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『えっと…じゃあ明日は酒屋さんが午前中お酒を流しにくるから二人はそれを受け取ってね』
『うん』
『ふゃい(はい)』
『それから明後日だけど町役場に書類申請があるのよ。悪いけどこの日は夜はお休みね。それまでお店を開くかは二人が決めていいから』
『了解』
『ふぁふぁいふぁひは(わかりました)』
『あ、そうそう。南商店街の梅岡さんからご実家から送られた味噌をお裾分けしてもらっちゃったの。朝食とかで使っていいからね』
『楽しみ…』
『ひほひほふふひまひょーね、ははひーひゃん(色々作りましょーね、ばらしーちゃん)』
『………ねぇ、きらきーちゃん』
『はひ?(はい?)』
『まあ可愛いんだけど…それ、どうにかならない?』
『はんへんはなな(残念ながら)』
『…歯医者さん、明日にでも行ってみたら?』
『へっへーひひゃへふ(絶対嫌です)』

わたくしはこの世で我慢ならないものが2つございます。
一つ、一口がぶっても具に辿り着かない中華まん。
一つ、甘い言葉で無防備な患者を騙す、白衣の悪魔。 




《雪ら薔らと夢の世界樹》

~第1階層『雪ら薔らとみっちゃん亭』~

第4階「デンタルクエスト~キシリトールは足りているか~」




『では行ってまいりますわお婆さま』
『行ってきます』
『はい行ってらっしゃい。気をつけるんだよ』
…おや?これはお婆さまとわたくし達…一体どういう…ああ、なる程。周りをみればそこは生まれ故郷。どうやらわたくしは夢を見ているようですね。どうりでばらしーちゃんが小さいはずです。ああ可愛い。
『お姉ちゃん…歯、大丈夫?』
『ええ…と、言いたいところですけど…やはり痛いですわ』
『じゃあ早く歯医者さん行って治そう』
『はい…』
これは懐かしい…確かわたくしが7才くらいの時だったでしょうか。当時から甘いモノに目のなかったわたくしは歯磨きを怠る事はなくとも虫歯になってしまったのです。これはその痛みに耐えかね、隣街の歯医者さんへと妹と行く場面でしょう。

キィイイイ~!
『あ、あ、あ、ばらばらばらしぃちゃん…ななな何やらドアの向こうから恐ろしげな音が…』
『大丈夫…あれはドリルの音。ドリルはロマンだよ』
頼もしいのか当てにならないのかよく分からない妹の手を握りながら待合室で順番待ちをするわたくし。思えば、この頃からばらしーちゃんは武器オタでしたね。

さて、名前を呼ばれたわたくしが邪悪な気配が蔓延る治療室へと入っていきます。その余りの恐怖にばらしーちゃんに同席を頼み、お医者様方にも許可を求めたのは懐かしい思い出。
『大丈夫、そんなに痛くないからね。麻酔も打つから安心していいよ。緊張しないで』
『は、はい…』
『もし痛みがあるようなら右手を挙げてね』
『わ、わかりました』
『妹さんもいるから。頑張ろうねお姉さん』
『お、おいっす…!』
ふふふ…今こうしてみてもなんと巧妙な罠なのでしょうね…巧みな話術でわたくしの精神警戒防御壁を崩しつつ、こちら側から協力させるように誘導するのです…。
さらにこちらの精神的不安を良いことに確定事項を提示することなく相手を安心させる心理的トリック!これらを当時のわたくしに看破する手だては皆無であったと言えるでしょう。
そして、拷問が始まります。
ギュイィィ…ギャギャギャギャ~!!
『~~~~~~~!!??』
本来食事の際口に入れたモノを砕くという使命を与えられた歯という部位。それ故に人が持つ歯への信頼度は高く、こと食事を人生の至福と位置付けるわたくしは尚更でした。
それが、今、あの狂乱の具現とでも表現すべき悪魔の道具によって削られ、破壊され、蹂躙されているのです。それが若干七歳のわたくしにいかような絶望と恐怖を与えたか…誠に筆舌にし難いものでした。
『ん、ん……んん~~!!!!』
それでも人間が本来有する適応力をフルに展開し、わたくしに現実を冷静に把握出来るだけの余裕が生まれますと、次に襲ってきたのは猛烈な痛みでした。
確かにわたくしは転んだこともあれば、包丁で指を切ったり、おばあ様に叩かれた事もあります。
それがどうでしょう?この全身を棘で貫かれたような鋭く冷たく残酷な痛みは!今まで経験した痛みなど霞みに消えてしまうほどの激痛!ほんの小さな場所を削られているだけで体全体がガクガクと震え痛みに支配されるのです!
麻酔が効いているから大丈夫?そもそもその麻酔でさえ痛い思いを耐え抜いて打ったというのに、これが大丈夫!?これで痛みが和らいでいると!?これでは『100℃だと熱いから80℃のお風呂に入ろう』と言っているようなものですわ!!
ですがわたくしは妹の手前、公共期間で騒ぐなどという痴態を演ずるわけにもいかず涙ながらに耐えるしかなく…しかし年端もいかぬわたくしに如何様な忍耐力があるというのでしょう?
もはや失神スレスレ限界破裂のわたくしは意を決しすがる思いで右手を掲げました。すると、
『あ~、後もう少しだから我慢してね~』
そこに、悪魔がいました。
わたくしの刹那の希望は、塵と消えたのです。
わたくしの脳裏に走馬灯のように先程の会話が思い出されます。そう、確かに目の前の殺戮者は“痛かったら手を挙げて”と言いました。ですが“手を挙げたら止めるから”とは言ってなかったのです!!
虚しく何度も虚空を舞うわたくしの手。ですが無力な小娘が伸ばした手など、一体誰が掴んでくれるのでしょうか?この時流した涙は、決して痛みによるものだけではありませんでした。
(ならば…ならば!!)
痛みにより薄れゆく意識、そして痛みにより覚醒する意識の中、わたくしの心の中で黒い渦が巻き起こりました。先に期待を裏切ったのはそちらです。もはやわたくしには、目の前のソレはわたくしの口内を蹂躙する敵でしかありませんでした。
(お願いしますばらしーちゃん!!)
最後の切り札、わが妹にハンドシグナルを投げかけました。ここに来る前、わたくしの身に何かがあった際に連れ出してくれるようにと予め決めていたのです。
最早わたくしにはこの場がどうなろうと関係ありませんでした。普段ならば体面や世間体を重んじるわたくしでしたが、この時ばかりはわたくしの頭からすたこらと家出していたのです。
しかし―
(あ、あら?ばらしーちゃん…?)
何度となく指を示して妹の方へ振るのですが、応答がありません。これはいかなることでしょう。あの妹がわたくしの魂のサインに反応しないとは…
その解答は、不意に頭を横にずらされた瞬間、わたくしの目にソレが飛び込んできました。
『はい、これが続きの絵本よ薔薇水晶ちゃん』
『………』コクリ
『他にもあるけど、持ってこようか?』
『………』コクリ
…完敗でした。
敵は、全てを見切っていたのです。
わたくしに体の側面を向けるように配置された椅子に、わたくしの悲鳴をかき消すBGM。さらに時折妹の興味を引くテレビはわたくしの逆側に設置されており、内容はばらしーちゃん好みの戦隊モノ…
わたくしは侮っていました。敵はこの道のプロ、パイナップルアーミーだったのです。わたくし如きの浅知恵など、彼ら彼女らにとっては朝飯前もいいところでした。
わたくしはこの時、絶望とは微かな希望から生まれることを知り、また世界の広さを知ったのです。この時流した涙は、決して痛みによるものだけではありませんでした。
最早、わたくしに反抗の力は残っておりません。
無抵抗のわたくしの口から一度離れたドリルは、先端のギミックを変更すると共に、再度わたくしの口内を破壊せんとかん高い悲鳴を上げながらゆっくりと近付いて…
「はぁっ!!」
そこで、目が覚めました。時計は、午前4時半を示していました。


