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外では雨がしとしとと降り、地面を優しく濡らす。
部室の窓からそれを眺めていた真紅は、そっと机の上に置いた紅茶のカップを口元へ運んだ。

残暑もしだいに和らぎ、ちょうど過ごしやすいこの季節。

カップを再び机に置き、真紅はそっと、ため息を吐く。
「………平和ね…… 」
心からの思いが、小さな呟きとなって漏れた。
まるで眠るように穏やかな気持ちで、真紅は静かに降る雨を眺めていた。

と…いつもの騒がしさをどこかに忘れてきたように、小さな音を立てて部室の扉が開く。

「あら、翠星石…… 」
真紅はそう言い振り返り……それ以上に言葉が続かなかった。

それは、ずぶ濡れの翠星石の姿に気が付いたからではない。
ましてや、そんな翠星石が泣いていたからでもない。

真紅は無言で立ち上がると……翠星石を部室の外まで押して、それから、扉を内側からピシャリと締めた。


『拾って下さい』と書かれた、ニャーニャーと鳴く箱を持った翠星石は、いきなり締め出されて立ち尽くす…。
彼女は知らなかった。

真紅の苦手なもの………おばけ、暗い所、そして……猫。 




◆ ◇ ◆ ◇ ◆  この町大好き! ☆ 増刊号26 ☆  ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
  



「という訳で、可哀想なので里親を探してやる事にしたですよ! 」
拾った子猫の喉をコロコロと撫でながら、翠星石がそう説明する。


ちなみに、即席のバリケードを作り、篭城戦の構えを見せていた真紅だったが……
子猫の「にゃぁ」という鳴き声に「ひゃぁ!?」と驚いて、その隙に部室への侵入を許してしまっていた。


そして今はというと……
「分かったから!さっさとその毛むくじゃらをどこかにやって頂戴!! 」
ヘルメットと角材を装備して、部室の隅でブルブル震えていた。

「こーんなに可愛いのに怖がるなんて、真紅は変なやつですぅ 」
翠星石は子猫の頭をワシワシ撫でながら、口をとがらせる。
「可愛くなんてないわ!猫は人類の敵よ! 」
だんだん涙声になってきた真紅。

「全く、しょーがねーやつですぅ…… 」
翠星石はむふーっと息を吐きながらやれやれと首を振り……

「この翠星石が飼い主を探してきてやるですから、それまでおとなしく待ってろ!ですぅ!! 」
翠星石はビシィ!と指差しながら子猫に命令をする。
子猫は理解したのかしてないのか、「にゃぁ」と鳴く。

そして翠星石は頼もしくビッ!と親指を立てながら部屋から走り去り……

部室の中には、子猫と真紅だけが残された……

 
◆ ◇ ◆ ◇ ◆


何故、翠星石は里親探しだというのに…子猫を置いていくんだろう?
真紅はげっそりとしながら、机の陰に身を隠していた。

「……今更言った所で…仕方の無い事ね。それより……今をどうするかね…… 」
恐る恐る、机の上でゴロゴロしている猫の様子を窺ってみる。

子猫は、冷たい雨から逃れられて嬉しいのか、にゃーにゃー言いながらゴロゴロしていたが……
真紅の姿を発見すると……机から飛び降り…何と、近づいてきたではないか!

「きゃっ!?こ…来ないで! 」
ガタン!と立ち上がると真紅は悲鳴を上げながら部室の中を逃げ惑う。

子猫は…真紅のツインテールが、走ると同時にピコピコ揺れるのを見逃さなかった!
小さいながらに、そこは猫の本能。
こんなに楽しげに動く何かを追いかけない訳が無い。

という訳で……
机を囲んでグルグル走る、子猫と真紅。


「だ…誰か!翠星石!早く帰ってきなさい! 」
無駄とは知りつつも、真紅は叫ぶ。だんだん泣きそうになってきた……

◇ ◇ ◇
 
涙を浮かべながら、部室の中を逃げ惑う美少女と、それを狙う毛むくじゃらの野獣(真紅視点) 

 
このまま、もし、捕まるような事になれば……
ねこが苦手な真紅にとって、それは想像するのも恐ろしい事態だった。

何とかして……この猫の興味を他所へと……

逃げ惑いながら真紅は考える。
そして……走りながらそれをパシッと掴むと、逃げる方向とは逆を目掛けて、それを投げた。
同時に、叫ぶように言い放つ。

「ほら!黒板消しよ!楽しい楽しい黒板消しが飛んでいったのだわ!!ほら、追いかけなさい!! 」

どうして彼女は、猫が黒板消しを追いかけると思ったのだろう?
それ程までに、真紅の精神は追い詰められていた。

だが、チョークの粉がいっぱい付いた黒板消しと、楽しそうにピコピコ動く髪の毛。
どちらを猫が狙うかは……一目瞭然。

キャーキャー叫ぶ真紅は、相変わらず子猫に追いかけられながら教室の中を逃げ惑い続ける……

◇ ◇ ◇

「はぁ……はぁ…… 」
全力で逃げ続け、徐々に息切れしだした真紅。

このままでは……捕まるのも時間の問題。
心底、猫が苦手な真紅にとっては…猫にじゃれつかれるという事は、何より恐ろしい事だった…。

息はきれるし、恐怖でパニックになる一歩手前。
足も思うように動いてくれなくなってきた…。

もう……逃げ切れない……!?
深い絶望と悲しみが心に広がってゆき……

その時、真紅はある物を見つけた! 

