※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「薔薇乙女と、きもだめしと、柿崎さん。」




毒虫に穿たれ。 恋人の兄に謀られ。
最後は恋人によって空へと上げられた狩人──オリオン。
そんな、泣きっ面に踏んだり蹴ったり50HITな男の見守る空の下。
僕は。 僕らは。 半周ほど、季節を取り違えたイベントを行っていた。
肝試し。 きもだめし。 KIMODAMESHI。
正直な話、何一つ理解することがきなかった。
何故、僕が、斯様な不可解な集いへの参加を強いられなければならなかったのか。
何故、この寒空の下、「納涼」だなんて場違い甚だしい文句がプリントされた旗を、槐さんは笑顔で持っているのか。
何故、柿崎さんを始めとする女子たちは、不満一つ漏らさずに、気迫すら感じさせる眼差しで此方を見つめているのか。
そして。 何故。 舞台がこんな、「如何にもな」墓地なのか。




「か、柿崎霊園……!?」

問い。 彼女──水銀燈の表情は芳しくなかった。
──否。 その整った顔立ちが歪む程に、忌避の念を顕にしていた。

「そ。 水銀燈には前に話したことあったでしょ?」

水銀燈の表情には、もはや呆れすら滲んでいた。
十年近く、テーブルを挟んで向かい側の少女──柿崎めぐとは交友しているが、
 ここまで愚かな。 否。 狂気めいた発言は初めてだった。

「だって……だってあそこは、この前だって──」

水銀燈の言葉を遮るように、給仕がめぐの前に、熱く肉汁のたぎるステーキを運んだ。
めぐは、まるで水銀燈の言葉を聞き流すかのように、据えられたフォークとナイフを持ち、器用に肉を切り裂いていた。

「いいじゃない。ただ、ちょっと「出る」だけなんだし……。 あむっ」

軽薄さと無邪気さを宿した瞳で水銀燈を見つめ、肉片と白米を咀嚼し、その頬をげっ歯類ライクに膨らませる。
どこにでもいるような、どこにでもいてほしい、「食堂」としての本質を損なわない、ごく平凡なファミレス客。
しかし、その一言一句全てが水銀燈の背筋へと怖気を送り、震わせる。

「……あなたの叔父さんが、そこの管理者だってことは聞いたけれど……。
  その叔父さんも最近は、ちょっとマズいことになってるんでしょお……?」
「もぉ……んぐっ。 水銀燈は、あむっ。 小心者なんだから」

水銀燈は、めぐの不躾な態度にはもう慣れていた。
随分と長い間、病院食を食べ続けたことによって味覚が痩せていためぐは、
 ファミレスのメニューが美味しくてしょうがないらしく、どうも食べることを優先してしまう。
その姿は、めぐの闘病生活を知る水銀燈にとって、むしろ微笑ましいことなのだが。
ただ一つ、めぐの、昏く、全てを見透かしたような眼差しに、水銀燈は恐れを抱いていた。

「だって、そこに皆で行くんでしょっ!? わ、私はともかくとして……もし……」

特製ソースに浸したフライドポテトを口に運んでいためぐは、
 水銀燈の言葉に、意外とでも言いたげに、その双眸を大きく見開いた。

「な、何よぉ……」

水銀燈は、めぐの意とするところを見抜き、少々憤慨し、また、頬をほんのりと赤く染めていた。
その態度に、めぐもまた、水銀燈の心中を見抜いていた。
そして、ポテトを咀嚼し、味わい、飲み込んで、一言。

「ジュンくんね」
「うぅ……っ」

意地悪そうに。 悪戯っ子のような瞳で見つめ、水銀燈に微笑む。

「大丈夫よ。 叔父さんだって仮にもお坊さんなんだから、何かあったら、なんとかしてくれるわ」

悪魔の如き誘惑。その眩い笑顔の一枚裏には、どんな表情が潜んでいるのであろうか。
そして。水銀燈は。

「……じゃあ、ちょっと、考えて──」
「これはチャンスよ」

めぐの瞳が、その、ハイライトが、爛々と輝く。
── 一呼吸置いて。 悪魔の唇から、無垢な少女を誑かす為の、最後の甘言が紡がれた。




──行きのワゴン車の中。 1/fゆらぎ溢れる空間。
 まどろみの中。 槐さんと白崎さんがこんなことを話していた。
  ──ような気がする。

「自然と深まる距離! 強まる親子の絆! 芽生える父への憧れ!
  どうだ白崎ィ、完璧な算段だろ!?」
「パートナーはクジで決めるそうだよ。
  しかもそれ、女の子たちが口を揃えて言ってることじゃないか」
「困ったな、娘の友達にまで人気とは……」
「夢は尊いよ、槐。 あ、信号青」