「ふむ…やはり悪化している。この分だとそろそろ日常的に痛み出すだろう」
「ふぉふぇふふぁ…(そうですか…)」
わたくしは今、世界樹の町の診療所である槐先生の所へ来ております。
お昼休みの時間を使ってやってきたのですが、診察結果は芳しくなく…いえ、治療してないので当たり前なのですが。
「それ以上ほって置くと抜くことになりかねない。私としては直ぐ治療することを薦めるが…」
ぷるぷると頭を振って拒否を示すわたくし。
いえ…もちろんわかっているんですよ?虫歯はすり傷切り傷などと違い自然治癒は見込めません。放置すれば仕事どころか日常生活にも支障をきたすでしょうし、最悪歯そのものを抜かねばなりません。
ですから、わたくしも腹を据えてはいるのです。仕事に従事し、社会の一員としてここ世界樹の町に住まわせていただいている以上は、責任ある行動をとらねばなりません。が!
「やはり、正規の麻酔薬を使いたいかな?」
「うい(はい)」
わたくしが断固として今治療を受ける事を拒否する理由が、これなのでした。

この世界樹の町は視界を広げ大陸としての位置を見たときに、かなり辺境の地にあると言えます。なので世界樹の資源は貴重品とされ、その輸出でこの町は栄えているのです。
ですがそれは、逆に周りのモノが手に入り辛いということも意味します。その一つが、ここで作る事ができない高度な医療品。
もちろん必要最低限の器具や薬は存在するのですが、出稼ぎの地の常として慢性的に怪我人の多さ故の品不足は否めません。ましてここは世界樹。その危険は今もなお健在ですし。
すると、輸入される医療品は殆どがそちらに回り、細かな所まで手がいかなくなるのですね。一例として、歯の治療の際の局部麻酔などが。
「一応はあるんだがね。市販品より効果は薄くなるが」
ノー。いくらわたくしでもそんな不安要素を抱えて口を開けることなど出来ません。
それに、なんとこの町には市販品の局部麻酔よりも効果のある薬が存在すると言うじゃありませんか!ならば、どうしてそれを望まないことができましょう?いや、できるはずないのです!
「…だが、現在在庫切れだ」
「はぁ…」
こうして、わたくしが渋ることになるのです…。
「確かに外科手術用の強力な麻酔薬もあるが…大掛かりな手術が必要ない以上、少しでも危険のあるモノは医師として使う事はできない」
「ひゃい…(はい…)」
で、その在庫切れの薬なのですが、原料は世界樹に生えるとあるお花だそうで。ただ割と珍しい上、用途が限られるため町へ下りてくる量が少ないそうです。
また、今の時期はさ来月にあるというこの町のとあるスポーツの大会の関係で町全体が忙しい時期であり、代用品が存在する希少品を採っている暇が無い、と。
桜田キャラバンにお願いしようかとも思ったのですが、まあ見事に出払ってやがりました。ジュンさん使えません。
ならば、と。わたくしが悩んだ末に出した結論は…
「本当に採りに行くのかい?結構大変だと思うが」
「ひゃります(やります)」
無いモノは自ら採りに行く。それはまさに狩猟民族ホモサピエンスの定めとでも言うべきものでした。


