「フフフ……カナ…明日の夜は…帰れないかもしれないわ…… 」
「それは是非とも帰ってこないで欲しい所かしら!! 」
朝のひとコマ。
この会話は別に、みっちゃんと彼女の姪っ子・金糸雀が喧嘩をしたという訳ではない。
みっちゃんが通算101回目のお見合いをする事を金糸雀に告げ……
それを聞いた彼女なりの、気を利かせた会話…という訳だった。
そして金糸雀は、考える。
何とかして、みっちゃんに人生の春というものを楽しんでもらいたい。
その為に自分が出来る事は……
そして金糸雀は、同じ小学校に通う親友、雛苺へと連絡を取った。
全ては……そう、全ては、みっちゃんの為に!
……翌日の朝
「という訳で……みっちゃんに精のつくお弁当を作ってあげる作戦かしら! 」
「うぃ!頑張るのよー!! 」
踏み台に乗り、キッチンに向かう二人のチビっ子の掛け声が、高らかに響き渡った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ この町大好き! ☆ 増刊号24 ☆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「やっぱり、精のつく食べ物といえば……卵で決まりかしらっ!! 」
「うぃ!りょーかいなのー! 」
足りない身長を踏み台で補いながら、金糸雀と雛苺は卵を割り、ボールに入れる。
ちょっとカラも入った気もするけど……全然気にしない。
ガンガンと、本能のままに卵を二人で割り続ける。
むしろ、破壊衝動と言ってもいい位のペースで、卵を割り続ける。と……
「そういえばこの前ね!トモエがこう、コーンって片手で卵割ってたのよー! 」
雛苺はそう言うと、自分も片手で卵を割ろうと挑戦してみて……グシャ、ってなった。
「ふふん。やっぱり雛苺には、片手で割るのはまだ無理かしら~! 」
金糸雀は何故か得意そうな顔で鼻でフフンと笑いながら、自分も片手で卵を持つ。
「カナがお手本を見せてあげるかしら~!!ホーッホッホ!! 」
そう言い、卵を片手でコーンと……
数分後……
そこには、半泣きでボールの中からカラの破片を取り出す二人の姿があった…。
◇ ◇ ◇
ボールの中に一杯に入った卵。
卵を割るのに夢中で、それ以外の事は頭から消えていた為……軽く2パック分はありそう。
…見ているだけで胸焼けがしてくる。
でも、金糸雀と雛苺のテンションは、相変わらず高いままだった。
「次は、味付けかしら!やっぱり卵焼きは甘いのに限るかしら! 」
「うぃ!とーっても甘いのよー! 」
そう叫びながら、二人は思い思いの調味料や…それ以外のものを入れだす。
砂糖。チョコレート。苺カルピス。いかにも精が付きそうなマムシドリンクに、プロテインの錠剤。 隠し味に、愛も込めて。
それは既に、料理と言うより錬金術と言った方が適切かもしれない光景だった。
不気味な魔女の大釜にしか見えないボールは、着々とその量を増やしていき………
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おはようございまーす 」
家庭科の教師・桜田のりは、いつものように元気に挨拶しながら職員室の扉をガラリと開けた。
「あー!!ねぇねぇ聞いてよ!! 」
いつもより気合の入ったメイクのみっちゃん先生が、元気一杯に声をかけてくる。
「カナがね!私がお見合いするよーって言ったら、精が付くように、ってお弁当つくってくれたの!!
ああぁぁぁ!!もう!!可愛いでしょ!!!?!?? 」
他の先生達は、みっちゃんのあまりのハイテンションさに着いていけず、誰もが下を向くばかり。
だが、天然なのりは、そんな空気には一切気が付かない。
「へぇ~そうなんですか~ 」
ニコニコとみっちゃんの自慢かのろけか、みたいな話を聞いていた。
◇ ◇ ◇
「でねでね!?これがカナが作ってくれたお弁当なの! 」
そう言いみっちゃんは、のりに二つのタッパーを見せる。
それは、二つとも、中にギッシリと卵焼きだけが入った……いびつなお弁当。
それでも…そのいびつさが逆に、子供が一生懸命作ったという感じを出していた。
「へぇ~…うふふ…随分と多いのねぇ… 」
のりは微笑ましい光景にちょっと目を細める。
みっちゃんも、そこにきてやっと量が一人で食べるには多すぎる事に気が付いたのか……
「そう…ね……。
そうだ!幸せのおすそ分けよ!半分あげちゃう!! 」
そう言い、のりへとタッパーを一つ渡す。
この時は……まだ、これだけだった……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
昼休み。
蒼星石はクラスの提出物を集め、職員室へと持っていく途中だった。
廊下を歩き、職員室の扉をノックして中に入る。
と…そこには、今まさにお弁当箱を開けて昼食にかかろうとしているのり先生とみっちゃん先生が…。
「先生。クラスのプリント、集めてきました 」
そう言い蒼星石は、担任であるのり先生にプリントを渡す。
「あら、ありがとう。やっぱり蒼星石ちゃんは頼りになるわねぇ 」
のりは…タッパーを開ける手を止め、蒼星石へと振り返った。
「いえ…これも日直の仕事ですから 」
蒼星石はこともなげにそう答える。
「むぅ…ダメよ、蒼星石ちゃん。褒められた時は、素直に『ありがとう』って言うものよ? 」
のりはちょっと小難しい顔をしながらお説教を始め……
その頃、隣の席では……
声をかけてくる人物、止めてくれる人物が誰も居なかったみっちゃん先生は……
「ありがとうカナァァァァ!!いただきまぁぁぁぁす!!!! 」
雄たけびを上げながら、タッパーにギッシリ詰まった卵焼きを口に運び……
「ごふぅ!!! 」
倒れた。
◇ ◇ ◇
のり先生と話をしていた蒼星石は……突然の事態に、ただ驚くだけだった。
「ごふぅ!!」と叫び倒れたみっちゃん先生。
机に突っ伏し、ビク!ビクン!!と痙攣をしている……
「た…大変だ!! 」
蒼星石は咄嗟に叫ぶと、みっちゃん先生を担ぎ上げ……でも、激しく痙攣しているせいで、しっかり担げない。
「先生も手伝って!! 」
隣で青い顔をして震えているのりに声をかける。
暴れまわるみっちゃんを何とか二人で担ぎながら、蒼星石達は保健室へと辿り着いた……。
◇ ◇ ◇
ピコーン……ピコーン……
何でこの学校には、心電図があるんだろう?