──そうだ。 男は、僕と槐さんと白崎さんの三人だけ。
 それに引き替え、女性陣は、
  水銀燈、柿崎さん、金糸雀、翠星石、蒼星石、真紅、雛苺、雪華綺晶、薔薇水晶──と、九人もいる。
……確立的には、女の子と当たる可能性が限りなく高いわけで。

「……ちょっとでもビビった日にゃ、性悪に末代までからかわれそうだな」

かじかむ両掌を擦り合わせ、クジ引き──その、自分の番まで、そんなことを呟いていた。
──そして。

「ジュンくんの番だよ」

満面の笑みを浮かべた柿崎さんが、クジ箱をこちらへ差し出す。
──刹那。 無数の視線が、此方へと向けられたような。 そんな錯覚を覚えた。

「柿崎さん、じゃあ、引きます……!」
「私のことは「めぐ」って呼んでって、前から言ってるでしょう?」

柿崎さんが面白く無さげに放った小言を、右耳から左耳へ受け流し、指先の神経を集中させ、精神を鋭敏化する。

「──覇(ハ)ッ!!!」

引き抜いた、その一瞬。 どこか殺気にも似た視線が、僕へと突き刺さる。

「……3です」

空間が。 時が。 軋み、凍り、砕け散った。 そんな。 そんな音が聞こえた気がした。
このクジは、1から12までの番号を引き、
 例えば「1と2」「3と4」のように、連続する奇数と偶数でペアを決めるもので、
  この時点で「3番」の僕は、「4番」の人間と霊園を巡ることと相成った。

「……やたっ」

柿崎さんの、クジ箱を持つ手が、一瞬揺れたような気がした。




「……あはは。 頑張ろうね。 ジュンくん」

「肝試し」で、頑張るということが、何を意味するのか。
その意味を考慮した上で、恨めしげな視線を、主催者であり、僕のパートナーである柿崎さんに送る。

「……ここ、かなりヤバいんですね?」
「うん。 冬場は特に変なのが出るらしいよ」

ヤブ蛇どころの騒ぎではなかった。
元々僕も、極端にそういった、所謂霊的なことを怖がる質ではないのだが、今回は違った。
どうも、柿崎さんの飄々とした物言いが、それを煽っているようだ。
正直、今すぐにでもワゴンに戻りたい。

「……っと、最初のペアが出発したようね」

柿崎さんの一言で、思考が現へと引き戻される。
最初のペア──つまり、1と2を引いたのは、金糸雀と槐さんである。
無邪気かつ、天真爛漫な金糸雀の姿に、薔薇水晶とペアになれなかった槐さんも、
 父性本能をかきたてられたのか、少し背中が大きく見えた。
参考までに、他のペアは、雛苺と水銀燈。 翠星石と真紅。 雪華綺晶と白崎さん。 蒼星石と薔薇水晶──といった感じだ。

「ジュンくん」
「ひっ!?」

いきなりだったとは言え、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。 何という不覚。

「あはははっ、ジュンくんったら可愛いっ」
「しょっ、しょうがないじゃないですかっ! ビビビビ、ビックリしたんですっ!」

目尻に軽く涙を溜めながら、柿崎さんは嗤い。

「いやね? ちょっとウォーミングアップに怪談なんてどうかなぁー、なんて」

実に悪魔めいたことをおっしゃられた。真性のサディストか、この人は。
しかし、この雰囲気でそんなことをされてはたまったものではない。

「い、いいです! 結構で──」
「足をね……? 掴まれるんだって」

不意打ちの左ジャブ。 ナイフで抉り込むように、柿崎さんの怪談は始まった。
その話の内容は、全て何処かで聞いたようなものばかりだったのだが、
 不思議と今の僕には、全て現実のように、そして、ひどく身近なことのように聞こえた。
恐ろしい程に。 背筋が凍る程に。