古来、人類は狩猟生活をし、それから農作の技術を身に付けると共に爆発的に文明化していきました。その原動力となるのが『安定と欲求』と言えましょう。
ここで言う安定とは生活の安定、つまりは衣食住です。これが満たされない状態ではその生き物が持つリソースを全てこれに費やさなくてはならないために、高度な技術発展は見込めません。
また、満たされたとしてもそこで満足しても同じ事です。何かしらの欲求がなければ成長はないのです。
逆に言えば、この二つが揃った時、まさに人は進化の可能性を見せるのです!そう、過去の偉人達がそうしてきたように、今わたくしもそれに習い輝ける未来へと…
「お姉ちゃん?どうしたの?」
「あ、はいはーい。今行きますよわ」
…えー、人間何かをやるときには覚悟がいりますよね。それが例えしょうもない人類歴史学であろうと、無いよりマシというものです。ええ、はい。
槐先生の診察から二日、わたくしはばらしーちゃんと世界樹の入場審査を終え、世界樹の玄関口である第一開拓地にいました。
ちなみにわたくしがまともな口調で話せているのは今朝槐先生の所で軽い応急処置と痛み止めをしこたま投与された為です。ああ…普段通りのことが出来るのって幸せですねぇ…
「お姉ちゃん…歯は大丈夫?」
「ええ、バッチリです。痛みも全然ありません」
「でも…花を採るだけなら私一人でもいいけど」
「いえいえ、わたくしの事ですから。御心配ありがとうございますばらしーちゃん」
というか、わたくしの我が儘のために妹を世界樹に一人で行かせたとあっては歯の前にわたくしの姉の威厳の方が崩壊してしまいます。最近ばらしーちゃんに頼りっきりですし(毒殺しかけましたしね)本当はわたくし一人で…いえ、言ってみただけです。
さて、今からお花を探しに世界樹を登るわけなんですが、

《HP100》

はい、見えますでしょうか?これが現在わたくしのHPです。え?ヒットポイント?エイチピー?いえいえ、これはそういったものではアリマセン。これはまさしく、わたくしの《歯・ポイント》を表しているのです!
歯・ポイントとは、簡単に言えば今朝の治療と痛み止めによる虫歯の耐久値ですね。刺激や衝撃、時間経過などにより減少し、持参した薬品などで回復します。
つまり、これが0になる前にお花を摘んで返らねばなりません。もしHPが0になるような事になれば…まあ、返事がなくなると思ってくださいな。
「では、参ると致しましょう。時はHPなり、ですわ」
「うん。…でも、本当に平気?」
「やけに念入りに心配してますけれど、どうかしまして?世界樹には(度々酷い目にあってるとはいえ)何回も二人で登ったじゃありませんか」
「だけど、この花中位層以上にしか無いみたいだから…」
「だから?」
「世界樹のエレベーター、乗るよ?」
「………」
「………やめる?」

[衝撃の事実が判明した!雪華綺晶の精神に大ダメージ!]
[雪華綺晶は帰りたくなった!しかし、姉の威厳に回り込まれて帰れない!]


「…昔、村の子供にポケ●ンを貸していただいた事がありましたが…自分の家から出るのに一時間かかりましたわ。カーペットが出口なんて…普通気付かないと思いません?」
「お姉ちゃんしっかり!冒険は始まったばっかりだよ…!」
おっと、どうやらあまりの衝撃に少々混乱していたようです。ええ、もう大丈夫。だからポケ●ン交換中に通信ケーブルを引っこ抜いて複製するのはお止めなさい。
…とにかく状況を確認しましょう。数回の乗り継ぎでわたくし達は世界樹の中ほどまでやって来ました。情報不足があったとはいえ、ここまではとりあえず順調で…

《HP27》

「………」
「はい、痛み止めの薬」
「…どうも」
冒険を始めたら真っ先にスラ●ムが出てくれるほど、世界樹は甘くないのでした。皆さんもお気をつけて。

《HP50》

「…さて、今回はキチンと手書きの地図とコンパスがありますから迷う事は無いとは思いますが…問題はそのお花ですね」
「生息地は主に…『綺麗な水が豊富にある場所』だって。川の近く?」
「まあ、もしくは泉ですか…ですが人の手が入った安全な水辺では期待出来なさそうですわね…となると、少々奥の方に行かないといけませんか」
それは即ち、魔物との遭遇の危険があるということ。特に吸水地として使用していたとしたら尚の事です。
「大丈夫だよ。その時は私がお姉ちゃんを守るから」
「ええ…頼りにしてますわ。ですが、なるべくそうならないよう慎重に行きましょう」
やはりこれだけの時間が過ぎても、妹が戦う所を見るのは気分の良いものではありません。本当ならわたくしがばらしーちゃんを守ってあげたい…ですが、わたくしにはその力が無く。
「まあ…自分から危険に連れ込んだわたくしの言える事ではないのですが」
早いところ済ませて、妹を連れてみっちゃん亭に帰るとしましょうね。

