」「いやぁあああああー!!めぐぅーーーー!?」
「………」
一番知って…いる、ハズ、だったのだが。
真紅は、色々言いたい事はあった。むしろ言ってやりたい事がたくさんあった。だが、向こうで万歳しながら飛び跳ねるめぐとやらと、横で口を開けワナワナと震えている水銀燈を交互に見て、とりあえず、こう言っておいた。
「随分と仲が良さそうだけれど、お知り合い?」


真紅、水銀燈の扉発見時、工場西側1F通路。

朝日がしっかりと射し込んでいる壁側の廊下を3人の乙女が走る。先頭は薔薇水晶と翆星石の2人。その後ろに雛苺が続く。本来なら遠距離方の翆星石が後ろに着くが、直線的な武器に前2人では支援が難しいのでこの形になった。その点、ベリーベルならば問題ない。
「薔薇水晶、大丈夫ですか」
薔薇水晶の左側、負傷した目の側に並ぶ翆星石が尋ねる。
「もう大丈夫。少し頭打っただけだから」
薔薇水晶は意識的に笑顔を作って答えた。
といってもこれは別に薔薇水晶の強がりではなく単なる事実であった。常にフロントで戦う真紅、蒼星石、薔薇水晶の3人は体が丈夫で、この中ではダメージを受ける機会の多い薔薇水晶は特に体作りや防護服に力を入れているために相当のタフネスを誇っているのだった。
翆星石もそれ以上尋ねることはせず、一度頷くと自分の役割に集中する。
今3人は真紅と水銀燈と同じようにピチカートの先導の下正しい降下手段を探して走っている。ただこの西側は東側にくらべ設備多く、配置できる場所は限られていた。そしてそこは、他の2つに比べるとジュンに近い。少なくとも大きな部屋を用意できるスペースはない。
「だからあれだけの罠を西側にある発電所からの地下通路に設置したのね…」
壊れてしまった薔薇水晶以外のカメラからの視野映像を見ながらみつが呟いた。
だがすでに地下通路は突破した。もう階段が配置可能な場所は次の角を曲がった先しかない。少し開けた道だが、何か特別な罠でもあるのか…いや、違う。ではこのままジュンと接触出来る?それも違う。そう、まず間違いなく―
「さあ、ここは踏ん張りどころよ」
マイクを握るみつの手に汗が滲んだ。3人が角を曲がり、止まる。その先の扉の前に、長い棒を持った由奈が立っていた。

「あそこからここまで随分時間が掛かりましたけど、どうかしました?あ、その傷…そっか、真っ直ぐ捕虜の方へ向っちゃったんですね。あの辺りはかなり危険な仕掛けをしたと言ってましたから危ないですよ?行かない方がいいと思います」
薔薇水晶を本気で心配そうに見ながら由奈が話し出す。ただ、その内容がいまいち噛み合っていない。挑発でないなら、単純にボケているのか。また何故か魔眼を出していなかった。
「でも…こっちの道の方が来やすいようにしてあったんですけどね、危ないから。もしかして皆さん、捕虜の位置を正確に掴む手段とか持っているんですか?」
黙って武器を構える3人。それを見て、少し悲しそうな顔になる由奈。
「はぁ…やっぱり、おしゃべりとかは出来ませんか。私、同年代の女の子と会うの、実は久しぶりなんです。さっきは皆さんが来たので急いでましたけど、今なら大丈夫だから。でも、無理ですよね。私、敵ですもんね…」
そう言いながら目を伏せる由奈。その隙に体が反応した翆星石に雪華綺晶が無線を3人に繋いで叫んだ。
「気をつけて下さい!彼女は“魔眼憑き”です!!」
だが、その警告は無駄になった。動きたくても、動けなくなった。
「ッ…!?」
翆星石は初めて感じるモノに戸惑っていた。確かに、睨まれて動けなくなったことならある。だがそれは猛烈な敵意や殺気によるものだった。
だが、これは違う。感情を伴わない威圧感。由奈の体が何倍にも大きくなった気がする…これが、覇気と表現するものなのだろうか。
「魔眼憑き、ですか…」
「え?」
翆星石がこぼした言葉に由奈が反応する。
「どうして知って…まさか、あなた達の中にも居るんですか?ああ、もしかしてそれで位置とか…」ここで少し表情を変え、「そうですか…心中、お察しします」
その表情を正確に理解できるのは雪華綺晶だけだろうし、また実際にそうであった。それは映像として頭に直接流されただけだったが、雪華綺晶は一度、ゆっくりと目を伏せた。
だが、次の瞬間。
「でも良かった。なら、加減はしなくてもいいですよね」
ゴウッ!
「くぅッ!?」
3人は一瞬突風が突き抜けたのかと思った。無理やり体を慣らしてようやく動けそうだと思った途端の一撃。さっきまでは魔眼の力をセーブしていたと言うのか。あれで。
「お待たせしました。では、始めましょう」
由奈が手に持った棒を両手で握り直し、ゆっくり3人の方へ歩き出す。その3人は、依然硬直したままだった。

