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まい-ご【迷子】
(マヨヒゴの約)
道にまよった子。連れにはぐれた子。

き-けん【危険】
危ないこと。危害または損失の生ずるおそれがあること。

―以上、広辞苑提供でした。

「………」
まあ、そんなワケでして。
「どなたか助けてくださいませー!!」
そんなわたくしの声が響いた、麗らかな世界樹の昼下がり。皆様いかがお過ごしでしょうか?
わたくしは命は、風前の灯火でございます。



《雪ら薔らと夢の世界樹》

第1階層『雪ら薔らとみっちゃん亭』

第2階「金糸雀世界樹調査隊」



そんな、わたくしが人間は社会動物であり一人では生きてゆけないと骨の髄まで理解する2日前―

「では、今日もお仕事頑張りましょう。ばらしーちゃん」
「うん、お姉ちゃん」
わたくし達が初めて酒場に寄せられる依頼をこなし、世界樹に登ってから一週間が経ちました。あれ以来妹もみっちゃん亭に出るようになり一安心です。
みつマスターも大変に喜ばれ、早速制服を取り出してきて戴いたのですが、
『やー!いいよいいよばらしーちゃん!似合ってる似合ってる!可愛いー!!』
『…どう?』
『…えっと…』
みつさんと一緒に着替えを済ませ出てきた妹が着ていたモノ。それは確かにわたくしと同じ給仕の制服なのですが、袖は短くスカートはミニで白タイツを履き、エプロンやフリルやカチューシャもわたくしのものと異なっていました。
『あの、どうしてわたくしと違う服なのですか?』
『ん~?でも、似合ってるでしょ?』
確かに運動系に属するであろう妹にはこれ位が適切なのかもしれませんが…
『太ももとか腕とか出ちゃってますし…もう少し落ち着いた服でも…』
『でも、似合ってるでしょ?』
『…制服なのですからお揃いでないと意味が…』
『似合ってるでしょ?』
『…ハイ』
どうやらこのお店は個人のアイデンティティを重要視するようです。
しかし町酒場の店員の制服としてはいささかどうか、と思っていたのですが、その日の夜はみっちゃん亭が大盛況を通り過ぎ修羅場と化していたことを鑑みると、マスターの商売人としての力量を認めざるをえません。
わたくしが初めてお店に出た時も凄かったものですが、今回はその比ではありませんでした。
なにやら、『キターー(。A。)ーー!!』とか『不思議系メイド姉妹ktkrwwwww』とか『ええんか!?こんなことがあってええんか!?』とか『固有結界、メイド・イン・ヘヴン!!』とか…
酒場のあちこちから字面すら不明な奇声が上がり、終いには泣き出す方までおりました。
マスター曰わく、『妄想の具現化に伴う一時的な思考汚染』とのことですが…正直、わたくしの理解の範疇を逸脱しており、現代社会の深淵なる精神衛生問題として丁重に保留しておきました。都会は色々と大変なのでしょうね、きっと。
それでも妹が共に働いてくれることによるわたくしの労働量の減少は確かなもので、町のお客様とコミュニケーションをとる余裕が生まれたのは有り難いことでした。
顔馴染みの方も増えてきましたし、なんとか世界樹の町の一員に迎えられたようです。ばらしーちゃんは淡々と仕事をこなすだけなのですが、わたくしから見てもそれなりに楽しんでいる様子。家事は二人とも好きでしたしね。
接客としては少々無愛想なのでしょうが、マスターと一部のお客様は『たがそれがいい』と…うーん、都会とは奇なる所で御座います。

「…お姉ちゃん、ダージリン一つ、BLTサンド一つ」
「はい、畏まりました」
そうそう、従業員が増えた事でマスターが早朝開店(朝9時からです)を決定されたのですよ。
ただ、わたくしとばらしーちゃんの二人でお店に立つのでお酒は売れませんが、ちょっとした喫茶店として機能はしますし、元々この時間帯はみっちゃん亭自体開いてませんでしたからとくに問題はありません。
お料理の方はちょっと自信があるので、マスターにレシピと材料と道具の場所を教えて貰えば再現は可能でした。世界樹特産の材料などは馴染むまで時間はかかりましたが、新しい発見とは楽しいものです。
「はい、ダージリンとBLTサンドお待ちどお様です。気をつけて運んでくださいな」
「ん」
朝の澄んだ空気が店の中にも入り清々しい雰囲気を醸し出す中、わたくしの沸れたコーヒーや紅茶の香りが映えます。夜の混雑と比べれば客足は少ないですが、朝の落ち着いたお店ではこの位が調度良いというものでしょう。
一人本を読む方やこれからの仕事の打ち合わせをする方。紙の擦れる音や話し合いの声が料理器具の駆動音と共にBGMとして店内に流れてゆきます。
「ああ…ステキ…」
料理が得手なわたくしはこのような喫茶店(となり街にありました)を出す事にも憧れた時期がありました。
地元の村にはそんな小粋な店はありませんでしたし、店を出す資金も無いわたくしは自然と諦めていったのですが、まさかこのような形で実現するなんて…うふふふふ、おばあ様?今、雪華綺晶はとても幸せですわ。うふふふふ…
「…ちゃん。お姉ちゃん!」
「はっ!あ、はいはいすみません。何でしょうかばらしーちゃん?」
いけない。現実に現を抜かすとは贅沢な話しですが店番なのですからしっかりしなくては。
「樹菜のソテーすぐできる?」
「あ、ええ。もう慣れましたから」
「じゃあソレ一つ。七番テーブルに追加」
「了解しました」
そう返してから、わたくしは足元の世界樹で採れた色色鮮やかで新鮮な野菜を引っ張り出し、調理を開始したのでした。