《HP47》

「まあ…あまり期待はしてなかったんですが…いやはや、大したものです」
「おー…」
地図とコンパスを頼りに散策を開始したわたくし達は、綺麗な水ということでこの階にあるらしい湖を目指すことに。
湖とは言っても所詮は木の上ですし、ちょっとした水たまり感覚で捉えていたのですが、草葉をかき分けた先に現れたソレは、なるほど湖の名に恥じないものだったのです。
「前に金糸雀さんが世界樹は根だけでなく雨水を直接茎から摂取できるとおっしゃってましたが、確かにこういったダム的な場所があると効率的なんでしょうね」
普通の草木ではこんなに水びたしでは腐ってしまうでしょうが、そこは世界樹。そんな心配は無用というものでしょう。
「お姉ちゃん!魚、魚がいるよ!」
「お、お待ちくださいなばらしーちゃん…!」
靴が濡れてしまうのも厭わず湖に駆け出す我が妹。ふふっ、大きくなったとは言え、まだまだ子供ですわね。昔もよく村外れの川や湖に行っては魚を採ってきたものでした。
「…ん?魚?」
木に…魚?まあ、ここは世界樹ですから別に居ても不思議ではありませんが、世界樹の湖にいる魚って…
「キャシャァアア…」←お魚です
「フィーーシュッ!?」
うおっ!とか、ギョ!とか言いますか!?(←混乱してます)
わたくしがどこぞの釣りマンガの主人公よろしく叫んでしまうのも無理はありません!ばらしーちゃんの目の前にいたのは食卓に並ぶお魚とは程遠い魚の魔物だったのです!!
一メートル以上もある体格!鋭く並んだ牙!極めつけは何故か足があって二足歩行をしているという異形の姿!はっきり言ってキモいです!ゲテモノです!
「逃げてくださいばらしーちゃん!そのお魚は食べられません!!」
警告として正しいのか甚だ疑問なわたくしの叫びでしたが、その声もむなしくその魚は口を大きく開けてばらしーちゃんへと飛びかかりました。
「ああっ!!」
思わず目を伏せてしまうわたくし。頭を抱え、次に聞こえる音に怯えながらも耳を済ませていました。
すると、何かが激しく水面に叩きつけられた音が響きます。恐怖よりも焦燥感が勝り、慌てて顔を上げたのですが、そこには…
「…うん、大丈夫。食べられそうだよ?お姉ちゃん」
「…さいですか」
三枚に下ろされた魚の魔物を満足そうに剣でつついている妹がおりましたとさ。

《HP43》

「ちょっともったいない…」
「まあまあ。お弁当はありますし、生魚では麓まで持っていくまでに痛んでしまいますわ」
焼いたり干したり薫製にしたりなどの調理が出来れば保存も可能(ぶっちゃけしたくないです)なのですが、流石にそんな時間はありません。ばらしーちゃんの剣撃により解体されたお魚は湖に返し、食物連鎖の一端を担ってもらうことにしました。
「それよりも目指すべきはお花です。こんなに綺麗で大きな湖なのですから、どこかそこらにひょっこり生えてたりしそうなんですが」
様々な花や草木、時折蠢く何か(目を合わせてはなりません)に溢れる湖畔を妹と共に歩きます。
今日はお日柄も良く、こうした新鮮な水の近くに居るととても癒やされる気分になりますよね。森林浴も同時に出来るとは、健康にもさぞかし貢献してくれることでしょう。
「あ、お姉ちゃんストップ。足元に毒蜘蛛がいる」
「ギャヒィ!?」

You are hungry spider♪I am beautiful…

グサッ、ブチュ、ギチュ。
「うん、もう大丈夫。危なかったね」
「………」←白目涙目
そんな場所も、わたくしにとっては精神と歯の拷問地帯に早変わりする元気いっぱいの世界樹です。

