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第三話


「だから、その、帰らないで……」


彼女が羨ましいと、私は思う。
今の私には、あれほどまでの勇気はないのだから。
涙を流して、顔をジュンに向けることが出来ないでいても、彼女は必死に伝えている。
私にもそれが痛いほど分かるし、それだけに、彼女に少し嫉妬した。
恋愛のソレとも取れる告白が、私にとっては、ずっとずっと遠くにあるもの。
顔がくしゃくしゃになってしまうほど、自分の素直さを表に出せる彼女は、私にとっては羨望そのもの。
彼女が羨ましいと、私は思う。
すこしだけ後ずさりして立ち止まることが許される世界から、旅立とうと「努力」する雪華綺晶。
自分の力で1秒を巻いた彼女は、当然のように祝福されるべきだ。
私は未だ、その9秒前にいる。
自分の殻の中という、無限の領域にある白い世界から、私は踏み出せずにいる。
雪華綺晶自身の、雪華綺晶のためにある出口を見つけた彼女が、羨ましい。
私のための出口は、ドコにあるんだろう。


「頑張ったわね、雪華綺晶」


本当にそう思う。
きっと、相当の勇気を使ったでしょうに。
私には、あれほどの涙を使う勇気もない。
私も素直になりたい。
私は素直になれない。
私から見る今の雪華綺晶は、本当に格好良くて、眩しいほどに真っ白で。
綺麗すぎて、正直に言ってしまえば、直視すら出来ないくらい。
手を伸ばしても、きっと手に入れられない。
すでに真っ黒になってしまったこの手では、こんなに近くても遠すぎる。
おろかにも、彼女に少し嫉妬した。


「うゆ……どうしたの?」

「何でも、ないわ」


何でもないハズはない。
横にいた雛苺に心配かけてしまっても、今の私には返事すら億劫だ。
自分の低さと、彼女の高さを比較して、それがどうしようもなくて、どうでもいいコトと気づいてたから。
彼女と私は彼岸の彼方。
そんなのとっくに知っていて、認められなくて、認めるしかなくて。
止められない薄黒い感情が心地よくて、それを嫌う自分もいる。
だって雪華綺晶は、どうしようもなく、私の妹なのだから。


「……僕だって、そこまで言われて断るほど、イヤな性格はしてないさ」


やっぱり、ジュンは優しい。
それは昔から知っている。
きっと彼も覚えていないだろう私たちの馴れ初めを、私は最初から知っている。
非情なまでに不確かだった世界から、私を助けてくれた最初の時を。
私だけが占めている淡い記憶に、私は依存する。
麻薬のように気持ちがいい、中毒性のある私だけの記憶。
それにすがって、逃げられなくて、甘えるように彼に寄り添う毎日。
だけど、私は素直じゃない。
外面専用の仮面をかぶって、私はいい人を演じる。
あは、やっぱり黒いじゃない。


「ほら、涙を流してるのよ、雪華綺晶。ここで優しさのひとつでも見せてあげないと、男じゃないわ」

「え? あ、ああ」


自分の保身のために、私はジュンの背中を押す。
私は私を演じないと。
それこそ、踊るだけのドールのように。
人形のように冷たい仮面に血液を通して、表情を作れる仮面に変える。
毎日くらい一緒にいるジュンにすらバレない至高の一品。
吐き気がするくらいに気持ちの悪い仮面を被って、溶けてしまいそうなくらいに気持ちのいいジュンのそばに。
今の私は、それほどまでに汚かった。


「あ、雪華綺晶」

「は、はい!?」

「そんな驚くなって……。ほらこれ、涙拭いておけよ。僕が泣かせたみたいで、ちょっと、な」

「あ、あ、ゴメンなさい!」


そして、ああやっぱり。
雪華綺晶は私の可愛い妹で、ジュンは私が触れてはいけないくらいに優しい。
だからこそ、取られたくない。
彼は私のものでいてほしい。
何もかもを独占してしまいたいのに、外面の仮面が許してくれない。
そんなコトは分かりきっていて、仮面は勝手に言葉をつむぐ。


「ジュンを実験台にすればいいのよぉ。ジュンに慣れていけば、そのうち他の男にも慣れるわぁ」


ウソつき、取られたくないクセに。
ああ、お願いだから、そんなに綺麗な笑顔でお礼を言わないで。
私は私のためだけにやったのだから。
感謝する相手はジュンなの、だからジュンにお礼を言わないで。
お願いだから、やめて私。
コレ以上、黒く染まらないで。


「ありがとうな、水銀燈」

「……え?」

「ずっと心配してくれてただろ? 雪華綺晶のコトも、僕のコトも」


やっぱり、騙せている。
ジュンも私の仮面を信じている。
本当の私を知ってもらいたいのに、それがイヤでイヤでたまらなくて。
こんなに汚い私をジュンに見られたくなくて。
お願いだから許して。
仮面の私も、本当の私も見ないで。


「……あのな、水銀燈」

「な、なに?」

「毎朝いっしょに学校に行ってるんだから、それくらい分かる。だから」

「だ、だから?」

「そういう、泣きそうな顔すんなよ。ま、まァ、作り笑いより、今みたいな素直な表情のほうが好きだっていうか、その」


……信じらんない。
今はちゃんと笑ってるのに。
反射したガラスを見ても、私は確かに笑ってるのに。
毎朝あれだけ冷たくあしらっておいて、ちゃんと私を見てくれていたなんて。
仮面の下まで見抜いておいて、それでも好きだなんて言ってくれて。
ずるい。
それが恋愛感情じゃないクセに、それでも嬉しくさせるなんて。
どんな女たらしでも、こんな卑怯な手は使わない。
せっかく離れようと決心できそうだったのに、最後にこんなに嬉しくさせるなんて、ずるい!