(よし…!)
それを見て、みつの目が光った。
実は今3人には『動かないで目に慣れるのに専念して』と指示を出していた。3人が防御のアクションも起こさないのはそのためだ。理由は一つ、由奈を3人に集中させたまま近づかせるため。
その場に居なかったメンバー達ならいざしらず、みつは画面越しとはいえ由奈の魔眼を一度見ている。それはあくまでただの画像だったが、巴達の反応を見ればソレと対峙することがどういう事かは予想がついた。
だが、あえてみつは薔薇水晶達にはその存在を伝えず(雪華綺晶には話を通し)由奈の下まで誘導させた。
巴達との一件で、みつは由奈という娘をおおよそ理解した。あの娘は、戦人ではない。表情も、仕草も、口調も、思考も、普通の娘と変わらないものだっだ。ただ唯一、唯一魔眼が異質なだけ。
だから、それが全てなのだろう。普通の娘がここにいる理由も、昔巴と仕事をした…つまり、厄介事を依頼されたのも、ひとえに魔眼があったから。それさえ、それさえ無ければ―
だから、確かに由奈は対峙すれば恐ろしいが、大局的に見ると非常に甘い。さっきだって巴達が耳をふさいでいる間に化け物に襲わせればそれで終わったハズだ。今も敵の前に魔眼無しで現れた。翆星石が抜き打ちしていれば死んでもおかしくなかった。
そこで、みつは考えた。あの魔眼さえ度外視すれば、相手はただの娘でしかない。なら、対峙して無理なら、視界の外から叩けばいい。つまりは、雪華綺晶の狙撃で。
昨日までに、雪華綺晶はみつに自分の魔眼の性能を大体説明していた。野外なら最大射程は条件次第で8キロ以上、壁や車や家の向こうに隠れていようと撃ち抜けるという。
正直眉唾だったが、実際見てしまうと何も言えなかった。(ただ、標的が屋内に居ると、せいぜい壁一枚向こうしか認識出来ないらしい。さらに今回白崎がどこにいるか不明な為、雪華綺晶の狙撃範囲はかなり制限されてしまっている。)
だが、由奈が居るであろう場所と雪華綺晶の間には巨大なタンクがあった。翆星石と雛苺の映像からかなり正確な予測が出来るためタンクごと撃ち抜くことも出来たが、仮にまだ何か入っていた場合、それが引火性のものだったことを考えれば避けなければならない。
ただ雪華綺晶が魔眼の所持を告げ、翆星石が口にしてしまったのは誤差だった。結果由奈に遠距離型の魔眼持ちを予測されてしまったが、ここで由奈の戦術思考の未熟さが出た。
魔眼の恐ろしさを良く知り、かつ相手に遠距離型の使い手がいるとすれば、外壁に近い位置にいることがどういう事か推測出来ないことはないのだから。
(由奈ちゃん、私はそんなあなたに同情してもいい。あなたのこれまでも嘆いてもいいし、これからを神に祈ったていい。だけど、私達の邪魔をするなら、全力で排除します)
由奈が2歩目を踏み出す。雪華綺晶には棒の先くらい見えているかもしれない。
3歩目。もう撃つことは出来る…だがあの目には視界の外からでないとライフル弾でも危険だ。
4歩目。間合いからみて、次がベスト。これ以上近づくと踏み切るかもしれない。だから、次で…
5歩目、
「撃って!!」
言う必要は無かった。だが、あの“普通の娘”を撃つのは自分の意志だと示すための攻撃命令だった。
そして…由奈が6歩目を踏み出した。
「え…!?き、雪華綺晶ちゃん!?」
『あ……あ、あ…』
雪華綺晶へ呼びかけ、ヘッドフォンの回線につなぐ。だが、返ってくるのは怯えた嗚咽だけ。
「動いて!!」
慌てて3人に指示変更を告げるのと、由奈が棒を振り上げて床を蹴るのは同時だった。


「そ、そんな…そんな…」
工場から離れた山中で、雪華綺晶はライフルを足元に放り捨て、頭を抱え震えていた。
「どうし、どうすれ…ば…ああ…」
その顔は青ざめ、あのライフルから手を離したことで普段の目に戻った左目はきつく閉じられている。そして、薔薇模様の眼帯をした右目を、両手で必死に押さえていた。
耳元からはみつの声。頭には攻撃された翆星石と雛苺の視界。
それら全てに反応しないまま、雪華綺晶はかすれ、震え、怯えた声で呟いた。
「ばらしーちゃん…!」

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最終更新:2008年11月08日 10:10