「あら、あんな場所にお花畑がありますね。行ってみましょう」
それは湖畔から少し離れた所にぽっかりとできた平地に咲いた色とりどりのお花達でした。けして大きくはないですが、その種類の多さは下界ではけして見ることのできない華やかさ。
「採取ポイントといったところですかね?きっとジュンさんもこんな場所でお仕事しているのでしょう」
「…でも、前あの人と来た時は道具使って採ったけど…ここの花はみんな手の届く位置にある」
「その方がはかどるじゃないですか。さあ、採取開始ですわ!狙うは淡桃色のお花、ロサカリナです!」
それにこう奥まった場所でしたら魔物も近付いて来ないでしょうし。回りがツルやツタで囲われているので外敵に発見される恐れも低いでしょう。出入り口近くにばらしーちゃんが入れば十全というもの。
「ええと…これは違いますね…うーん…あら、ミント草。んま、コケイチゴまであるじゃないですか」
実は今回も前にジュンさんに頂いた草花の手書きのリストを持ってきていまして、価値の高い植物は大体頭に入れてきています。
今回の狙いはロサカリナですが、せっかくですから他の価値のあるモノも頂いていきましょう。
そして、10分ほど経ったでしょうか。わたくしが持参したバスケットが八割ほど草花で満たされました。相変わらずロサカリナは見つかりませんが、なんとも豊作です。
対してばらしーちゃんはようやく半分、といった具合。うふふ、こういったお花摘みはわたくし得意なんですよね。お花の冠とかブレスレットとかも作れます。ああ…久々に姉として妹に勝る部分が…嬉しくて涙など流してみたり。
「こんなわたくしですが多少のプライドの持ち合わせくらいありましてね…これでロサカリナが見つかれば十全なんですが…あ!」
あの花畑の端にある華やかなのに淡いピンク色をしたあの花は…
「まあ!あれはまさしくロサカリナ!有りましたわばらしーちゃん!ありました!!」
ばらしーちゃんに満面の笑みを向けながらそのお花に手を伸ばします。ああ!実に嬉しい!わたくし、今とっても輝いてます!ひゃっほーい!!
むにう。
「…おや?」
はて、わたくしはお花を摘もうと握ったのですが。これはなんと言いますか、随分と弾力のある…拳くらいの太さで…トゲのようなモノが付いていて…まるで…まるで…
「伏せてお姉ちゃん!!」
「きゃあ!?」
指示に従ったというより、反射的に身を屈めたわたくしの頭上にばらしーちゃんが投擲したダガーが飛翔します。
それがわたくしの背後にいるソレに命中、ダガーのスイッチが入り刀身部分が炸裂しました。
「ギュィイイ!?」
振り向いたわたくしの前にいたもの、刃の刺さった触手を振り回し、その中心にある大きな口を開いて叫び声を上げる魔物…ソレはまったく完全に見間違いようもなく、
「ラフレシア…!」
ラフレシア。それは数々のキャラバンを葬ったとされる凶悪生物の代名詞。
その恐怖は個体の強さだけでなく、巨体に似合わない隠密性、奇襲能力と言われています。
採取活動に勤しむキャラバンに音もなく近づき、強烈な毒の花粉や獲物を捕縛する冷気を吐き、強烈なツルによる攻撃をお見舞いするのです。
「妙に整えられた花畑でしたが…つまりここは採取ポイントではなく獲物を誘い込むラフレシアの餌場…!」
ひるんだラフレシアが活動を再開する前にわたくしは妹の背後に逃げてのびます。そんな中で思い出されるのは過去の思い出。すなわち、
「すごく…美味しかったです…毒ありましたけど」
「ギョァアアアア!!」
「きゃー!?」
怒ってます!あの方凄く怒ってます!ごめんなさいごめんなさいもう食べたりしませんからー!
「お姉ちゃん…そこを動かないでね!」
腰の刀を振り抜き、花の怪物に挑むばらしーちゃん。もはやこうなって妹の腕に頼るしかありません。既に妹の反射攻撃がなければわたくしはあの方のお腹に収まっていたでしょうし…
「ギィガァアア!!」
「ふっ…!」
妹は鋭い棘付きツルの攻撃を体を回して回避すると、足に取り付けられたポケットから“起動符”と呼ばれる装備をラフレシアに向けて投げました。
これは二種類の薬品が分けて含まれている符を握り、それぞれ安定した薬品を強制的に反応させることで様々な効果を生み出すキャラバンが生み出した対魔物用の武器なのです。
妹の投げた起動符からは僅かな時間を置いて強い炎が巻き起こり、ラフレシアの目である熱探知の触角を焼くことに成功しました。
「ギィ…ガァ…ギャゴォオオ!!」
ですが樹海の生物、とりわけラフレシアほどの魔物はこれくらいでは倒れません。引火した部分を触手で叩き消すと強力な冷気を吹き出そうと凶悪な口を振り上げます。
ですが、その僅かな時間で妹の準備は終わっていました。
「上段…鬼炎斬!」
妹が頭上に掲げる巨大な狩猟刀から先程とは比べものにならない強力な炎が吹き上がり、喉元までせり上がっていた冷気と共にラフレシアを葬ったのでした。

「…お姉ちゃん、怪我は無い?」
「ええ…助かりましたわ。危ないところでしたが…」
あそこまでの接近を許すほどに夢中になっていた自分が恥ずかしい…ここ世界樹では何時如何なる場所でも油断は禁物と言われていましたのに。
「でも、出てきたのが普通のラフレシアで良かった。これの上位種だと倒すのが難しい」
「ですわね…」
本来、このラフレシアは下位層に出没する魔物です。ですが最近では下位層に人の手がかなり加えられた関係で下位層には殆ど魔物は居なくなり、ここ中位層に移ってきたと聞きます。
もっとも、数多くのキャラバンがこの世界樹を走破したおかげで魔物の絶対数も減っているのですが。
「ともかくお花は見つかりましたし、早く戻るとしましょう」
幸いな事に、あれだけ広範囲に炎を振りまいたにも関わらずロサカリナは無事でした。ただラフレシアの死骸の下敷きになっていたので見つけ出した時にはラフレシアの体液でベトベトに…
「…お姉ちゃんが使うなら大丈夫だよ」
「さりげなく酷い事おっしゃいましたねばらしーちゃん」
そして恐らくはそうであるという事実に、わたくしは歯の痛みと共に深い溜め息を付いたのでした。