そんなわたくしとしては至福の世界樹ライフですが、一週間も経つとばらしーちゃんから退屈オーラが見え隠れするようになっていました。
この店に寄せられる依頼と言うのは皆壁に掛けられているボードに依頼書という形で貼り付けられています。今も数枚あるにはあるのですが、仕事内容や条件などにより妹にはそぐわないモノで。
日常をこよなく愛するわたくしですが、そろそろ妹の精神衛生に一役買う仕事が来ないかなと思いながらカップを拭いていた時、すべての元凶たる彼女はやってきたのでした…
カランコロン。
「いらっしゃいませ」
「…いらっしゃい」
「どうもかしら~」
ドアに付けられた鈴の音と共に入ってきた女性は、緑の髪をぴったりと頭にとめ眼鏡をかけた一見知的な風貌の方でした。一見、と言うのはよくよく見れば顔立ちや動作が幼さを嫌でも醸し出していているのです。
「きゃー!かしらー!?」
…つまづきましたね。別に何もないのですが。
「…大丈夫?」
「痛いかしらぁ~」
年齢としてはわたくし達より上なのでしょうが、どうにも保護者本能(?)をそそられるのは姉の性分でしょうか?
まあそんな事はおくびにも出さず、カウンターに座った彼女に営業スマイル(無料です)で応対しました。
「ご注文はいかが致しますか?」
「え~~と、じゃあスクランブルエッグとミルクと…」
「はい、少々お待ちを」
「あとコレお願いするかしら!」
ずびしっ!とわたくしの前に差し出されたのは一枚の紙。
「えっと…?ああ、依頼ですね。畏まりました。ばらしーちゃん、コレを…」
と、そこで依頼の内容に目が止まります。
(依頼内容…世界樹の調査の助手…募集条件無し、かつ護衛割増給料…人数二~四名…予定期日二~三日…活動時間主に早朝から夕方…)
「…どうぞ」
「どーもかしら」
横でばらしーちゃんがミルクを出し、スクランブルエッグの調理を開始するというナイスフォローをする中、わたくしはその依頼書に見入っていました。
(ほほう…これは悪く…ありませんわね…)
と、思ってしまったわたくしを誰が責められましょうか?いや、責められるハズないのです!(反語です)
「あ、卵は甘甘にして欲しいかしら!」
「…頑張る」
既にフライパンの卵に火が入りかけの段階で臨時注文が入った妹がその対処方に苦悩する間に、わたくしはみっちゃん亭の営業予定やマスターへの交渉の段取りまで考えていたのでした。

「世界樹調査の仕事?ああいいよ行っといで。夕方には帰って来るんでしょ?じゃあその日の午前中は店開けないからその事を書いてチラシ表にチラシ貼っといてくれる?」

「…調査の護衛?世界の危機の早期発見に役立つの…?私の力が必要…うん、やる。やらせてお姉ちゃん…!」

くっくっく…完璧です。イケてます。仕事の出来るクールな女です。イエイ。
そうですよ、わたくしはこうでなくてはいけないのです!日常を楽しみながらも、突然のアクシデントには冷静かつ知的に振る舞い、朗らかな微笑を浮かべながらさらりと解決!そんなお姉さんキャラとして君臨すべきなのですよ!
前回は結果としては申し分ないモノでしたが、今回は首尾一貫してわたくしの冴え渡る知性と聖母のような愛情ですすむのです!
…おや?どうやら強い意識とは外面まで漏れ出す模様。だってご覧なさい、部屋の鏡に映る自分の姿が普段より凛々しく見えますもの。
ふふん、ここは一つポーズでも決めてみましょうか。あらあら、いい塩梅にそこにモップがあるじゃありませんか。いいでしょう、あなたにわたくしのポーズに使われる権利を与えましょう…
「モップ…杖…魔法…魔法少女?」
ふむ、悪くはないんですがもう少しアダルトな感じで…ああ、そう…こんな感じにカッコ良く…世界のすべてを見通す魔女のように…あ、自分に惚れそう。
うーん、でもせっかくフリル付きのエプロンドレスですから、茶目っ気ポーズとかも…ウインクしながら舌とか出して、頭をこう…コツンと。テヘッみたいな感じにしガチャ!
「お姉ちゃん…金糸雀さんから承諾書と仕事内容の詳細の手紙…が…」
「………」
「………」
「………」
「………ここ、置いとくね…」
キイ…パタン
「………」
キイ
「あの…私は…どんなお姉ちゃんでも…受け入れられるから…だから、頑張ってね…」
バタン。
「………」
……………
…………
………
……

……………あら?目から塩水が…


そんな、天国と地獄をお手軽に体験した後、予定日にわたくしと妹は副業アルバイトのために金糸雀さんのご自宅へ。
「今日はよろしくお願いします」
「…します」
「こちらこそかしらぁあああ!?」
またコケてました。本当に何にも無いんですけどねぇ。
事前の打ち合わせで妹がある程度の護衛能力が見込めると知った金糸雀さんは非常に喜び、今回妹は手伝い兼護衛という形での仕事です。
…まあ何が言いたいかと申しますと、わたくしよりお給料が上だという事でして。むー、流石に手に職があると違いますね。妹の為の仕事なので構わないと言えば構わないのですが。(ちなみに、みっちゃん亭ではわたくしの方がいささか上です)
「じゃあ雪華綺晶さんはその道具を持って欲しいかしら。薔薇水晶さんはこっち」
そう言って手渡された道具は写真やいくつかの冊子に始まり、試験紙や薬品などの専門用具まで様々でした。
それらを体に巻き付けながらちらりと自宅を拝見しても、リビングであろう場所にビーカーやフラスコ、棚には奇怪な生き物のホルマリン漬けなどかなり科学者色の強さが見受けられます。
「…あの、金糸雀さん。ちょっと気になったのですが」
「何かしら?」
「随分と専門的な調査をなさるようですが、どうしてその助手をみっちゃん亭に依頼されたのです?」
「………」
「町には調査委員会もありますし、そうでなくともギルドに申請すれば資格や技術を持った方を派遣してくれたのでは?」
「…………あ、あれかしら!カナの調査は斬新な切り口を求めているので、素人さんにお願シテイルカシラ?」
いや、わたくしに聞かれても。それに答えるまでの間は一体なんでしょう…?
何やら薄ら寒いものを感じながらも、わたくしはご機嫌やばらしーちゃんを眺めながら世界樹へと向かったのでした。