蒼星石はぼんやりと考えながら、ベッドに横たわるみっちゃんを眺める…。
そんな蒼星石に気が付いたのか、のりはそっと彼女の肩に手を置いた。
「…大丈夫よ。だって……草笛先生、『カナのウエディングドレス見るまで死なない!』って、いつも言ってたもの…… 」
そこまで言い……
だが、そこで、のりの涙腺も決壊した…。
今度は蒼星石が、のりの背中を優しく撫でる。
……やがて……落ち着いたのか、のりは涙を拭きながら、蒼星石に作り笑いを向けてみせた。
「ねえ、蒼星石ちゃん……ここは私が見ておくから……あなたはもう、帰っても大丈夫よ…? 」
「でも…… 」
思わず反論しそうになった蒼星石に、のりは教師の表情を作り、優しく諭す。
「大丈夫。…天然とか言われたりするけど…ここは先生の事、信じて…ね? 」
蒼星石はこくんと頷くと、保健室を後にする……。
その背中に、思い出したようにのりは声をかけた。
「あ、そう言えばお弁当……
このまま置いててももったいないし、良かったら蒼星石ちゃんが食べてくれないかな?
せもてもの…お礼に…… 」
蒼星石は振り返り、弱々しく動く心電図と、のりの顔を交互に見る。
そして……静かに、頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ヒーッヒッヒ!!今の翠星石は通常の3倍は早いですぅ!! 」
「待ちなさい!!翠星石!!! 」
真紅が髪に付けていた赤いリボンを頭に巻き、翠星石が彗星のように廊下を駆け抜ける!
髪を全部おろした状態の真紅が、それを必死に追撃する!
「取り戻したかったら……付いてきやがれですぅ!! 」
翠星石はそう言うと「とぅ! 」と叫び、窓から外へと飛び出した。
「翠星石!あなた!待ちなさい!! 」
反応が一瞬遅れ、徐々に遠くなっていく真紅の叫びを聞きながら……
翠星石は高笑いをして、どこまでも走り続ける……。
◇ ◇ ◇
「ふぅ~…やっぱり、3倍も早いと簡単に逃げれるからつまらんですぅ 」
そう言いながらも…悪戯心が満たされ、どこかご満悦の表情の翠星石。
と……
グゥゥゥ……
追いかけっこで昼食を食べてない事を、自分のお腹の虫の声で思い出した。
「……お腹もすいたですし、教室に戻るとしますかね 」
そう言い、頭に巻いた真紅のリボンを外してテクテク。
すると……ちょうど職員室から蒼星石が出てくる所を発見した。
都合の良い事に、その手には美味しそうな料理の入ったタッパーを持って……
「さすがは蒼星石!最高のタイミングですぅ!! 」
そう叫びながら、猛然と走る翠星石。
そして……
「ちょうどお腹がすいた所ですぅ!一口もらうですよ! 」
蒼星石の手の上のタッパーにフタを開け、中にギッシリと詰まっていた卵焼きを一口パクっと……
「ごふぅ!!! 」
倒れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ピコーン……ピコーン……
弱々しく動く二つの心電図。
それを眺めながら…蒼星石は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「神様……お願いだから……他はどうなったっていいから……翠星石だけは…… 」
祈りの言葉を呟きながら、ベッドに横たわる翠星石の手を握る。
険しい表情で、ただ地面を見つめる真紅。
保健室の壁にもたれかかり、目を閉じたままの水銀燈。
誰もが、翠星石の事を考えていた……。
ひねくれた事ばかり言うし、口も悪い。それに全然、素直じゃあない。
でも……
それでも、翠星石の事が好き。
いっつもトラブルを起こすし、変な事を言い出すのは決まって彼女。
ちょっとでも隙を見せると、すぐに何か悪だくみを始める。
でも……
そんな翠星石と一緒に過ごす時間は……嫌いにはなれなかった。
誰もが、翠星石の事を心配していた……。
すると……その思いが天に届いたのか……
「……ぅ……ぅ…ん…… 」
翠星石が小さな声を上げながら、ゆっくりと目を開いたではないか!!
「翠星石!! 」
蒼星石が感極まって、ベッドに横たわる翠星石に抱きつく。
真紅も水銀燈も、その場を動きこそしなかったが、胸の内から熱い思いがこみ上げてくるのを感じ、目元を隠す。
「そ…蒼星石……放し…やがれですぅ…… 」
弱々しくは有るが、それでもいつもの翠星石の声。
「良かった!本当に……翠星石…!! 」
まだ力が入らないのか、ぐったりとしている翠星石の体を、蒼星石は思いっきり抱きしめる。
「……夕焼けが……目に染みるわねぇ…… 」
「……そうね…… 」
窓から夕日を眺めていた水銀燈と真紅が、スッ…とサングラスで目元を隠した。
姉の無事を喜ぶ妹と、親友たち。
太陽の沈みかけた空でキラッと星が光り…それは彼女達を祝福しているようだった。
そして、みっちゃんの脈拍が弱くなってる事には、誰も気が付かない……。