《HP32》

「むぅ…ちょっと痛み出してきましたね…これは早く戻らねばなりません」
ジクジクと鈍痛を生み始めた頬をさすりながら、湖でお花を洗います。
「痛み止めの薬まだ一つ残ってるよ?」
「う~ん、それは食後にとっておきましょう。ところで、お腹の具合はいかがですか?綺麗な湖畔ですし、お弁当にします?」
「…それはシートを広げてお弁当並べて紅茶注いで言うセリフではないよお姉ちゃん」
「え?嫌ですわばらしーちゃん。いくらわたくしでもそんながめついこと…おや?何やら知らぬ間にお弁当の用意がされているじゃないですか。これは有り難い。ご好意に甘えて早速頂きましょう」
「まあ、良いけど…」
どなたか存じ上げませんが、粋な計らいをしてくれる方もいたものです。わたくし、歩き回ったり逃げ回ったりでお腹ペコペコなんですの。うふふ。
ばらしーちゃんはボリュームのあるスタミナ弁当、わたくしは余り歯を使わなくて良いよう柔らかいモノを中心に作られたオリジナル弁当を広げ、今朝の料理の成果に舌鼓をうちます。
「ふぅ…魔物除けの鈴もスプレーもたんまり仕込みましたし…いいですねぇ、こういったピクニック気分のランチも」
「普段はお昼は簡単に済ませるしね」
「自然に囲まれ、穏やかで澄んだ美しい湖を眺めながらのお紅茶…癒やされますわ」
時折視界の端に覗く湖に浮かんだ魚や黒こげの植物は見なかったことにするのが、より楽しむコツです。
「このお紅茶を飲み終わったら最後のお薬を飲んで、真っ直ぐ帰れれば恐らく大丈夫でしょう」
ここへ来る時はお花を探しながらでしたから、真っ直ぐ歩けばそんなに時間はかからないはずですし、エレベーターも…まあ、気合いで耐えるしかないのですが。
「魔物に襲われもしましたが…これでなんとかミッション完了ですかね」
「ん…あ、お姉ちゃん。後ろ後ろ」
「え?何ですかばらしーちゃん…まあ!リスさんではないですか!」
こちらを伺うようにぴょっこり現れたのは確かにリスでした。あの愛くるしい顔にもふもふとした尻尾。世界樹の魔物とは似ても似つかない愛らしさです。
「わたくし達の村にも居ましたが、まさか世界樹で見れるとは思いませんでしたわ。あ、そうですね、せっかくですから何かあげましょう」
わたくしがリュックの中をゴソゴソ探し始めると、そのリスはどこか物欲しそうに近づいてきます。ああ…この小動物的な動きがなんとも…何故か遠くで『よせ、やめろ!』とか誰かが叫んでるような気もするのですが、構いません。世の中可愛いければ何でもいいのです。
「あなたでも食べられるモノとすると…あ、さっき採ったコケイチゴなんていかがです?」
人差し指に乗せて差し出してやると、脅えながらも器用に両手で掴んで食べ始めてくれました。
「ああん、可愛い…んま!ばらしーちゃんの後ろにもいますわ!」
「あ…リス…イチゴ、食べる?」
おずおずとイチゴを手に乗せて差し出すばらしーちゃん。するとなんとそのリスはイチゴを目指し妹の手に自ら乗ってきたのです。
「み、見てお姉ちゃん!私の手に、リス…!可愛い…」
「ええ…二人ともとっても可愛いですわ…食べちゃいたいくらい…」
「お姉ちゃん、よだれよだれ」
おっと、わたくしとしたことが。

その後も手持ちのイチゴが無くなるまで存分にその愛玩動物と触れ合ったわたくし達は、至福に溢れた顔で帰り支度をする事にしました。
「これは思わぬイベントでしたね…さて、帰りましょうか」
「うん。…あれ?お姉ちゃん腰に巻いてたポーチは?」
「え?…あら?そう言えばさっきまで確かここに………は!?」
辺りを見渡した視線の先、木々生い茂る自然の壁の隅に、わたくしは見つけたのです。ええ、確かにありましたよ?わたくしのポーチ。“誰かさん”によって穴だらけにされ中身を奪われた、と説明をつければですが。
そして、そのポーチの上に、居たのです。居たのですよ!彼ら、先程のリス達が!各々、ポーチの中身を抱え、こちらを見下ろすリス達が!!
「あ、あなた達…!」
「………」
その丸く黒い瞳…それは先程までの愛らしいものではなく、まるで、こう語っているようでした…『はん、バカめ』と。
「こらー!その中身を返しなさーい!可愛いければ何でも許されると思ったら大間違いですわよー!!」
歯の痛みなど忘却の彼方へと追いやり、わたくしは叫んでやりました。が、
「…フッ」←リスです
わたくし、ぷっつんしたのですのですのよでしますの。
「ムキィー!!あのげっ歯類風情がー!!畜生の分際で人間様を侮辱するとは笑止千万!!わたくし自ら社会の厳しさをその体に叩き込んであげますわー!!」
「お姉ちゃん落ち着いて!もう無理だよ…!」
暴れるわたくしをばらしーちゃんが抑えてる間にも、その畜生どもはまるであざ笑うかのようにヒョイヒョイと尻尾を振り、樹海の中へと消えて行ってしまいました。
「ああ…」
わたくしは力無くうなだれます。
「なんてこと…なんてこと…あんなプリテイなアニマルすら敵になるなんて…」
「お姉ちゃん、あのポーチ何が入ってたの?」
「確かすぐ取り出せるので大事な物は大抵あの中に…ああ!」思い出して再び絶叫「コンパスと痛み止めのお薬が!」
「地図はあるけど…方角がわからないと使えない」
「…すると、わたくし達はもしかしなくても…」
「迷子だね」
妹の言葉にがっくりと膝をつくわたくし。そんなわたくしの後ろを、ぷかぷかと魚の切り身が流れて行ったのでした。

《HP19》

コンパスが無い以上、自力でこの階のエレベーター口までたどり着くのは不可能と判断したわたくし達は、湖から流れ出す川にそって歩く事にしました。
“水があるところに人がいる”それはこの世界樹でも通用する理論のはず。なので一縷の望みを託して下流に向かいます。
「それまで歯が持ってくれれば良いのですが…」
「大丈夫…じゃないよね…」
「ええ…でも、頑張らないと」 
先程の一件で叫んだり暴れたりしたので、わたくしのHPもそろそろレッドゾーンです。カラータイマーよろしくピコンピコンと響く鈍痛。
ですが、わたくしにも一つの秘策があります。それは、手元のバスケットに入っているロサカリナ。
『もしロサカリナが手に入り、かつ痛み止めが切れてしまったら花びらを数枚すりつぶして患部にぬるといい。それなりに効果があるはずだ』
とは槐先生の言葉。ただ、一輪しかない事を鑑みると…槐先生は一輪あれば一人前の薬にはなるとおっしゃってましたが、それは一人分の薬には一輪は必要になると言うこと。
「仮に試したとして二枚…いや一枚で抑えなくては…」
そう固く決意するわたくしとは裏腹に、奥歯の痛みは増していくのでした。