「じゃあ今日は外層の調査をするわ。あ、外層って解るかしら?」
「ええ。確か、日の当たる場所でしたね?」
世界樹への検問を通過した我々は、開拓地にて金糸雀さんから今日の予定のおさらいを聞いています。
検問の際、金糸雀さんが出した調査委員会の会員証があったおかげで非常に素早く入る事ができました。むむ、権力の恩恵恐るべしですわ。
「基本的にはそれで問題はないかしら。ただ、問題はそれがどこにあるかかしら」
「どこって…日の当たる場所なのですから、世界樹の樹皮や葉にあたる表面部分では?」
「普通なら、そうかしら。ただ世界樹相手に常識は通用しないの。あなたも登った事があるなら解るんじゃないかしら?」
「え、ええ…まあ…」
うーん、あまり思い出したくない記憶でございます。
「百聞は一見に如かず、よ。まずは調査地域に向かうわ!」
さて、こうして移動を始めたわたくし達なのですが、世界樹を登る方法は何もよじ登るだけではないのです。
前回の依頼では目的地がかなり低層にあったためにひいひい言いながら(主にわたくしが)登ったものですが、高い場所になると登るだけで手一杯になってしまいます。
「そこで作られたのがこの簡易エレベーターですか。文章では知っていましたが見るのは初めてですね、ばらしーちゃん」
「うん…凄い楽しみ」
エレベーターとは言っても無論電気などなく、重しを落とす代わりに人が上がるというアナログの極みのようなものですが、この重しというのが降りる人であったり、上層部で採掘された鉱石であったりします。
豊富な資源に恵まれはすれどその運搬に苦労する世界樹において、この原始的な装置は人の移動と資源運搬を一挙に行えるなかなか便利なものなのですね。
「しかし木で出来た箱にツルのロープとは…強度面は大丈夫なのですか?」
「駄目なら切れて落ちるだけかしら」
「さ、帰りましょうばらしーちゃん」
「冗談かしらー!世界樹の木や蔓は軽い上に強靭でナイスな素材かしら!すり減らしてもすぐ目の前に代用品があるからモーマンタイ!」
そう両手を振り回して弁解する金糸雀さんの後ろに、わたくし達がこれから乗る箱が降ってきました。ええ、降ってきましたよ。ドシャンと。
「あの…やっぱりわたくし帰…」
「さあ時間がないかしら!上昇するサイクルは決まってるからすぐ乗るかしら!」
「いえ、だから帰…はっ!?」
この人がモノとして扱われる神への冒涜装置を前に逃げようとするわたくしの手を掴んだのは、まさかまさかのばらしーちゃん。
「大丈夫…世界樹はそんなにヤワじゃない」
「お、お離しくださいばらしーちゃん!世界樹が大丈夫でもわたくしがダメなんです!」
「薔薇水晶さん急ぐかしら!」
「わかった。急ぐ」
「いやあああ!ばらしーちゃん!貴女わたくしを守ってくださるとあの夜ベッドの上で誓ってくださったじゃありませんか!その姉にこのような仕打ち許されるもので」「はい、登りまーす」ゴウッ「きゃあああああああああ!?」 




ここで、わたくしの記憶は途絶えてしまうのでした…
もう、わたくし達姉妹の記録を語ることはできません…
誠に遺憾ではありますが、この物語はここで終わりとなります。どうかそっと携帯、またはパソコンの電源を落としください…