「……以上です」

語りの時の、鋭く研ぎ澄まされたかのような表情とは打って変わり、
 いつもの、含み笑いを利かせた、「柿崎さんの表情」に、僅かな安心を覚える。

「あらら。 ジュンくん、怖くて寒気が回ってきたのかしら?」
「……そう解釈していただいて結構です」

水銀燈曰く、こういうときは、からかわれる前に肯定するのが一番らしい。
なんでも、からかう対象を失えば、柿崎さんは忽ちの内につまらなそうな顔に──

「お姉さんが、暖めてあげようか?」

抱っこ。 ただ単純に、打算、からかい、一切の因果を切り捨て、抱っこ。
意識が一瞬、遥か上空。 ずっとずっと高みに煌々と輝く、シリウスの辺りへと飛んでしまった。
そして、柿崎さんのコートの布地が頬に擦れる感触で、幾光年の距離を経て戻ってきた。

「なっ、バッ、ちょっ、かかかか、柿崎さんっ!?」
「まーた柿崎さんって言うっ」

「柿崎さん、着やせするタイプなんだなぁ」だとか、
 「この暖かさをいつまでも甘受していたい」だとか、
  そんな風に、思考が断続的に不埒な方向に飛ぶ。

「……そろそろ最初の二人が返ってきてもおかしくない頃ね」

そう言って、やはり前触れなく僕を引き離す。 迷いなさげに。 名残なさげに。
僕は少しだけ複雑な気分になってしまったが、しかし、数秒の後に気付いた。
先ほどと何ら変わりなく振舞う柿崎さんの頬が、少しだけ上気していたことに。




「……で、槐さん。 何か言いたいことがあればおっしゃってください」
「漢にも、逃げ出したい時はある。
  だが、それを恥じることはない。
   いつか乗り越えるための種となるのだから」

端的に言うと、槐さんは、真っ青になりながら逃げてきた。
しかし、少し落ち着いた今では、そんな無様な姿はなりを潜め、
 本人もクールに決めているつもりなのだろうが。
言ってることは凄く格好悪い。

「薔薇水晶に言いつけますよ」
「金糸雀ちゃんを置いてきてしまった」

僕と柿崎さんは、顔を見合わせてため息をついた。
この肝試しは、決められたルートを通って、現在地点である墓地の入り口から、
 反対側に設けられたもう一つの入り口──つまるところ、出口を目指すというものだった。
そう。 ただ、それだけだったと言うのに。
一つ、大きなミッションが出来てしまった。

「金糸雀ちゃんを回収しなきゃ……可哀想ね?」

僕とて、冷血漢ではない。
勿論、できるのならば置いていかれた哀れな金糸雀を助け、連れて出口を目指したいのだが。

「ははは。 逃げるのに夢中で、何処に置いてきたか忘れてしまった」

一発はたこうかと、真面目に考えてしまった。
つまり、僕と柿崎さんは、何処にいるのかもわからない金糸雀を見つけ出さなければならないのだ。
──ここで、ふと、あることに気付く。

「槐さん。 あなた、何から逃げてきたんですか?」
「……あれは、オルトロスか。 ケルベロスか。
  ──凶暴な、けだものの化生だよ」

随分と恐ろしい話になってきた。
そんな怪物を前にして、平静を保てる自信なんて、とてもじゃないが僕にはない。
それに、何か舞台設定がおかしいような気がするのだけれど……。
しかし、それが本当ならば、一刻も早く金糸雀を助けなくてはならない。
──また一つ、ため息をついて。

「柿崎さん、往きますよ」
「あ、ちょっと、ジュンくん、待ってよっ!」




そろそろ、霊園の半分くらいは進んだだろうか。
規則的に並べられた墓石が、月の光を浴びて、不気味に輝いている。
握っている柿崎さんの手が、汗で湿ってきた。 やはり、柿崎さんも女の子。 怖いのだろうか?