《HP10》

「痛ッ…!」
「お姉ちゃん!?」
なんとか踏ん張って歩いてきたわたくしなのですが、歩く度に伝わる振動が響きとうとうしゃがみこんでしまいます。
「どうしよう…私がお姉ちゃんおぶる?」
「いえ…」
そうなるとある程度荷物を捨てねばならないので、それは最後の手段としたいところ。ばらしーちゃんの動きも制限されてしまいますし。
「少し…待ってくれますか?今…これで痛み止めを作りますから…」
「うん…じゃあ私周りの様子を見てくる。花も探してみるから」
「ええ…お願いします」
ばらしーちゃんが茂みに姿を消すと同時に、わたくしも作業に取りかかります。
比較的重い道具類は盗まれなかったのが幸いでした。川水で洗うついでにタオルを濡らして頬に当てます。慰め程度の処置ですが、気休めにはなるでしょう。
そうして機材を洗い終え、いざお花を使おうとバスケットから取り出した時でした。
ズシン…
強く、鈍い振動がわたくしのすぐ側で起きたのです。
「…あ…」
頭を動かす必要はありませんでした。ほんの少し視線をずらしただけで、その大きく鋭い突爪を見ることができるほど、それは巨大で、圧倒的でした。
川を挟んだ反対側に現れた魔物。それは見紛うことなく、“竜”だったのです。
「ウゥゥ…」
「あ…ああ…」
わたくしはその場にへたり込み、呆然と竜を見上げます。ばらしーちゃんを呼ぶことも出来ず口は喘ぎを出すのが精一杯で、奥歯がカチカチ鳴って止まりません。
それが虫歯に強烈な痛みを生むのですが、それすら忘れるほどの恐怖が、わたくしを包んでいました。
わたくしが我に帰ったのは、その竜が水飲む為に首を下ろしたのにつられて視線を下げた時、その川に赤い筋が伸びているのが目に入ったからで、
(あれは…血?)
「グゥ…」
川から首を上げた竜が、体の左側に水を吹きかけます。すると、途端に川に赤い血が流れてきました。
「あなた…もしかして怪我を…」
「ヴゥゥ」
「ひっ…!」
わたくしが漏らした声に反応したのか、竜がこちらを向き、じっと視線を向けてきます。ついに食べられるのかと危惧していたのですが、よく見れば竜の視線の先はわたくしというより…
「この、お花…ですか?」
ロサカリナを手前に差し出すと、竜の目もそれを追いました。どうやら間違いないようです。
少し余裕の出てきたわたくしはよく目の前の竜を観察してみます。竜と言えば天を裂き、地を砕く樹海最強とも言える魔物ですが、目の前の彼の者は落ち着いて見ると大きさにしても3メートル程度。どうやら竜の子供のようです。
子供という認識を持つと、この竜は雄々しく聳える、と言うより花を持つわたくしに対しどうすればいいか解らない、の方が適切の気がしてきました。
もし相手が凶悪な魔物ならば、わたくしなど払いのけてお花を奪えばいいのです。ですが、この子竜はただ手元のお花を見つめるばかりで。
「…お花、欲しいですか?」
「ヴ…!」
ゆっくり立ったつもりだったのですが、子竜はビクリと身を引きます。体は大きくとも、その瞳はずいぶんと幼さを含んでいるようでした。

《HP7》

「くぅっ…!」
冷静になれた途端に忘れていた痛みが再発します。今までにない鎮痛に変わった痛み。このお花があれば楽になるのでしょうが…
「どうぞ、差し上げますわ。わたくしより…あなたの方が重傷のようですから…」
お花の茎をつまみ、子竜が届くよう手を伸ばして差し出します。子竜は一度わたくしの目を見てから、ゆっくりと首を伸ばして…
「お姉ちゃん!!」
「ヴグゥ!」「あ…!」
わたくしと子竜が同時に声の元に振り向くと、そこには顔面蒼白の妹が立っていました。
「この…!」
直ぐさま臨戦態勢に入ろうとするばらしーちゃん。いけない、このままでは殺気に子竜が反応を初めてしまう!
「止まって下さいばらしーちゃん!大丈夫!大丈夫ですから!剣を抜かないで!!」
「え…!?」
奥歯の痛みを気力で抑え込み、必死で声を張り上げます。そしてどうにか妹を止めることに成功しました。後は、
「驚かせてすみません。ですが、もう大丈夫です。どうぞ、お持ちになってください」
先程と同様にお花を差し出しますが、今度は首を伸ばしてくれません。その瞳には警戒と、恐怖の色。

《HP3》

(あうッ…!)
折れそうになる膝を必死で支え、手を伸ばし続けてます。怯えやすい子供の事ですから、これ以上刺激を与えては錯乱しかねません。
わたくしは全力全開、みっちゃん亭が誇る自慢の営業スマイルを使い、言ったのでした。
「どうぞ、お食べくださいませ。きっと美味しいですよ?」
僅かな躊躇いの後、子竜はお花を舌に乗せて飛び去って行きました。

《HP1》

「お姉ちゃん!」
河辺に崩れ落ちたわたくしの元に、ばらしーちゃんが駆け寄ってくれました。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん…!しっかりして、お姉ちゃん…!」
「ああ…ばらしーちゃん…ごめんなさいね…お花、あげてしまいました…」
「うう…お姉ちゃぁん…」
ポロポロと流れる雫がわたくしの顔に落ち、頬を伝ってゆきます。
「でも…あの子、酷い怪我をしてたんですよ…きっと、わたくしより辛かったはずですわ…」
わたくしの頭を膝に乗せ、強く手を握ってくれるばらしーちゃん。その妹の手の震えが、なんだか妙に可笑しくて。
「でも、もうわたくし動けなくなってしまいました…こんな姉ですが、許してくれますか…?」
「うん、うん…!大丈夫だよ…それが、お姉ちゃんだから…!私の大好きなお姉ちゃんだから!!」
にかっ、と涙でぐしゃぐしゃな顔で笑うばらしーちゃん。それは、とってもいい笑顔でした。
ありがとう―
その言葉は、声になりませんでした。
ゆっくりと遠退く意識の中で、それが残念でした。
やがてわたくしは二人の声を聞きながら…瞳を閉じて…
…え?…二人…?