『雪ら薔らと夢の世界樹』、END 




「はい、次登りまーす」ゴウッ「きゃあああああああああ!?ごめんなさいごめんなさいもう現実逃避しませんから勝手に終わりませんからだから誰か止めてぇえええええぇ…」
わたくしが人が人たりうる理由を必死に考える中、わたくし達は世界に設置された幾つかのエレベーターを乗り継ぎ、目的地のある階層までやってきました。
「どうだったかしら?初めての世界樹のエレベーターは」
「とても面白い…景色が滝みたいに流れてた」
「それは何よりかしら。ちゃんとした理由がないと動かしてもらえないからカナに感謝するかしら!」
「うん。…だから、もう泣かないでお姉ちゃん」
「うっ…うう~~~っ…ひっぐ…うぐ…」
酔い止めはたんまり飲んできたので酔う事はなかったのですが、そういう問題じゃありません!
事前の話ではもっと穏やかな乗り物だと聞いていたのに…あんな光武を運ぶような代物だとは!
ああそれと、乗った際の詳しい感想はばらしーちゃん達にでもお聞きなさい!それが無理ならご自分でどうぞ!(なげやり)
ちなみに、この悪魔の装置は世界樹の中層の上まで仕掛けられているそうですが、上階部分は無いそうです!そこからは以前ジュンさんやばらしーちゃんが使用した腕に巻くアンカー式の機械を使うそうですよ!(涙目、鼻声)
「…大丈夫?お姉ちゃん」
「ええ…」
淑女らしからぬ醜態を再び晒したわたくしは自分は世界樹と相性が悪いのだと肝に銘じると共に、水筒に持参した紅茶をのんで一先ずの落ち着きを取り戻します。
「それにしても…」
その階層を見渡すと、下の階層とはかなり印象が異なる気がしました。
わたくし達がいるのは以前ばらしーちゃんが花取りに興じた場所と同じく植物の洞窟のような場所なのですが、不思議と明るく草花も自生しています。ですが見渡しても太陽はおろか空すら拝めません。
「不思議かしら?でもここも外層よ」
そんな頭を捻るわたくしに金糸雀さんが話しかけてきました。
「ええ…前にも思ったんですが、この光はどこから?」
「それを説明するにはちょっと時間がいるかしら。だから移動しながら話すわ。薔薇水晶さんは警護を任せるかしら」
「…任された」
金糸雀さんを先頭に、わたくし達は細い草むらの道へと入って行きます。
そこは広場から伸びる幾つもの道…と言うより植物の横穴でした。ここですら、どこからか光が入るのかライトの必要がありません。
「さっきの答えの前に話しておくけれど、確かに世界樹の木は一般的な植物の比でないほど強靭かしら。でもそれでもこの巨木には幾つもの難点があるのよ」
「難点、とは?」
「まず一つは“高さ”。強度面ではクリアー出来ても、そこにはある問題が存在するかしら。重力が全ての物体において不可避な以上、世界樹内部に存在するものは全てその影響を受ける。その中で問題となるのは何か解るかしら?」
「いえ…」
世界樹について知識を持つわたくしでも、生物学的な事は無知に等しいのです。
「ヒント。木が下から上に持ち上げるモノかしら」
「あ、水ですか?」
「正解!そう、どんなに世界樹が強くても水は水で木は木よ。水を根から吸い上げる力は他の植物と同じく毛細管現象や圧力変化でしかないの。それだといくら世界樹でもこの高さまで水を吸い上げることが出来ないかしら」
「では…どのように水を?」
「下から貰えないのなら上から摂取するしかないわ。つまり、あそこかしら」
金糸雀さんがくいくいと親指で後ろの広場を指します。
「詳しく説明する前にもう一つの難点も。それは“大きさ”。もっと正確に言うなら“表面積と体積の比率”よ。これも強度面とは別に問題を抱えてしまうの。今度は解るかしら?」
「え、えーと…」
あまり話題を変えられると頭がついていかないのですが…
「うーん、こっちの方が分かり難いかしら?えっと、木が養分を得る器官は基本的に葉と根。ここである木の葉と根の表面積をnとして、木全体の体積をγとするわね?」
「う…!」
ちょ…!それって、わたくしの大嫌いな数学とやらの未解言語ではー!?
そんなわたくしの心の叫びも虚しく、金糸雀数学講師の魔術用語、もとい説明は続きます。
「そしてその木を縦、横、高さ、つまり縮尺をθ倍に拡大するの。高さ2メートルの木なら2×θメートルに。するとさっきのnはn×θの2乗に、γはγ×θの3乗になってしまうかしら。つまり?」
「あ、あ、あふ…!」
ああ…そんな期待を込めた眼差しを向けないでくださいまし…わたくしの脳内の思考回路は今ゲシュタルト崩壊していますゆえ…
学舎時代に妹と共に少々かじらされた数学という悪魔の学問。それはそれは非常に苦ごうございましたゆえ、宿題等は全て奇々怪々にも得意としていた我が妹に押し付け…もとい手伝って頂きました。うふ。
わたくしからの解答が見込めないと正しく見て取ったのか、金糸雀数学講師は呪いの言葉、もとい説明を再開します。
「…つまり、大きくなればなるほど養分を得る器官の大きさに対しての全体の体積が大き過ぎてしまうかしら。言い換えれば、大き過ぎる木の葉と根では全体の養分を賄いきれないということね。世界樹となれば尚更に」
「な、なるほどー」
いちおう合いの手を。そして誰かわたくしに愛の手を。
「さっきの水分と不足する養分。これらを一挙に解決するのが、あそこなのかしら。太陽光が直接当たらない外層、これをカナ達は“外陰層”と呼ぶかしら!」
「ス、スゴイデスワネー」
「そして外陰層がこんなにも明るいのは発光バクテリアと光発胞子や粘菌のおかげなの。これらは世界樹の至る所にいて、外層にあるそれらが太陽光を直接受けるとまるで鏡に反射したみたいに光るかしら。
そしてそれを内側にいる彼等が受けてまた光る。その繰り返しで太陽の見えない外陰層でもこうして光が届くかしら!だから太陽のない夜はここも暗いのよ。多少月や星の光はあるけど」
彼女の説明はまだまだ続きます。その生き生きとした姿に亡きおばあ様の影をみた17の夏。(おや?そう言えばこの地域には明確な四季とかは存在しませんね)
「で、話しを戻すけど、水や養分を得るには下にあるものがそのまま上にあればいいのよ」
「そのまま…?」
「かしら。雪華綺晶さん、ここにはたくさんの植物が自生しているけれど、これらは何に生えてるかしら?」
「えと、腐葉土でしたよね?」
「そうよ。ではその腐葉土を掻き分けていくとどうなると思うかしら?」
腐葉土の…下?
「世界樹に降り積もった腐葉土なら、幹の樹皮では…」
「外界との接触がない幹に樹皮の防壁なんか無意味よ。そこには世界樹が生み出した最大の機能である“海綿皮”があるかしら!」
「海綿皮?」
「これはなんと、その部分から水分や養分を直接吸収できる器官かしら!言い換えれば、そこに根があると言ってもいいわ!」
「えっ…!」
これはなかなかに驚きです。肌から直接必要なモノを取り入れる木とは。
「ここには雨も降るし光もある。そしてそこには生き物がいて、一つの生態系が食物連鎖を通して完成しているの。よって世界樹は一本の木などではなく、幾つもの木々をその身に宿した森そのものと言うことができるかしら!」
世界樹は木ではなく…森そのもの。その表現にわたくしは驚きよりもむしろ納得の方が強く感じられました。
それはわたくしが森の村の出だからかもしれませんが、ここにはあの森にあった全てが詰まっていたのです。
「でも…それは普通の木にも言える話かしら」
「え?」
金糸雀さんが、どこか遠くを眺めながら誰に言うでもなく声を紡ぎます。 
「普通の木にもその木だけでなくたくさんの生き物が共生しているわ。そこに動物が住む事もある。だからアリやリスが見るモミの木と人が見る世界樹は同じなのかもしれない。
そしてもしそうなら、人よりもっと大きな存在…神様なんかは、世界樹をまるでりんごの木のように見てるのかもしれないわ。そしてもしそうなら…」
そのまま何かを考えているのか無言になってしまった金糸雀さん。そんな彼女に先導されるまま、わたくしと妹は世界樹の奥へ奥へと進むのでした。