「あの、ジュンくん?」
「何ですか? 怖くて寒気が回ってきましたか?」

先ほどの、柿崎さんの台詞を引用して、嫌味ったらしく言ってやった。
我ながらかなりの外道だ。

「あの、そうじゃなくてね? ジュンくん、私の手、握ってるなぁ、って」

硬直。 凍結。 途端、汗。 汗。 汗。
気付いてなど、いなかった。
金糸雀を助けるという目的を、唯一つ思考の核とすることで、恐怖を始めとする意識を、鈍らせていたせいだ。
そんな、コンマ一秒程の考察の後。

「うわぁっ!? ごごご、ごめんなさぁいっ!?」

振り払う。 飛びのく。 頭を下げる。
幼き頃から、主に真紅との関係の中で培われてきた謝罪テクニック。
──その間一秒足らず。
顔に、血が昇る。 汗粒が、頬を伝う。

「い、いいの。 私としては、その、別に握ってくれてても構わないというか……」
「柿崎、さん……?」

ゆっくりと顔を上げ、柿崎さんを見据える。
──正直な話、その瞬間だけは、幽霊のことや、金糸雀のことは完全に忘れてしまっていた。
柿崎さんが。 あの、毎度毎度僕の純情をからかってきた小悪魔が。
恥じらい、もじもじと。 視線を宙へと泳がせていたのである。
何というか、口にするのは恥ずかしいが、かなり。 否。 とてつもなく、可愛い。
僕は、柿崎さんの瞳から目を逸らすことができなくなってしまった。

「ジュン……くん」

恐る恐る柿崎さんが、僕の方を見つめる。
──僕と、目が合う。

「私、ね……?ジュンくんのことが──」

──紡がれんとした刹那。 軽音。 脇の茂みが、鳴いた。
空気が引き締まった音を聞いた気が、した。
望まずして再び生み出された静寂は、先ほどまでのそれとはまるで違っていた。
喉を押し開け、唾液が下る音。
自らの、心臓が刻む鼓動。
僕の、そして柿崎さんの呼吸。
その全てが聞こえるほどに、尖り、透き通っている。
一瞬でも気を抜けば、不安に心を侵される。
──そんな風に、思った。

「柿崎さん」
「……うん」

何かが、いる。
そこに。
いつでも、僕たちを襲い、引き裂き、仇なすことのできる距離に。
──槐さんの言葉がリフレインする。
オルトロス。 ケルベロス。 けだものの化生。
果たして、今、その姿を見た僕は。 ──僕らは。 逃げ遂せることができるのだろうか?
そんなことを考えている時に、再び茂みが蠢いた。
もはや、そこに何かがいることは、不変であり、絶対であり、避けようのない事実だった。
そして、恐怖に戦慄く僕たちを尻目に。
それは。 その姿を現した。

「……っ!!」

地を踏みしめる、その、獰猛さを具象化したかのような足。
獲物を見据え、その心を陵辱するための双眸。
剥き出しとなった、ナイフのように鋭利な牙。
そして。
──その首をよろう、頑強そうな首輪。

「……ペスって書いてあるわね」

どうみても座敷犬です。 本当にありがとうございました。
その犬は、僕たちを視認すると、恐々ながら近寄ってきた。

「かわいい」

柿崎さんが、半ば強引に犬を抱きしめ、その頭を撫で繰り回す。
僕も昔、よくやられたものだ。
──じゃなくて。

「まさか、この犬が槐さんの言ってた怪物なんじゃ……?」

柿崎さんの腕からしゅるりと抜け出し、僕の脛へと擦り寄ってきた、その仕草が全てを否定した。
極愛くるしいその姿から、彼の地獄の番犬を想起した、槐さんの精神状態は如何なるものだったのだろうか。

「あ、行っちゃう」

闇に満ちた虚空を見つめ、僕たちに一瞥した後、その犬は紫紺を湛えた暗闇に溶けていった。
僕と柿崎さんと、
 「凶暴なけだものの化生」の唾液でおでこを濡らし、気をやって墓石の側らで転がっている金糸雀が、その場に残された。




ワゴンに戻ると、ことは既に広まっており、槐さんが荒縄で締め上げられていた。
愛娘の手によって成されたものであろう、亀の甲羅の意匠を呈すその緊縛作法に、槐さんは表情に恍惚の色を湛えていた。
幸せな人だ。 何故か、側らで共に縛られ、ギャグを噛んでいる白崎さんも。

「大人って、なんなのかしらね」

僕の尻を擦り上げながら、柿崎さんがそうのたまった。

fin.
|