第六話 後編


「だから、カナは何も知らないかしら!」


みんなから突き刺さる純白の視線。
確かに翠星石を驚かしたのはカナだけど、その視線は痛ってえかしら。
一応アリバイ工作も出来たし、バレてはいないみたいだけど。
何度も「今来たばかり」と説明したおかげで、なんとか疑いだけは晴れた。
みんな単純で助かったかしら。


「まァ確かに、金糸雀じゃムズかしいかもね」


さっすが変人奇人のすくつになっているこの寮唯一の常識人、蒼星石!
怒らせると一番怖いから、コレで少し安心。


「じゃあ、二階から響いた音は何なんだ?」

「ゆゆゆ、幽霊の仕業だわ……やっぱり見間違いじゃなかったのよ……!」


真紅ってば、そういえば怖いもの苦手とか言ってたかしら。
ジュンの後ろでぶるぶる震えてるのはちょっと面白い。
あんな真紅を見るのは初めてだから、ちょっと得したかしら。


「んー、じゃあ見てくる」


言いだしたのは薔薇水晶。
なんていうか、怖いもの知らず。
恐怖とか驚異とかないのかしら。
二階の音のコトはカナにもわからないのに。
どっちが幽霊なんだかよく分からない足取りで、薔薇水晶は二階へと向かう。
そう、思えばコレが恐怖の始まりだったのかしら……。









10分が経ち、20分が経ち、ついに時計の長針は半周した。
薔薇水晶が帰ってくる気配は一向にない。
コチコチと、静かな談話室に流れる刻み音。
最初はみんな気にもしていなかったのか、雑談で過ごしていたのに。
時が経つにつれて、みんな黙りこんでいったかしら。
言葉すら響くのを許さない。
そう錯覚するほどの重い空気。
時計の針と、たまに聞こえてくる冷蔵庫の冷却音だけが、この寮を支配していたかしら。
無機質な音、気絶したまま起きない翠星石、帰ってこない薔薇水晶。
張りつめた緊張の糸は、すでに切れ目が入っていた。
切れ目に刃を入れたように、この沈黙はいきなり破られた。


『あ……あ、あ、やああ!』


同時に響く、けたたましい怪音。
突然のコトに、カナは驚いたかしら。
あれは悲鳴。
そして、薔薇水晶を襲ったと思えるような、のしかかるような音。
静寂が入り込む隙を消すかのように、蒼星石が立ち上がった。


「大変だ……僕、様子を見てくるよ!」

「だ、ダメよ蒼星石! 危険すぎるわ!」

「でも薔薇水晶が……」


まるでホラー映画かしら。
蒼星石と真紅の不毛な言い争いが続く。
カナは、まるで正体のわからない恐怖におびえていたかしら。
隣にいる雛苺と一緒に、ふるえるコトしか出来ない。
ぷくっ。


「……強盗かもしれない。僕も一緒に行くよ。頼りないだろうけど、男がいたほうが威嚇にはなるだろ」

「うん……ありがとう、ジュン君」

「ちょっと!? 主人を置いて行くつもり!?」

「真紅はここにいてくれよ。もし強盗だったら、誰かが警察に連絡しなきゃいけないだろ。だから……頼む」


ホントにホラー映画かしら。
結局、真紅はジュンの言葉に従って、ジュンは蒼星石と一緒に二階に上がって行ったかしら。
カッコつけちゃって。
足が震えていたのが丸見えだったかしら。
……今のカナも、人のコト言えるわけじゃないけど。
今この場所にいるのは、水銀燈、カナ、気絶した翠星石、真紅、ヒナ、雪華綺晶。
二階に上がって行ったのは薔薇水晶、蒼星石、ジュン。
そして、当たり前のように、


『わ、うわああぁぁ!?』


二人の悲鳴が響いたかしら。
当然、のしかかるようなあの音も聞こえたかしら。
コレで三人。
気絶した翠星石を含めるなら、犠牲者は四人になったかしら。
帰らない三人。
その、あまりに歪なこの中で、


「水銀燈は、なんでそんな平気な顔してるのかしら?」

「……別にぃ? 自業自得だしねぇ。ま、ジュンが心配だから、ちょっと見てくるわぁ」

「へ?」

「真紅は……そこで待ってなさぁい。足手まといに来られても邪魔なだけだしぃ」

「! な、何を言っているのかしら水銀燈。別に私は、怖がってなんかいないのだわ。上等じゃない」


怖いもの知らず、二名追加かしら。
あ、でも真紅は一応怖がってるけれど。
それにしても、水銀燈はスゴイかしら。
こんな怖い状況なのに、クスクス笑ってる。
カナにはとてもできないわ。
ぷくくっ。
二階に続く階段へのドアが、カナには地獄への扉にしか見えないかしら。
結局、残ったのはカナ、ヒナ、雪華綺晶だけ。
翠星石はまだ起きないし、余計に静かに思えるかしら。


「あ、う……ど、どうしましょう?」

「どうしましょうかしら……」


人はどんどん減っていって、今はカナとヒナときらきーだけ。
また時間だけが過ぎていく。
とてもテレビをつけるようなふいんきでもないし、静かすぎるかしら。

……今度は、一時間が経ちました。

帰ってこない。かえってこない。カエッテコナイ。
オトガナイ。おとがない。音がない。
肌寒くなってきたかしら。
エアコンが効きすぎてるのか、本当に寒いのかもわからない。
除湿も効きすぎている。
ノドが渇いてしかたないから、