道無き道を進み、時が経ち、少々足に疲れが溜まって。
「あの…金糸雀さん?」
「何かしら?」
わたくしがようやくその質問を投げかけられたのは、わたくしの視界の端に何かが通り過ぎたのを捉えたのと、後ろでばらしーちゃんが対魔物用の狩猟剣の鯉口を切った音がした時で。
「一つ…ご質問があるのですけれど…」
「するとよろしいかしら」
わたくしのこれは危機感知センサーがゆんゆんに反応しているのを鑑みると…聞くのは躊躇われるのですが、聞かぬ訳にもいく訳にもいかず。
「ここ…どこなんですか?」
勘違いであって欲しい。勘違いであって欲しい。勘違いであって…
「さあ?」
にっこり笑って、その科学者はそうのたまったのでした。ああ…ベリー・シット。 

「…まずは、理由をお聞かせ願えますか?」
「その前にこの縄をほどいて欲しいかしら」
「絶対ダメです。ばらしーちゃん、とれないよう注意してください」
「うん」
ギギギ…
「そんな締め付けたら痛いかしら~!」
現状と金糸雀さんの雰囲気にただならぬ危機感を覚えたわたくしは、ばらしーちゃんに命じ金糸雀さんを捕縛するとともに、尋問を開始することに。
その結果、ここは探索ルートを大きく外れた危険地帯であること。この調査の目的が未開地域における実験であったということ。現在地は金糸雀さん自身にもわからないことなど嬉しくない情報が嬉しいくらい出るは出るは…
「ギルドや委員会ではなく酒場に依頼したのはこういう事だったんですね…」
彼等なら探索ルートから外れた時点で気づくでしょうし、危険な実験にも付き合わないのは自明な事。
「それにカナは委員会に破門された身だから顔が割れてるかしら。ちなみに入場時に出した会員証は偽造よ」
…推理の補強材料ありがとうございました。ベリー・シット。
「さて…とにかくこの危険地帯から出る事が先決ですが…」
コンパスは有ることにはあるのですが、現在地がわからない以上どちらに向かえばいいのか…
「ねえ、本当に手伝ってくれないのかしら?」
まだ言いますかこの方は。
「カナの見立てではこの辺りにまだ人間が知らない技術や器官があるはずかしら!それは世界の中心に向けたカナ達が想像も出来ない力の流れなのよ?あなた達も知りたいでしょ?それが何なのか!世界樹の機能が!世界の中心が!」
「いいえ」
きっぱりと言ってやります。
「もー!なんでみんな知的好奇心が薄いかしら!?知識だけじゃない、もっと凄い、文明を揺るがす発見になるかもしれないのに!」
「仮にそうだとしても、そういう事は一人でおやりなさい」
「散々やったかしら!委員会や国も支援してくれなくて破門までうけたわ!それでも頑張ってようやくここまできた!あとはその機材を持ち込んで実験と観測を繰り返せば何か解るはずなのよ!」
なるほど、わたくし達を呼んだ理由は荷物持ちだったんですね。
「…金糸雀さん、貴女の気合いや意気込みは認めますわ。でも、やっていい事と悪い事があります。
確かに必要な犠牲というのもあるでしょう。ですがこれは違います。これは貴女だけの研究、つまり願望でしかありません。他人をこんな風に騙して巻き込むなど許されることではないのですよ」
わたくしの言葉に金糸雀さんが拗ねたような口振りで言いました。
「…なら自分願望を実現させるのに、どの程度のことまでなら許されるの?」
わたくしは少し考えてから、
「少なくとも、わたくしの大切な妹を危ない目に合わせるのはダメですね」


それからわたくし達は今までとは違いわたくしを先頭にばらしーちゃんが金糸雀さんを連行するといった形で進んでいました。が、進めど進めど人の気配はなく。
本来どこかで遭難した際にはその場を動かないのが鉄則ですが、この世界樹で、特に危険地帯ではそれは通用しません。何故ならそもそも世界樹では遭難者が出たとしても救助隊など出せないからです。
広すぎる上に二次遭難の危険が高い未開拓地域で誤って迷った場合、なんとか自力で脱出する他ないと世界樹に入る際に見せられる注意事項にありました。はー、なんとせじがらい!
金糸雀さんが持ってきた器具を殆ど放置してきたので体は軽くなったのですが、現状を知れば知るほど気持ちは段々と重くなってゆくばかりです。
「まだ魔物と遭遇しないのが救いではあるのですけどね…」
「大丈夫だよお姉ちゃん。私がなんとかするから」
「ええ…ありがとうございます」
頼もしく、心強い言葉ではありますが、この仕事を受けたのはわたくしであり、そのせいで妹が傷つくのはわたくしの心が痛み過ぎるのです。
「はあ…はあ…」
それにしても、先程から何かがおかしいような気が…?背景が変わらないというか、同じところを歩き続けているような…
「うう…?」
これは、目眩?周りがくらくらと…酔ってしまったのでしょうか…でも酔い止めはまだ…
そんな世界が回るような現象に立っている事すら出来ず、ついにわたくしは気絶するかのように倒れ―
「………あら?」
気がつくと、目眩も何も無くなっていました。一体何だったのかと辺りを見回すわたくしは、段々と背筋が冷たくなっていくのに気づきます。
「ばらしー…ちゃん?金糸雀さん?」
遠慮がちに尋ねても返ってくる言葉は無く。
「ばらしーちゃん!何処ですかばらしーちゃん!!」
魔物がいるかもしれない場所で大声をあげるということがどういう事かも忘れるくらい焦りながら叫びますが、相変わらず誰も答えてくれませんでした。
そして、
ガサガサ…!
「きゃーーー!!!」
迷子になったらその場を動かない。でもそれは世界樹では通用しないのですよぉおおお!!お腹に収まっても腹を吹き飛ばす黒目がね御用達のレーザーガンもなければ、木こりの裂いた穴から飛び出せるほどのスペックは持ち合わせいないのです!!
しかしハチャメチャに逃げ回ったわたくしは恐怖で上手く呼吸が出来ず、しまいには酸欠で足がもつれ膝をついてしまい…
ガサガサ…!
「ひっ…!?」
その音にもう叫ぶ事も逃げる事も出来ずへたり込むわたくし。ああ…ばらしーちゃん…ごめんなさい。貴女の姉は、ここで魔物に…
「…お姉ちゃん、だあれ?」
「ひえ?」
ガタガタと頭を抱えて怯えていたわたくしは突然かけられた声に素っ頓狂な声を出してしまいました。
恐る恐る顔を上げて振り向くと、そこに居たのはピンク色の可愛らしい洋服とリボンを頭に着けた、小さな女の子。
「………」
口をあんぐりと開けて呆然としていると、その女の子はにっこり笑って言いました。
「ヒナね、雛苺って言うの。はじめましてね、お姉ちゃん!」