「そうそう、そういう顔。僕が言うのもヘンだけど、そっちのほうがよっぽど可愛いと思うぞ」


この男、ホント最低。
私の作った仮面にちゃんと騙されていたクセに、ちゃんと仮面の下も見抜いていた。
毎朝毎朝、私のウソに付き合って、ホントの私にも付き合っていたなんて。
それでいて、その奥のコトには鈍感だなんて。
ホンット、女たらし。
ますます離れられなくなってしまう。
他の男は簡単に騙せてきたのに、ジュンだけは騙せないなんて。
ホントにホントに、ツマンナイ男。
こんなに夢中にさせてくれる人なんて、性別問わずいなかった。


「あ、元気になったのね水銀燈! ずっと泣きそうだったから、ヒナ、心配してたのよ!」

「ええ、ありがとう雛苺」


どうやら、私の仮面はこの子にも通じていなかったようだ。
軽くクセっ毛な雛苺の頭をなでる。
可愛い妹にまで心配させるなんて、やっぱり私はダメね。


「うゆ、翠星石が怒ってるのよ」

「相変わらず、短気なヤツだな。ほら、水銀燈。さっさと行こう」


そう言って、二人は同時に手を差し伸べてくる。
無邪気な雛苺はともかく、ジュンは計算づくなのかしら。
私がそれを嬉しく思っているのを知っているとしか思えない。
もし分かっていないでやってるのなら、もう言葉もないわ。


「ま、普段の笑顔も嫌いじゃないけどな。水銀燈らしいじゃなくて、あれも水銀燈ってカンジだし」

「……サイテー」

「な、何がだよ!?」


今、この男はとんでもないコトを言った。
私は、私自信も、仮面の私も大嫌いだったのに。
ジュンは、そんな私を全部ひっくるめて好きだと言ってのけた。
嫌いじゃない、なんて、大好きだの裏返しだってコト、自覚ないのかしら。
ホント、昔っから変わらない。
やっぱり、今つないでいるこの手も、計算じゃないわね。
このド天然。
最低なのに最高な男なんて、どんなチートよ。
ヒドイ男、絶対いつか落としてやる。


「あ、来た来た。ほら三人とも、もうご飯だよ。水銀燈も……大丈夫そうだね」

「? な、何がぁ?」

「みんな心配してたのよ。あなたが落ち込むと、私も張り合いがないのだわ」


結論。
どうやらこの寮は、女たらしが集まる場所らしい。
私はどうしようもなく嬉しくなってしまう。
さっきまでの暗い考えを、綺麗に吹き飛ばしてくれそうな笑顔たちなのだから。
ジュンに仮面を取り上げられた私は、本心が勝手に顔に浮かんでしまう。


「い、イチャついてんじゃねえですぅ! 全く、さっさと席に着くですよ!」

「分かってるわぁ。そんなに怒鳴らなくてもいいじゃなぁい」

「落ち着いてよ翠星石。水銀燈が元気になったんだからいいじゃないか」

「そ、そーいう問題じゃ……」

「はいはい」


私はいつもの席に、ジュンはお客様だから、少し離れた場所に。
手を離すのが、こんなに名残惜しいなんて知らなかった。
おまけに、雪華綺晶がジュンの隣なんて、羨ましい。
ジュンも空気読みなさい。
私だけじゃなく、雪華綺晶まで落とすなんて信じらんない。
ついでに、他の何人かも狙ってるみたいだし。
何よ、天然ハーレム。
私だけ見るようにしてやるんだから、覚悟しなさい。


「全く、さっきまで落ち込んでたと思ったらもうニヤニヤしてるです。現金なヤツですぅ!」

「あ、あなたには関係ないわぁ!」

「むっきー! ひ、人が心配してればつけあがりやがってー! ですぅ!」

「ほら、二人とも。手を合せて」


私ったら、もう新しい仮面を作っちゃってる。
けど、まァいいわ。
今まで使ってた仮面より、よっぽど使い心地いいもの。
暗い私は、仮面と一緒にジュンに取り上げられちゃった。
多分、まだ私の心のどこかに小さく残っているのでしょうけど。
ジュンはちゃんと、私を見ていてくれたのだから。
また同じコトしたら、さすがにアレだし。
今度からは、自分で抑え込む。
まずはジュンの優しさに応えないと。


「みんな合わせた? はい、それじゃいただきます」

『いただきます!』


ジュンの愛は、私だけのものだもの。
そうね、ライバルを蹴落とすってのも、アリかもしれないわね。
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