「ちょっと、飲み物取ってくるかしら」


まだ少し残っているオレンジジュースを飲むために、台所へ向かう。
いつの間にか眠っていた雛苺と、まだ起きる様子のない翠星石をきらきーに任せて。
なんでこんなコトになったのかしら。
確かにカナは、みんなを驚かそうと思っていたけれど。
結局バレそうになったから急いで中断したのに。
終わったハズなのに、まだ事態は続いているかしら。
とにかく、今はジュースを飲んで落ち着くかしら。
確かジュースは冷蔵庫の……、


「いやあああ!?」

「ひ!?」


きらきーの叫び声。
びっくりして、おでこを冷蔵庫の扉にブツけちゃったかしら。
と、そんなコトは今はどうでもよくて。
急いできらきーの方に振り返ろうとして、


「ねえ、かなりあ……?」


ぬるりと、カナの背後から真っ赤な腕が絡まってきた。
歯がガチガチと不快な音を勝手に鳴らす。
腕は止まってくれなくて、カナの首を絞めるように伸びてくる。
振りほどきたい、振りほどけない。
耳元でささやいている声が、今度は両腕から聞こえてきたかしら。


「かな……赤しか見えない……たすけて?」


左手側に、右目に薔薇が突き刺さっている蒼星石と、
右手側に、左目に薔薇が突き刺さっている翠星石が。


「ねえ? 取ってよぉ、このばらぁ」


左半身を紫の薔薇でいっぱいにした薔薇水晶が、


「わたし、たべられてるんです」


右半身を白の薔薇でいっぱいにした雪華綺晶と一緒にいる。
そして、カナの首を握っている左腕がささやく。


「私の右手、あなたがもいだのでしょう?」


左腕だけになった真紅が、カナの首を握る力をゆっくり強めていく。
そして、マネキンの腕がカナの顔をゆっくりと撫でた。
動かない石膏のような冷たい右手が、カナの顔をわしづかみにしたとき。


「お前も卵焼きにしてやろうかぁーーー!」

「ひぃやああああああ!」


目の前が、真っ白になったかしら……。








「あっはははははは!」

「………………」


水銀燈の笑い声がこれほど憎く思えたコトは、未だかつてなかったかしら!


「ホントに、この寮は変人のすくつかしら!」

「ソウクツな」


コトの真相はこうかしら。
水銀燈が暇をもてあまして、カナだけがそこにいない。
ちょっとしたアドリブを入れて、カナを驚かそう大作戦始動。水銀燈提案。
カナがどんな目的であろうと、降りてきたのを確認した時点で作戦開始。
台本なんてないから、その場その場で臨機応変に対応したとか、どんな化け物どもかしら。
とにかく、それ以降は手段を選ばずカナの恐怖感と焦燥感をあおっていたとかなんとか。
ひでえ話かしら!


「あ、じゃあ翠星石がずっと起きなかったのは……!」

「そんなの寝たフリに決まってるです。あんまりおかしくて、途中で笑っちまったです」


たまに聞こえてたぷくって音は、す、翠星石の……。
な、なんでサッサと気づかなかったのかしらぁ。
しかも、カナが気絶するのが早すぎて出番がなかったとぶすくれるヤツらまでいる始末。
ちなみに、最後の叫び声はヒナとか。
ぶっ飛びすぎかしら!


「それにしても、あーんなベタな演出で気絶なんて、おっかしー」


水銀燈はケラケラ笑いすぎかしら。
ハズかしいコトに、談話室の電気はフツーについていたかしら。
しかも台所には翠星石がいて、寝たフリを始めてからずーっと台所も電気つけっぱ。
ちったぁエコでもしろかしら。


「あ、あんなふいんきじゃ仕方なかったかしら!」

「フンイキだ」

「だ、だいたい、あのときは全員ここにいたのに、二階の音は……」


「私。それ」


ばらしーがぺろっと片腕を上げる。
会話が常に短期決戦型のばらしーの言葉じゃなんにもわからんかしら。
それを察したみたいに、きらきーが追加説明。
もう少し言葉の数を充実しろかしら。


「最近、目が覚めにくかったから、目覚まし用に階段前のドアに仕掛けをしたんですって。
 でも失敗して、本棚の本がこう、きゃーって。で、直していたら次々にみなさんが来て」


その度に本が落ちて、みんなが叫んでいたと。
そしてそのなかにアルバムを見つけて、みんなで楽しんでいたと。
で、途中で作戦を思い出して、せっかくだから、みんなこのカナで遊ぶぜ! と。
マジ女優でもやればいいかしら。


「でも、真紅の驚きようは演技じゃなかったかしら。あれは?」

「あぁ。驚かすのはひとりだけ、ってのもねぇ?」

「まったく、最悪だったわ」


つまり、真紅にも知らされてなかったってコトらしいかしら。
それにしても、きらきーまでやりすぎかしら。
そんなんじゃ、寮一の慈愛の女神の名が泣くかしら!


「ばらしーがドアに仕掛けを作ってたのは知ってたしねぇ。原因はそれだと思ったわぁ」


だから水銀燈は自業自得なんて言ったのね。
それに、何も造花を使ってまで遊ばなくたって良いと思うのはカナだけかしら。
蒼星石の演技はギャップがやばかったし。
おー、寒かったかしら。


「さーって、暇つぶしも出来たしぃ、お風呂にでも行こうかしらねぇ」

「ヒナもー!」

「翠星石も行くですぅ。ずっと寝たフリだったから体がごわごわするです」

「それじゃ、カナも入ってきなよ。僕たちは残り組ね」


やっと平和な時間が来たかしら。
ヒナが一緒だと騒がしいけど、さっきの時間よりよっぽどマシだわ。


「……『お前も卵焼きにしてやろうか』って、何が元ネタなのかしら?」

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最終更新:2008年08月18日 03:55