ある日あるところに女の子が二人おりました。二人の女の子は片方は泣きじゃくり、それをもう片方があやしつつ…ってまあわたくし達のことなんですけどね。
でも本当に良かった…この雪華綺晶、妹のパートナーとなる殿方を見極めるまでは死ぬ訳にはゆかぬのです。え、わたくし?ほっといてください。
「それで、雛苺さんはどうしてこんなところに?」
多少余裕を取り戻したわたくしは質問という高等技術を行使するまでに。…というより、こんな小さな女の子が一体どうやってこんな場所まで?
「ヒナはね、探し物してるのよ」
「探し物…?ですけど、世界樹の中層までどうやって…」
「ヒナは世界樹の事よく知ってるもの!だから大丈夫なのよ!」
「ははぁ…ですが、一人では危なくないですか?」
「むー!雪華お姉ちゃんもそう言うのね。パパもママもみんなそう言うのよっ」
それは言うでしょうが…まぁ、こうして平気でいるところを見ると本当に大丈夫なんでしょうけど。この子にとっては世界樹は遊び場に近いのでしょうか?
「じゃあ雪華お姉ちゃんはどうしてここに来たの?」
「あ、わたくしは一応お仕事で…でも妹とはぐれてしまったのです」そうでした、それが本題ですよ。「雛苺さん、わたくしの妹を見ませんでしたか?」
「うい?ヒナ知らないのよ」
「そうですか…」
雛苺さんがいればわたくしは帰れるでしょうが、妹を残したままではそんな事できません。ですが、頼る相手が居ないのも事実でありまして…
「あの、雛苺さん。わたくしも妹を探しているので、雛苺さんの探し物と一緒に探させてもらえませんか?」
こんな女の子を危険な場所で連れまわすのはいけない事だとはわかっています。ですが妹を助けるには彼女の力を借りるしかわたくしには出来ないのです。
「ヒナと一緒に探してくれるの?ありがとなのー!」
自分の無力感とチクリと痛む罪悪感に、彼女の輝く笑顔は少々しみるのでした。

「それで雛苺さん。貴女のお探しモノとは?」
わたくしの右隣の鼻歌まじりの雛苺さんに尋ねます。
彼女と手を繋いで樹海をてくてく歩いていると、なんだかピクニックに来ているようでわたくしの心も少し元気を取り戻していました。幼女は素晴らしい。
「わからないの!」
「ぐふっ」
ずっこけました。顔面から。…いえ、別に元気いっぱいなボケに対するリアクションではなく、ツタに足を取られたのですよ?
「大丈夫?」
「ええ…芸人とは辛い職業なんですね…。それより、探し物が何なのかわからないとはどういう事なんです?」
「ヒナの探し物は世界樹にあるの!でもそれがどんなのかは知らないのよ」
「はあ…ですが、何かもわからないモノを探しても見つかるとは…」
はっ!わたくしの子守センサーが敏感に反応します!これはいけない!
「うぅ…」
「いえ!大丈夫ですわ!きっと見つかりますから!わたくしも一緒に探しますので絶対大丈夫です!だから探しましょう?ね?」
「うい…ありがとう雪華お姉ちゃん」
危ない危ない。まさに間一髪。ここで泣き叫ばれなどしたらピラニア入りの川に大量の穴あき輸血パックと共に飛び込むようなモノ!
まだ少々ぐずついている彼女の気を紛らわすため、わたくしはいくつか質問することに。
「それで、その探し物ですが何かヒントになるモノはありません?アバウトでもいいですから、何か思い当たることでも」
「うー…多分、あったかいの」
「あったかい…?」
「あと、きっと楽しいの」
おや?楽しいという事はモノではない?あ、でもこのころの子供は玩具などを楽しいものと表現しますし…
「えーと、じゃあこの紙にその探し物を書いてみてくれませんか?」
「うい」
雛苺さんが探し物の視覚イメージの模写を開始。終了。
「………」
「………そろそろ休憩を止めて辺りを探しましょうか」
「うい」
その紙を鞄に押し込み、わたくし達は手を繋いでまた歩き始めます。そう、わたくし達には大昔に滅びた超古代文明の暗号造形文字に用はないのですから。

「探し物、ありませんねぇ…」
「うい…」
「ばらしーちゃん、見つかりませんねぇ…」
「うい…」
あれからかなりの間探し回ったつもりですが、特に収穫もなく何度目かの休憩タイム。まだ不思議と魔物は探し当てませんが、どうしたものか…
まあ、あの二人が人の居る場所まで辿り着いた事も考えられるんですよね。それならば一度何処かの開拓地か人がいる広場まで行くのも手かもしれませ「グ~~」…ん…。
「………」
ええ、震えているんですよ。お尻!?だ、誰がですか!肩です肩!
あ~!!絶対にわたくしからは言わぬと心に決めていたのに!これだけは年長者の威厳として未来の猫型ロボット的に差し出すつもりだったのに…これでは…これではまるで…
「雪華お姉ちゃん?お腹すいたの?」
「…お弁当があるんですが、食べます?」
未練がましい自尊心による疑問形とともに、涙をこらえながらそっと鞄から手作り弁当を取り出すわたくしなのでした。