それは自分の鞄につけている、小さな、10センチ程の『探偵犬くんくん』のマスコット人形。

猫は犬を怖がるはず……
真紅はそう考え、鞄から小さな人形を取り外すと、まるで悪霊退散のお札でも掲げるようにそれを突き出した。
「助けて!くんくん! 」

すると……その願いが天に届いたのか……
子猫は真紅の髪からくんくん人形へと狙いを変えると、パシッ!っとその手から人形を奪っていった!


「た…助かったの……? 」
真紅は呟きながら、へなへなと力無くその場にへたり込んだ…。

くんくん人形を咥えながら、嬉しそうに「にゃー」と鳴く子猫。
お気に入りの人形が、猫によってベトベトにされるのを見て泣く真紅。
前足でパシパシ人形を叩く子猫。

◇ ◇ ◇

「ありがとう……くんくん…あなたの勇気は忘れないわ…… 」
うるうると涙を流しながら、子猫のオモチャにされている人形へと、真紅は感謝の言葉を述べた。

そして……ずいぶんと走り回ったせいで、喉が渇いてきた事を思い出した。

真紅は猫を十分に警戒しながら自分の席へ戻り……カップを掴む。
それから、部室の隅に置かれたロッカーまで行き、紅茶のティーパックを手に入れる。
そして……
最後の難関。
ポットまでの道のりには……子猫が立ちふさがっていた。 


どうするか。
真紅は一瞬、悩む。 

猫は今、くんくん探偵の人形にご執心。きっと、私には近づいてこないだろう…。
それに……この真紅が、猫に引けを取るだなんて……認める訳にはいかない…! 

プライドの高さゆえに、彼女は覚悟を決め足を進ませた……

決して猫の方は見ないように、足音を立てないように、真紅はそっとポットへ向かう。
子猫がじっとこっちを見ている気がするけど……それは気のせいよ、と自分に言い聞かせる。

そうして、やっとの思いでポットまで真紅は辿り着き……そして、ティーパックの包みをピリッと開けた。

ヒモが付いたパックが、ゆらゆらと揺れながら紅茶のカップに入っていき……
その瞬間、またしても楽しげに動くものを発見した子猫は「にゃっ」と鳴きながら真紅に再び飛び掛った!

――― 避けられない!?

真紅は突然の事に、一瞬反応が遅れ……だが、猫にじゃれつかれる覚悟を決めるのだけは嫌だった。
まるで雷光が如くの素早さで真紅は手を伸ばすと、黒板消しを一つ、握り締める。

これだけは嫌だったけど……猫に抱きつかれるよりは……

真紅はほんの短い時間で決意を固めると……
その黒板消しを両手で、思いっきりパーンと叩いた!

モクモクとチョークの粉が舞い……
その独特の匂いを嫌がって、子猫は真紅から離れる。そして……
目の前でそんな事をした真紅は……
「………けほっ…… 」
チョークまみれになった。
 
◇ ◇ ◇

ポットもカップも自分の顔も、どこもかしこもチョークまみれ。

「ぅぅ……猫なんて……猫なんて…… 」
真紅は半泣きで呟きながら、とりあえず顔を拭く為のタオルでも取りにとロッカーへ向かう。

顔にもチョークの粉が付いているので、あまり目も開けられない。
壁に手をつきながら、真紅は部室の後ろの方まで移動する。

手探りでロッカーを探し、目を瞑ったままロッカーを開け、中に入っていたタオルで顔を拭く。


と……
「いやー、無事見つかって何よりですぅ!これも翠星石の人望のなせるワザですかね! 」
ちょうどそのタイミングで、翠星石が帰って来た。

タオルで顔をゴシゴシしてから、真紅は文句の一つでも言ってやろうかと顔を上げ……自分の過ちに気付いた。

タオルだと思っていたのは、実は体操服で……
自分のロッカーだと思っていたのは、実は水銀燈のロッカーで……

つまり……
どう見ても、水銀燈の体操服の匂いを嗅いでいたようにしか見えない状況で……

それに気が付いた翠星石が、ヒクッと顔を引き攣らせる。
「え……いや…その……お楽しみ中に………お…お邪魔したですぅ! 」

そう言い、翠星石は脱兎の如くの勢いで廊下を走り去る!

「違うの!全部……全部、この猫のせいで……! 」
真紅は叫ぶも…その声は届かない……。


「違うの…違うのよ…… 」
あまりにも酷い状況に、真紅は水銀燈の体操服を片手に呆然と呟く。 


そして……やっぱり、猫は敵ね。そう、心に刻み付けた。 







     
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