《GAME OVER》



「まあ、なんと言いますか…現実はゲームと違ってコンティニューはできませんけど、ゲームオーバーになっても死なない限りは続きがあるのがいいですよね」
そんな事をのたまうわたくし、どうも雪華綺晶でございます。
今日はわたくしが世界樹で倒れてから3日が立っております。そして素晴らしい事に、歯も見事治療済みとなっているのですよ!イエーイ!
「注射しようが削ろうが全然起きなかったからね。凄く気絶したんだね、お姉ちゃん」
「あはは…まぁ、ですね」
結局、くたばったわたくしを見て槐先生はこれ幸いと勝ってに治療してしまったのです。在庫品の代用の痛み止めで済んだので万歳と言えばそうなのですが。
「そりゃ、寝てましたから治療の痛みもへったくれも無いんですけど…なんとも表現しにくい心境ですわ」
「でも、こうして元気になったし。それが一番だよ」
「…ええ、そうですわね」
さて、現在わたくし達はとあるお方を訪ねにこの町のとある施設に向かっております。
そのお方とは、こうしてわたくし達姉妹が元気でいられるように、わたくしが気絶した後わたくし達の元へやって来たお方の事です。
その方はあの子竜を追っていたようで、ばらしーちゃんから話を聞くと追跡を諦めてわたくし達を世界樹から連れ出してくれました。
ちなみにあの子竜、開拓地の食料庫をゴソゴソやっていたそうで。見つかって追い払われていた途中だったんですね。まだ人間のテリトリーを学習する前だったのでしょう。これからは上手く人間と折り合いをつけて生きていってほしいものです。
「あ、ここですね。そのお方のいる場所は」
「でっかい建物…本当にスポーツの会場なの?」
ばらしーちゃんが驚くのも無理ありません。それは世界樹に張り付くように建てられた、ビル10階は有りそうな建物だったのですから。
その建物に圧倒されながらも、とりあえず入場したわたくし達。するとすぐ、オロオロするわたくし達に声をかけてくれる人が。
「やあ!どうも薔薇水晶さん。それと始めまして、雪華綺晶さん」
「あ、この前は…ありがとう」
「いやいや、お姉さんが無事で何よりだよ。元気になって良かったね」
そう、この方こそ、つまみ食いした竜を撃退し、わたくし達を救ってくれた方、
「どうも始めまして。そして先日お世話になり、本当にありがとうございました…蒼星石さん」
そんなとんでもない、と蒼星石さんは爽やかな笑顔を向けてくれるのでした。

「“アイビーリープ”?」
「はい。それがここで、と言うよりこの世界樹の町全体で行われているスポーツです。そしてその競技者を“リッパー”と呼ぶんですが、ご存知なかったですか?」
「お、おほほ…」
いやあ、お恥ずかしい…酒場の仕事に夢中で町の事は余り気にしておらず…
「ああ、では今度行われる大会はコレなんですね」
「はい。世界中から優秀なリッパーが集まってその技を競い合います」
「えっと…その、アイビーリープとはどんな競技なんですか?」
「木登り、ですよ」
蒼星石さんはにこやかに答えました。
「百聞は一見に如かず、実際に見ることが出来ますが、どうしますか?」
わたくしには断る理由はなく、加えて隣からハツラツオーラを浴びたとあっては答えは決まっていました。
「まあ…」
「わあ…」
案内されたのは観客席として設けられたガラス張りの部屋でした。そこから見えたのは、部屋中に張り巡らされた世界樹のツタと、その部屋の中を縦横無尽に駆け巡っては飛び回る、リッパーの姿。
「ね、木登りでしょう?」
蒼星石さんが説明をしてくれました。
「これは世界樹走破され、武装キャラバンが必要とされなくなった後でキャラバンがスポーツ化したものなんです。
様々な武器を纏い、様々な条件の元で疑似戦闘をして競い合います。見てるだけでもスリルがあるでしょう?」
確かにそれは時には剣が、時には矢や弾、そしてある時など炎や雷鳴が轟く戦場と呼ぶのがふさわしい場所でした。
「これはまた…たいそうなスポーツもあったものですわねばらしーちゃん…ばらしーちゃん?」
予感が無かったと言えば嘘になるでしょう。そしてそれは、妹の横顔を見た途端に、確信に変わってしまいます。
普段無表情を貫く妹が、笑っていました。ええ、笑っていましたとも。涙ながらにわたくしに見せてくれた笑顔とは似ても似つかぬ、凶暴な笑みで。
「あの…ばらしー、ちゃん…?」
「お姉ちゃん…私…」
その笑顔のままわたくしに振り向き、我が親愛なる妹は生き生きとした言葉でおっしゃりやがったのでした。
「あれ、やりたい」


…まあ、これがきっかけだったのでしょうね、今にして思えば。そしてこんな偶然の重ね合わせで生まれた遭遇が、わたくし達姉妹、ひいては世界樹そのものを巻き込んだ出来事の始まりだったのです。

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