「美味しいですか?」
「美味しいのー!」
ここまで味の良さを表現していただけると、まさに作り手冥利に尽きるというもの。
わたくしのお腹も徐々に膨れ(決して彼女より先には手を出しません!断じて!)気持ちも落ち着いてきました。
もしもの時にと食料は三人分けて持っているので向こうも食べている頃でしょうか。ばらしーちゃんが金糸雀さんに分けてあげているかは微妙なところですけど。
「これ甘いのー!凄いのー!」
「ああ、それは世界樹で採れた果実を使って煮詰めたお野菜なんです。妹は苦い野菜が苦手なんですが、それなら大丈夫でしょう?」
「うん!ヒナも食べられるわ!」
ふふっ、子供は可愛いですね。ああ…ばらしーちゃん…今何をしているのですか?ちゃんとご飯は食べていますか?辛い事があったら無理せず電話していいですからね?たまには帰ってきていいですよ…?
なんて、都会に子供を出した親的な感情に浸っている場合ではないんですが…やっぱり心配ですし、早く会いたいわけで…
「雪華お姉ちゃん?どうしたの?お腹痛いの?」
突然、雛苺さんが心配そうにわたくしの服の裾を握りしめてきました。そんなに顔に出ていたのでしょうか。
「あ、いいえ。ちょっと考え事を」
「雪華お姉ちゃん…楽しくないの?」
これまた突然の質問。どこか引っかかるものがありましたが、笑って答えます。
「いいえ、雛苺さんとお食事できてとっても楽しいですよ。まるでピクニックに来ているみたいですわね」
すると雛苺さんも笑ってくれました。
「ヒナも!ヒナ楽しいの!こんなに楽しいのは久しぶりなのよ!」
「それは何よりですわ。帰ったらご両親にお話しくださいね」
「………」
しまった、と思っても後の祭り。地雷を踏んだような感覚が体を貫きました。
「…どうせ帰っても誰も居ないもの」
嫌な沈黙の後彼女から発せられた言葉は、とても悲しいもので。
「ご両親、は?」
このまま流す事も出来ず、ゆっくりと注意深く問いかけます。
「パパいっつもお仕事で、ママもいっつも忙しいって言うのよ。ベリーベルもいるけど…お人形はおしゃべり出来ないもの」
きっと彼女の父上や母上は世界樹関連のお仕事…キャラバンの一家なのでしょう。桜田キャラバンが若い兄弟二人で切り盛りしていた事を思えば、彼女の生活は想像に難しい事ではありませんでした。
「でもここに来て良かったわ!だって雪華お姉ちゃんに会えたもの!」
「…もしよろしければ、今度わたくしの職場に遊びに来ませんか?」
雛苺さんが顔全体でびっくりしている事を表現します。
「わたくしは最近世界樹の町に越してきて、今は酒場で働いていますの。酒場と言っても夕方までは喫茶店みたいなものですから。来てくださればお話しもできますし、サービスして差し上げますわ」
わたくしが密かに村一と自負している会心のスマイルでのお誘い。ちなみに、この町での撃墜率は100パーセントを誇ります。繁盛万歳。
「ありがとう…なのよ」
髪で表情は伺えませんでしたが、同意の回答をもらえ満足です。ほほう、同性相手にも使えるんですね、コレ。
「さて!もうひと頑張り致しましょう。今度はまず一度人のいる場所に行ってわたくし達の事を…」
「雪華お姉ちゃん」
立ち上がったわたくしを呼び止めるかのような呼び声に、思わず口を止めて振り返ります。
「雪華お姉ちゃんは…妹の人のこと、好き?」
真意の掴めない問いかけ。ですが、このような質問に対しては、わたくしの答えは一つでした。
「はい。世界で一番大好きですわ。あ、二番目はおばあ様なので、雛苺さんは三番目で我慢してくださいね?」
「…はいなの」
それは落ち着いた、そしてしっかりとした声でした。
「では改めて。雛苺さん、人のいる所まで案内願いま」「もう、いいのよ」「…え?」
どういうことか問いかけようと体を回したわたくしは、急にその回転が速まったような感覚がして…
「…う!え!?」
これは、あの時の立ち眩み?そんな!こんな所でまた…!
「雛苺、さ…」
いけない…彼女を置いて倒れては…
そんな考えも虚しく、わたくしはまたも意識を失うように体を倒していきました。そしてその微かにのこる意識で、彼女の声を聞いたのです。
「…雪華お姉ちゃんとは、もっと早く会いたかったのよ…」


…ちゃん…お姉ちゃん…
「お姉ちゃん!」
「わっ!」
な、何が?一体何が何で此処はどこで私は誰で…
「お姉ちゃん…よかった…生き返った…!」
「ば、ばらしーちゃん?」
抱き付いてきた妹のおかげで少し冷静さを取り戻したわたくしは辺りを見回し、自分がベッドで寝ていてここはどこかの家であると把握しました。
「あ、あのばらしーちゃん?ここは一体…?それと、ええと…」
「ぐすっ…お姉ちゃん…いきなり居なくなるから…頑張って探して、探して、やっと見つけて…でも、全然起きてくれなくて…でも…」
泣きじゃくりながらの説明だったので良く聞き取れませんでしたが、助かった事がわかればそれでよし。わたくしも遅れてばらしーちゃんを抱きしめ、寂しさと恐怖で枯渇していたばらしーちゃん分を摂取です。
「無事で何よりですわばらしーちゃん。ところで、良くここまでたどり着けましたわね?」
「ロンリー・ストロベリーのおかげかしら」
わたくしに答えたのは妹ではなく、首を回して探したところベッドの後方で椅子に縛り付けられていた金糸雀さんでした。
「あなたが倒れていた近くにロンリー・ストロベリーが生ってたかしら。ロンリー・ストロベリーは世界樹の植物にしては珍しい人の気配がする場所によく生息する苺なの。だからそれを辿ったらここまでこれたかしら」
それから、少し視線をずらして続けます。
「とりあえず、謝っておくかしら。あなた達に迷惑かけたわ。ごめんなさい」
わたくしは一度妹に視線を移してから、金糸雀さんに向き直り、
「ではわたくしも。とりあえず、ありがとうございました」
「?感謝されるいわれはないかしら」
「ロンリー・ストロベリーの生態は妹は知らなかったはずですから、金糸雀さんが教えてくれたのでしょう?おかげで助かりました」
「別に、カナは自殺志願者じゃないかしら。研究には命を惜しまないけど、無駄死に犬死には真っ平御免よ。それに…」
「…それに?」
「…何でもないわ。不法入場に加えてどうせカナの家を調べれば不法所持品も見つかるからお縄は必須。研究再開はそれからね」
「ええ、頑張ってください。ただし、合法の範囲内、もしくはお一人で」
「りょーかいかしら」
その後世界樹のギルドセイバーの方々(警察のような方々です)がやってきて、金糸雀さんは連れて行かれ、わたくしと妹は無事世界樹を降りれたのでした。 
ただ、雛苺さんの事はわかりません。ですが、あそこまで一人で来られたのですからきっと無事でしょう。いつかお店に来て頂けると嬉しいのですが。


酒場に帰ってこれたのはまだ夕方でしたが、マスターは出会い頭に抱きついて無事を喜んでくれました。ギルドセイバーの方から連絡が行ったようです。
別にそのまま働いても良かったのですが、マスターと妹に半強制的にベッドに連行されてしまい、マスターの呼んだ医者の診断まで受けました。まあ立ち眩みが二回もあったので用心には越したことありませんかね。結果は問題なしでしたよ。
その夜の営業を早めに打ち切ったマスター(良いんでしょうか?)は夕飯を作って持ってきてくれました。何時も夕飯は時間が開いた時に素早く済ませ、店を閉じた後三人で軽く夜食を食べるというスタイルだったので三人でのゆっくりとした夕飯は久しぶりです。
「雛苺?うん、知ってるよ、雛苺ちゃん。てゆーか、この町の人はほとんど知ってるね。ああ、二人はまだ知らなかったんだ?」
食事中、ふと思いついてみつさんに雛苺さんの事を聞いてみました。どうやら彼女は予想以上に有名人のようです。まあ一人で世界樹登れるくらいですからね。
するとマスターは「ちょっと待ってて」と自分の部屋に入り、絵本を持って出てきました。その絵本の名前は、『ロンリー・ストロベリー』


『あるとろにピンクのリボンをつけた女の子がいました』

『ある日、女の子は世界樹からやってきた魔物に「甘い果物があるぞ」と囁かれ、両親の言い付けを破り一人で世界樹に入ってしまいます』

『そして女の子が世界樹に入った途端に、魔物は女の子を魔法眠らせて自分の住処へ連れ去ってしまいました』

『女の子は怖くて寂しくて一日中泣きましたが、魔物に捕まってはもう町へは戻れません』

『そこで女の子は自分の体を苺に変えて、人に見つけてもらえるうようにその実をつけました』


「もちろんおとぎ話よ。魔物は町へはやってこないし、魔法も使わない。ただね、それは実話を元に作った戒めの童話でさ」
みつさんは目を細めて話し出します。
「30年以上前の事なんだけどね。家族で世界樹探査のキャラバンとして町に越してきた人の一人娘が一人で世界樹に入っちゃったらしくてさ。
家族が大騒ぎして町の人かき集めて探しに行ったらしいんだけど結局見つからなかった。それどころか二次遭難者まで出てしまったのよ。昔は今みたく出入りも厳重じゃなかったらしいから入れちゃったんだろうね…。
それとね、当時は雛苺ちゃんみたいな家族で町に来たはいいけど家に一人残される幼い子供ってのが結構いたらしいのよ。この事件をきっかけにギルドは世界樹への入場規制を敷くとともに町に児童施設なんかを作ったりしてさ。
でね、実はこの本は雛苺ちゃんのお母さんが描いたものなの。もう子供達が雛苺ちゃんみたいに一人で世界樹に入らないようにって、本を町中に配ったのよ。そういうわけでこの町の人はみんなその本を持ってるってワケ」
「………」
「その本じゃ魔物にそそのかされて入ったってあるけど…実際は退屈か、もしくは寂しかったのね。前いた場所から親の都合で引っ越して、でも周りの人はみんな世界樹しか見てなくて。
だからきっと、自分も世界樹にいけば友達ができると思ったのかもしれないわね…」
世界樹は冒険者が集う場所。そう本に書いてありましたし、わたくしもそう思っていました。世界樹の町に居る人は皆、世界樹を目指して来たのだと。
でも、それはなんと浅い思考なのでしょう。人が集まり町をつくれば、そこに大差は無いと言うのに。街へ行きたい村人がいれば、村に越した街の人もいるのです。ならば。
「…お姉ちゃん?どうしたの?お腹痛い?」
『雪華お姉ちゃん?どうしたの?お腹痛いの?』
あ…駄目、こらえきれない…
「わっ!きらきーちゃんどうしたのどうしたの!?やっぱり体調悪いの!?あのヤブ医者大丈夫とか抜かしておいてー!!」
「い、いえ…ちょっと、この子の事を考えていたら、つい…」
わたくしは笑って答えたつもりですが、二人の様子を見るとイマイチなようで。いつでもしっかりと出せなければ武器にはなりませんね。
「でも、ロンリー・ストロベリー(寂しがり屋の苺姫)って、よくつけられた名前ですね」
「ん、ああ、そりゃあね。だってそれ事件の後につけられた改名だから」
「そうなんですか?では、その前は?」
「えっと…“スマイリー・ストロベリィ”だったかな?冒険者に笑ってくれる数少ない世界樹の生き物って事で有名だったの。だからロンリー・ストロベリーを知ってる人は結構多いのよ?」
わたくしは少し考えてから席を立ち、自分の鞄をまさぐって出てきたしわくちゃな紙を見ながら、
「…わたくしは、前の方がいいですわ」
そう、心から思ったのでした。
「そお?」


こうして、不意に訪れた不思議な事や危ない事件は幕を下ろしました。今回の調査を通して、わたくしは世界樹の事をもっと知ることができたと思います。
そして願わくば、わたくしの手料理が良き思い出として残りますように。 

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